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『セシル・ハルシオン』②

「……こ、婚約……!? い、いきなりそんな!」

「だ、だめだめっ、そんなの絶対ダメなんだからっ!」


 ボクの隣でエリザとリュディヴィーヌ様が抗議の声を上げるのを聞きながら、ボクはレイクさんをじっと見つめた。

 ボクの父が今、陛下って呼んで、彼はたしかにそれに応えた。ということは、彼こそがこの国の皇子……書状に名前が書かれているウィルフレッド皇子、本人ということになる。

 その視線に気づいたのだろう。レイクさんはふっと小さく微笑み、リュディヴィーヌ様へ膝を付いた。


「改めて自己紹介を。俺はウィルフレッド・アーサー・ヘスペリス――立場と名を偽っていたことを謝罪致します。ですがご理解いただきたい。俺はまだ社交デビューすらしておらず、商人として、国を巡り王族として勉強していたのです。俺の顔を知っているのは、現国王派の貴族のみでね」

「それは別に構いません! それよりもっ、いきなり婚約なんて……!」


 レイク改め、ウィルフレッド皇子はその非礼を詫びるかのように頭を下げる。

 でも、ボクは確かに見た。全ては計画通りに進んだと言わんばかりの満足気な彼の表情を。

 その瞬間、ボクは全てを悟った。

 ――この国で彼と出会い王都に招かれた時から、既にウィルフレッド皇子の策にハマってたんだ。


「リュディヴィーヌ、様」


 声が震えるのを、抑えきれなかった。

 それを聞いて、リュディヴィーヌ様とエリザはボクの表情を見た。

 おそらく、ボクの顔は引きつっているだろう。

 冷静になれば二人とも気付くはずだ。

 この婚約は――断れないって。


「……もしもセシルがプレイアスに戻ってこなければ――カエクス、君は娘を取り戻すために()()()()()()だろう?」

「当然です」

「と、なれば、当然カエクスは前王派に鞍替えしてしまう。そうなれば、現国王派は敗北し、いずれヘスペリスとプレイアスは戦争になるでしょう。勿論、ロランの遺体の返還は行われない」

「で、でも、婚約をする必要なんて……っ」

「そうでしょうか? 婚約をしてランスロット家とアーサー家の繋がりを深くする……それが、現国王派の力を強くすることは貴方も理解しているはずです。早期の『遺体』の返還を達成するためには、最善手ですよ」

「……ぅ、で、でもでも!」

「言いましたよね。俺はまだ社交デビューすらしていないんです。婚約を機に表舞台に顔を出す口実になるし――セシルも王族の婚約者になった方が、ロランの返還のために動きやすくなる。それに、あくまで『婚約』ですよ。婚姻という訳ではない。……それをわざわざ断り、俺との関係を悪くする方がデメリットが大きいのではないですか?」

「ぁ、ぅ」


 リュディヴィーヌ様が小さく声を漏らす。

 この婚約には、感情を除けばデメリットは殆ど存在せず、メリットだけがある。

 そう、断る理由がないんだ。


「……セシル、いつか話してくれたね。『ある貴族のメイドとして働いている』と」


 ウィルフレッド皇子がボクに静かに語り掛ける。

 そういえば、王都に辿り着くまでの旅路で、そういう会話をしたっけ。


「俺はね、考えたんだ。その『ある貴族』の傍に居たいはずの君が、何故危険を冒し、この国に密入国してまでロランの遺体の返還を望むのか」

「……それ、は」

「その貴族の傍に居られなくなり、そこに戻るために必要だから――そうじゃないか?」


 どくん、と心臓が跳ねる。

 この皇子は、全てを見て来たみたいだ。

 あの僅かな会話で、そこまでたどり着くなんて……。


「ああ。傍に居られなくなった理由はどうでも良いんだ。ただ――『遺体』を取り戻し、その人の傍に戻りたいのなら、この話を断る理由はないだろう?」

「……そう、ですね」

「カエクスも。自分で言うのもなんだが、皇子の婚約者というステータスは、これ以上ない肩書きだと思っている。娘のために認めてくれないか?」

「……セシルが戻ってくるのであれば、私は何も言うことはありません。ただ……娘を悲しませるような真似をすれば、黙ってはいませんが」

「うん。勿論無理に手籠めにしたりするつもりはない。セシルが望めばその限りではないけどね」


 ふっと悪戯っぽくウィルフレッド皇子が笑う。

 笑ってる場合じゃないんですけど。

 怒涛の展開に置いて行かれそうになる思考を必死に回しながら、ボクはリュディヴィーヌ様とエリザを見た。

 二人は不安そうな顔でボクを見つめている。

 ……ボクはもう誰かを置いていって悲しませたり、しない。


「エリザとリュディヴィーヌ様と一緒に行動できて、人前以外では婚約者として振舞わないで良いというのなら……書類上でなら、構いませんよ」

「せ、セシル……」

「大丈夫です。ウィルフレッド皇子も、国のためを思っての行動ですし、カエクスさ……え、と。お父さん……を怒らせるようなことはしないと思います」

「……セシル。父と呼んでくれるのか……」

「……うん。だって……ボクはセシル・ランスロット……だからね」

「そうか……そうかっ……」


 お父さんがボクの頭を優しく撫でる。

 ……くすぐったいけど、でもこれで――ロランの遺体の返還にぐっと近づいた。そんな気がする。


「ウィルフレッド皇子も、策を弄するのはもう辞めてください。断れないようにと念を入れたのは分かりますけど、ここまで連れて来てから全てを話すだなんて卑怯ですよ」

「悪かった。これでも告白するのは初めてでね。話すタイミングを掴めなかったんだ。これからは婚約者にしっかり相談するさ」


 皇子は態度こそ申し訳なさそうにしているが、してやったりという顔をしていた。

 この皇子腹黒すぎない? ギルバート皇子の爽やかさが懐かしくなってきたよ。

 ボクがため息を吐くと、ウィルフレッド皇子はボクの前に近づき、突然跪いてボクの手を取った。


「これからは、ウィルと呼んでくれ。……俺のフィアンセ」


 そして、ボクの手の甲に軽くキスをする。

 っ、な、な、何してるのこの人っ!

 顔がかぁっと真っ赤になるのが自分でも分かった。

 それを見ていたリュディヴィーヌ様は我慢の限界を迎えたのだろう、ボクの顔を胸に抱えるようにぎゅうっと抱き着いてきた。


「うぁあああん! ダメっ! セシルのは私のだもん! 私と結婚するんだもん!」

「ちょっリュディヴィーヌ様っ胸が、くるしっ……!」


 多大な質量を持った双丘が、ボクの顔を全て覆った。

 何とか逃れようとするけど、反対側からはまた別の柔らかいものが押し付けられて阻止された。

 間違いなく二十年前とは比べ物にならないほど成長したエリザの身体だ。


「セシルは私のですから……っ」

「ふむ。ヘスペリスは愛の形に寛容だな。女性同士で愛し合ってるとは思わなかった」

「セシルは特別だもん! だって……だって~~~~っ!」


 流石にロランの生まれ変わりとは言えないリュディヴィーヌ様の絶叫が屋敷中に響き渡る。


「まあいい。カエクス、これからセシルの帰還祝いに呑まないか? こうなると思って、良いワインを持ってきたんだ」

「ありがとうございます、是非」


 二人の恐ろしい乳房に窒息させられながら、ボクは暢気なお父さんとウィル皇子の声を失いかけた意識の中で聴いたのだった。

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