『エンゲージメント』③
数週間後。
ロランの遺体を乗せた棺が、王城にある騎士団長の部屋に運び込まれた。
その場に揃ったシャル、ギュリヴェール、アスランベクはそれを静かに見守っていた。
中の遺体を確認すると同時に、ギュリヴェールはぼそりと呟いた。
「……綺麗なもんだな」
「向こうでも英雄扱いで、封印されていたから当時の状態のままなんだってさ。“らしい”というか、なんというか、だね」
シャルが涙声で言った。
棺を運び込む陣頭指揮を執っていたマルス王が、リュミエール女王の前で跪いた。
「彼の返還が遅くなったこと、心より謝罪いたします」
「……事情は聞いております。彼なら、死んだ自分の身体が平和のために役立ったというのならそれで良いとおっしゃるでしょう。ですから……条約が果たされたことを、今は何よりも喜びましょう」
「両国が共に手を取り合って、この先の未来を歩めることも――嬉しく思いますよ」
両国の代表が、握手をする。
「長旅でここまで来てくださってお疲れでしょうが――調印をしましょう。その後、同盟と国境の開放を、国民に発表することになります」
「心得ております。行くぞ、カエクス」
父さんがちらりとボクの方を見た。
軽く手を振り返すと、父さんは微笑んでマルス王の後について部屋を後にした。
「……アスランベク?」
ボクの隣に立つエリザが、微動だにしないアスランベクを気遣って声を掛ける。
ゆっくりと近づいて見てみると、アスランベクは涙を髭に伝わらせ泣いていた。
「……っ、く……。ふっ……息子よ……」
嗚咽を漏らしながら、アスランベクは棺に眠るロランの遺体をしわだらけの手のひらで優しくなでる。
「……おかえり」
それだけつぶやいて、アスランベクは黙り込んだ。
「ロランの遺体は、どうなるの?」
「……中庭にさ、サザンクロスの花畑があるだろ? あの中心に埋葬する。墓も準備してあるよ。でっかくて立派なやつ」
「そっか……うん、それは……嬉しいと思うよ。彼も」
「ずいぶん他人行儀に呼ぶんだね。セシル自身のことでもあるんじゃない?」
「だって……あそこに居るのは、アスランベクの息子だから」
アスランベクはボクのことを娘と呼んでくれたし、娘が欲しかっただなんて言っていたけど……やっぱり、一番は息子の……ロランのことだったんだ。
ロランが生まれ変わって帰ってきたことは嬉しく思っていてくれてただろうけれど、そのこととは別に――最優先は生まれ変わる前のロランのことで、その遺体を取り戻すために、どんなことでもやろうと思った。
アスランベクにとってロランは――最愛の息子だったから。
「みんな、遺体はアスランベクに任せて……ボク達は行こうよ」
「……そう、ね」
「玉座の間に行こうか。話があるだろうから」
頷いて、騎士団長の部屋を後にする。
扉を閉める直前に見たアスランベクの背中は、なんだかやけに小さく見えた。
☆
ボク達が玉座の間に移動すると、そこにはすでにギルバート様、リュディヴィーヌ様、リュミエール様、そしてマルス王に父さんがいた。
隣にはウィルフレッド皇子が立っていたが、ボクはなるべく見ないように目線を逸らす。目線があったらキスのことを思い出して赤面してしまうかもしれないからだ。
が、ウィルフレッド皇子は構わずボクの前に歩いてきて笑顔を浮かべた。
「来たか、我が婚約者」
「話しかけないでください」
「ずいぶんな挨拶だな。三週間ぶりだというのに」
ギロリとシャルとエリザがボクを護るように一歩前に出てくれたので、これ幸いとボクは二人の後ろに隠れる。
「どうしたセシル? 何かあったのか?」
「なんでもないです……」
キスされて意識しているだなんて父親に言えるはずもない。
「間違っているよ、ウィルフレッド皇子。婚約者はもう過去の話になった」
「そうだよっ、セシルは正式にヘスペリスの貴族になったから!」
ギルバート皇子とリュディヴィーヌ様が堂々と宣言する。
お父さんはそれを肯定するようにうなずいた。
「セシル、話をしても大丈夫か?」
「は、はい。大丈夫です」
「では、説明しよう。セシル、お前は二つの国の貴族になった。プレイアスでは『セシル・ランスロット』、ヘスペリスでは、『セシル・ハルシオン』の名になる」
ここまでは、聞いていた通りになったみたいだ。
うぅ、二国の貴族って異例中の異例だよね? ボクなんかに務まるかなぁ。
「第二に、将来的にセシルには大使を務めて貰うことになる。そのための勉強が必要と判断した」
「そうですね……でも、どうやって?」
「セシルには、王立学校に貴族として通ってもらいたい。父親の私としても、しっかりと勉強してもらった方がお前のためにもなる、そう判断した」
「え……」
ええええ!? ボクが、お、王立学校の生徒になるの!?
ということは……セリーヌちゃんやリュディヴィーヌ様、ギルバート様たちと一緒に学校に通うことになるの?
それは――あれ? それってメイドだったころとあんまり変わらないような?
「私としては、プレイアスに戻り、私の跡を継いでほしいと思っているが……お前の好きにさせるべきだというリュディヴィーヌ様の意見に賛成した。そのために、お前は学園で勉強するんだ」
「王立学校なら、必要なものは全て学べると思う。その上で、セシルがしたいようにすればいいよ。……僕としても、キミと一緒に学べるのは嬉しいからね」
ギルバート様の笑顔による赤面を、ボクはエリザの巨乳を見つめることで抱く憎しみで回避した。
「だ、大丈夫でしょうか。ボク、そんなに頭良くないんですけど」
「安心しろセシル。俺も一緒に留学する。分からないことがあったら教えてやるよ」
「……えっ。ウィルフレッド様も!?」
すっごい不安なんですけど……!
そんなボクの心を知ってか知らずか、ウィルフレッド様はにんまりと笑った。
「あぁ、皇子としてヘスペリスとの友好を示すためにな。それに、王立学校はかなりレベルの高い教育を施しているらしい。俺も将来の王として勉学に励まないといけないからな」
「……反発も凄いかもしれないからって反対したんだよ? でもウィルフレッド皇子ったら、セシルが行くなら俺も行くって聞かなくって」
リュディヴィーヌ様は警戒心を隠そうともせず、じとーっとウィルフレッド皇子を見る。
「お、お父さんは良いの? その、また離れることになっちゃうけど……」
「正直に言えば寂しいし、ゆっくり家族の時間を埋めたい気持ちはある。だが、それ以上に……私はお前に幸せになって欲しいと思っている」
お父さんが優しい笑みを浮かべる。
……アスランベクも、ロランのことを想っててくれた。
それと同じように……お父さんも、ボクのことを一番に考えてくれてるんだろう。
「……あ、あの、休みは絶対に帰るから」
「そうか。それだけでうれしいよ。ありがとう」
「……うん。ボク、頑張って勉強して、いっぱい幸せになる。約束するよ」
そう言うと、お父さんは心底嬉しそうに笑ってくれた。
「決まりですね。そのほか、細かく決まったことはありますが……追々にしましょう。今日は、同盟締結を祝って、宴を開催いたします。セシルも是非、参加してくださいね」
リュミエール女王陛下が優しく微笑み、ボクの前に移動してきて手を握る。
ボクは跪いてその手の甲にキスをした。
「あら、ふふ。それではセシル、まるで私の騎士のようよ?」
「……あっ」
し、しまった、つい。
長年離れていたとはいえ、この手に握られると身体が反射的に……!
「くすくす、セシルの将来の夢は私の騎士かしら。いいわよ? 未亡人で良ければ、セシルなら大歓迎」
「お、お母様! そういう意味ではないでしょう!」
「ずるいっ! ずるいよお母さんっ!」
「女王陛下もライバルか? ヘスペリスは自由すぎるな」
「セシルが騎士隊に来るならうれしい、けど、女王様もライバルか……でも、ぼくは負けないよ」
「学校に通ってる間に堕としちまえば良いんだろ? あいつ、結構乙女だからな、俺に任せとけ」
「調子に乗らないで。ギュリヴェールだけには絶対に堕とさせないわよ。それに、セシルの傍に居るのは私だから」
「……ふ、はは。なんだこれは。玉座とは厳かな場所ではなかったのか? ヘスペリスは面白い国だな」
「ふふ、良いではないですか陛下。……皆、幸せそうですから。セシルが幸せなら、私はそれで構いませんよ」
わいわいと玉座の間に相応しくない騒がしさに包まれながら、ボクは思わず笑う。
これが――ボクが戦いの末に手にした場所だった。