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謁見前夜

 王都アーサーが誇る王城『ペンドラゴン』は、夜に包まれていた。

 闇が嘶くかのように強風が吹く。

 ガタガタと窓が揺れる音を聞きながら、円卓に集まった貴族達はろうそくの火がゆらゆらと照らす国王、マルスの顔を見つめていた。

 ヘスペリスと違い、プレイアスは灯りや下水等、いわゆるインフラ設備への魔法技術の転用は全く進んでいない。

 理由は簡単だ。プレイアスは魔法技術を戦闘用として研究してきたからだ。

 そんな仄暗い室内に座る貴族の一人が、重々しく口を開けた。

 

「つまり――陛下はこう仰られるのですね。『竜の守護』は、破られたと」

「左様」


 つい先程、国王からの招集が掛かり、一人を除く全員が集合したその場で、国王は告げた。

 隣国ヘスペリスからの侵攻を封じ込める虎の子――かつてはこの王都を守護していたドラゴンが、何者かに倒された、と。


「……王都の護りを薄くしてでもヘスペリスとの国境を守らせていたのに、それが破られるとは……」

「……やはり陛下の甘言に乗ったのは間違いでしたな」

「ヨハン! 貴様、陛下になんという口の利き方を……!」


 ダンッ、とテーブルに拳を叩きつけ、ダンストンがいきり立つ。

 それを鼻で笑って、ヨハンはダンストンへと軽蔑を隠さない視線を向けた。

 マルス国王はそれを見て小さくため息を吐き出した。

 ――前国王の死から、二〇年。

 この手のいざこざは日常茶飯事だった。

 プレイアスという国は、この王都アーサーをぐるりと囲むように、八人の有力貴族たちに領地が与えられている。

円卓の貴士(ラウンドオブノーブル)』。プレイアスの人々がそう呼ぶこの国の主柱たる貴族達は、二つの派閥に別れて憎しみ合っていた。

 現国王の意向に従う現国王派と、戦争を厭わない国土拡大主義の前王派。

 同じプレイアスという国を想っているはずなのに、二つの派閥はいがみ合い、纏まりを見せようとは決してしない。

 

「二十年前、陛下は仰いましたな。他国からの干渉を避け、その間にプレイアスの乱れを整える、と」

「ああ」

「ですがどうです? 二十年間、決して纏まりは見せなかった。陛下がやったのはお世継ぎを一人用意した程度ですか」


 ヨハンが嫌味たっぷりに言った。

 それを聞いて、ダンストンは歯を食いしばって吐きそうになった言葉を飲み込んだ。


(纏まらなかったのは貴様らのせいだろうが!)


 現王の失脚を狙い、彼らが暗躍していたのは知っている。残念ながら、証拠は一つとして手に入れられていないが。

 そもそも、プレイアスが今日ここまで無事なのが奇跡なくらいだ。

 国土拡大を優先するあまり、プレイアスは内政がボロボロだった。戦争に次ぐ戦争で民は疲弊し、税金も高く一部を除いて崩壊が始まっていたと言って良い。

 ダンストンは拳を握り締めながら、空いた一席を見つめる。

 それを、類まれな政治力とカリスマで纏め上げていたのが、あの席に座っていたはずの男――カエクスだった。

 だが、もうカエクスはあの席に座ることはないだろう。


(……くそ、カエクスさえああなっていなければ、こんな不毛な十年を過ごさずに済んだというのに……!)


 そもそも、この『鎖国』という術を提案したのも、カエクスだ。

 ヘスペリスの要求から『例の遺体』の重要性をいち早く察知し、それを盾にプレイアス再建の道標を作ったというのに。

 彼はその半ばで、全てを捨ててしまった。

 

「守護の竜が斃された今、ヘスペリスからの進軍は時間の問題です。……その前に、今一度軍備増強をお考えになられてはいかがか?」


 ヨハンの言葉に、現王派の貴族達がいきり立つ。

 

「バカなことを! 戦闘の意志があると知れば、輝剣騎士隊クラウ・ソラスが黙っていない! 二十年前の戦争を忘れたのか!」

「はん。『ボレアリスの落日』さえなければ、あの戦争は勝っていただろう!」

「あれは前国王の采配ありきだ! 今我が国には、あのような軍神は居ない!」

「それはヘスペリスにも言えるだろう! あの英雄は居ない! 最早全盛期を過ぎた騎士ばかりの輝剣騎士隊クラウ・ソラスに負ける我らではない!」


 ヨハンが口角泡を飛ばしながらの発言を聞いて、国王マルスは静かに口を開く。

 

「――光の柱が、竜を討ち払ったと聞いている」


 その言葉を聞いて、貴族達はある光景を思い出して黙り込んだ。

 先程までと打って変わって、室内は波が引いたかのように沈黙に包まれる。

 

「……光の柱、ですと?」

「左様。皆も、よもや忘れてはいまい?」


 光の柱。

 それは、貴族たちの目に焼き付く光景だった。

 ――一人の騎士が空から降ってくる。

 光り輝く剣をその手に宿しながら、彼は帰り道の無い敵兵のど真ん中へ天から降り立ち、数多の守護魔法を打ち破ってプレイアス王の首を撥ねた。

 その男の名は、ロラン。

 ヘスペリス勝利の立役者にして、英雄だ。

 

「まさか……まさか。再び現れたというのですか? ヘスペリスに……?」

「さて。それは分からぬ」

「分からぬですと……!? その話が本当なら、最早我が国には未曾有の危機が訪れているといっても過言ではないではありませんか!」

「さて。どうしてそのような結論になるのか、この愚王には分かりかねるが」

「何をバカな……!」

「戦うと決まった訳ではなかろう? ヨハンはまるで――この後ヘスペリスと敵対するのが確定しているかのような言い方をするが?」


 ぐ、とヨハンが黙り込む。

 普段は貴族同士の口論を黙って聞き、当て擦りのような自分の言葉にも曖昧な言葉を返すだけの王が反撃してきたことで、反論が出来なかったのだ。

 

「し、しかし陛下。確かに争うと決まった訳ではありませんが……我が国としては、その――条約を破っている形になっているのは、事実です。守護の竜が消えた今、ヘスペリスからの非難と進軍は避けられないと思いますが……」

「そうかもしれないな。だが、直接話をしてみなければ分かるまい?」

「そ、それはそうですが……」

「とりあえず明日、ヘスペリスの皇女と腹を割って話し合って先のことは決めようではないか」

「……明日? 明日、なんですって?」


 ヨハンが思わず立ち上がりながら聞き返す。

 他の貴族たちも、呆然とした様子でマルスの顔を見つめることしか出来なかった。

 

「明日、ヘスペリスの皇女、リュディヴィーヌとその護衛二人との謁見をする」

「な、な――!」

「ああ、報告を忘れていたな。守護の竜を打ち倒したのはリュディヴィーヌ皇女一行だ。彼女たちは我が国に入国し、既に王都に到着している。そして、我との謁見を希望した。無論、断ることは出来ぬ」

「き、聞いておりませんぞ! 何故、そのような大切なことを――!」

「おお。言うのを忘れていた。すまぬなぁ。しかしヨハン、お前の言う『未曾有の危機』に対して準備する時間はなさそうだ。ここは国王たる我の舌に賭けて貰うしかなかろう」

「……っ」


 ヨハンが唇をかみしめる。

 せめて後二日、その情報が入っていれば幾らでも工作は出来た。

 だが、この直前になってからは動けない。リュディヴィーヌ一行に何かあれば、ヨハンの仕業だと露呈してしまうだろう。王都入りしている以上、表だって兵も動かせないし、証拠を掴まれる可能性は極めて高い。

 今はまだ、マルスが国の実権を握っている。故に表立って敵対行動をするわけにはいかないのだ。

 国王はヨハンが『ヘスペリスと敵対する』という意志を見せるのを待っていたのだろう。まるで蛇のように、暗闇に姿を隠して。


(勇み足だった……! くそっ、ロランめ……!)

 

 光の柱という言葉で動揺してしまった自分をヨハンは呪う。

 未だに自分はあの光を恐れている――それが晒されたようで、ヨハンは唇から血が溢れるほど奥歯を噛み締めた。

 

「……陛下。明日リュディヴィーヌ皇女が連れてくる伴の中に、その光の柱の主が居る、ということでしょうか?」

「左様。『ドラゴンスレイヤー』、と報告では聞いている」

「……警護を厚くしておきますか? 我が兵から精鋭をお付けいたしますが」

「構わぬ。争うつもりなら、向こうも少数精鋭で王都まで入り込んで、わざわざ謁見を申し込むような真似はしまい。話し合いに剣は要らぬ。必要なのは舌だけだ」


 マルスの言葉に、貴族達は黙り込むしかなかった。

 

「話は他にないようだな。次回の円卓会議は、リュディヴィーヌ皇女との謁見が終わり、話が纏まってからにする。足労して貰って悪かったな。……特にヨハンには」


 ふ、とマルスが笑いながら退席する。

 今回の目的に勘付いて、ヨハンは思わずテーブルを殴りつけた。

 これは、二十年間大人しかったマルスの宣言だ。

『お前の暗躍は、もう許さぬ』。

 あの王は、言外にそう伝えているのだ。

 もう少しで、策略は実ろうとしているのに、今になって自体が動き出すとは。

 同じ前王派の仲間達が心配そうに見つめているのを感じながら、ヨハンはマルスの出て行った扉を睨みつける。

 

(……慎重に事を進めたかったが――動いて貰うしかあるまい。我が娘に)


 ゆっくり慎重に止めは刺したかったがしょうがない。

 牙は、既にヘスペリスの王族の喉元へと食い込んでいる。後は力を籠めるだけだ。

 そう思いながら、ヨハン・パーシヴァルは、潜入することになっても一族の誇りを忘れたくないと偽名を嫌った気高い自らの娘――コレットへの手紙の文面を考え始めたのだった。

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