謁見
大理石で作られた謁見の間には、ずらりと兵士が並んでいた。
案内されたボク達を様々な感情を伴った視線が射貫く。
或るいは奇異な者を見る目で、またある者は――どこか恐怖を帯びた眼差しで。
そうして待つこと数分。
階段を数段昇った玉座に、プレイアスの王であるマルスが現れる。
ボク達はすかさず頭を垂れた。
上目に様子を伺う。
ボクが討ち取った前王の面影がどこか感じられるマルス王は、ボク達を見下ろし――微笑んだ。
「よくぞここまで来てくれましたな。ヘスペリス皇女、リュディヴィーヌ殿。どうぞ頭を上げてください」
「私のこと、知っていらっしゃるのですか?」
「拝見するのは初めてですが、“商人”から聞いております」
その言葉を聞いて、周囲がざわめく。
マルス王は今日の謁見のことは、側近の何人かにしか話していなかったらしい。
目立つ場所に立つ人たちの数人は、主の言葉を聞いても動揺せず、油断のない視線でボク達を見つめていた。
「そして、その隣に居るのが――」
「エリザ・フォレスティエです。……何人かは、見知った顔がいらっしゃるので知っているかと思いますが」
「く、輝剣騎士隊のリーダー……!?」
「あれが――!」
悲鳴にも似た声が上がる。
どうやら、その名前はプレイアスに恐怖と共に伝わっているらしい。
エリザが複雑そうな表情を浮かべている。皆に怖がられるのはやっぱり気分が良いものではないからしょうがないけど。
「静まれ。『謁見』という形である以上、彼女らに敵対する意志はない」
流麗な金髪の美女が凛とした声で言うと、瞬く間に騒ぎは収まった。
……相当な実力者だ。あの女の人。
佇まいに隙はなく、口ではそう言いながらもエリザが暴挙に及べばいつでも応戦出来るように構えている。
勿論、こちらに敵対する意志を見せないように剣に手をかけてはいないけどね。
「もう一人、そちらの方が、我が国の誇る守護の竜を打ち倒したという、『ドラゴンスレイヤー』ですかな」
「……谷を守っていた竜のことを指すのであれば、それはボクです」
顔を上げる。
すると、マルス王は息を呑んだ。
ボクのような少女が竜を倒したのが意外だったのだろう。その表情は驚愕に彩られていた。
「守護の竜を……?」
「バカな。あれが破られるなど……」
……あの竜は、あの谷に棲み着いたんじゃなくて、プレイアスが用意したものだったのか。
兵士を見張りに立たせていなかったということは、よほどあの竜に信頼を置いていたらしい。
入国するためとはいえ、少し申し訳ないことをしちゃったかな。
「……失礼。名を聞いても?」
「はい。セシル・ハルシオンと申します」
「ハルシオン……か。そのような騎士の名前は聞いたことがないな」
ボクは曖昧な笑顔を浮かべて、その質問をやり過ごす。
じろじろと好奇な目がボクに集まるが、それはすぐに隣のエリザへと移った。
マルス王がああ言っても、兵士達からしてみれば、エリザが倒したという方が納得出来るからだ。
大方、エリザが弱らせて、ボクは止めを刺しただけ――彼らはそう思ったことだろう。
しかし、中にはボクのことを警戒している者達も居るようだ。
先ほど兵士を一喝した女性と、数名の人々は、ボクをじっと見つめていた。
「…………」
「……?」
マルス王は何かを悩むようにボクを見つめながら黙り込む。
「マルス様。私達が謁見を望んだ理由、分かっておいででしょうか?」
「ん。勿論。二十年前に交わされた条約の履行について……でしょうな」
リュディヴィーヌ様に言われて、マルス王がボクから視線を外す。
……いよいよ本題だ。
リュディヴィーヌ様が、ぎゅっと拳を握り締め、意を決してマルス王との舌戦に挑む。
「はい。我が国としては、二十年前の約束を果たされることを望みます。すなわち、ロランの遺体の返還です」
「……返還した途端、戦争を仕掛ける、などということは?」
「速やかに英雄の遺体を返却していただけるのであれば、こちらから攻撃を仕掛けることはないとお約束します」
これは想定した問答の内の一つだ。
『ありません』と答えれば相手に足元を見られる可能性がある。条件を破らない限りは、という制約を付けるだけでも効果がある。
エリザが伴っているのも効果的だろう。ヘスペリスでは輝剣騎士隊を辞めたエリザだけれど、その情報はプレイアスには伝わっていない。つまりは、リュディヴィーヌ様は輝剣騎士隊のリーダーがその場にいる上で、この発言をしているということになる。
なるほど、と小さく呟いたマルス王は、ふっと笑みを浮かべ――首を横に振った。
「申し訳ありませんが、まだ、返還は出来ません」
「……つまり、条約を履行するつもりはない、ということでしょうか」
思わず言ったボクの言葉に、マルス王が含み笑いをする。
そんなボクの手を、セリーヌ様が優しく握った。
「分かりました。……もしも何かお困りのことがありましたら、私個人の裁量の範囲で、お力になれるかもしれません」
「――そうですか。それは有難いお言葉です。私としても、ヘスペリスとの間に立ちはだかったこの問題は解決せねばと思っておりましてね。この件は、しっかりと検討させていただきたい。お連れの方の気を悪くされたのなら、申し訳ありませんが」
「いえ……大丈夫ですよ」
ね。とリュディヴィーヌ様がボクの手をぎゅっと強く握りしめる。
「では、失礼致します。土産を持たせます故、少々お待ちいただけますかな」
「はい。お時間を取っていただいてありがとうございました」
マルス王が微笑むと、そっと玉座を後にする。
……何か言葉の裏でやり取りがあったみたいだ。ボクは気付かなかったけど……。
王が謁見の間から居なくなったことで、警戒していた兵士達がボク達を気にしつつ部屋の外に出ていく。
残ったのは、先ほどの美女ともう一人、白髪交じりの髭の生えた男だった。
その男に、ボクは見覚えがあった。
確か二十年前。王の片翼を守っていた騎士だ。
彼は頭を下げると、ボク達に挨拶をする。
「ようこそ。エリザ殿は久しぶり、ですかな」
「……そうですね」
「名乗る暇はありませんでしたが。……私はダンストン・ボールス。この国を支える貴族の一人です」
「貴族……? なのに戦争に参加していたんですか?」
「ええ、まぁ。プレイアスは貴族が国王様から領土を与えられていましてね。その中で兵を鍛え有事の際には将として、参戦することになっているのです。……お若いのに詳しいのですな。ドラゴンスレイヤー殿は」
「あ、いえ。あはは……エリザ様と顔見知りなら、戦場で会ったのかなって」
いけない、思わず口出しちゃった。
ロランの生まれ変わりだから知っている、なんて答える訳にもいかないし、絶対にややこしくなるから言えないから、発言には気を付けないと。
そんなボクから、ダンストンの隣に立つ美女は決して目を離さない。
な、なんだろう。勝手にマルス王へ発言したことで警戒されてるのかな。
「……失礼。ミア。気になるのは理解するが、まずは自己紹介からだ」
「は……すみません、ダンストン殿。自己紹介が遅れたこと、お詫びします。私はミア。ミア・トリスタンです。宜しくお願いいたします、リュディヴィーヌ様、エリザ殿、……セシル殿」
ミアが名乗ったところで、侍女が扉から入ってこちらへと歩いてきた。
「ミア様、ダンストン様。準備が出来た、とのことです」
「あい分かった。皆さま方、お土産の準備が出来たようですので、付いてきていただけますかな」
「はい。分かりました」
歩き出したボクの隣で、エリザが警戒しなくて大丈夫か、と目くばせをする。
ボクはそれにウィンクで大丈夫だと返した。リュディヴィーヌ様に何か考えがあるみたいだし、任せてみよう。
それでもし何か危険があったら、ボクが全力で守ればいい。
ミアとダンストンに付いていく。
到着したのは、城の裏門だった。
そこには、フード付きの外套を纏い、一般市民の装いをしたマルス王が立っていた。
「ご苦労。ダンストン、ミア。無理な願いを聞いてくれて助かったぞ」
「王の願いならば。何か考えがあるのでしょう?」
「あぁ。無論、リュディヴィーヌ様が聞く耳の有る方であることが条件だったが……聡明な方で助かった」
マルス王が笑顔を浮かべると、リュディヴィーヌ様もにっこりとする。
「……聞く耳の有る方……?」
「うん。あのね、マルス様は『まだ返還出来ない』っておっしゃっていたでしょう?」
「え、ええ。そうですね」
確かにそう言っていたけど……ボクには、それが問題を先延ばしにするような気のない言葉にしか聞こえなかった。
「謁見を認めてくれた……ということは、交渉の意志はある。でも、『まだ』返せない。ということは、返還したいけど、何か理由があって出来ないってことかもしれないって思ったの。だから――」
「“私個人の裁量の範囲で、お力になれるかもしれません”。何か理由があるなら聞くと、リュディヴィーヌ様はそう示してくれた。だからこそ『土産』を用意することが出来た、ということだ」
その言葉に、エリザは驚いたような表情でリュディヴィーヌ様を見た。
もっとも、ボクも同じような顔をしていただろうけど。
凄い、そうとしか言葉が浮かばない。
どこか奔放で、天真爛漫なリュディヴィーヌ様がマルス王の心情を読んで、言葉の外でやり取りをしていただなんて。
リュディヴィーヌ様が自信に満ちた表情で、ボクとエリザに頷く。
その顔に、ボクは心底、彼女が王族の娘なのだと思い知らされた。
「それじゃあ、お土産を貰いにいきましょう。ちゃんと説明してくれるんですよね?」
「勿論。……では、参ろうか。説明するにふさわしい場所へ」
フードを深くかぶり、マルス王が一人で歩き出す。
ダンストンとミアはそれを見送るだけだ。
「護衛は?」
「大勢で歩けば、国王だと気取られ兼ねない。それに、あなた方を信頼するという証拠でもある」
マルス王が淡々と答え、歩いていく。
……一般市民の格好をして、護衛すら伴わずボク達と街に出る。その行動は、国王が絶対にしてはいけない危険なものだ。もしもボク達がその気になれば、彼を捕えて人質にすることだって出来るのだから。
それでも、マルス王はそうした。それは、ボク達に対して『自分が口にした言葉は嘘ではない』という覚悟を見せつけるかのようだ。
こうまで行動で示されたら、信じる他無いか。
ボク達三人は、マルス王に従って歩き出した。
進む先は、王都に入った時に沢山の人々が入っていった教会だった。
「ここは……?」
「礼拝堂だ。鍵を掛けられるし――実物を見てからの方が信じて貰いやすいだろう」
実物? と首を傾げながら礼拝堂の中に入ったボク達の目に飛び込んできたものは、
――ロランの遺体だった。
思わず息を呑む。
前世の身体は、ローブに身を包まれ、水晶のような透明なものの中で永遠の眠りについている。
後ろで鍵が閉まる音で我に返って、ボクはマルス王に目をやる。
「あれ、って」
「……左様。ロランの遺体そのものだ。劣化しないよう、魔法によって保護されているんだ」
「どうして、礼拝堂に……?」
声が出ないエリザとリュディヴィーヌ様の代わりにボクが問うと、マルス王は目を瞑って――ゆっくりと語り始めた。