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『セシル・ハルシオン』③

「――セリーヌ様? こんなところにいらっしゃったんですか?」


 繚乱会の教室で夕日を眺めていると、後ろから話しかけられる。

 コレット・パーシヴァル。平民出身ながら優秀な成績を納めていて、ついには首席まで獲得したわたくしの同級生。

 最近では令嬢同士のお茶会に引っ張りだこで、王立学校の中に限れば、その影響力は王族に次ぐものといっても過言ではないでしょう。

 そんなコレットはにこにこと人懐っこい笑顔を浮かべたままわたくしの隣へと移動してくる。

 正直言ってわたくしはこの子が苦手だ。入学してから暫く、この子はわたくしの心をかき乱すように婚約者(ギルバートさま)の傍に張り付いていたし、セシルが居なくなるきっかけとなったあのダンスパーティでも、彼女を退学させようと嫌がらせを繰り返したなどという濡れ衣を着せられた。

 今となっては、そんなこと、もうどうでもいいけれど。


「セリーヌ様、寂しそうです……」

「……そんなことはありませんわよ」


 心配そうな言葉に笑顔を返して、わたくしはコレットに視線を移動させる。

 コレットはまるでわたくしの心を覗き込むように、じっとこちらの目を見つめている。

 あまりこの子と二人きりにはなりたくはない。さっさと話を切り上げて、寮に戻った方がよさそうだ。

 そう思ったわたくしをその場に留めるように、彼女はわたくしの一番大切な人の名前を出した。


「……セシルさんが居ないから、ですよね……」

「……そうね」

「ぁ……ごめんなさい。あたし、無神経ですよね」

「気にしていないから、大丈夫よ」


 それは嘘だった。

 気にしていない筈がない。

 その名前を他人から聞いただけで、わたくしの胸は締め付けられるように痛んだ。

 幼い頃からずっと傍で一緒に笑っていた大切な友人で、

 無実の罪を着せられたわたくしを命懸けで救ってくれた、わたくしの騎士。

 わたくしだけの……騎士。

 そんな存在を失ったということを自覚させられるだけで、身体が震えてしまう。


「……、あの、セリーヌ様。あたし、どうしても話したいことがあって、ずっと二人きりになれる時を探してたんです。最近はギュリヴェール様とか、アスランベク様とかがずっとセリーヌ様の傍にいて、その機会がなかったんですけど」

「あら、何かしら?」


 まるで他の人には聞かれたくないかのように、コレットが小声でささやく。


「あ、あのう、セシルさんのことなんですけど――あたし、ミランダ様と仲良くしてて……あの事件の『真実』を、聞いちゃったんです。でも、ギルバート様のことだから、言えなくて……」

「――真実?」


 その言葉に、思わず惹かれてしまう。

 わたくしは、あの事件のことを結局何も知らない。

 わたくしとセシルが無実であること。リュディヴィーヌ様と輝剣騎士隊(クラウ・ソラス)が何か関わっているということ――確信があるのはそれくらい。

 だから、知りたいと思った。思ってしまった。

 どうしてわたくしとセシルが引き裂かれたのか……その理由と、真実を。

 

「はい……話しても……良いですか?」

「……ええ。聞かせて貰えるかしら」

「はい……。……ギルバート様が、セシルさんに惹かれていることに、気が付いていましたか?」

「――そうね。そうだと思っていたわ」


 おそらく、わたくしを婚約者に指名したのも、セシルを傍に置きたいからだろう。

 そんなことは気づいていた。ギルバート様はセシルが傍に居ると露骨に笑顔が増えるし、機嫌も良くなる。セシルが作ったお菓子を幸せそうに食べている姿を何度も見たから。


「最初は傍に居るだけで満足していたギルバート様は……一緒に過ごすうちに、セシルさんを自分だけのものにしたくなったみたいなんです。それで、ミランダ様に命令して、セリーヌ様に濡れ衣を着せて追放処分にして、一人になったセシルさんを自分の物にしようとしたんです」

「……。……そんなこと、ありえないわ。そんなことをしたらせっかくの公爵家(フィッツロイ)との関係が壊れるのよ? ギルバート様が、そんなバカなことするわけがないわ」

「いいえ。()()()()()なんです」


 ――そう。ありえない。

 あり得ないと思っているのに。

 どうしてこの子の声は――これが事実だと思えるような響きをしているんだろう。


「……じゃあ、どうしてセシルが追放されることになったの?」

「それは、リュディヴィーヌ様と輝剣騎士隊(クラウ・ソラス)がセリーヌ様の身代わりにセシルさんを選んだからです。セリーヌ様が追放されたら、ギルバート様のためにもならないですから」

「……ギルバート様が、わたくしを追放しようとしたのでしょう? それなのに?」

「はい。感情的に動いたギルバート様の尻ぬぐいをしたんです……セシルさんに、セリーヌ様の危機を伝えれば、セシルさんは身代わりになることを、拒まないですから」


 セシルが目を伏せ、悲しそうに呟く。

 嘘だ。ギルバート様はそんな人じゃない。自分の感情のために、人を傷つけるようなこと、するわけがない。

 ……でも、もしコレットが言っていることが本当だったら?

 学園中から慕われているようなこの子が、嘘をつくとも思えない。

 でも、わたくしが知っているギルバート様は……そんなことするはずがない。

 普段なら変な作り話だと一蹴出来るはずなのに、今のわたくしは何故かコレットの言葉を跳ねのけることが出来なかった。

 そんなわたくしの心を見透かすように、コレットは止めの言葉を口にする。


「実は――リシャール様が、セシルさんを取り戻す方法を、あたしに教えてくれたんです」

「――え?」

「内緒にして欲しいって言われたんですけど……でも、悲しそうなセリーヌ様の姿を見たら、我慢できなくて……」

「……それは、どういう方法なの?」


 聞いちゃいけない。

 頭の隅で何かがそう言った気がするのに、まるで誘われるかのようにわたくしはその方法を尋ねてしまっていた。

 一瞬、コレットの表情に笑顔を浮かんだのは、わたくしの気のせいなのだろうか。


「セリーヌ様が、リシャール様と結婚することです」

「……っ。それは……」

「そうすれば恩赦をセシルに適応して、セリーヌ様の傍に戻せるのにって、仰っていました」

「……無理よ。セシルは皇子の暗殺未遂で捕まったのよ。国家反逆罪を恩赦なんて……」

「今、リシャール様には力がありません……そんなリシャール様が、セシルは無実だと言っても誰も信じてくれないのが現実なんです。でも、無実であることは知っている……だから、国王になれれば、セシルさんに恩赦を適応してくれます」


 どくん、どくんと心臓の音がやけに大きく聞こえる。

 ダメだ。その言葉に、従ってはいけない。

 でも――でも、国家反逆罪で、きっともうすぐ処刑されてしまうセシルを取り戻すためには――それしか、ないんじゃ……?

 そう思った瞬間、わたくしはそうとしか考えられなくなった。


「国王になるためには、公爵家の力が必要です。だから……セリーヌ様。リシャール皇子と――結婚しましょう。セシルさんを救うには、()()()()()()()()()()()()


 頭が、痺れる。

 思考が出来ない。

 ――リシャール様と結婚すればセシルが、戻ってくるの?

 それなら、それなら……わたくしは……。


「……コレット……貴方なら、リシャール様とわたくしが会える場を作れる?」


 わたくしの言葉に、コレットは――心底嬉しそうな笑顔を浮かべた。


「はい、できます。あたしに任せてください。セリーヌ様」


 手をぎゅっと握ってくるコレットに、わたくしは静かに頷いた。


「……お父様にお話ししないといけないわ。今日は帰っても良いかしら?」

「勿論です。じゃあ……明日からは寮のお風呂でお話ししませんか? 誰にも聞かれたくない話でしょうから……護衛の方がいると困りますもんね」

「ええ。そうしましょう」

「あ、誰にも言っちゃダメですよ? まだセリーヌ様がギルバート様の婚約者であることには変わらないですからね。もしもバレたら、リシャール様と婚約が出来なくなってしまいます。そうしたら、セシルさんを取り戻せなくなっちゃいますから」

「気を付けるわ。……じゃあ、また明日、寮のお風呂で会いましょう」

「はい♪」


 お父さまに手紙を書いて、許可をもらわなければ。

 わたくしは繚乱会の部屋を出て寮に向かう。

 途中、騒がしい声が聞こえてそちらを向くと、女性陣に囲まれて困ったような、嬉しいような複雑な表情を浮かべているギュリヴェール様の姿が見えた。

 いつも護衛してくれているのに今日は見当たらないと思っていたら、女の子たちに囲まれていたのね。

 ――セシルに言い寄って、あんなに仲良くしていたのに。セシルを勝手にわたくしの身代わりにして追放しておいて――楽しそうで羨ましい限りね。

 わたくしはそんなギュリヴェール様を一瞥して、寮へと歩き出した。



                       ☆



「上手くいって良かった~」


 繚乱会の教室に隠れながら、あたしはぽつりと呟く。

 全く、お父様ったら。早く動けなんて無茶を言うなぁ。

 相手が少しでも信じようと思ってくれないとあたしの魔法は効力を発揮しない。そのためには、場と話を作り出すのが大切だということを、お父様は分かってくれてないんだもん。困ったさんだよ。

 セリーヌみたいに騙すのが簡単じゃなかったら、お手上げだった。セシルを助けられるって引き合いに出せばセリーヌは信じたいと思うもんね。

 どちらかというとセリーヌから護衛を引き剥がす方に苦労した。あのダンスパーティの失敗から、セリーヌとギルバート皇子の護りを固めてるんだもん。やりにくいったらなかったよ。


「学園の子たちと仲良くなっておいてよかった」


 廊下にギュリヴェール様がいるって言えば、勝手に騒いで囲んで目くらましになってくれる便利な子たち。

 英雄っていうのも大変だね。自分を慕ってくれる子たちを無碍には出来ないんだもん。

 さてと。


「第二ラウンド、かな? 勝負だよ、セシル。今度こそトドメをさしてあげるね」


 リシャール皇子とセリーヌが結婚さえしてしまえば、こちらのもの。

 リシャール皇子を操って輝剣騎士隊(クラウ・ソラス)を弱体化して遠ざければ、それだけでヘスペリスは終わり。その次の戦争でプレイアスが勝つ。

 プレイアスに勝利を齎す楔を打つ。それこそ『円卓の貴士』であるパーシヴァル家のあたしが担った大切な役割だ。


「楽しみだなぁ。セリーヌとリシャール皇子の結婚式」


 二人の誓いの接吻(ベーゼ)が、ヘスペリスの終わりを告げる合図になる。

 その時を待ちわびるあたしの呟きは、真っ黒になった空へと吸い込まれていった。

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