終わりの後
私が目を覚ますと、そこは見慣れない部屋だった。
同時に全身に痛みが走って、私は顔を顰める。
見れば私の身体はベッドに魔法を封じる特殊なロープで縛りつけられていた。
「起きたか? フランツ」
「……先生」
ベッドの隣の椅子に座り、本を読んでいたらしいギュリヴェール先生は、私が目を覚ましたことに気が付くと本を閉じた。
そこで、やっと私は何故自分がこういう状況になっているのかを思い出した。
「私は、仮面の騎士に……」
「あぁ。詳しい話はアスランベクと皇女から聞いたよ。……公爵令嬢に刃を向けた、ってな」
「……先生。私は、大切な人を護るために……」
「別にお前がしたいと思ってしたことなら、それを止める権利は俺にはないよ。仮に敵対することになったとしても、叩き潰すだけだからな」
「う……」
「でも、な。少なくとも、戦う意志の無いものに刃を抜いて斬りかかる、なんて真似はして欲しくなかった。輝剣騎士隊であり――俺の弟子であるお前には、な」
「申し訳、ありませんでした」
先生の悲しそうな目を見て、私の口は、考えるよりも早く謝罪の言葉を口にしていた。
先生は無理に笑顔を浮かべて、椅子から立ち上がる。
尊敬する人にそんな顔をさせてしまうようなことを、私はしたんだ。
「ゆっくり自分の行動を振り返ってみな」
ぽんぽん、と私の頭を軽く叩いて、先生は扉を開いて出て行ってしまった。
閉じた扉を見つめながら、気絶する前までのことを思い浮かべる。
あの時の私は『こうすることが正しいんだ』と思い込んでいた。でも、落ち着いて考えれば、アレは私が目指す英雄の姿などでは、決してない。
怯えたセリーヌ様の目。そんな恐怖で震える無抵抗の、それも貴族の令嬢に向かって、私は、刃を降り下ろしたんだ。
愚かにも程がある。もしもあの時に戻れるなら、私自身を殴ってやりたい。
先生に、あんな顔をさせてしまうだなんて……本当に、私は何をやっているんだ。
それでも……せめてコレットには。
セリーヌ様にとってのあの仮面の騎士のように、自分を護るためにと思って動いた私の姿を英雄だと思って貰いたい、そう思う。
……コレットに、会いたい。
コレットなら……この死にたいほどみじめな気持ちも、慰めてくれるだろうから。
そんなことを想いながら、私はベッドの上で目を瞑ったのだった。
☆
「コレット様ですね。奨学生の定期報告の時間です。乗ってください」
「あ、はいっ。ご、ごめんなさい。あの、いってきますね」
寮へ向かう途中、馬車から顔を出した老人に応えて、あたしは談笑していた皆に別れを告げて馬車に乗り込んだ。
到着した王宮の中、通された部屋の中で、あたしは入学してから今日までのことを話した。
入学した当初は孤立しないか心配だったけど、そんなことはなかったって。
勿論、あたしのことを嫌っている人もいるんだけど、それが気にならないくらい、あたしの味方も多くて一安心してる――。
そんな内容を、丁寧に報告する。
続いて学校のこと、交友関係のこと、繚乱会のことを、あたしは目の前でティーカップを傾ける人物に話した。
「そんな感じ、です」
「そうか。それは良かった。君が孤立しないか、とても心配だった」
「皆優しい人で良くしてくれますから……素敵な所だなって思います」
「フフ。……その中でも、一際コレットによくしてくれる人がいるようだ」
そ、そのことは言ってなかったのに、どうして知ってるんだろ……やっぱり、王立学校の中に、王宮へ報告する役割の人が居るのかなぁ。
だとしたら、見張られてることになるのかな……あたし、信用されてないのかも……。
「それで、その騎士様は役に立てそうかな」
「そ、そんな言い方しないでくださいっ」
「おっと、すまないね。では君の口から意見を聞こうか」
「えっと、その騎士様……あ、名前、忘れちゃいました……」
「あははっ。君の方がよっぽど酷いじゃないか」
あたしの言葉に、プラチナブロンドの髪の毛を靡かせる報告相手。
リシャール皇子は声をあげて笑った。
も、もう。酷いなぁリシャール様ったら……ちょっとど忘れしただけなのに。
「だ、だって、仕方ないじゃないですかぁ。セリーヌ様を排除してくれるかなと思ったのに、失敗するんだもん……」
「ふふ、そうだね。役に立たない人の名前は忘れてしまうものさ」
リシャール様は口元に手を当ててくすくす笑う。
あ、その顔、ギルバート様に似てる。やっぱり兄弟なんだね。
「フランツだよ。一応、輝剣騎士隊の一員なんだ。覚えてやってくれ」
「あ、はい。すみません……」
「良いよ。さて、そのフランツだが、今は消息がつかめない。行方不明って奴だね。多分、輝剣騎士隊に捕えられたってことになるかな」
「あう……」
はぁ……。本当に失敗しちゃった。まさかフランツがやられて捕まるだなんて、思っても見なかったな。
「もしもフランツの口から君の情報が洩れるようなら、それは証拠となりうる。そうなったら――」
「フランツはあたしのことを好きでいてくれているみたいですから、黙っていてくれます」
「確信があるみたいだね」
「だって、もしそうじゃないなら、とっくにあたし、捕まってるはずですもんね」
「ハハ。間違いない」
リシャール様は持っていたティーカップをソーサーに置くと、あたしにぐいっと顔を近づける。
ギルバート皇子に唯一似ても似つかない、吸い込まれそうなリシャール様の黒い瞳がアップになった。
「もしそんなミスをしたら、俺は大切な部下を一人失ってしまうことになる。気を付けるんだよ。――我が重臣、コレット・パーシヴァルよ」
「仰せのままに。主様」
「よろしい。定期報告は二週間に一度、馬車をやる。君の報告は宰相が行っていることになっているから口裏は合わせるようにね」
「はい」
あたしが応えると、リシャール様は満足そうにして立ち上がり、部屋を後にしてしまった。
あう、残念だなぁ。リシャール様の瞳、大好きなのに。
皇子が出て行ってから少し経って、宰相が迎えに来る。
それに従って、あたしは城門をくぐり馬車に乗って寮へと送ってもらった。
馬車に揺られながら、あたしは考える。
……輝剣騎士隊の一員のフランツがセリーヌ様を仕留め損なうだなんて、思っていなかった。
あの時間帯、ギュリヴェール様も、エリザ様もシャルロッテ様も別の場所にいたはずだから、彼らじゃない。
アスランベク様も実力はあるとは言えもう引退間近だもんね、セリーヌ様を守りながらだとしたら、フランツに敵うとは思えないもん。
と、なると、
「誰か、いる」
フランツを簡単に退けられる程の実力を持つ、セリーヌ様を守る人が。
あーぁ、失敗しちゃった。ちゃんと様子くらいは見るべきだったかも。そうすれば、誰がセリーヌ様を守っているか分かったかもしれないのに。
……でも、きっと大丈夫。もう次の布石は打ってあるもん。
リシャール様が王位を継承するためにも、セリーヌ様は絶対に排除しなきゃ。それで陛下に褒めて貰うんだ。
あたしはふんすと鼻息を荒くしながら、両手をぎゅっと握りしめたのでした。