元悪役令嬢の、元メイド
――事件の概要について。
犯人、セシル・ハルシオンは、公爵家令嬢の使用人である立場を利用し、ミランダ・ドートリッシュを脅迫。コレット・パーシヴァルを退学に追い込んで、その罪をセリーヌ・フィッツロイに被せようとした。
しかし、その企みをギュリヴェール・マロンガに看過され、エリザ・フォレスティエに逮捕された。
動機はギルバート皇子を襲おうとしたことから、王族を狙ったものだと思われるが、詳しいことは不明。
逮捕されたセシル・ハルシオンの罪状は国家反逆罪。
その日のうちに特別牢に移送され、そこで動機や、依頼主が居なかったかどうかを調査している。
「どうかしら?」
ボクが『特別牢』のベッドの上で、エリザから差し出された書類を読み終え返すと、エリザは微笑を浮かべた。
「むー。この特別牢っていうのには異議有りだよー」
「申し訳ありません。流石に正直に書くわけにはいきませんから」
「そうだけどぉ。これじゃまるで私の部屋が牢屋みたいだもん」
ボクの隣に座っていたリュディヴィーヌ様がぷーっと膨れっ面を見せる。
ボクが反逆者になってから数日。
ボクは王城にあるリュディヴィーヌ様の部屋にかくまわれていた。
当初の予定では、濡れ衣を被った後、エリザに連行されたボクはそのまま国境へ行き、国外へ逃げる予定だった。
処刑されたということにして、どこか遠い土地で静かに暮らそう――あの時のボクは、本気でそう考えていたんだけど……。
そのままエリザに引っ張られて連れて行かれたのは、皇女様の部屋だった。
『アスランベクがリュディヴィーヌ様に協力をお願いしたら、交換条件を出されたみたい。それを飲まなきゃ協力しないって言われて、了承したらしいわよ』。
そんなエリザの言葉に従いこの部屋で待っていたボクは、走って帰ってきたリュディヴィーヌ様にたっぷりと叱られた。「こんなのセシルがハッピーエンドじゃない!」とか「セシルは私のお嫁さんにするって言ったでしょ!」とかが皇女様の主張だった。
リュディヴィーヌ様はボクが黙って国を出ていくことに頑として首を縦に振らなかった、とはこの部屋にきたアスランベクの談。
でもボクは薄々勘付いている。ボクの計画を聞いたアスランベクとギュリヴェール、エリザ、シャルの四人がボクがどこにも行かないように一計を案じたことに。
そして、その計画にリュディヴィーヌ様が加担した……そう考えるのが自然だ。そうでもなければ、リュディヴィーヌ様の部屋までこっそり入るなんてこと、出来ないだろう。
そんなこんなで、ボクはここ数日、リュディヴィーヌ様のベッドを温める抱き枕としての職務を全うしているのだ。
同居人となったリュディヴィーヌ様はこの状況が大層お気に召したようで、ボクにくっついてはすりすりしたりにこにこしたり、たまに頬にキスをしてきたりするので非常に心臓に悪い。
「セシル、聞いてる?」
「うん、ごめん。聞いてるよ」
「そう。……大丈夫?」
「あはは……メイドとして働き続けてたせいで、それを取り上げられたら何をしていいか分かんなくて」
自分でも驚くくらいボクは精神的に疲労していたみたいで、この部屋に来てから数日はずっとゴロゴロ怠惰に過ごしていた。
あんなに休みが欲しい休みが欲しいと思っていたのに、いざ無期限の休暇を手に入れたらショックを受けるだなんて、ボクは結構面倒な性質だったみたいだ。
「……私と一緒じゃ……イヤ?」
「そんな訳ないです。ボクを匿ってくれてありがとうございます。リュディヴィーヌ様」
「良かった。えへへ」
「でもキスは辞めてください。本当に心臓に悪いので」
「だめー、ちゅーっ」
「んむー!?」
「あぁっ! な、なにをしているんですかリュディヴィーヌ様っ!」
「……んふふ、キス♪ そんなに驚かないでエリザ。もう私とセシルの間では普通のことなんだから」
「なんですって……!?」
エリザがボクに鋭い視線を飛ばしてくるので、ボクは慌てて目をそらした。
答えはしなかったけれど、エリザにはそれが肯定だとはっきり分かっただろう。ボクの耳、真っ赤になってるのが自分でも分かるし。
「セーシールー……?」
「だ、だって! 寝てる時に気付いたらされてるし、匿われてるのに拒否するのも申し訳ないしっ」
「それは貴女が油断しているからでしょう! 大体、どうして平然と皇女様のベッドを使っているのよ!」
「ぼ、ボクだって最初はそこにあるソファで寝てたよ? でも気付いたらリュディヴィーヌ様が潜り込んできてるし、ダメだっていっても絶対に潜り込むっていって聞いてくれないから……」
「えへへ~、セシルってば、私がベッドで寝てくれるならって言ってくれたの♪ そういう優しい所も好き!」
むぎゅーっとリュディヴィーヌ様がボクにしがみつくのを見て、エリザが大きくため息を吐きだした。
ボクはリュディヴィーヌ様の柔らかさや温もりを感じつつ、どうしても気になっていることをエリザに尋ねる。
「あ、あのさ。エリザ。セリーヌ様は……どうしているか、分かる?」
「ええ、ギュリヴェールとアスランベクが交代で傍に居て、報告をしてくれているわ」
「じゃあ……その、教えて貰って良いかな。メイドはどうしてるかとか……ギルバート様との関係とか」
「ん。分かった」
エリザがボクの言葉に頷く。
「ギルバート様との婚姻関係は続いているわ。疑ったことを謝罪して、立場的には元の鞘に収まった形よ。でも、繚乱会には参加していないみたいだし、セシルが居なくなってから、二人きりで話したことは無いみたいね」
「……そう、なんだ」
「代わりのメイドは、そもそも探していないそうよ。フィッツロイから派遣するという話があったみたいだけれど、固辞したらしいわ。……自分のメイドは、セシルしかいないから、って」
「――っ」
目頭が、熱くなる。
セリーヌ様は……ボクのことを、信じてくれていて……待ってくれている。
その事実だけで泣きたいほど嬉しかった。
「で、でも、困ってるんじゃないの? ギュリヴェール達が手伝ってる、とか?」
「いえ、ロシーユ嬢とそのメイドがサポートしているそうよ」
「……ロシーユ様と、シリアが……」
本当に、セリーヌ様もボクも良い友人を持った。
心の底から感謝の気持ちが湧き上がってくる。
「そっか……じゃあ、ボクが居なくても、セリーヌ様は大丈夫だね」
「……本当にそう思う~?」
自分が居なくても大丈夫だ――そう言い聞かせながら浮かべたボクの笑顔を、リュディヴィーヌ様は容赦なく、引き剥がした。
エリザも黙ったまま、ボクの顔をじっと見つめた。
……うん。分かっている。大丈夫な訳が、無いんだ。
ボクがしたことは、かつてロランがやったのと同じこと。
自分勝手に守ると言って、勝手に一人で傷ついて、突然目の前から居なくなった。
そんなことをされて、大丈夫な訳がないじゃないか。
セリーヌ様だってシリアやロシーユ様だって……多かれ少なかれ、傷ついているに決まっている。
「……ごめんなさい」
「本当だよっ。私にだって黙っていなくなるつもりだったんでしょ? そんなの絶対ダメなんだから! この年齢で未亡人になるなんて絶対ヤだよ!」
「結婚はしてないですしそもそも同性なんですが……」
知らない! と言ってリュディヴィーヌ様はそっぽを向いた。
未亡人云々はともかく、言ってることは正しい。親しい人に黙っていなくなられたら、ボクだって傷つく。
「……それでも、ああするしか思いつかなかったんです。それが……皆を傷つけることだとしても」
「……それは分かってる。コレットのたくらみを見抜けなくて、ごめんね」
「いえ……まさかギルバート皇子が濡れ衣に加担するなんてこと、想像も尽きませんからね」
「ええ。ギルバート様に話を聞いたら、ご本人も『どうしてあんなことをしたのか分からない』と、とても落ち込んでいらっしゃったわ」
「フランツのことも考えると、コレットの仕業だろうね」
事実と違うことでも、そうだと『思い込ませる』ような魔法を使うのかもしれない。
フランツとギルバート様がセリーヌ様を悪だと思い込むようにした……そう考えれば、二人の突然の行動にも納得が出来る。
「……二人が婚約関係を解消しない限り……コレットはセリーヌ様を狙う、かな」
「間違いないでしょうね。ただ、今回の一件で私とギュリヴェールが自分を警戒しているということには気が付いたはずよ。暫くは大きな動きはしないでしょうね」
「じゃあ、動くならその間ってことだねっ」
ぴょんっとリュディヴィーヌ様がボクから離れ、ベッドから降りる。
そして、ボクの正面に移動すると、ボクの顔をじっと見つめた。
「ね、セシル。もう一度皆に、会いたい?」
「え……?」
「答えて。セリーヌやお兄様……ロシーユにシリアと、もう一度会いたいって思う? 例え、形が変わったとしても、もう一度皆と一緒に居られたらって……そう思う?」
「はい……思います」
迷うまでもなく、その問いには即答出来た。
ボクの言葉を聞いて、リュディヴィーヌ様は満足げに微笑む。
「じゃ、決まりね♪」
「な、なにが、ですか?」
「問題! 国に良いことがあった時、罪人がその罪を無かったことにして釈放されることを何というでしょう?」
突然のリュディヴィーヌ様の言葉に戸惑いながらも、ボクは答える。
「『大赦』ですよね?」
「せいか~い♪」
「っ……リュディヴィーヌ様。もしかして、セシルの罪を大赦で取り消すおつもりですか?」
エリザの言葉に、リュディヴィーヌ様はにっこりと笑顔を浮かべた。
「うん。そだよ。エリザも正解!」
「なっ……そ、そんなの無理ですよ!」
「? どうして?」
「どうしてって……ボクの罪状は『国家反逆罪』ですよ?」
捕まった時点で死刑確定の重罪中の重罪だ。しかもボクは裁判で調べられて濡れ衣だと分からないよう、その場で皇子に襲い掛かるフリをして現行犯で逮捕された。
どんな吉事が起きても、そんな罪を無効にするなんてことはありえないだろう。
「……確かに、難しいと思いますが……」
「じゃあ、例えば~、その罪人が、国の吉事の立役者になったら、どう?」
「英雄に……? それは……確かに本人が何らかの功績を納めたのなら、話は別だと思いますけど……」
「だよね?」
「しかし、大赦が許されるほどの吉事が、そんな風に都合良く……」
「あるよ」
「――え?」
「ヘスペリス王国のすべての臣民が長年望みながら、ずーっと叶えられなかったことが一つだけ、あるでしょう?」
リュディヴィーヌ様の言葉に、ボクは首を捻る。
何だろう? そんなものが有るのだろうか……?
その時、エリザがはっと息を呑んだ。
「まさか、ロランの遺体を……!?」
「大正解っ」
そこまで言われて、ボクはやっと理解した。
「遺体を、取り戻すんですか?」
「うん。かつて、この国を護った救国の英雄、ロランの遺体――それを、セシルが持って帰ってくれば、大赦は適応できると思うよ?」
「いや、でも、そんな……」
「……分かりました」
「え、エリザ?」
「協力するわ。セシルが国賊として扱われるのは我慢ならないし……何よりも、私の居場所は貴方の隣だから」
まっすぐにエリザに見つめられ、ボクは目頭を熱くしてしまった。
姿かたちが変わっても、エリザはボクを慕ってくれている。改めて、それが嬉しい。
「ありがとう。でも、良いの? 輝剣騎士隊は」
「そうだよっ。エリザはリーダーなんだよ? いなくなったらとっても困るんだから」
「たしかに、そうですね。……では、こうします」
エリザはテーブルに置いてあった紙にさらさらと万年筆を走らせる。
そして、それをリュディヴィーヌ様に差し出した。
覗き込んでみると、そこには『辞表』と書かれていた。
「隊を辞めれば、問題ないでしょう。リーダーはギュリヴェールかシャルに任せます」
「……本当にいいの? 頑張って来たのに……」
「勿論。貴方の傍に居ること以上に大切なことなんて、有りはしないわ」
そう言い切って、エリザが微笑む。
その表情は、ロランのことをずっと傍で支えてくれていたあの頃と、何ら変わりがなかった。
「――ありがとう。エリザ、頼りにしてるよ」
「うん。それじゃ、ギュリヴェールとシャルに話をしてくるわ」
扉から外に出ていくエリザを見送る。
……遺体の奪還をするためにプレイアスに行く、かぁ。大事になっちゃった。
でも、それでセリーヌ様の傍に戻れる可能性があるなら……賭けてみたい。そう思った。
よし、それじゃ早速作戦会議をしないと。
そう思い隣に目を移すと、リュディヴィーヌ様がぷくーっと頬を膨らませていた。
「むー……二人でプレイアスに行こうと思ってたのにぃ」
「ま、まあまあ。エリザはとても頼りになりますし。鎖国しているせいで殆ど情報のないプレイアスに行くんですから、仲間は多い方が良いですよ」
「……うん。セシルの言う通りだね。危険もあるだろうし……失敗するわけにはいかないもんね」
「はい」
「それじゃ、しっかり準備しないとね!」
リュディヴィーヌ様の言葉にボクは頷く。
そして、ボクは窓の外へと目をやった。
今は会うことは出来ないけれど、また一緒に笑いたいから。
絶対に戻ってくる。だから、待っててね。セリーヌちゃん。