『救国の輝剣』⑥
彼女はボクと目が合うと、蕩けるような笑顔を見せて駆け寄ってくる。
そしてそのままぎゅうっとボクを後ろから抱きしめてきた。
「ふゎっ!? リ、リュディヴィーヌ様!?」
「会いたかった……ロラン様」
そういったリュディヴィーヌ様が顔をボクの方に向ける。
彼女の瞳はキラキラと潤んでいた。
……。
はっ、あまりの可愛さと美しさに見惚れちゃってた……!
セリーヌ様に負けないくらいリュディヴィーヌ様も美少女だ。そんな彼女にこんな表情をされたら、男性女性問わず魅了されるに決まっている。
「あ、あの、リュディヴィーヌ様? ボクのことはセシルって呼んでください。その、ロランは死んだわけですし、今のボクはセリーヌ様のメイドですから……そう呼ばれると、なんて返して良いか……」
「あ、うん。ごめんね。嬉しくって……」
てへへ、と舌を出しながらリュディヴィーヌ様が謝罪してくれる。
「あの……リュディヴィーヌ様、コレット様の正体って……?」
「んー……秘密」
「え……」
「実は確証がある訳じゃないの。だから注意して、とは言えるけど、コレットの正体を断言は出来ないかな。それに、今はそんなことよりも話したいことがあるの。セシルだって聴きたいことがあるでしょう?」
にこにことリュディヴィーヌ様がボクにくっついたまま笑顔を浮かべる。
うぐ、柔らかい感触と良い匂いが……落ち着け落ち着け、今はそんなこと考えてる場合じゃない。
どうやら、コレット様のことは話すつもりはないみたいだ。ボクとしてはそれが一番聞きたいことだけれど……もう一つ、どうしても聞いておかなきゃいけないことがある。
「……どうしてボクのことに、気付いたのですか? やっぱり、アスランベクから聞いていたんですか?」
「ぶぶー。外れ~」
「セシルが仮面の騎士であること、セシルがロランの生まれ変わりであること――両方とも、確信をもって話されたのはリュディヴィーヌ様だ」
「そ、そうなんですか?」
「そうなんです。凄いでしょ? 褒めて褒めて~♪」
「なんで、気付いたんですか?」
「んー……じゃあ、さっきアスランベクとクイズしてたでしょ?」
「聞いてたんですね」
「アスランベクが嬉しそうだったから、気を利かせたの。とにかく私ともクイズしよ♪ どうして私はセシルが仮面の騎士だと気付き、セシルがロラン様だって確信したんでしょうかっ」
無邪気にリュディヴィーヌ様がボクにじゃれついてくる。うう、距離感が近すぎてやりづらいなぁ。
リュディヴィーヌ様のぬくもりにドギマギしつつ、ボクは考える。
セシルがロランの生まれ変わり……そう勘付いたのは多分、アスランベクからボクと戦った時のことを聞いたからだろう。
ロランを感じさせる魔力を放ち、アスランベクを倒したという実力から当たりを付けた、と考えるのが自然だ。
でも、それならなぜ――仮面の騎士がセシルだって分かったのかな……?
「すみません。分かりません」
「ふふ。じゃあ、教えてあげる。セシル、お兄様とセリーヌが婚約を結んだ日のダンスパーティでお兄様を助けたでしょう?」
「え……な、なんで知ってるんですか……!? まさかギュリヴェールの奴、口止めしたのに喋ったんじゃ……!」
「あ、ギュリヴェールじゃないよ。これはね、エリザの報告書からなの」
「エリザの?」
「うん。『ギルバート皇子誘拐未遂事件。犯人は逮捕済み。目撃者――貴族仕えのメイド一名。口止め済み』って」
「そ、そこから、どうやってボクに辿り着いたんですか?」
「だって、あれだけ結婚とか婚約に興味のなかったお兄様が突然セリーヌと婚約したんだもん。セシルのことをよく目で追ってるし、何か有ったんだろうなって。大方セシルがお兄様を助けて、それでお兄様に興味を持たれて、そこからセリーヌの婚約に繋がったんでしょ?」
「っ……。合ってます。凄い、ですね」
「そんなことないよ~? ギルお兄様のお陰かな」
「ギルバート様の?」
「うん。だってね、お兄様はあのダンスパーティの日まで、全く他人に興味を持っていなかったから。公務以外は花を眺めながらぼうっとしているのが好きな人だったの。それなのに、あの日から突然セリーヌと婚約して、セリーヌの屋敷に遊びに行くようになって……明るくなった。だから気付いたんだ。この『貴族仕えのメイド一名』はセシルだって」
「……なるほど」
たしかに、あの婚約は突然だったから、何かあったみたいだと気付くことは出来るのかもしれない。
でも……。
「……それだけでボクが仮面の騎士だって気付けないような? 何よりも、ロランだと気付くのはもっと無理だと思いますが……」
「それはね、私だから分かったの」
「ど、どういう意味、ですか?」
「これだよ」
リュディヴィーヌ様がリボンを揺らす。
それは、ボクが昔女王様にプレゼントしたリボンだ。
「そのリボンが……?」
「うん。入学式典の日に、セシルが私の髪の毛に結んでくれたの、覚えてる?」
「は、はい……覚えてます。自慢するために解いて、結べなくなってしまったって言ってましたよね」
「うん。その時にね、思い出してたの。――お母様の、思い出話のこと」
「思い出、話?」
「うん。いつも……ロラン様に優しくリボンを結んで貰ってたって」
ああ……そうか。リュディヴィーヌ様は聞いていたのか。
あの時、ボクもかつての皇女のことを思い出してた。
プラチナブロンドの髪の毛に青いリボンを結び付けた、あの日のことを。
そっか……リュディヴィーヌ様も知ってたんだ。
「だから、セリーヌをアスランベクから救った仮面の騎士がロラン様だとしたら……それはきっと、セリーヌの傍にいるセシルだろうって、自然と思ったの」
リュディヴィーヌ様が微笑む。
綺麗な人だ。素直にそう思った。
「そのリボンが、セシルとロランを結び付けたんですね」
「うんっ」
嬉しそうにリュディヴィーヌ様が頬を綻ばせる。
それは可愛いんだけど……もう一つ、聞いておかなきゃ。
「……どうして、リュディヴィーヌ様はセリーヌ様を誘拐させようとしたのですか?」
「……ごめんなさい。どうしても、早くリシャールお兄様に国王様になって欲しくて……」
「何故、ですか? 聞いていると、リュディヴィーヌ様は女王陛下のことを愛していらっしゃるのでは……」
「うん。そうだよ。お母さまのことは大好き。……だからこそ、早く王位を譲ってゆっくりして欲しいって思っていたし、リシャールお兄様が国王になればロラン様の遺体を返還するようにプレイアスに要請するって輝剣騎士隊に約束したのを知っていたの。セリーヌを誘拐しようとしたのはね、お兄様との婚約を解消して貰うためだよ。脅してでも……ギルお兄様から離れて欲しかったの。ギルお兄様が有力な貴族と結びつくと、国王になる可能性が高くなっちゃうから」
「ロランの、遺体……。……そうか、だからアスランベクと……」
「そうだ。自分とリュディヴィーヌ様にとって、最優先にすべきことはロランの遺体をプレイアスから奪還すること。そのためならば手段は選ばなかった」
「セシルはアスランベク退役の撤回命令を出した人物を知りたがっていたんだよね? それは私だよ。アスランベクは私の味方だから……失う訳には絶対にいかなかったの」
「いわば、自分はギルバート皇子派でもなく、リシャール皇子派でもない。リュディヴィーヌ皇女派だった、という訳だ」
「なるほど、ね」
セリーヌ様の誘拐を命令したのもアスランベクを助けたのも、リシャール皇子は関係なかったんだ。そう考えれば、色々と納得できる。
……でも。
「……あの、リュディヴィーヌ様。もう一つ、良いでしょうか」
「なぁに?」
「どうして――そこまで、ロランの為に? ロランはもう死んだ人なんですよ?」
アスランベクが何かしようとするのは理解できる。アスランベクは目の中に入れても痛くない程にロランを可愛がっていたし、遺体を取り戻したいと思うのも分かる。
でもリュディヴィーヌ様は違う。ロランと話したことはおろか会ったことすらない。だって、彼女はロランが死んでから産まれた人なんだから。
ボクの問いかけに、リュディヴィーヌ様は優しく微笑んだ。
「あのね、私、ハッピーエンドが好きなの」
「ハッピーエンド、ですか?」
「うん。絵本とかで、苦労したヒロインが王子様と結ばれて終わる話とかあるでしょう? ああいうのが、凄く好きなの」
「そ、それは分かりますけど。それとロランの遺体を取り戻すことになんの関係が?」
「あるよう。だって――ロラン様はヘスペリスの為に命を賭けて頑張ったんだよ? この国を、救った英雄なんだよ?」
リュディヴィーヌ様がボクの身体をぎゅぅっと抱きしめる。
「一番幸せにならなきゃいけない人だったのに、国を護って死んでしまった上に自分の国に帰って来ることも出来ないだなんて……酷すぎるよ」
「リュディヴィーヌ様……」
「だから、せめてヘスペリスに帰って来れるようにって。勿論ハッピーエンドじゃないのは分かってるよ? でも……」
「そんなことは、ありませんよ」
リュディヴィーヌ様の言葉を遮ったボクの言葉に、彼女は「ふぇ?」と可愛らしい声を出して首を傾げた。
ボクは青いリボンが結ばれている髪を撫でる。
多分、表情は微笑んでいるんだろう。それだけ、彼女の気持ちが嬉しかったから。
「僕にとっては、この結末はハッピーエンドです」
「どうして? 死んじゃったんだよ? もし生きて帰ってくれば、お母様と結ばれて、幸せに暮らせたかもしれないんだよ……? それが一番のハッピーエンドじゃないの?」
「そんなことありませんよ。だって、リュディヴィーヌ様はここにいるじゃないですか」
「私が……?」
「はい。リュディヴィーヌ様やセリーヌ様の居る未来を創れた……それだけで、ボクは満足です。……それに、貴女が今ボクを幸せな気持ちにしてくれましたから。十分すぎる程のハッピーエンド、ですよ」
「セシ、ル……」
「勿論、生まれ変わったのは予想外でしたけど、こうならなくても、ボクは満足してます。だから」
感謝の気持ちを込めて、リュディヴィーヌ様の体を優しく抱き返す。
「産まれてきてくれて――ありがとうございます。リュディヴィーヌ様。そのリボンを大切にしてくれて、とても嬉しいです」
「ぁ、ぅ……」
「もう誘拐なんて、考えちゃダメですよ? その代わり、これからはボク……セシルと、仲良くしてください」
「――うんっ」
リュディヴィーヌ様から体を離すと、彼女は顔を赤らめて何度もボクの言葉に頷いてくれた。
良かった。これで一件落着かな。
まだコレット様のことを聞けていないけど――きっと教えてくれるだろう。
そうすれば、セリーヌ様への悪意の原因も取り除けるはずだ。
「仲良く……えへへ」
「ふふっ、ボクも友達が増えて嬉しいです」
「あ、ごめんね。友達は無理かも」
「――えっ!?」
い、いきなりショックなこと言われた……!?
な、なに? もしかしてボク、友達にしたくないタイプなの!?
ボクがショックを受けていると、リュディヴィーヌ様はボクの頬を両手で包み込むように掴むと、
「だって好きになっちゃったから」
「ふぇ?」
「好き、セシル……」
――そのまま、リュディヴィーヌ様の整った顔立ちがアップになって、
柔らかい感触が、唇に触れた。
それがリュディヴィーヌ様の唇だと気付くのに、数秒を要した。
「ちゅ、ぴ……」
「んんんん……!?」
「ふ、ぁ……ふふ、キスってこんな感じなんだね」
「な、な、にゃ、にゃっ……!?」
き、きき、キスって、キスって……!?
「あ、セシルの顔、真っ赤になってきちゃった、えへへ、かわいーっ☆」
「な、なにしてるんですかっ!?」
「なにってキスだよ。ちゅー、接吻。どの言い方が好き? セシルが好きな呼び方でおねだりしてあげる」
「そうじゃなくて! どうしてキスなんか……っ」
「大好きだから」
「大好きだからって、ボクとリュディヴィーヌ様は女性同士で……!」
「関係ないもん。好きだからキスしたんだよ。友達になれないっていうのは、恋人にしたいからってことなの。だから、恋人になろ?」
「す、好き……っ、こ、恋人……!?」
「リュディヴィーヌ様」
「ハッ。アスランベク……!」
忘れ去られていたアスランベクが凛とした声をあげる。
そ、そうだった、アスランベクもいたんだった! ということは見られたんだ。ボクがキスするシーンを、元養父に。
うあぁぁ、恥ずかしすぎる、死にたいぃ……!
というかファーストキスが奪われるだなんて。それも皇女相手に……! ふぐぅぅぅ!
お、落ち着け! とりあえずこのめちゃくちゃな展開を落ち着かせるには第三者の力が必要だ。アスランベクに任せよう。
アスランベクはボクとリュディヴィーヌ様を交互に見ると、
「娘は渡さぬ。たとえそれが皇女であってもだッ! まだ可愛がり足りていないんだぞッ! 嫁にやってたまるかッ!」
「お前も何言ってんだよ!」
「むむ、アスランベク。相手が皇女でも不服なの? セシルは私のお嫁さんになるの。ハッピーエンドをあげるのは、私なんだから!」
「よ、嫁って……リュディヴィーヌ様も何を言ってるんですかっ!」
バチバチバチとアスランベクとリュディヴィーヌ様の視線の間に火花が見える。
あああ、どうしてこんなことに……。
……でも、アスランベクは元はこういう人だった。好々爺になる未来が安易に想像できるくらいお茶目で、親バカな所がある輝剣騎士隊の最年長者だったんだ。
ロランが居なくなってああいう風になったとしたら、今こうして元のアスランベクに戻れたというのは、良いことなのかもしれない。
と、現実放棄をしていると、ボクの体に柔らかく暖かいものが押し付けられた。
リュディヴィーヌ様のお胸である。
セリーヌ様より小ぶりなものの、『大きい』と表現出来るそれをボクにしっかりと密着させ、皇女様は所有者は私だというかのようにボクをしっかりと抱きしめる。
「セシルは私が幸せにするから、安心してお嫁に来て良いからね!」
「父は認めんぞッ! セシルに結婚は早すぎる!」
「ツッコミが足りない! そしてリュディヴィーヌ様は離れてくださいっ! その柔らかいものを押し付けられたら、ボクは、ボクは……!」
キレてしまいそうだ……!
……結局、やいのやいのリュディヴィーヌ様とアスランベクが口論している間に寮の門限が近づいているということで、この集まりは解散となった。
せっかく問題を一つ解決出来たと思ったら、また新たな問題が産まれちゃったなぁ。
フランツをけしかけたというコレット様の正体。
そして、リュディヴィーヌ様からの好意。
うぅ。キス、されたんだよね。
明日からどういう顔でリュディヴィーヌ様に会えばいいんだろう。
思い出すだけで顔が赤くなるのが分かる。暫くリュディヴィーヌ様の顔が見れないよぅ。
城からこっそり脱出し、メイド服を隠した場所に戻りながら、ボクは付けなおした仮面の下で、顔を赤らめたのだった。