『輝剣祭』②
野次や声援が舞台の中央に居る騎士達に降り注ぐ。
騎士対抗戦。
我こそがヘスペリスで一番の騎士だと覇を競い合う、輝剣祭で最も人気のプログラムだ。
同時に、騎士達にとっては出世の大チャンスでもある。
現在は予選が行われているけど、本戦では輝剣騎士隊の面々が登場する。
そこで善戦し、仮に輝剣騎士隊の隊員相手に勝利を納めれば――輝剣騎士隊への入隊も夢じゃない。実際ここで活躍して入隊した人も居るしね。
だからこそ、騎士達は目の色を変えてこの騎士対抗戦に挑むのだ。
その熱戦を、ボクは参加者用の控室で見守っていた。
――仮面の騎士の格好をして。
じろじろと怪しげに見る騎士対抗戦への参加者の視線が痛い。
はぁ……どうしてこうなっちゃったんだろう。
思い出すのは、お茶会が終わった後のこと。
後片付けをしていたボクに、リュディヴィーヌ様が『セシルにお母様から伝えたいことがあるみたいだよ♪』と鼻唄交じりに走り書きの手紙を渡してきたんだ。
それを開いて中身を見てみると、確かにリュミエール様の文字で、こう書いてあったのだ。
『初恋の最期の想い出に、ロランの剣術がもう一度見たいわ。騎士対抗戦の本戦は私も見学します。予選に『仮面の騎士』という名前で登録をしておいたから、頑張ってね♪』
要求がばっちり伝わる文面を見て、ボクは思わずその手紙を破り捨てた。
要するに、その手紙は『仮面の騎士の格好をして予選に出ろ』という命令だった。
そのせいで今ボクはコスプレをして真剣勝負の場に現れた空気が読めない痛い奴という不名誉極まりない視線を浴びてしまっている。
ほら、隣に座ってる人に舌打ちされた。ふぐぅ、いたたまれないよう。
せめてボクの番が速く来ないかな。黙って座っているよりは動いている方が気も紛れるし。
ボクはため息を吐きながら、自分の出番をじっと待つ。
予選は参加者六十人を三十人ずつのAブロック、Bブロックに分け、それぞれのブロックでバトルロイヤルを行い勝者を一人ずつ決める。
そして、それぞれのブロックの勝者同士で一本勝負を行い、それに勝利した者が本戦に進めるという方式だ。
ボクはBブロックに振り分けられたので、Aブロックの勝者が決まるのをこうしてじっと座って待っているしかない。
激しい乱戦の末、一人の勝者が雄たけびを上げる。
やっとAブロックの決着が着いたらしい。ということは、そろそろボク達Bブロック組の出番だ。
そう思ったところで、入口の方から一人の騎士が歩いてきた。
ギュリヴェールだ。
「待たせたな。次はお前らBブロックの――」
言いながら控室をぐるりと見まわしたギュリヴェールの表情がボクを見て驚愕に染まる。
……このリアクション、女王様からもリュディヴィーヌ様からもボクが出場するとは聞いてなかったんだろう。
「ギュリヴェール様?」
「……あ。いや、Bブロックの出場者の出番だ。十分後に舞台に上がってるように」
ギュリヴェールの指示に従って、騎士達が歩いていく。
ボクもそれに従おうと椅子から立ち上がると、ギュリヴェールが目で『ここに残れ』とボクに訴えた。
仕方ないなぁ。ここで説明しない方が面倒臭いし、待ってあげよう。
騎士が全員出て行った所で、ギュリヴェールはボクに詰め寄る。
「おいっ、なんでお前がここに居んだよ!」
「ボクが聞きたいけどね……」
「はぁ?」
ボクは掻い摘んでお茶会の後に渡された手紙のことを話す。
それを聞いたギュリヴェールは、思いっきりため息を吐いて額を手で押さえた。
「女王様め……まるで若い時みたいなワガママを……」
「本当だよね……思わず手紙、破っちゃったよ」
「それを聞き入れるお前もお前だろ。どーすんだよ、正体がバレたら……」
「リュディヴィーヌ様がフォローしてくれるって言ってたけど……」
「それにしたって迂闊すぎるだろ……拒否しろよそこは」
「女王様に逆らえるならそうしてるよ、ボクだってさ……」
「……そりゃそうか……」
「うん……あの、ギュリヴェールも協力してくれないかな? ほら、事件に協力したのは別の仮面の騎士だった、とか……」
「そんなの、お前の試合みたら嘘だって分かるだろ」
「うぐ……そうだよね。ど、どうしよう……?」
「こ、子犬みたいな潤んだ目で見るなよ。分かったから。お前の方はフォロー入れてやるからさ」
「本当? ありがとう、ギュリヴェール」
良かった、ギュリヴェールが協力してくれるなら何とかなるかも。
「セリーヌ様のことはどうしてるんだ?」
「シリアに任せてるよ」
「なるほどな。じゃ、お前は思う存分戦えるな」
「そうさせて貰うつもりだよ」
「油断して足元を掬われるなよ」
「うん。勿論」
ギュリヴェールがぽんぽんっとボクの頭を軽く叩いた。
ぐぬぬ、子供扱いされてるような仕草だけど、助けて貰う訳だし、これくらいは甘んじて受け入れよう。
「じゃ、行ってくる」
「おう。本戦で待ってるぜ」
ギュリヴェールと別れ、ボクは舞台へと上がる。
そこには、既に準備万端といった様子の騎士達が待っていた。
視線がボクに集まる。
「全員そろったようなので、予選Bブロックを始めます。舞台に倒れたり降りたりした時点で敗北となりますので、ご注意ください」
審判の号令がかかり、騎士達が剣を抜く。
ビリリと肌を刺すような殺気が辺りに満ちる。
「試合――開始!」
合図と共に、騎士達が一斉にボクへと斬りかかってきた。
うん、まあそうなるよね。狙われるだろうとは思ってた。皆ボクのこと、明らかに気にくわないみたいだったし。
でも、簡単にやられるつもりはない。
ボクは剣を握る手に力を込め、前に素早く進みながら一人一人蹴散らしていく。
「なぁ……っ! うぐ……!」
驚愕した声を上げながら、騎士達が倒れる。
十人倒した所で、ボクはくるりと振り返った。
剣を握ったまま、残りの対戦相手が呆然と立ち尽くし、ボクを見つめている。
「な、なんだよ。今の……速すぎるだろ……っ」
踵を返し、呟いた騎士へと剣を振るう。
鎧を痛打された衝撃で、彼はどさっと尻もちをついた。
残り十八人。
周囲を見回すが、斬りかかってくる様子どころか、魔法を放つ様子すらない。
それなら、こっちから行かせてもらうまでだ。
剣を振るい、一人一人を打ち倒していく。
最期の一人の剣を弾き飛ばすと、剣はくるくると回りながら高く飛び、舞台の外へと転がっていった。
「そ……そこまで。勝者、仮面の騎士選手!」
「ありがとうございました」
「勝者決定戦まで少し休憩としますので、控室で休んでいてください。残りの方はここまでとなります、ご参加ありがとうございました」
ぺこりと審判にお辞儀をして、ボクは舞台から降りる。
昔と比べても騎士の質はかなり上がってるみたいだ。エリザやシャルのお陰かな?
どちらにしても、ヘスペリスの将来は明るいだろう。
「……あいつ、意味が分からない強さだったな……」
「何者なんだよ。仮面の騎士って……顔を見せられない理由でもあるのか……?」
訝し気な視線で見られつつ、控室に戻る。
最期まで皆がボクを見てひそひそ話してたような気がする。
まぁ、こんな格好してたら仕方ないよね。うぅ、なんか今更ながら恥ずかしくなってきた。
一人控室で悶えていると、かつん、と足音が室内に響いた。
そちらを見ると、入口に立っていたのはエリザだった。
エリザはボクを真っ直ぐに見つめ、目の前へと移動する。
次の瞬間、エリザの手がボクの仮面を外そうと顔面に伸びてきて、ボクは反射的に回避していた。
「っ……な、何を……」
「その仮面を外して。正体を見せて欲しい」
お願いするような口調ながら、エリザの声色は有無を言わせない響きがあった。
混乱する頭を必死に落ち着かせながら、ボクは必死にそれを拒否する理由を探す。
「え、エリザ様。落ち着いてください。私がわざわざこういう場に仮面を着けている理由、顔を見られたくないからですよ。外せるわけないではありませんか」
「貴方は、セシルさんでしょう?」
どくん、とエリザの言葉に心臓が跳ねる。
気付かれてる……!?
と、兎に角否定しなきゃ。
そう思い口を開きかけた所で、慌てた様子のギュリヴェールが控室に飛び込んできた。
「おいっ、エリザ! 待てって!」
「邪魔をしないで」
良い所で水を差されたと言わんばかりに眉根を潜めるエリザはギュリヴェールに一瞥すらくれず、ボクから目を離さない。
「事件について聞きたいなら後でにすりゃ良いだろ。何も今問い詰めなくてもよ」
「私は事件について聞きたい訳じゃないわ。どうでもいい訳じゃないけれど、それよりも大切なことがあるの。だから、仮面の騎士の正体がセシルさんかどうか確かめたいだけ」
それはまるで仮面の騎士がセシルだと認めることが何か別の意味を持つかのような言い方だった。
「……貴方でもいいわよ、ギュリヴェール。セシルさんは仮面の騎士なのか教えてくれるかしら?」
「あ、あのなぁ。セシルはメイドだろ? そのセシルがこんな予選会場に居る訳ねぇだろが」
「今セシルさんはセリーヌ様の傍には居ないわ。シャルが見張っているから」
そう言って、エリザは手にぶら下げた通信魔法具を揺らした。
「シャルが? あいつだって騎士対抗戦の出場者だろ。何やってんだよ……」
「私が頼んだからよ。試合開始ギリギリまでセリーヌ様を見張っていて欲しいってね」
じっとエリザがボクを見つめる。
状況証拠は揃っている。そしてエリザは仮面の騎士がボクであることを確信している。そういう目だ。
じゃあ何故、彼女はボク自身に、セシルが仮面の騎士であることを認めさせようとしてるんだろう?
そこがやけに引っ掛かる。まるでそうすることが何か大切な儀式みたいだ。
「エリザ様、その……」
「お前は黙ってろ。なぁエリザ。お前――何が言いたいんだ? 仮面の騎士の正体を見つけて感謝状に名前でも書こうってのかよ?」
「それも面白いかもしれないわね。国を救って下さってありがとうって書こうかしら」
そこで初めて、ボクはエリザの目を見た。
――期待と不安に満ちている赤い瞳が、潤んでいた。
その目を見たら、ボクはもう――何も言えなかった。
「エリザ……お前……」
「お願い。教えて。仮面の騎士はセシルさんなの?」
ごくり、と喉を鳴らす。
もう、エリザは確信している。
言い訳を見つけようとしたところで、入口から審判をしていた騎士が顔を覗き込ませた。
「お話し中失礼します。勝者決定戦が行われますので、仮面の騎士選手は舞台に移動してください」
「あ、は、はい。あの、エリザ、様」
「ここは俺に任せてお前は行け」
「……はい、ありがとうございます」
頭を下げて、エリザの横を通り過ぎる。
俯く小さな背中に、ボクは何も言えず――舞台へと走った。