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『救国の輝剣』①

 繚乱会の設立から数日。穏やかな日々を過ごしていたはずのボク達の前に、それは突然訪れた。


「本日から教職に復帰する。まずは、暫し休んでしまったことを詫びよう。少々体調を崩してしまってな。寄る年波には勝てぬということか」


 人知れず処分されたはずの誘拐犯、アスランベクが教職に復帰したのだ。

 一体、どうして……!? ギュリヴェールは、しっかりと処分が下るって話だったのに……!

 隣の様子を伺えば、セリーヌ様は怒りの様子を浮かべ、ロシーユ様とシリアは恐怖でだろう、顔を真っ青にしている。

 ……どうしてこうなったか、ギュリヴェールからしっかり話を聞かないと。

 幸い、授業中に何かアスランベクがすることもなく時間は進み、昼休憩になる。

 アスランベクが教室から出て行ったのを確認して、ボクは立ち上がった。

 

「セリーヌ様、ボク、ギュリヴェールの所に行ってきます」

「……ええ。きちんと説明して貰ってきて頂戴」

「はい」


 セリーヌ様の許可を貰い、ボクは教室から飛び出す。

 この時間、ギュリヴェールはギルバート様の警護を外れて、学園内の見回りをしているはずだ。

 どこに居るのか探さないと。

 きょろきょろとギュリヴェールの姿を探していると、向こうの方から凄い勢いでギュリヴェールが走ってくるのが見えた。

 

「いた! はぁ、はぁ、探してたんだ……教室にいったら、俺を探しに行ったって言われて」

「うん。アスランベクのこと、聞こうと思って」

「分かってる。こっちに来てくれ。聞かれちゃマズイことだから」

「うん」


 ギュリヴェールに案内され、使われていない教室に入る。

 扉を閉め、ギュリヴェールは大きくため息を吐いた。

 

「っつっても、俺も何が起こったのか分かってねぇんだ」

「ギュリヴェールも?」

「ああ。今日の朝、王国からいきなり『アスランベクを輝剣騎士隊クラウ・ソラスと教職に復帰させるように』って、命令が下った」

「退役を取り消せってこと?」

「ああ。退役すること自体は、王族と輝剣騎士隊クラウ・ソラスの全員に報告がされてた。でも、その本当の理由について知っているのは、事件の関係者を除けば、エリザとシャルと俺だけのはずだったんだ」

「女王様は知らなかったの?」

「ああ。報告するタイミングを作れなかった。女王陛下の周りはリシャール皇子派とギルバート皇子派の派閥争い真っ只中でな。どこに耳があるか分からない状態だ。そんな状態で、アスランベクが誘拐事件を起こしたなんて知られたら……」

「ただでさえ派閥争いで複雑になってる輝剣騎士隊クラウ・ソラスがめちゃくちゃにされかねない、か」


 ギュリヴェールが頷く。

 輝剣騎士隊クラウ・ソラスの立場は、ボクが想像していたよりも高くなっているみたいだ。

 王族どころか、国家そのものに影響が出るくらいになっている。まあ、国中の人から英雄視扱いされている騎士隊だもんね。

 その気になれば、クーデターの旗手になることだって出来てしまうかもしれない。だからこそ、リシャール皇子はシャルに接近して味方に付けたんだろう。


「だから、俺達三人の手で、秘密裏にアスランベクには刑を執行する……予定だった」

「それなのに、突然退役を撤回するように命令が来たってこと?」

「ああ。立場上は輝剣騎士隊クラウ・ソラスは王族直属部隊って扱いだし、事件のことを公表する訳にもいかない。従わざるを得なかった」

「……その命令の主は、やっぱりリシャール皇子かな」

「それが、撤回命令にシャルも驚いてたんだ。命令したのがリシャール皇子だとして、自分を支援する立場のシャルに、わざわざ報告しない理由なんてあるか?」

「無い、かな。……それと、アスランベクに誘拐命令を出したのがリシャール皇子だっていうのも、ちょっと引っ掛かるんだよね」


 ギルバート様とセリーヌ様が婚約者になったことで、ギルバート様はフィッツロイ家の後ろ盾を得た。

 それを疎ましく思ったリシャール皇子がセリーヌ様を亡き者にしようとして、アスランベクに命令をした……そう考えれば一応、つじつまは合う、けど……。

 

「リシャール皇子はそんな行動を取る必要はない気がする」

「まぁ、そうだな。今の輝剣騎士隊クラウ・ソラスの影響力を考えるとなぁ」

「うん。その半数を自分の支援者に出来たのは、リシャール皇子にとって凄く僥倖だったはずなんだ」


 それなのに、輝剣騎士隊クラウ・ソラスに犯罪行為をさせるのはおかしい。

 国を護るために命を賭けようっていう騎士達の集まりが輝剣騎士隊クラウ・ソラスだ。その中でも最も古株のアスランベクに犯罪者紛いの行為をさせれば反発を招くはず。折角味方にしたのに、離反される原因は作りたくないはずだ。

 

「……でも、じゃあ、一体だれが……?」


 ボクがギュリヴェールに問いかけた所で、

 

「――教えてやろうか」


 扉が、開いた。

 そこに立っていたのは、

 

「自分に命令したのが、誰だったのか」


 アスランベクだった。

 彼は微笑みを湛え、ボクを見て満足そうに笑う。

 しまった……! 尾行、されてたのか……!

 ちらりと横を見る。

 ギュリヴェールは自らの失態に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。

 多分、アスランベクが教職に復帰したと聞いて、ボクに報告するのに頭がいっぱいで尾行の可能性に気付かなかったんだろう。

 かくいうボクも、尾行されるだなんて思っても見なかった。完全にボク達の失態だ。

 

「……なんで、ここに居やがる……」

「お前のことだ。自分が解放されたと分かれば、いの一番に仮面の騎士に報告しに行くと思ってな。その正体を掴ませて貰うために、後を追わせて貰ったんだよ。久々の隠密行動だったが、なかなかどうして、錆びつかぬものだな」

「……チッ」

「はははは。四十だというのに、未だに己の感情を制御出来ずに表情に出してしまうのがお前の未熟な所だ。そんな悔いるような顔をしていては、自分が言っていたことが正しいと告げているようなものだぞ。隣のメイドをを見習うといい」


 楽しそうに笑いながら、アスランベクは教室の扉を閉め、ボクを見据える。

 

「……それにしても、驚いたぞセシル・ハルシオン。まさか本当にお前が、仮面の騎士だったとはな」


 ……? まるで、誰かから教えて貰ったみたいな言い方をしてる。

 ちらりと横を見るが、ギュリヴェールは軽く首を横に振った。

 そうだよね、ギュリヴェールがアスランベクに教える理由はないはずだ。

 とりあえず、誤魔化してみよう。無駄だろうけど。

 

「仮面の騎士……ですか。セリーヌ様を助けた方のことですよね? だとしたら見当違いです。ボクはただのメイドですよ。輝剣騎士隊クラウ・ソラスの最古参である貴方を退けられるはず、無いじゃありませんか」


 アスランベクはとぼけるボクへ微笑みを浮かべて、

  

 バチン!! と空気を切り裂く火花と共に、次の瞬間にはボクに向かって雷光の槍が放たれていた。

 

 気付いた時には、それを素手で弾き飛ばした後だ。

 ……頭で考えるよりも先に、身体が反応しちゃってた。

 その光景を見ていたアスランベクは、くつくつと楽しそうに笑う。

 

「自分の必殺を容易く弾いておいて、ただのメイドという言い訳が通じると思うか?」

「……そうだね」


 観念して、ボクはアスランベクを睨みつける。

 

「何か用かな。アスランベク、ボクに復讐でもしたいの?」

「復讐など考えていない。……ただ、警告をしようと思っただけだ」

「警告……? まさか、またセリーヌ様達に手を出すつもりか?」

「魔力が漏れ出ては密談に気付かれるぞ。……自分はもうあのような真似はしない。事情が変わったのでな」

「え?」

「何、こちらの話だ。ともかく、もうセリーヌを捕える必要はなくなった。安心するといい」


 捕える必要が、なくなった……?

 アスランベクの言葉の意味を考えるボクの隣で、ギュリヴェールが我慢の限界とばかりに口を開いた。

  

「おい。アスランベク。お前に誘拐するように命令したのは誰なんだよ」

「知りたいか?」

「当たり前だろ。教えろよ」

「教える訳がないだろう。冗句に決まっている」

「な、なんだよそりゃ。最初から言う気はなかったってことじゃねぇか」

「当然だ。今日はセシルに警告しにきただけだからな」

「警告……?」


 ボクがオウム返しに聞き返すと、アスランベクは静かに頷いた。


「コレットには気を付けろ」

「え……?」

「それだけだ。今度はゆっくりお茶でも飲もう。クッキーでも摘まみながらな」


 それだけいって、アスランベクは教室から出て行った。

 コレット様に気を付けろって、ギルバート皇子とくっつかないように注意しろ、ってこと……? でも、ギルバート様は花のことを相談してただけだって言ってたし、アスランベクがボクにそんな助言をする理由も良く分からない。

 取り残されたボクとギュリヴェールは、顔を見合わせる。

 ボクの知らない所で、何かが起こっている。それは間違いない。


「とりあえず、何か有ったら報告する」

「ん。分かった。セリーヌ様達の方はボクに任せて」

「ああ。言い訳も任せて良いか?」

「うん。いきなり退役すると混乱が起こるから、引継ぎが完了するまで輝剣騎士隊クラウ・ソラスの監視を付けた上で業務させているってことにしておくよ」

「助かる……本当に悪かった」

「良いよ。王族からの命令なら仕方ないもん。じゃ、ボクはセリーヌ様達の方に戻るよ」


 ギュリヴェールと別れ、ボクは足早にセリーヌ様の方へと戻っていく。

 アスランベクのことを信用する訳じゃない。でも、嘘を吐いているようには見えなかった。

 コレット様に気を付けろ、か。

 かつての養父の言葉を反芻しながら、ボクはセリーヌ様の所に戻った。

 

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