『輝剣祭』③
仮面の騎士が勝者決定戦を戦うシーンを、私は目に焼き付けるようにじっと見つめていた。
試合は十秒足らずで終わった。相手の剣を数撃剣で受けた後、反撃の一太刀で対戦相手が舞台上から転げ落ちたからだ。
そのまま誰もいなくなった空間をじっと見つめる私の元に、見張りを終えたシャルが歩いてくる。
「――どうだった?]
「……ギュリヴェールが邪魔してきたわ」
「そっか」
言葉少なにシャルが私の隣に座る。
かつてロランを巡り争い、派閥の違いから対立してきた同志は、大きくため息を吐いた。
「……セシルさんがロランだけが知っているはずのクッキーを知っていて……仮面の騎士の剣術はロランと瓜二つ……だったね?」
確認するシャルの言葉に、私は頷く。
「剣技だけなら、アスランベクに習った上に、偶然似ているだけと一応の言い訳が出来るわ。でも、セシルさんから貰ったクッキーは、私だけが知っている作り方と同じものだった……」
「偶然は二つも続かない。だから、セシルさんが仮面の騎士であるなら……」
「……どうしてそれを隠してるのかは分からないけれど――でも、間違いないと思う。そうじゃなきゃ、あのギュリヴェールがあんなに必死に庇う訳がないもの」
私とシャルの間に、沈黙が訪れる。
「……セシルさんは、何故か……昔から親しい人みたいな感覚がしてた。それは……ロランだったからって考えると納得できるんだ」
「そうね」
「……仮面の騎士は本戦に出場する。ぼく達に正体を隠したかったはずの仮面の騎士が出場したのは、多分リュディヴィーヌ様が絡んでいるんじゃないかな」
「ええ。それに、あれだけロランの遺体にこだわっていたアスランベクが、全くそれを口にしなくなったのも、ロランが帰ってきたからだって考えると納得出来るわ」
「ぼくもそう思う。セシルさんのことを調べてみたけれど、幼い頃からフィッツロイ家のメイドとして働いていたのは間違いないよ」
「それなら……そんなことがあるのかは分からないけど、きっと……セシルさんは、ロランの生まれ変わり、なんじゃないかしら」
私の言葉に、シャルは沈黙する。
私だって、自分の言葉に願望が入っていることを否定は出来ない。
――彼が生まれ変わっていたら。
それが女性であれ、なんであれ――もう一度一緒に居たい。
だって私は、彼に救われ、支えられてきたのだから。
それはシャルだって同じはず。
「そうだったら、良いよね」
「……そうね。だから、確かめるのよ」
「騎士対抗戦……どう対戦表が組まれるか分からないけど。そこで結論を出そう。――セシルさんがロランなのか。そして――仮に君の言うようにロランの生まれ変わりだったとして、『ぼく達はどうするのか』」
「……そこに関しては、私はもう決めているわ」
「聞いても良いかな」
「知っているはずよ。私の居場所はロランの傍。そして――それはきっと、彼と一緒に戦ったことがある輝剣騎士隊の全員が、そう思っているはずよ」
元より、輝剣騎士隊はロランを慕う騎士達が集まって出来たもの。
輝剣騎士隊にロランが居るのではなく、ロランが輝剣騎士隊そのものなのだから。
「もし……ロランがロランであることを嫌って、正体を隠していたとしても、エリザは確かめるんだね」
「ええ。だって……私は、あの人の傍に居なきゃ生きていけないもの」
「……結構自分勝手だよね、エリザって」
「こればっかりは、譲れないの」
だって好きなんだから。
忘れようと努力しても忘れられない程に、焦がれて焦がれて……焦がれ続けている。
もしもそこに、一筋の光明が見えたとしたら、そっちに向かって全力で進んでしまうのは仕方のないことだ。
私の言葉に、シャルはため息交じりに頷いた。
言葉はなくともわかった。『ぼくも一緒だ』。シャルはそう思ったんだろう。
二人して椅子から立ち上がる。
そして、私とシャルは、同じ出口へと、肩を並べて歩き出した。
☆
わぁっと歓声が響き渡る。
輝剣騎士隊がお互いにぶつかり合い火花を散らす――その夢の舞台を一目見ようと、観客席にはたくさんの人々が詰めかけていた。
国民の殆どが居るのではないかと思うその光景を控室から見ながら、ボクは仮面ごしに自分の顔に手を当てた。
エリザが、ボクのことを確かめようとしている。
そのことがずっと引っかかって落ち着かない。
「皆さん! いよいよ輝剣騎士隊に、応募者の中から勝ち抜いた謎の騎士一人を加え、今この国で最も強い騎士は誰なのかを決める、年に一度のお祭り――騎士対抗戦の開幕です!」
まるで地鳴りのような歓声が響き渡る。
それだけ、輝剣騎士隊が街の人々に慕われているという証拠う。
それを聞いていると、輝剣騎士隊の皆が奥の方から歩いてくるのが見えた。
エリザ、シャル、アスランベク、ギュリヴェール……フランツの姿も見える。
他にも見知った顔や知らない顔も入れて、総勢十二人のメンバーが勢ぞろいしていた。
「わぁ、本当に仮面を被ってるんですねぇ」
「噂では、かなりの強者と聞きました。今日はお手柔らかに」
「……よろしくお願いします」
知らない二人の男女に頭を下げる。
その後ろでは、ギュリヴェールとエリザがボクの方をじっと見つめていた。
「それでは、第一回戦に参りましょう! 大人気の小説……仮面の騎士のコスプレをした謎の騎士とギュリヴェール様の初戦です!」
「あちゃー。どんまい、仮面の騎士くん。まさかギュリヴェールさんと当たるなんてね」
」
「まあ、胸を借りるつもりで挑めばいい試合にはなるさ」
慰める二人の言葉に、ギュリヴェールが苦笑いを浮かべている。
その隣では、フランツが『どちらが強いのだろうか』と見比べているかのようにボクとギュリヴェールを交互に見ていた。
「……よろしくな」
「はい。胸を借りるつもりで……戦います」
挨拶をかわし、二人で舞台へと向かう通路へ歩き出す。
周りに人が居なくなったところで、ギュリヴェールが小声でボクに話しかけてきた。
「エリザは、多分確信してる。お前が……お前だってことにな」
「……」
「確かにお前の言う、一度死んだ人間が戻ってきたなんて扱いはしない方が自然だっていう言い分には、納得する」
でも、とギュリヴェールはボクをじっと見つめた。
「お前は、お前なんだ。姿が変わったって、戻ってきたんだ。だったら……それで良いじゃねぇかよ。そんな……必死になって隠さなくても、さ」
「簡単に言ってくれるね……メイドの女の子と、死んだ騎士。その二つが混ざり合って出来たのがセシルなんだ。そう簡単に戻ってきた、なんて言えないよ。ボクは女なんだ。あの時のロランそのままじゃないんだよ」
「変わらねぇよ。お前はロランなんだ」
「ボクを、否定しないでよ……ボクはセシルだ」
「そういうつもりじゃねぇよ。セシルでもロランでもお前はお前だ」
「アスランベクにもそう言われたよ。リュディヴィーヌ様にも。理屈的には、分かるよ? ボクはどこまで行ってもボクなんだ。でも、同じだって言われても、ボクの中にあるロランと、ボクの感覚はなんだかズレてて……納得出来ないんだ」
「だったら……俺がそのズレを、ぶっ叩いて直してやるよ」
舞台にたどり着くと同時に、大歓声がボク達を包み込む。
「勝負だぜ、仮面の騎士。輝剣騎士隊でも、剣士として最強と名高いこの俺様、ギュリヴェール・マロンガが、お前の中のお前を、呼び覚ましてやる」
ギュリヴェールがボクと向かい合う。
ビリビリとした闘気がギュリヴェールから発せられている。
本気だ。ギュリヴェールは、本気でボクと戦おうとしている。
ボクはそれを感じながら、剣を抜いた。
「試合、開始――!」
一際大きな歓声と共に、ギュリヴェールが視界から消える。
「っ」
瞬歩。
気配を消して高速移動し、目の前に瞬間移動したかのように見せる戦闘技法。ギュリヴェールの得意技。
剣を振るい横合いからの剣戟を受け止める。
確かにギュリヴェールは本気らしい。その衝撃でボクはたたらを踏む。
体の芯を揺らすような威力。まさに、国を護るためにギュリヴェールが振るってきた剣そのもの。
考えるより早く体が身構える。
二度目の剣戟でギシッと剣が軋むのが聴こえた。
ギュリヴェールの剣が空を裂く音が聴こえる。
ボクの目が捕えられるのは、わずかな剣の閃きだけだ。何とか反応して剣を受け止めるが、そのたびに体勢が崩れる。
まるで木を倒す際に切れ込みを入れるようにギュリヴェールの剣戟がボクの余裕を削っていく。
「――くっ」
でも、タイミングはつかめてきた。これなら――。
そう思った瞬間、ギュリヴェールの剣筋が変化する。
身体を揺らすような重たい攻撃から、足元を狩る一撃へ。
堪らずボクは跳んで避けるが、それは選ばされた回避方法だった。
ぐっとギュリヴェールが剣を引いたのが視界に見える。
あれは、ギュリヴェールの奥義だ。
当たれば必倒。鋼鉄の上からでも敵を穿った渾身の刺突攻撃。
ここで怪我しない程度に受けて負ければ、それで終わりだろう。
でも、なんでだろう?
負けたくないと思ってしまうんだ。剣だけは……絶対に。
「『神槍一閃』」
ギュリヴェールの頭を超えるように飛び、ボクは何とか着地する。
ボクの魔法は光を操るものだ。光を集め足場にして跳んで必殺の一撃を回避した。
ギュリヴェールが楽しそうに笑う。そう来ると分かってたんだろう。こういう動きをするのを、戦場で何度も見てきたんだろうからね。
「どうだ? 俺も強くなってるだろ?」
「そうみたいだね」
仮面の中が蒸れて熱い。
背中をべっとりと汗が濡らしている。
この身体になってから、戦って汗を掻くのは初めてだ。
それを潤滑油代わりにして、身体の中の錆びついた歯車がぎちりと音を立てて動き出した。
今まで考えたことはなかったけど――そうだよね。ボクがロランの戦い方をすれば、違和感を覚えたはずなんだ。
あの頃よりも小さく、幼く、性別すら違う身体。
それを国を救った時のように動かしても、同じに動くはずがない。
でも、ボクはそれを意識したことすらなかった。この体でも、十分すぎる程に戦えたから。
でも、全力を出したギュリヴェールには、このまま戦っていたら――勝てない。
だから、ズレを修正しないといけないんだ。
ボクと僕。その間にある、感覚のズレを。
だって、負けたくないんだもん。ギュリヴェールだけには、絶対。
「いつの間にか……勝つ気になってるだろ?」
「うん」
「お前は、剣に関しちゃ負けず嫌いだったからな。それも、お前らしい、ぜっ」
飛んでくる剣戟を、剣で受け止め――流す。
そして、そのままギュリヴェールの体に肩を当て、そこを支点に放り投げた。
「うおっ、くっ。『崩月』……! また懐かしい技だな」
「ギュリヴェールには、負けたくない」
「あぁ。俺もだよ。だってなぁ、お前と俺は親友で――ライバルなんだからよ!」
後先のことを考えず、ただ目の前の相手を――倒したい。
こんな子供っぽい感情が、自分の中にあるだなんて思いもしなかった。
剣を叩きつけ合う。
息が上がって胸が苦しくなる度に、ボクは一歩一歩、あの日の僕へと近づいていく。
一度通った道を全速力で駆け抜けるように。
そうだ。次はカウンターを会得した。
こうして飛んでくる剣を受け止め、その反動で体を回転させてそのまま斬りつける。
「くっ……!」
徐々に、全力のギュリヴェールと実力が拮抗していく。
そして、辿り着く。
ロランが到達した、あの最後の戦いへと。
同時に、思い出した。数万の軍勢を前に一人で戦った、あの記憶を。
あの数相手に、一人では戦いになんてなりはしない。
でも、ボクは敵国の王を討つことが出来た。
それは、何故だったか――。
ギュリヴェールの攻撃に、ボクの身体がよろめいた。
その拍子に、ギュリヴェールの後ろにいたエリザが目に入る。
「――ロラン」
声は聞こえなかった。でも、口が確かに――そう動いた。
泣きそうなその表情には、やけに既視感がある。
――ああ、そうだ。
確かあの時、ロランが最期の戦いに挑む時、ボクを見ていたエリザと、同じ表情だ。
そして、その後……ボクは、自分の魔法を全力で行使して、
未来を――視たんだ。
ずぐん、と頭痛がする。
今までで一番、激しい頭痛だった。
「――うっ」
「っ、おいっ……!?」
ざざっと視界が霞む。
まるで、別の何かが割り込んできたかのように、見ている光景と別のものが、視界に過る。
ダンスパーティの最中、孤独に立つ、一人の少女――セリーヌ様。
それを糾弾するギルバート皇子と――その隣に立つ、コレット様。
なに、これ。何で、どうして。セリーヌ様が泣いてるその悪夢のような光景に――ボクは、見覚えがあるんだろう。
悪夢――。
ああ、そうか。ボクは、無意識の内に視てたんだ。いずれ来る、愛しい主の破滅の時を。
思い出してしまうと同時に、頭痛がひどくなる。
まるで『知ってはいけないことを知ってしまった』罰かのように、頭痛が激しくなる。
もう立っていられない。座り込むボクの肩をギュリヴェールがぐっと握り締める。
「おいっ、大丈夫か?」
「ギュリ、ヴェール……思い出した……思い出したんだ……」
「なんだ? 何をだよ!?」
頭が割れそうになる痛みに吐き気を催しながら、必死にギュリヴェールの裾を掴む。
「ボクは……視たんだ……光の先を……視たんだ……」
「は……!?」
「セリーヌ様を……守らない、と……」
それだけいって、ボクの視界が暗転する。
最期にわずかに残った光の筋に、手を伸ばして。
ぶつん、とボクの意識は、途切れた。