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『輝剣祭』⑤

「お綺麗ですよ。セリーヌ様」

「ありがとう。貴女のお陰よ」


 笑顔を向けると、侍女は嬉しそうに頬を綻ばせた。

 いつからだろう。こうして他人が行うことにお礼を言えるようになったのは。

 昔々のわたくしなら、それはもう嫌なお嬢様だったから、ここで『もっと早くして頂戴』などと文句を言っていただろう。

 お父様とお母様に可愛がられ、蝶よ花よと育てられたわたくしは、自分の思い通りにならないことはないと思っていたのをよく覚えている。

 それを正す切っ掛けをくれたのは、

 

「お嬢様」

「セシル! どこに行ってたの?」


 親友であり、幼馴染の一人のメイドだった。

 ダメなことをダメだとはっきり口にする彼女は、わがまま放題のわたくしを、まるで姉のように優しく導いてくれていたように思う。

 そのお陰で――わたくしは皇子の婚約者としてダンスパーティに出席することが出来るのだ。

 そんなセシルは、わたくしの姿を見て、にこっと微笑む。

 

「お綺麗ですよ。お嬢様」

「そうでしょう?」

「はい。とても」

「今日はやけに素直に褒めてくれるわね?」

「いつも、そう思っていましたよ」


 そういって、セシルがわたくしの身体を突然抱きしめる。

 

「ど、どうしたの? いつもなら『調子に乗らないでください』とか言ってくるのに」

「……いえ」


 離れたセシルの目が潤んでいる。

 泣きそうなの? どうして?

 ……もしかして、正装をしているギルバート様の隣に立つわたくしでも想像したのかしら。

 昔あれだけ奔放だったわたくしがしっかりと王族の隣に立てる令嬢に育ったことに感動を覚えたのかもしれない。

 それくらい――セシルはずっと傍にいて、わたくしを支えてくれていたから。

 

「ちゃんと……フィッツロイのために、公爵令嬢の役割を熟してくるわ」

「……はい」


 優しくわたくしの頬を撫でて、セシルが離れていく。

 ダンスパーティに貴族、王族以外の参加は認められていないのが残念。もしも傍で見ていてくれたら、きっとセシルはわたくしのことを誇らしくて思ってくれたはずなのに。


「セリーヌ様、こちらへ」

「ええ。じゃあ、いってくるわね」

「はい。いってらっしゃいませ」


 セシルに見送られ、わたくしは案内人の背についてパーティ会場へと進んでいく。

 広々としたパーティ会場は豪奢に飾り付けられ、優雅な音楽が流れている。

 それに負けないように煌びやかなドレスに身を包んだ貴族の皆が、談笑をしながら今か今かとパーティの始まりを待っていた。

 その真ん中に、正装をしたギルバート様の姿が見える。

 その隣には、美しいドレスに身を包んだコレットが立っていた。

 そちらに向けて、わたくしは足を進める。

 そこに、破滅が待っていることも知らないで。

 

 

          ☆

          

          

「止まってください。セリーヌ様」

「え? どうして? ボディチェックでも必要なのかしら?」


 ギルバート様に近づこうとしたセリーヌ様が、静止させられる。

 始まった。始まって、しまった。

 もう後戻りは出来ない。ここからセリーヌ様を守るために、ボクに出来ることをやるしかない。

 ぐっと拳を握り締める。

 この先、何が起こったとしても。

 例え――二度とセリーヌ様に会えなくなったとしても。

 ボクは絶対に、彼女を守るんだ。

 そう思いながらダンスフロアを見つめていると、握り締めた拳に、そっと手が添えられる。

 

「……セシル」

「エリザ?」

「うん。緊張しているみたいだから」

「エリザだけじゃないよ。ぼくもいる。ギュリヴェールは準備万端だよ。あとは……やり遂げるだけだ」


 エリザとシャルの言葉に、ボクは頷く。

 

「……後のことは、私とシャルに任せて」

「セシルは仮面の騎士として演じ切ってくればいいよ」

「うん。ありがとう、ボクの無茶な作戦に付き合ってくれて」

「無茶は昔からでしょう」

「ホントだよ。単騎で全部のプレイアス兵を止めるとか、その最たるものだったからね。それに比べたら今回の作戦はまだ全然平気さ」

「ぅ。ごめん」

「良いよ。あの時とは違って、ぼくも君の傍に居ることが出来るし、死ぬわけじゃない」

「ええ、本当に。死ぬわけじゃないもの」

「うん。頼りにしてるよ。二人とも」


 二人に微笑みかけた所で、ギルバート様が声を張り上げた。

 

「ダンスパーティを始める前に……セリーヌ、君の罪を白日の下に晒したい」

「え……?」


 突然のギルバート様の言葉に、セリーヌ様が戸惑いの様子を浮かべる。

 その光景を見て、エリザとシャルは息を呑む。

 

「セシルを疑っていた訳じゃないけど……」

「ええ。本当にこんなことが起こるなんて……未来を視てなきゃ考えもしないわ」


 二人の呟きを聞きながら、ボクは用意していた仮面を被る。

 ざわつくダンスフロア。その中心に立たされ、有りもしない罪で糾弾されるセリーヌ様の姿を、助け出そう。

 

「それはここにいるコレットに、数々の嫌がらせをしたことだ。ミランダ・ドートリッシュを脅迫し、コレットを退学させろと仕向けた」

「そ、そんなことしていません! ギルバート様、一体どうして……」


 ああ、本当に。

 こんな光景。未来ではなく、夢であって欲しかった。

 でも、これが未来だというのなら、

 

「君が彼女にしてきた悪行の数々、見過ごすわけにはいかない」

「違う……違いますわ、皇子! わたくしは……!」

「婚約を――」


 ――変えてしまうだけだ。

 

「お待ちください! ギルバート様!」


 今まさに、セリーヌ様が無実の断罪をされかけた瞬間。

 ギュリヴェールが声を張り上げながら、ダンスフロアの中心に登場した。

 

「それじゃあ始めるよ。仮面の騎士の、最後の舞台だ」


 ボクの言葉にエリザとシャルの二人が頷く。

 

「ギュリヴェール? どうしてここに……? 騎士は外の見回りのはずだろう」

「真犯人を捕えましたので、その報告に」

「真、犯人? どういうことだい?」

「セリーヌ様に罪を被せることでギルバート様との間を裂こうとした者が居た、ということです。それを、私とエリザが捕えました」


 ギュリヴェールが目線を送る。

 エリザは大きく息を吐いて、ボクの背中を押した。

 そのままエリザに押されながら、ダンスフロアの中に入る。

 

「先程まで行われていた騎士対抗戦に出場していた、謎の仮面の騎士――この者こそ、コレット嬢への悪行の真犯人です」


 ダンスフロアの中心にまで押され、ボクはその場に膝を付かされた。

 ボクはその状態で、コレットを見やる。

 彼女は、無表情にボクを見つめていた。

 負けを、認めよう。

 ボクは負けた。セリーヌ様が陥れられるのを防ぐことが出来ず、護り切れなかった。

 ――だから、その代償は払おう。


「仮面を外せ」


 ボクはそっと自らの仮面に手を添え、外した。

 

「――セシル・ハルシオン。セリーヌ様のメイドです。彼女こそが、ミランダ令嬢を利用し、ギルバート皇子とセリーヌ様の仲を引き裂こうとした犯人です」

「……そん、な……そんなはず……!」


 ギルバート様が目を見開く。

 ボクは仮面を横合いに投げ捨て、しゃっとナイフを取り出して皇子の元へと走る。

 そんなボクの手首を掴み、ナイフを弾き飛ばしながらエリザとギュリヴェールが二人して床に押し付けた。


「あぐっ!」

 

 痛い……けど、セリーヌ様が感じているであろう痛みに比べれば、どうってことない。

 セリーヌ様を見る。

 愛しい主人は困惑した様子で、それでもボクから目をそらさない。

 その潤んだ瞳はとても綺麗だけど――やっぱり、セリーヌ様には笑っていて欲しい。

 ボクが居なくなることで、その笑顔が守られるのならば、ボクは幾らだって身を捧げよう。

 例え救国の英雄としてではなく、国家への反逆者になったとしても、ボクは――セリーヌ様を守ってみせる。

 ボク自身が彼女の傍に、居られなくなったとしても。

 

「……っ、あ……っ。やめて、離して。セシルは、わたくしを――!」

「お兄様! セリーヌ様! 下がってくださいましっ」


 リュディヴィーヌ様が走ってくる。

 良かった……アスランベクがきちんと話をしてくれたみたいだ。

 リュディヴィーヌ様は床に押さえつけられたボクを見てぎゅっと拳を握りしめた。


「セシル……残念だよ、本当に」

「リュディヴィーヌ……様」

「その反逆者を連れて行きなさい」


 皇女の命令を受けて、エリザがボクを引き起こす。

 後のことは、リュディヴィーヌ様に任せれば大丈夫だろう。

 セリーヌ様の濡れ衣を皆の前で晴らして、護ってくれる。

 

「セシル! セシル! 嘘よ。こんなの……! 嘘……! セシル……! お願い、戻ってきて。セシル、セシル!!」

「ま、待って。セリーヌ! 危ないよっ!」


 ボクへ駆け寄ろうとするセリーヌ様を、リュディヴィーヌ様が必死に食い止める。

 それでもなお、ボクに向けて手を伸ばすセリーヌ様に、ボクは笑みを向けた。

 

「――さよなら。セリーヌちゃん」

「や……やだ、やだよ……セシル……! ずっと一緒に居て……! どこにも、行かないで――!」


 ごめんね、セリーヌちゃん。

 ずっとそばで守れなくて……ごめん。

 エリザに導かれて、ボクはダンスフロアから出る。

 振り返ると、光の中でボクの名前を呼びながら涙を流す主人だった人の姿が見えた。

 その光景を遮って、重い重い音を響かせながら扉が閉じる。

 それはまるで、ボクと彼女の生きる世界を別つかのようだった。

 

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