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『救国の輝剣』③

 また、コレットが虐められていた。

 今度は一人だけだ。激しい口調で、貴族令嬢の一人がコレットを叱責している。

 先日、仲間に止められていたが、まだ何か言い足りなさそうだった女だ。

 私がゆっくり近づくと、丁度話が終わったところだったのか、女は一人肩を怒らせて歩いていく。

 コレットは肩を落とし、しょんぼりとした様子で反対側に歩いて行った。

 後を追って励ましてあげたい衝動に駆られるが、それをぐっと抑える。

 今コレットの話を聞いて、仮にコレットが元気になっても――元を絶たなければ、また同じようにコレットが傷つけられるだけだ。

 追うべきはコレットではない。あの女の方だろう。

 貴族令嬢の後を追いかけ、人気が無くなったところで私は後ろから声をかけた。

 

「――ちょっと時間を貰えますか」

「きゃっ。……あ、貴方は……フランツ、様」

「その通りです。また今日も会いましたね。――またコレットに何か用だったようで」

「っ。し、失礼します。私、忙しいので……」

「待ってください」


 逃げようとする令嬢の手を掴み、壁に押いつめて逃げ道をふさぐと、彼女は怯えた目で私を見上げる。

 彼女は今自分が感じてる恐怖をコレットに与えているとは微塵も思わないのだろうか。

 心の中で腹立たしく思いながら、その怒りを飲み込んで私は率直に疑問をぶつけた。


「どうしてあそこまでコレットを敵視するのですか。それを教えてくれれば手荒な真似はしません」

「……そ、それは、昨日も言ったでしょう。ギルバート様に近づくからです」

「何故ですか。コレットがギルバート様に近づいても、貴女には関係のないことでしょう」

「わ、私はセリーヌ様の友人なのですよ! 関係はあります!」

「コレットだってセリーヌ様の友人の一人です。繚乱会で良く話をしたり、お茶を飲んだりしていますよ。そのコレットを傷つければ、セリーヌ様の怒りを買うとは思わないのですか」

「思いません。コレットよりも私の方が親しくしていますし、セリーヌ様も内心、コレットは離れて欲しいと思っているはずです」

「どうしてそう思うのですか?」

「そ、それは……コレットにギルバート様から離れるように頼んで欲しいと私達に相談したのは、ほかならぬセリーヌ様だからです」

「――そうですか。ならば、セリーヌ様に報告しても構いませんね?」

「そ、それは――」


 その言葉を信じるつもりは、微塵もなかった。

 コレットを傷つけた言い訳にセリーヌ様を使う不届きな女。この令嬢が話したことをセリーヌ様に報告すればそれで終わりだろう。人を傷つける言い訳に公爵令嬢を使ったのだ。その報いを受けて、コレットはセリーヌ様とギルバート皇子に庇って貰えるはず。

 そう、思っていた。

 

「本当、だよ……」


 コレットが、私に背後から話しかけるまでは。

 

「え……、あ、貴女……」

「コレット? どうして、ここに……!」

「ご、ごめんね? ミランダ様を追いかけるフランツの姿が見えたから……」


 申し訳なさそうにコレットが頭を下げる。

 しかし、今はそれよりも気になることがあった。

『本当』というのは、一体、何を指すのだろう。

 ミランダ、と呼ばれた私が壁に追い詰めている令嬢は、コレットの姿を見て驚きで絶句していた。


「コレット、本当、というのは……?」

「……あの、ね。ミランダ様の言ったことは……本当なの」


 その言葉に、頭が真っ白になった。

 そんな、まさか。セリーヌ様が? 彼女に?

 

「あたし……セリーヌ様から、ギルバート様に近づかないで、って言われて…」

「……う、嘘、だろう……? セリーヌ様がコレットに……? だ、だって、繚乱会であんなに親しくしているじゃないか」

「……それは、ギルバート様に迷惑をかけないように仲の良いように振舞うようにしろって言われてるの……」

「……本当、なのか? ……なら、なんで黙ってたんだ……私に相談してくれれば……」

「あたしだけ我慢すればいいって、そう思ってたの。でも、今あたしが黙ってたら、ミランダ様がひどい目にあっちゃうし、なによりも……フランツに、勘違いで酷いことさせちゃうかもしれないから……」


 コレットが目を潤ませる。

 

「……黙っていて、ごめんなさい……」

「そんな。コレットが謝ることじゃない……!」

「ミランダ様も、ごめんなさい。あたしが黙ってたせいで、怖い目にあわせてしまって……」

「……あ、貴女……どうして、私を庇うの……?」

「だって……貴女もセリーヌ様に、何か言われたんですよね。それで仕方なくあたしにあんなこと言ったんだって、分かってるんですもん」


 コレットが涙目になりながら、ミランダ様へ微笑みかける。

 その表情は、さながら女神さまのようだった。

 

「でも……もう大丈夫です」

「え、え……?」

「あたしには、誰よりも頼りになる人が居るんです。どこからでも飛んできて、あたしを護ってくれるって言ってくれた……誰よりも頼りになる、騎士様が」

「……っ、コレット……」

「だから、大丈夫。あたし、怖くないよ」


 コレットが私を見て笑顔を浮かべる。

 ――たったそれだけのことで、覚悟が決まった。

 

「……うん。安心して欲しい。その騎士は、何があってもコレットを護るから」

「うんっ。だから、ミランダ様も安心してくださいね」


 ミランダ様はまだ混乱した様子で、コレットの言葉には頷けずに交互に私とコレットの顔を見比べるだけだった。

 セリーヌ・フィッツロイ。コレットを傷つけた、諸悪の根源。

 彼女の魔の手から、どんな状況でも自分よりも他人を優先してしまう優しいコレットを、護るんだ。

 自分のすべきことを理解して、私はぐっと拳を強く握りしめた。

 

 

                   ☆

                   

                   

 フィッツロイ家は、ヘスペリスでも有数の名家です。

 代々王族を支援してきた実績もあり、この国を支えてきたといっても過言ではありません。

 そんな名門貴族に、わたくし、セリーヌ・フィッツロイは産まれました。

 その宿命か。わたくしは幼い頃から帝王学や勉学は勿論、マナーから料理、裁縫、乗馬、そして音楽……様々なものを厳しく教えられました。

 母がわたくしを産んですぐに亡くなったのもあるでしょう。わたくしを跡継ぎにすべく、厳しく教育する父の口癖は『フィッツロイに相応しくあれ』でした。

 フィッツロイを繁栄させることが、ヘスペリスを支えることになる。父のその教えを、わたくしは忠実に守りながら生きてきました。

 勿論、その生き方を辛い、重たいと思ったことは何度もあります。心が折れた回数など数え切れないほどです。

 でも――そのたびに、大切な親友がわたくしを支えて立ち直らせてくれるのです。

 

 その子の名前は、セシル・ハルシオン。

 

 幼い頃、物心つく前からわたくしの傍にいてくれたセシルは、大人っぽいのに子供っぽくて、意地悪で優しくて……なんというか、不思議な子という表現がぴったりです。

 そんなセシルが、わたくしに最大の幸運を運んできてくれました。

 ――第二皇子、ギルバート様との婚約。

 聞けば、皇子が探していた飲み物をセシルが探して見つけてくれたことからわたくしに興味を持ったらしく、その、一目惚れしたと仰っていただきました。改めて思い出すと恥ずかしいこと、ですけど。

 その時は本当に、天にも昇る気持ちでした。だって……。

 

 それは、お父様が望む展開、そのものでしたから。

 

 事あるごとに、父からは「ギルバート皇子と親しくなれるよう、努力しなさい」と言われていました。それがフィッツロイの繁栄に繋がり、ヘスペリスの地盤を固めることになるから、と。

 それが、親しくなるどころか婚約することになり、お父様は大喜びでしたし、わたくしも、フィッツロイの――ひいては国の為に役立てたと嬉しかったのです。

 そのことについて疑問を抱いたことなど、一度だってありませんでした。わたくしは、フィッツロイという貴族としての生き方しか教えられていませんでしたし、それを幸せだと、誇らしいと思っているのですから。

 これからもそれは変わらないでしょう。変わらないはずです。……変わってはいけないのです。

 いけないのに。……それなのに。

 

 ――まるで、物語のヒロインになったかのような、あの光景が蘇るのです。何度も、何度だって。

 

 わたくしの前に立ち、危険からわたくしを護ってくれるあの頼もしい背中が。

 跪き、わたくしを護ってくれると誓ってくれた、あの姿が。

 顔も、本名も分からない、仮面の騎士の姿が……目に浮かんでしまうのです。

 たった一度助けられただけなのに、どうしてこんなにも惹かれてしまうのか、自分でも分かりません。

 でも、夢を見てしまうのです。あの人がわたくしの傍に来て手を握ってくれて……その手を握り返すという、叶ってはいけない夢を。

 国のために、フィッツロイのために、ギルバート様に身を捧げなければいけないと分かっているのに。

 まるで花に誘われる蝶々のように。自分の心が彼に吸い寄せられていくのを、日に日に実感してしまうのです。

 ……分かっていますわ。この気持ちは、いずれ捨てることになるって。

 だってわたくしは、セリーヌ・フィッツロイですもの。

 ギルバート皇子の婚約者であり、名門貴族フィッツロイ家の名を背負っているのですから。

 正体も分からない仮面の騎士を愛することなど……してはいけないのです。

 ……。だから、お願いいたしますわ、神様。

 もう、何も起こさないで。

 彼に守られてしまうような出来事を……起こさないで。

 ……。

 ――……。

  


「セリーヌ様。少し宜しいでしょうか?」

「フランツ様? 輝剣騎士隊クラウ・ソラスの……ギルバート様の護衛をなさっている方、ですわよね? わたくしに何か御用かしら」

「はい。――ミランダ様のことで」

「ミランダ? …………あぁ、一緒にお茶会をしたことがありましたわね。彼女がどうかしましたの?」

「ええ。セリーヌ様にお話ししたいことがあるということで。こちらに来ていただけますか?」

「申し訳ないのですけれど、わたくし、これから繚乱会に――」

「良いから――こっちに来いと言っているんだ。この悪女め」

「――っ!」

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