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仲違いと仲直り

「ギュリヴェール先生」


 俺に、弟子のフランツが小声で話しかけてきた。

 今俺たちが居る聖剣の間には、俺を含め十二人の騎士たちが座っていた。

 隣ではエリザがイライラした様子で腕組をしている。

 俺はフランツに目をやって、低い声で返事をする。


「分かってる。でも、今はエリザの言葉を待て」

「はい……」


 フランツが不安そうな表情を浮かべる。

 やれやれ。輝剣騎士隊クラウ・ソラスたるもの不安や恐怖などのマイナスの感情は出すなと言い聞かせているのに、言っても聞きやしない。一体誰に似たんだかな。

 

「もう一度言ってくれるかしら」

「何度でも言うよ、エリザ」


 かつて隊長とも共に戦った二十年来以上の戦友、シャルロッテ・レストナックがエリザに笑顔を向ける。

 だが、その可愛い印象を与える整った容姿の下には自らの言い分を理解しようとしない者に対する怒りが満ちていることを、付き合いの長い俺ははっきりと感じていた。

 もちろん、それはエリザも分かっているだろう。

 

「ぼくたち輝剣騎士隊クラウ・ソラスは、リシャール第一皇子に王位を速やかに譲るよう、女王陛下に進言すべきだと言ったんだよ」

「……何を言っているの。第二皇子、第一皇女が今年、王立学園に入学するわ。お二人がその学校を卒業してから貴族院での投票で次期国王を決める……そう女王陛下が仰られていたでしょう」

「ああ。でもそれは女王陛下が仰っているだけだ。ぼくらは納得していない」


 シャルの目が獰猛に光ると同時に、この部屋に居る約半数がシャルロッテの言葉に頷いた。

 そのうちの殆どが、かつての戦争を勝利に導いた戦友だ。

 

「シャルロッテ、貴女の言っている意味が分からないわ。女王陛下が王位にしがみつこうとしているのならともかく、最善の形で王位を譲ろうとしているのよ?」

「最善? どこがだ。卒業までの間、あの女王陛下が玉座に居座るんだよ。ヘスペリスの国益がどれだけ失われるか、考えたことはあるのか?」


 なっ、とエリザが絶句する。

 そういう俺も、言葉をなくしてシャルを見つめた。

 女王陛下が暴君ならばともかく、彼女は夫である元国王を病気で亡くしてからその代わりを良く務めている。

 何故シャルがいきなりこんなことを言いだしたのか、原因は明白だ。

 ――第二皇子ギルバート様の、婚約。

 彼が有力な貴族であるフィッツロイ家と結びついた、それに危機感を覚えた第一皇子が、シャルに接触を図った。まあそんな所だろう。

 その結果、理由は分からないが、先ほどシャルの言葉に同意した輝剣騎士隊クラウ・ソラスの面子共々、シャルはリシャール様派になった、ということか。

 

「……言いたいことはあるけれど、貴女の今の発言は騎士の領分を超えたものだわ。撤回しなさい」

「撤回……? 何故?」

「分からないの? 私達は女王陛下に仕える騎士隊なのよ。そんなことを言う権利は無いでしょう」

「違うね、エリザは間違っているよ。ぼくらはヘスペリスの平和の担い手だ」


 強い口調で言い放ったシャルは、エリザを睨みつけた。

 

「ヘスペリスの民の笑顔が守られればいい。ロランも、そう言っていた。彼の言葉を守るためには女王陛下よりもリシャール様が王位に座るべきだ。エリザと同じで、頼りがいが無さすぎるからね」

「っ」


 その言葉に、エリザが言葉を詰まらせた。

 ロランに囚われているのは、エリザだけじゃない。シャルも同じだ。

 一人称を真似するほど憧れていた男。その後釜を継ぐことになったエリザに誰よりも対抗意識を燃やしていたのは、シャルだった。


「……ロランは、平和を望んでいたわ。なにより、今の女王陛下を一番傍で守っていたのは彼自身よ。その女王を、裏切るというの」

「裏切る? そんなつもりはない。あくまで進言するというだけだ。ぼくたちは、リシャール様の能力が女王陛下よりも上だと思っている。ヘスペリスのためを思うなら退位なさった方が良いというだけだよ」

「……そんなこと、私が認めるとでも?」

「そうだね、エリザは認めないと思っていたよ。ただ知っていて欲しいと思って。この国で圧倒的な影響力と実力を持つ僕たち輝剣騎士隊クラウ・ソラスの半数が、リシャール皇子こそ王に相応しいと思っている、ということをね」


 話はそれだけだ。と言って、シャルが立ち上がり、戦友たちを引き連れて部屋を後にする。

 そして、エリザの横を通りすぎる際小さな声で呟いた。

 

「ロランの遺志を継ぐのにふさわしいのは、ぼくだ。すぐにそこから引きずり下ろすよ」

 

 エリザはその言葉を聞いて、唇を噛み締めた。

 背後の扉が閉まる音を聞きながら、俺は拳を握りしめるエリザの姿をじっと見つめていた。

 

 

                ☆

                

                

「っつーことがあったんだよ」

「はぁ、左様でございますか」


 こぽこぽとハーブティーのいい香りが立つのを嗅ぎながら、ボクはギュリヴェールの言葉に生返事をした。

 三つ分のティーカップをトレイに乗せる。

 ついでにお茶菓子もだ。今日は最近巷で流行しているタルトを作ってみた。

 最近は魔法技術の進歩のお陰で色々な道具が発明されていて、色んなお菓子が作れるようになって楽しい。火力調整が出来るお陰で焦がす心配もないしね。

  

「むぐむぐ……おぉ、今日のも美味いな」

「つまみ食いは辞めてくださいますか? というかなんでキッチンに居るんだよ。皇子は客間でセリーヌ様と一緒に居るんでしょ。護衛ならしっかり対象についててくれる?」

「わざわざ今の話を隊長……」


 ギロリ。

 

「おっと、セシルに話に来たんじゃねぇか。いててっ! 蹴るんじゃねぇよ! しかも割と本気めに!」

「二度とそう呼ぶなって言ったよね?」


 ボクは大きくため息を吐き出しながら、ギュリヴェールと共に客間に移動する。

 あのパーティから、数週間。

 このアホことギュリヴェールは、最近よく家に顔を出すようになった。

 というのも、婚約して以来ギルバート様がよくセリーヌ様を訪ねて屋敷に来るようになり、その護衛という名目でついてきているのだ。


「悪かったよセシル。でさ、どう思う? 今の話」

「……シャルがそんなことを言い出すとは思わなかったかな。半数……しかも二十年以上前からの古参組が殆どリシャール皇子派になるだなんてね」

「だよな。……なんつーか寂しくてさ。こうも簡単に、内部分裂するもんなんだなって」

「……」


 同じ釜の飯を食った仲なんだ。ボクの記憶の中の彼女たちは喧嘩はするだろうが、仲間割れなんかするとは思えない。

 

「……二十年。それだけ時間があれば、人同士の関係なんて変わってしまうものだよ」

「そういうもん、かな」

「悲しいけどね。変わらないものもあるとは思うけど」

「まぁな。シャルもエリザも、お前の言葉を守ろうとしてる所は変わってねぇよ。……だからこそ、どっちも無碍にする訳にはいかないんだよな」

「……はぁ。もぉ、しょうがないな」


 やれやれ、とボクはため息を吐きだす。

 ギュリヴェールは不満やストレスを貯め込むタイプだ。特に副団長という立場になってからは、部下に吐き出す訳にもいかないだろう。

 ここで知らんぷりをするのも気が引ける。一言励ましてやるくらいは別に良いか。

 

「ボクは、自分がすべきことをしっかりとやってればいいと思うかな」

「自分に、出来ること?」

「そう。ギュリヴェールが今一番すべきことは何?」

「……ギルバート皇子の護衛、かな」

「うん。誘拐されかけた訳だし、シャル達はしないだろうけどリシャール皇子が強引な手を使ってこないとは限らない。そんな状況に置かれた皇子を護衛し守るのはギュリヴェールの役目だ」

「ああ……そりゃそうだけど」

「それが今のギュリヴェールがやるべきことだよね。でも、場面場面でそれって変わると思うんだ。守る対象が変わったり、そもそも逆に敵を打ち負かしたりしなきゃいけなかったりね。そういう場面でも、自分がやるべきことをしっかり熟していけばいい」

「それでシャルや輝剣騎士隊クラウ・ソラスの奴らと戦うことになったとしても、か?」

「勿論。だって、ギュリヴェールはやるべきことだって思ったんでしょ。ならそれを信じたらいい」


 トレイを持ち上げつつ、ボクはまだ納得いってない様子のギュリヴェールを見て、微笑みかける。

 

「大丈夫。ロランの知ってる君は女癖が悪くてだらしないけれど、悪人じゃない。君がやらなきゃいけないって思ったことは正しい道なはずだよ」

「……、……そっか。ありがとうセシル」

 

 お、やっと笑った。一安心かな。


「……あーあ、気付かなきゃよかったぜ。こんなこと」

「? 何が?」

「アンタが可愛いってこと」

「だっ、から。いきなり可愛いとか言わないでくれる? 驚くから!」

「こないだは自分で自分のことを可愛いって言ってたじゃねぇか」

「あれは場のノリとか冗談もあるから! もぉ、良いから扉開けてよ」

「へいへい」


 まったくこの馬鹿。とにかく可愛いって言えば嬉しがると思ってるな?

 ……まあ、嬉しいんだけどさ。

 ギュリヴェールが開けた扉から中に入ると、セリーヌ様とギルバート様が会話している途中だった。

 

「お待たせしました。ハーブティとお菓子です」

「ありがとう、セシル。君のお菓子はコックに負けないくらいに美味しいから、楽しみにしていたよ」


 言いながら皇子が優しくボクに微笑みかけた。

 ふわぁ、今日も皇子の笑顔は破壊力抜群だ。

 いけない。ギルバート様はセリーヌ様の婚約者なんだ。ボクにその気はないが、それでも顔を赤くしようものならただでさえ最近上手くいっていないセリーヌ様との関係が修復不可能になるかもしれない。

 ……ああ、なるべく考えないようにしてたのに、思い出してしまった。

 そう、あのパーティから帰ってきてもう数週間経つというのに、ボクとセリーヌ様はまだギクシャクしたままなのだ。

 怒った後にボクが皇子の所に行っていたということが分かってバツが悪いというのもあるだろうし、あの時何か言おうとしたタイミングで皇子にプロポーズをされたものだから言いそびれてしまった、というのも大きいだろう。

 何とかお菓子などでご機嫌を取ろうとしてみても何も言ってくれないし……かといってボクからあの時の話を振るのもセリーヌ様に悪いし。

 あぁもう、どうすればいいんだよぉ。

 

「セシル? どうかしたのだろうか」

「い、いえ。なんでもないですよ」


 いけない。お客様に心配を掛けるなんてメイド失格だ。

 ボクは笑顔を浮かべると、ぺこりとお辞儀をする。

 

「それでは、何かありましたらお呼びください」


 そして、足早に部屋を出た。

 は~ぁ、どうやって仲直りすれば良いんだろ。

 

「お嬢様とはまだ仲直り出来てないのか?」

「きゃっ」

「……女の子っぽい声だな」

「だから女の子なんだってば。ギュリヴェール、ついてきてたの?」

「二人きりにしてやろうと思ってな」


 なるほどね、ギュリヴェールなりに気を利かせたってことか。

 それならまあ、文句はない。セリーヌ様とギルバート様の仲が進展するのは喜ばしいことだし

 

「で? どうなんだよ」

「まあ、うん。あれから殆ど話せてないんだ。どうすればいいか分からなくて」

「女の扱い、前世から苦手だもんな。俺が良い方法を教えてやろうか。女性と喧嘩した時にすぐに仲直りする方法」

「……嫌な予感がするんだけど?」

「気のせいだって」


 こいつの言う仲直りの方法って、浮気がバレた時のじゃないの?

 ……でも、他に相談できる人も居ないしなぁ。

 同僚に相談してみたけど、セリーヌ様の事と分かると『自分じゃ力になれない』って言ってアドバイスすらしてくれなかったし、友達なんか一人も居ないし。

 藁にも縋る気持ちで聞いてみようかな。もしかしたら、本当に役に立つかもしれない。

 

「……じゃ、教えて」

「了解、実践するぞ」


 ボクが同意すると同時に、ギュリヴェールはボクの顎に手を当てて上を向かせる。

 …………はっ!?

 

「ちょちょ、ギュリヴェール!?」

「まずはこうやって上を向かせてだな」

「ちょっ、まっ、これ、この体勢……っ」

「顔を近づけて……」

「ぁ、ぅっ……」


 なな、何をしてるのこいつっ!

 これじゃまるで、キス、みたいじゃ……!

 

「~~~~~っ、だめぇ……っ」

「……ごめんなさい。許してください。って囁けば一発だぞ」


 ぱっとギュリヴェールが離れる。

 ボクはへなへなとその場に力なくへたり込んだ。

 こ、腰が、腰が抜けた……っ。

 

「……っくっくっく。顔真っ赤だぞ」

「お、おまえっ……! か、からかったな……!?」

「まさか。俺はこうやって女に許してもらってきたからな。つまり、逃げられないようにして素直な気持ちを言えば大丈夫ってことだ」

「じゃあ顎をくいってする必要なかったよね!?」

「それはお前を照れさせてやろうとしただけだ。思ったより赤くなったな? 俺もまだまだイケるなこりゃ」

「やっぱりからかってるじゃないかっ!」


 ドッドッと鳴る心臓が恨めしい。さっさと治まってくれ。いや、寧ろ止まれ。


「……自害する」

「は?」

「剣を寄越せ。割腹自殺するぅ~!」

「ちょ、落ち着けっ」

「うわぁん! お前なんかにドキドキするなんてサイテーだよぉ! 死ぬぅ! いっそ殺してくれぇっ!」

「た、頼むから静かにしてくれ。そんなに騒ぐと、皇子が――」

「なんの騒ぎだい?」

「セシル、何か泣き声が……」

「ふぇぇ、セリーヌ様ぁっ」


 扉が開き、中から出てきたのはセリーヌ様とギルバート様だった。

 ボクはそそくさとお嬢様の後ろに隠れる。たすけて。

 状況を扉から現れた二人が把握するにつれて、周囲の雰囲気が急激に冷えていく。

 

「ギュリヴェール。まさか、セシルに手を出したのか?」

「いやっ、違います皇子殿下。セリーヌ様とちょっと上手く行っていないって言ってたんで、相談に乗っていただけで」

「相談だけでこんな風に取り乱して泣き出すなんてことあり得ないと思います。それも、セシルがわたくしに隠れるだなんて。……酷いことをなさったのではなくて?」


 ぞっとするほど、二人の声は冷たい。

 その二人の声を聴いて、ギュリヴェールは思わず背筋を伸ばして直立不動になった。

 

「いえっ、そんなことは決して!」

「セシルに聞いてみれば分かることだね。セシル、ギュリヴェールに何かされたのかい?」

「辱められました」

「ちょっと待てっ! 今この状況でその言葉はシャレにならねぇぞ!」

「言い訳は牢獄で聞くよ。衛兵を呼んでくれないか、セリーヌ」

「ええ。処刑は拷問の後でお願いいたします」

「誤解です、誤解なんですよっ! ちょっとからかっただけで! すみませんでしたぁっ!」


 ギュリヴェールが慟哭しながらギルバート様にひれ伏す。

 ざまぁみろ。ボクを恥ずかしがらせた罰だ。

 ギュリヴェールが土下座してギルバート様に懇願したのを見てから、ボクは彼とは友人関係で、からかわれただけだと説明して誤解を解いてやる。

 しかしギルバート様の怒りは治まらなかったらしく、ギュリヴェールは『私はメイドに手を出そうとしました』という看板を首から掛けさせられたまま、ギルバート様がボクの作ったタルトを堪能し王城に帰るまで部屋の端っこに立たされていた。

 ……ギュリヴェールにドキドキしちゃったことは、無かったことにしよう。

 今日のことは黒歴史認定して、ボクは忘れることにしたのだった。



                       ☆



 夜、寝る前にホットミルクを入れて、ボクはセリーヌ様の部屋に訪れた。

 ギュリヴェールから庇ってくれたことを口実にして、なんとか仲直りしたい。そうすれば草葉の陰で眠るギュリヴェールの御霊も報われるだろう。死んでないけど。

 

「セリーヌ様、飲み物をお持ちしました」

「……ええ、いいわよ。入って」


 返事が来たのを確認して、扉を開き中に入る。

 セリーヌ様は、ベッドに座っていた。

 ネグリジェ姿がセクシーだ。思わずドキドキしながら、ボクはマグカップをテーブルに置いた。


「ホットミルクです」

「ええ、ありがとう」


 マグカップを飲み、ほう、とセリーヌ様が吐息を吐き出す。

 あ、口の周りにヒゲみたいに白い跡が付いちゃってる。

 ボクはハンカチを取り出し、セリーヌ様に近づいた。

 

「セリーヌ様」

「? 何かしら?」

「ちょっと動かないでくださいね」


 ボクは拭きやすいようにセリーヌ様の顎を持ち上げ、少し上を向かせる。

 

「せ、セシル? どうしたの?」


 戸惑うセリーヌ様の声を聴きながら、ボクは顔を近づけた。

 そして、気付く。この体勢、昼頃にギュリヴェールにされた格好と一緒だ。

 ボクは思わず、セリーヌ様の顔をまじまじと見つめる。

 長い睫毛と整った顔立ちが美しい。桜の花びらのような薄ピンクの唇が瑞々しく見える。

 そして、口周りの白いひげが笑いを誘った。

 

「人の顔を見て笑うなんて失礼よね?」

「すみません、ふふふっ。口の周りにホットミルクがついていて、ヒゲみたいになっていまして」

「それならさっさと拭きなさいっ」

 

 顔を赤くしてセリーヌ様が怒る。

 ボクは笑いを堪えながら、ハンカチでセリーヌ様の口の周りを拭き取る。

 そしてそのままぎゅっとセリーヌ様の身体を抱きしめた。

 

「きゃっ」

「パーティではごめんなさい。許してください、セリーヌ様」


 ギュリヴェールに習ったようにして、呟く。

 すると、セリーヌ様はボクの背中に腕を回して、ぎゅっと抱き返してくれた。

 

「わたくしこそ……ごめんね。謝るタイミングを伺っていたんだけど」

「最近はギルバート様がずっといらっしゃいましたし、仕方ないですよ」

「うん」


 ぎゅーっとセリーヌ様が抱きしめる腕の力を強めていく。

 それに比例して、感じる温もりと柔らかい感触も大きくなる。

 

「……あのう、セリーヌ様?」

「なぁに? セシル」

「胸が当たっているのですが?」

「いつも物欲しそうに見ているから、今日はお詫びも兼ねてサービスをしてあげているの。嬉しいでしょう?」

「どこをどう見たらそう見えるんですか忌々しいとは思っていますが物欲しげに見たことなんてありませんそんな脂肪の塊を押し付けられて嬉しいと思うはずがないじゃないですか」

「とんでもない早口ね。必死すぎよ」

「早口にもなりますよ。とんだ言いがかりです」

「でも毎日怪しげな豊乳体操とかいうトレーニングをしているわよね?」

「まあ? 自分の胸が? 大きくなればいいかなとは? 思わないでもないですけど?」

「もぉ、セシルは素直じゃないんだから」

「セリーヌ様には負けますよ。ボクは結構素直です」


 セリーヌ様が苦笑しながらボクの頭を撫でる。

 ボクはいじけたように顔を背けながら、心の中で安堵した。

 ああ、良かった。いつも通りの関係に戻れた。

 

「嬉しかったでしょう? ねえねえ」

「胸を使った煽りすっごいムカつくのでやめてもらって良いですか?」

「めちゃくちゃ効いてるじゃないの」

「うるさいですよ。うるさいですよ」

「どうして二回言ったのかしらぁ?」


 ぷにぷにセリーヌ様がボクの頬を突っつく。おにょれ。

 ボクはされるがままになりながら、セリーヌ様におちょくられ続けた。

 その代わり、いい匂いがしたり柔らかい感触がいっぱい押し付けられたりした。嬉しいってことは絶対に口には出さないけど、かなりの役得だったのは言うまでもない。

 数十分経って、セリーヌ様はボクにくっついたまま眠ってしまった。

 

「……ん、ぅ、セシルぅ……」


 もしかしたら、よく眠れていなかったのかな。セリーヌ様も悩んでいたのかもしれない。

 ボクはそのままセリーヌ様をベッドに寝かせ、布団をかける。

 

「おやすみなさい。これからもよろしくお願いします、セリーヌ様」

 

 天使のような寝顔の頬を撫で、灯を消した。

 仲直り、出来て良かった。

 ボクは音を立てないようにそっと扉を閉め、上機嫌で部屋に戻った。

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