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王都

「セシルはあれほどの力を持っているのに、騎士にはならないのか?」


 馬に揺られていると、隣に居たレイクさんがそんなことを話しかけてきた。

 旅路は順調そのものだ。懸念していた盗賊なども出ず、街道を通って真っ直ぐ王都へと向かっている。

 少し先では、エリザが馬の操縦方法をリュディヴィーヌ様に教えていた。恐る恐ると言った様子で馬を操るリュディヴィーヌ様を見ながら、ボクは頷いた。

 

「そうですね。ボクは……メイドですから」

「メイド?」

「はい。ある貴族のメイドなんです」


 ボクの言葉に、レイクさんが驚いた表情を見せる。

 

「それは……面白いな」

「面白い、ですか?」

「あぁ。ドラゴンを倒せるメイドだろう? 最強のメイドだな。字面にすると中々に面白いじゃないか」


 レイクさんが堪えきれなかった、といった様子で笑う。

 うーん、確かにそうかも。実際、前世のボクは騎士として頑張ってたわけだしね。


「最強のメイド、ですか。それは確かに面白いですね」

「そうだな。メイド、か。メイドであることが嫌だったりしたことは、なかったのか?」


 レイクさんは遠くを見ながらそんなことを呟く。

 ボクは、今遠くにいる愛しい主人のことを思い浮かべた。

 

「まいっっっにち辞めたいと思ってましたよ」

「……そ、そうなのか? てっきり好きだからメイドをしているのだと思ったんだが」

 

 力いっぱいのボクの言葉に、レイクさんが驚いた表情を浮かべる。

 ボクはそんな彼に苦笑を返しながら、少し前の、自分でも意識せずに楽しんでいた生活のことを思い出す。

 

「主人はワガママ放題、いつもボクの睡眠時間を削ってきますし、休みが欲しいって言ってもダメって言いますし、貴重なオフの時間だってすぐ呼び出してきますし、面倒なことは殆どボクに任せて仕事を増やしますし……! いつも辞めたい。休みたいって思ってました」

「それは……ご苦労様、としか言いようがないな」

「本当にそうなんですよ。……でも」


 今、こうしてセリーヌ様の傍に居られないことを……ボクは心の底から寂しいと思っている。

 

「……でも……いざこうして、メイドをしていないと、なんだか……落ち着かないと言いますか」

「落ち着かない?」

「はい。だって、メイドとして働いているからこそ――傍に居られる人がいますから」

「そうか。なるほど、確かにそうだな」


 きっとレイクさんにも、そういう人が居るんだろう。ボクの言葉に強く頷いてくれた。

 今、ここにいるからこそ仲良く出来る人、出会えた人。

 そういう人が居るのなら、辛い毎日の仕事だって意外と気付かないうちに頑張れるものなんだって、今のボクにはそう思える。

 だからこそ、あの日々を取り戻したいんだから。

 

「……自分がこの立場にいるからこそ、傍に居られる、か」

「うぅ~、セシル~! 難しいよぉ!」

「あはは。大丈夫ですよ、馬に乗る時はボクやエリザが手綱を握りますから」


 癇癪を起こすリュディヴィーヌ様の方に馬を走らせる。

 そんなボクの背中を、レイクさんは何か考え事をするようにじっと見つめていた。

 

 

                ☆

 

 

 王都アーサー。

 ひんやりとした朝の気候の中、かぽかぽと馬の歩く音を聞きながら到着したそのプレイアスの首都は、人通りが多く活気のある場所だった。

 人々の流れは皆同じで、どうやら向こうに立っている教会に向かっているようだ。

 

「丁度朝のお参りの時間だから、皆教会に向かってるんだ」

「お参り……ですか?」

「ああ。首都アーサーの住民は、家族の一人が朝と夜に教会に参るのさ。平和を願うためにな。俺達も行くか?」

「いえ……休める場所を先に探しましょう」


 言いながら、ボクは自分の背中の方にちらりと目をやった。

 ボクの背中にしがみつきながら、すぅすぅとリュディヴィーヌ様が寝息を立てている。

 初めて国から出て、プレイアスに密入国してから既に三日。その間、慣れない野宿と旅路でリュディヴィーヌ様の疲労はピークに達している。

 

「それが良いだろうな。だが……どこで休むつもりだ?」

「宿屋……って訳にはいかないですよね」


 現在、プレイアスは鎖国中。

 見慣れない旅人が居るのはおかしいし、その旅人のための宿屋が拓いているとは思えない。

 

「……なら、俺の家に来るか?」

「い、良いんですか?」

「結果的に問題は起きなかったが、ここまで護衛して貰ったのには変わりない。それくらいは正当な報酬だ」

「……どうする?」


 エリザがボクに問いかける。

 ……ここまで親切だと何か裏が有るんじゃないかと思ってしまうけど、他に選択肢があるとは思えない。

 なによりも、これ以上リュディヴィーヌ様に無理はさせたくない。

 

「……よろしくお願いします。レイクさん」

「なぁに、この縁を大切にしたいだけさ」


 ひらひらと手を振って、レイクさんが歩いていく。

 たしかに、ヘスペリスの皇女と輝剣騎士隊クラウ・ソラスのリーダーであるエリザと繋がりを持つことは有益かもしれないけど……だからって密入国者を自分の家に連れて行くなんて、何というか大胆すぎる。

 国にバレたら、間違いなくレイクさんは罪に問われるだろう。

 横の繋がりやコネクションを大切にする商人ならではの感覚なのかもしれないけど……メイドであるボクにはピンと来ないなぁ。

 

「こっちだ。ついてきてくれ」


 リュディヴィーヌ様もずっと背負われていても疲れは取れないだろう。柔らかいベッドに寝かせてあげなきゃ。

 ボクとエリザはレイクさんの後ろに付いていく。

 彼の家は、街の外れの大きな庭のある豪邸だった。


「二階は全て客間になってる。好きな部屋を使ってくれ」

「ありがとうございます」


 レイクさんに見送られながら、ボク達は廊下の角にある部屋に入った。

 ボクはすやすやと寝息を立てるリュディヴィーヌ様をベッドにおろした。

 

「ふぅ……やっと一息つけるわね」

「そうだね。ボクも久しぶりの野宿だったから疲れたよ」


 ぐーっと伸びをして、空いているベッドに腰掛ける。

 エリザはボクの正面のベッドに座ると、微笑んだ。

 

「でも、久しぶりに一緒に旅を出来て、嬉しかったわ」

「うん。ボクもだよ」

「ただ……この後が大変だけど、ね」

「そうだね……何とかプレイアス王に謁見しないと」


 王都まで首尾よくたどり着けたけど、本当の難関はここからだ。

 国王への面会――見慣れない顔のボク達が謁見を申し込んだところで、断られるのが関の山だ。エリザに至っては、ほぼ間違いなく顔が知られているから、謁見を申し込んだ時点で、敵兵に囲まれる可能性だってある。

 無事に王に謁見し、遺体を返す約束をさせる……かなりの難問だけど、それをやり遂げるためにボク達はここに来たんだ。諦める訳にはいかない。

 エリザと頷き合うと同時に、扉がコンコン、とノックされた。

 

「あ、どうぞ」


 返事をすると、扉を開けたのはレイクさんだった。

 

「入浴と着替えの準備をさせた。女性で旅はなかなかに大変だったろう? 特に眠り姫は」

「ん、ぅ。お風呂ぉ……入りたい……」

「そうですね。いただきます」

「一階の右端だ。着替えはメイドに用意させて脱衣籠に入っているから自由に使ってくれていい」

「助かります。何から何まで」

「言ったろう? この縁を大切にしたいだけさ。礼と言っては何だが、良ければヘスペリスのことを教えてくれないか? 興味がある」

「じゃあ、エリザとリュディヴィーヌ様で先に入ってきてよ。ボクがレイクさんにヘスペリスのこと、話しておくから」

「……ええ。分かったわ。それじゃ、行きましょう。リュディヴィーヌ様」

「うぅぅ……セシルと一緒に入りたい……」

「ダメです。ほら、行きますよ」


 眠気でふらふらするリュディヴィーヌ様を支えながら出ていくエリザの背中を見送って、ボクは椅子に座った。

 レイクさんが軽く手を二度叩くと、扉の外に控えていたメイドが部屋の中に入り、湯気が立つ液体が注がれたティーカップを目の前に置いてくれる。

 一口、それを口に含む。

 ……なんだろう? どこかで味わったような味わいだ。

 フルーティな香りと甘い味……ヘスペリスのものとははっきりと違って、ボクはプレイアスのものの方が舌に合っている感じがする。

 

「美味しいです。ハーブティ……じゃないですよね?」

「紅茶だよ。そこにフルーツの果汁を淹れたものだ」

「へぇぇ……!」


 セリーヌ様もきっと気に入るだろうし、帰る時に持って帰ろう!

 ヘスペリスのハーブティは香りに特化したものだったけれど、プレイアスの紅茶は味も良い。

 思わず明るい声を出したボクに、レイクさんは微笑みを浮かべた。

 うぐ、ちょっと恥ずかしいかも。

 

「ヘスペリスにはないものなのか?」

「そ、そうですね。ハーブティが主流です」

「なるほどな。そこらへんの食文化の違いも面白いが……俺が特に興味があるのは、ロランの扱い、だな」

「ロランの……ですか?」


 ……どうしてそんなことが気になるんだろう?

 

「あぁ。英雄は、そっちの国ではどう扱われているんだ? 戦争の勝利の立役者だろう?」

「そう、ですね。救国の英雄……と呼ばれてますよ?」


 何故レイクさんがそんな質問をしたのか分からないまま、ボクはロランを元にした小説があること、食事の前に感謝の祈りを捧げていること、銅像が立っていて、そこに参拝する人もいるということを教える。

 レイクさんはボクの言葉に真剣に耳を傾けていた。

 

「……なるほどな。今でも英雄の遺体の帰還は待ち望まれているということか」

「勿論です。『割譲』と『賠償金』……その二つを免除する代わりに、返還を約束した訳ですしね」

「寧ろよく二十年近く我慢したものだ。約束の不履行で進軍しても文句はなかったろうに」

「それは……」


 リュミエール様の姿が思い浮かぶ。

 

「……女王様がロランのことを良く知ってたからでしょう」


 自分の遺体のために軍を進軍させることなんてロランは望まない。女王様はそれを理解していた。

 それと同時に、ロランの遺体を損壊されることも恐れたんだ。

 それなら、触れずにおいてチャンスを待つ。彼女はそういう性格だ。

 それが原因で輝剣騎士隊クラウ・ソラスが真っ二つに割れてしまって、リュミエール様はその選択を失敗だと思っているだろうけど……まだ失敗で終わると決まった訳じゃない。その選択が良かったと言えるようになる未来だってあるはずだ。

 

「……それで、この先はどうするつもりなんだ?

「なんとかプレイアス国王に謁見して遺体の返還を頼むつもりです」

「ほう?」

「謁見の許可は降りないでしょうけど……その方法を探さないと、ですね」

「仮に謁見できたとしても、密入国者だと自首しにいくのと同じだぞ?」

「大丈夫ですよ。いざとなったら逃げますから」


 逃がさず敵を倒そうとするのなら、救国クレイヴの《・》輝剣ソリッシュをもってしても刺し違えるしかない。

 でも、逃げるだけなのなら、やられずに逃げおおせる自信はある。

 ボクが防御に徹して、自分とエリザ、リュディヴィーヌ様を守りつつ、エリザに傷害を蹴散らして貰えれば撤退くらいは出来るはずだ。

 ボクのその言葉に、レイクさんは声を上げて笑った。

 

「ドラゴンスレイヤーにそう自信満々に言われたら納得するしかないな。分かった。謁見の件は俺が何とかしよう」

「え……ほ、本当ですか!?」

「ああ。本当だ」

「有難いですけど……そ、そんなこと出来るんですか?」

「これでも俺は王族御用達の商人でね。それくらいは融通して貰える。俺からの紹介なら時間を取って貰えるはずだ」

「あ……ありがとうございます!」


 ボクは思わずレイクさんの手をぎゅっと握る。

 やった! 宿を用意してくれた上に謁見の場まで用意してくれるだなんて、レイクさんは救世主だね!

 

「どういたしまして。その代わり、俺の願いも聞いてもらえないか?」

「レイクさんの願い、ですか。他の人に関係の無いことなら良いですよ」

「ああ。セシルに頼むつもりだ。今はまだ時期じゃないから保留にしておくが、その時が来たら頼めるか?」

「……し、失礼かもしれないですけど、変なことじゃないですよね? その、え、えっちなこと、とか」

「安心しろ。俺は巨乳好きだ」

「………………それなら良いです」

「セシル? 握られた手がミシミシと音を立てているのだが?」


 いけない。思わず恩人の手を握りつぶしそうになってしまった。

 手を離したレイクさんは自分の手の無事を確認しながら、椅子から立ち上がる。

 

「謁見の時間が決まったらまた連絡する。それまではあまり外に出歩かない方が良いだろう」

「そうですね。分かりました」

「必要なものがあるなら、一階にメイドが居るから彼女にお願いしてくれ。俺は屋敷を空けることが多いからな」


 分かりました、と答えたボクに微笑んで、レイクさんは手を振り部屋を後にする。

 ……願い事、か。彼が商人ということを考えると、ヘスペリスとの密輸とかかな?

 今考えてもしょうがないか。謁見できるようになったことをエリザとリュディヴィーヌ様が帰ってきたら報告して、ボクもお風呂に入ろう。

 とりあえず今は――余った紅茶を飲もうかな♪

 二人が帰ってくるのを待ちながら、ボクは余った紅茶をティーカップに注ぐのだった。


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