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『輝剣祭』① 遺言と花言葉

「よう。セシル」

「ギュリヴェール? どうしてここにいるの?」


 輝剣祭の日の朝、ボクは中庭で最期の準備をしていた。

 女王様を迎える訳だから、念には念を入れた最期のチェックだ。……あの方に久しぶりに会うのだと思うと、眠れなかっただけなんだけど。

 ギュリヴェールもこの時間にここに来た、ということは、ボクの行動は読まれていたんだろうなぁ。

 

「お前に会うためにだよ。決まってるだろ?」

「まあ、それはそうだろうけどね……で、何の用なわけ?」

「聞いてんだろ? 輝剣祭のメインイベントのこと」

「騎士対抗戦、だっけ」

「おう。お前の予定は、午前中に女王様を迎えたお茶会、夜にダンスパーティくらいなんだろ?」

「セリーヌ様が何か言いださなかったら、そうなるね」

「だったら、午後は騎士対抗戦を見に来てくれよ。頑張るからさ」


 ギュリヴェールがにやっと笑う。

 珍しい。この手のイベントは適当に熟して、その後はナンパで忙しそうにするくせに、今回はやる気があるみたいだ。

 

「まあ、メインイベントだし、セリーヌ様も見に行きたがると思うから、見ることにはなると思うよ」

「そっか。なら良いわ」

「なにしにきたのさ、結局……」

「お前の顔、見に来た」

「は? な、なにそれ」

「そのまんまの意味だよ。じゃ、輝剣祭楽しめよな。こういうの、楽しんだことなかったろ?」

「……そだね。うん、楽しみにしてるよ。ギュリヴェールの戦いっぷりもね」

「おう。お前には格好悪いとこばっかり見せてきたからな。見直してもらうぜ」

「そうなると良いんだけど」


 じゃあなー、と去っていくギュリヴェールに苦笑する。

 顔を見に来た、って。ボクを心配してたみたいじゃないか。

 ……いや、そうなんだろうな。女王様と久しぶりに会うボクが何か気負ってやしないだろうかって思ったんだろう。

 心配性だな、ギュリヴェールの奴。大丈夫なのに。

 一言、あの人に伝えたいことがあるだけだから。

 

 

             ☆

      

 

 始まりを告げる花火がぽんぽん、と空に上がる。

 

「始まりましたわね。わたくし、こんなに楽しみな輝剣祭は初めてですわ」

「私もです。準備は大変でしたけど……」

「えへへ、自分で頑張るとなんだか違うよねっ。でも、まだ気を抜く訳にはいかないよー? お母様、すぐきちゃうんだから!」

「あ、あたし、女王様と会うの初めてで……上手に対応できると良いなぁ……」


 セリーヌ様、ロシーユ様、リュディヴィーヌ様、コレット様が四人並んで歩く後ろを、ボクはシリアと共に歩いていた。

 輝剣祭の大きなイベントは午前の女王様のお茶会。午後の騎士対抗戦に夜のダンスパーティの三つだ。

 まずは女王様のお茶会だ。……満足、して貰えると良いんだけど。

 中庭に入ると、既にギルバート様とアスランベクが準備をしていた。


「リュディ、セリーヌ。二人はお母様を出迎えるのに付き合って貰いたい。セシルもこちらを手伝ってくれ。ロシーユとコレットはシリアの手伝いを頼む。その後は、自由にして貰って構わないよ」

「わ、分かりました……!」

「ここまで、僕の我儘に付き合って貰ったのにすまないね。だが、母とは言え女王陛下だ。あまり大人数でごちゃごちゃするのも良くないと思ってね」

「いえ、そんな……! お手伝い出来て光栄でした」

「あ、あたしも、お力に慣れてればいいんですけど……」

「助かったよ。ありがとう」

「……それでは、お二人はこちらに……」


 シリアがロシーユ様とコレット様と共に歩いていく。

 その後ろ姿を見送って、ボクはギルバート様に向き直った。

 

「……時間だ」


 ギルバート様が呟くと同時に、中庭の入口に一人の女性が現れた。

 両脇をエリザとシャルにがっちりと護衛されながら現れた彼女は、頭の上に乗せたティアラをきらりと輝かせながら、こちらに歩いてくる。

 ――ヘスペリス女王、リュミエール・ヘスペリス。

 彼女は優雅にこちらに歩いてくると、ギルバート様の前に立ちどまった。

 

「ギル、リュディ、セリーヌ。今日は誘ってくれてありがとう。楽しみにしていたわ」

「うん。すぐにお茶を準備させます」

「――こちらへおかけください、女王陛下」


 高鳴る胸の鼓動を感じながら、ボクは椅子を引いた。

 女王様が「ありがとう」とお礼を言いながら着席する。

 続いてギルバート様、リュディヴィーヌ様、セリーヌ様の椅子も引いて座ったのを確認した後、ボクは用意されていたお茶をティーカップに注ぐ。

 それらをそっとテーブルに並べ、ボクは一歩後ろに下がった。

 

「――お母様が始めた花壇が、ここまで大きくなったんですよ」

「ええ、嬉しい限りね。ふふ……あの時、思いつきで始めたことがここまでになるだなんてね」

「ふぇ、思いつきだったの?」

「えぇ、そうね。この学校に通っている頃ね、私、好きな人が居たのよ」


 女王様が、くすっと笑いながら、皆に思い出話を始めた。

 ボクの心臓は破れそうなほど早鐘を打っている。

 

「私を護ってくれていた人なんだけれどね、事あるごとに花を見つめているから。その人の気を引きたくて花を用意したの。今はその花が輝剣騎士隊クラウ・ソラスのシンボルにもなっているのよ。ね? エリザ」

「……」

「エリザ?」

「ぁ……すみません。サザンクロス……ですね」


 ……? 今、エリザ、ボクを見てたような……?

 気のせいかな? あ、でもシャルもボクを見てるや。

 だから、かな。シャルとボクが仲がいいのをエリザは知っているはずだし、シャルの視線が気になったのかもしれない。

 

「そうそう、サザンクロスを花壇に植えてね。一緒にその人と見る時間が、とても好きだったわ」

「ロラン様、ですよねっ」

「ふふっ。正解よリュディ」

「……そうか、母さんは英雄のことが……」

「初恋の話よ。……結局まだ、私はあの人に恩を返せていないのに、こんな話をしてよかったのかしらって、思うけれど」


 その言葉に、ボクは思わず拳を握ってしまった。

 違う。そんなことない……。

 貴方が、無事でいてくれたことが……何より嬉しかった。それだけで、十分な恩なのに。

 

「取り戻せると良いね。ロラン様の――」

「リュディ? せっかくのお茶の場よ?」

「はぅ。ごめんなさい」

「ふふ。……セリーヌ?」

「っ、は、はひ」


 あ、お嬢様めちゃくちゃ緊張してる。返事を噛んだ。

 かぁっとセリーヌ様が耳まで赤くなった。

 そんなお嬢様の手を、女王陛下は優しく握った。

 

「大丈夫? 緊張しているかしら」

「あ、ぅ、も、申し訳ありません。その、え、と」

「落ち着いて? 貴方のお父上には大変助けられているわ。ギルやリュディもお世話になっているし……本当にありがとう」

「そ、そんな。わたくしこそ……光栄ですわ……」

「これからも、よろしくお願いするわね」

「こ、こちらこそ……よろしくお願いいたします」


 ぷしゅーっと頭から湯気が出ているように見える状態のセリーヌ様へ慈愛に溢れた笑顔を向ける女王陛下。

 相変わらず、優しいけど悪戯好きだ。今のだってセリーヌ様を緊張させるためにわざわざ手を握ったんだろうしね。

 でも、少し大人になったかな? 多分昔のままなら、かわいー! などと大はしゃぎしているんだろうけど、今は心の中でそう思ってるだけだろうから。

 

「せっかくだし、少し花を見て回ろうかしら」

「あ、じゃあ僕が案内するよ」

「貴方はゆっくり姉妹と婚約者との仲を深めていなさい。適当に見て回るだけだもの。そうね……メイドさん? 案内してくださるかしら」


 そういって立ち上がった女王陛下は、ボクににっこりと微笑みかけた。

 

「あ、は、はい。畏まりました」


 び、びっくりした。

 いきなり指名されて、一瞬停止しかけてしまった。

 にこにこ顔の女王様と共に、ボクはゆっくり歩きだす。

 案内と言っても、ぐるりと一周するだけなんだろうけど……。

 テーブルから離れ、二十年以上前、女王陛下がまだ皇女だった頃に作ったサザンクロスの花壇の前で、彼女は足を止めた。

 なんとなくそうするだろうなと思っていたボクは、同時に立ち止まる。


「最初に花壇を貴方と始めたのはここで合ってるわよね? ……ずいぶん風景は変わってしまったけれど」


 女王様が、いつかと同じ目でボクを見る。

 ――ああ。そうか、リュディヴィーヌ様から聞いて、知ってたのか。

 ボクは静かに、頷いた。

 

「……知ってたんですね?」

「リュディが一番に報告してくれたわ。そんなことあり得ないと思ったけれど、リュディが私に嘘を吐くとは思えなかったし、貴方の仕草や雰囲気を見ていたら、不思議と確信出来たの。……なによりも、私を見る眼差しが、そのままだったから」

「そうだとしたら、悪戯好きにも程がありますよ? ボクが生まれ変わりだと知っていて、初恋の話をしたんでしょう?」

「ごめんなさい。でも、本当のことだもの」


 女王陛下がくすくすと笑う。その表情はなんだか幼く見えた。


「お菓子、貴方が作ったの?」

「そうですよ。上手くなったでしょう?」

「ええ、驚いたわ。もうエリザよりも上手じゃないかしら」

「あはは。師匠を超えちゃいましたね」

「そうみたい。本当、貴方ったら何をやらせても熟すんだから。意地悪のし甲斐がないわよ」


 二人して暫く微笑み合う。

 そこからは特に会話もなく、二人してサザンクロスの小さな白い花を見つめた。

 その時間は、まるであの時のようで、

 

「……そろそろ、王城に戻らないといけないわ」

「――うん」


 でも、あの時から、確かに時は経っていて。

 彼女は女王になって、その騎士は死んだ。

 起きた出来事は変えられないし、時間を戻すことはできない。

 過ぎ去ったものを振り返ることは出来ても、取り戻すことは、出来やしないのだから。

 

「ありがとう。貴方とまた話せるなんて、夢みたい」

「うん。ボクもです」

「また、お話ししましょうね? 絶対よ?」

「勿論ですよ」

「うん。じゃあ、戻りましょう。いつまでもここに居たら、流石にギル達が変に思うわ」


 そういって背を向けたリュミエール様の背中に、

 

「――幸せになってくれて、ありがとう」


 ボクは、ずっとずっと言いたかった言葉を、投げかける。

 面と向かっては、言えなかった。

 何故なら、まだボクの中に彼女への忠義が残っているからだ。

 

「……、怒って……いないの」

「はい」

「私、貴方をおいて幸せになったのよ」

「そうなって欲しかったんです」

「あ、貴方の遺体を、取り戻せていないのよ」

「ただの亡骸ですよ。生きてる人の方が大事に決まってるじゃないですか」

「……貴方を……幸せに、出来なかったのよ……」

「幸せですよ。……今、ボクは幸せです」


 どうしてこうなったかは分からない。

 でも輝剣騎士隊クラウ・ソラスの皆にまた会えて、リュミエール様の子供であるギルバート様やリュディヴィーヌ様と、仲良くなれて、友達が出来て。

 そして、セリーヌ様と会えた。

 見返りとしては、十分すぎるよね。

 

「――以上が、ロランの遺言です」

「……ありがとう」


 護衛達に気付かれないよう、まるで花を見ているかのようにしゃがみ込み、彼女は鼻を啜る。

 

「……やっと、初恋を終えられるよ……ロラン……っ」


 それは、ボクも一緒ですよ。

 言葉には出さず、ボクはただ花壇に咲くサザンクロスを見つめていた。

 ああ、そういえば、リュミエール様から教えて貰ったサザンクロスの花言葉は『光輝』だけじゃなかったっけ。

 そう、確か。

『遠い日の想い出』という意味も、あったはずだ――。

 


                  ☆

                  

                  

「今日はありがとう。とても素敵な時間だったわ」


 やっと泣き止んだ女王陛下は、泣いていた気配を感じさせないままギルバート様達に別れを告げている。

 もう王宮に帰る時間が来たらしい。女王様という仕事は、とても忙しいようだ。

 

「お母様、あのう」

「リュディ、こっらにおいで」


 何か言いたそうにしているリュディヴィーヌ様を呼び、近づいてきた愛娘を抱きしめる あの時の皇女が女王になり、自分と瓜二つの皇女を優しく抱擁している。そのシーンは、ボクの目にはとても感動的に映る。

 良かった。この光景をボクは一生、忘れないだろう。

 優しく娘の背中をぽんぽんと叩いて身体を離したリュミエール様は、


「……お母さんの初恋は叶わなかったけど、貴方はまだチャンスはあるわ」


 唇の端を吊り上げ、にやりと悪戯っぽい笑顔を浮かべた。

 え、あれ? このまま素敵な雰囲気でお茶会終了じゃないの?


「ホント!?」

「本当よ。いい? 好きになった相手から離れてはダメよ。どんな理由を付けられてもくっついていきなさい。『私の気持ちに気付いてくれないかなぁ』なんて思ってはいけないわ。相手は朴念仁。……と思いなさい」


 な、な、なにを言ってるのこの人は!

 リュディヴィーヌ様はふんふん、と素直に頷いている。ついでに後ろのセリーヌ様とギルバート様も「なるほど……」と小さな声で呟いた。なるほどじゃないですよ。

 しかも今明らかにボクの方を見て言ってたよね?

 違うのに! 立場の違いとかで色々悩んでただけなの!

 ていうかリュディヴィーヌ様に至っては性別が同じじゃないか。今のボクは女性だってことを忘れてるんじゃないのかなあの女王陛下!

 

「でもねお母様、もしも相手との間に越えられない障害があったら、どうしたらいいのかなぁ?」

「大丈夫よ。貴方は王族なの。障害なんてものはね、権力が解決してくれるわ」


 最低だこの女王!

 

「分かった!」

「分かったじゃないですよ! 何を仰ってるんですかっ」

「あれぇ? どうしてセシルが怒るのぉ?」

「私は一般論として娘に助言をしているだけよ。そんなに怒っちゃダメよ?」


 女王様と皇女様がにまーっと笑う。

 こ、この親子ぉ……! 顔がそっくりだ……! 腹立つぅ……!


「せ、セシル、女王陛下に失礼よっ。謝りなさい……!」

「あっ……も、申し訳ありませんっ、ついツッコミを……!」

「ふふふ。良いのよ。いずれ娘になるかもしれないんだもの。あ、間違えた。娘のメイドになるかもしれないんだもの」


 今わざと間違えたよね絶対!

 

「とにかくいい? 本当に相手のことが好きで、絶対に渡したくないなら――囲いなさい」

「うん!」

「参考になりましたわ。ありがとうございます。女王様」

「ありがとう母さん、心に留めておくよ」


 どうしてセリーヌ様達も納得しちゃってるの!?

 ああ、もぉ! さっきの感動的な雰囲気を返して!

 ボクは心の中で叫びながら「それじゃまた会いましょうね~」と軽やかに去っていく女王陛下の背中を見送ったのだった。

 

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