繚乱会
「――という訳で、セリーヌ様とロシーユ様も参加してくださるみたいです! セリーヌ様は婚約者ですし、ロシーユ様は花を育てた経験がありますし、心強いと思います」
「…………そうだね。ありがとうセシル、流石だね」
ギルバート様がボクを褒めてくれる。
えっへん、流石ボクだ。あの時の自分をもっと称えたいくらいだよ。
昨日、ギルバート様から繚乱会のことを聞いたボクは、さっそくセリーヌ様とロシーユ様に話をした。
ギルバート様とコレット様の会話を聞けなかったと報告した時には不機嫌だったセリーヌ様も、ボクが『ギルバート様と放課後に一緒に過ごせますよ』と言ったら、ぐるりと掌を返してボクを褒めてくれた。
ロシーユ様もガーデニングが学園でも出来るって喜んでくれたし、まさに全員が得をする最高の案だったんじゃないかな。さらっとお休みを要求したら断られたのだけが残念だけどね。くそう。
「……ふ。それもそうか。セシルが一人で参加するはずがないじゃないか。セリーヌを連れてくるに決まっている……そんなこと、冷静に考えれば簡単に分かることだというのに、僕は間抜けだな……」
「? どうかしたんですの? ギルバート様」
「いや、なんでもないよセリーヌ。……久々に話せて嬉しい、と思ってね」
「……ええ。わたくしもですわ」
セリーヌ様が微笑む。
なんだかセリーヌ様の笑顔がまだ硬い気がするけど、久しぶりにギルバート様に会ったからだろう。時間が経てばまた前みたいな関係性に戻れるはずだ。
本当に良かった良かった。
ボクは内心で安堵しながら、ギルバート様が学園に掛け合って用意して貰ったという、繚乱会の部屋を見回した。
広い部屋にソファや本棚など、様々な家具が置かれていて、奥にはキッチンまであるという充実っぷりだ。
皇子の要請だもんね。下手な部屋は用意出来ないって学園側が配慮したのかも。
部屋を見て回っていると、コンコン、と控えめなノックが聞こえてきた。
扉が開き、姿を現したのはコレット様とリュディヴィーヌ様だった。
今日も青いリボンを揺らしながら、リュディヴィーヌ様がにこにこしながら部屋に入って来る。
「あ、セリーヌにロシーユ。貴女たちも繚乱会に参加してくれるの?」
「ええ。わたくしに出来る限りの協力はするつもりです」
「ありがとう♪ あの花畑はお母様が作ったものだから、放ってはおけなくて。ロシーユもありがとう」
「い、いえ。そんな……。私は趣味がガーデニングですから、また土いじりが出来て嬉しいです」
「まぁ。そうだったの? じゃあ、頼りにしちゃうね」
「はい。私の家の花も女王様に頂いた種から育てたものですし、その知識がお役に立てると良いのですけど……」
「わぁっ、じゃあ学園の花畑の姉妹みたいなものなのね! ますます頼りにしちゃうかも!」
きゃっきゃとリュディヴィーヌ様がセリーヌ様とロシーユ様の手を取ってはしゃいでいる。
容姿は二十年前の女王様と瓜二つなのに、性格は真逆みたいだね、リュディヴィーヌ様は。
女王様は物静かだったけど、リュディヴィーヌ様はこうして皆とはしゃぐのが好きみたいだ。
「コレットもお花を育てるのが上手なのよ」
「あたしも一緒に頑張ります。セリーヌ様、ロシーユ様、よろしくお願いしますね」
コレット様が微笑んでお辞儀をする。
それを見て、リュディヴィーヌ様はにこにこーっと笑顔を浮かべた。
「メイドさん二人もよろしくね!」
「……はい。リュディヴィーヌ様」
「よろしくお願いします」
シリアと共にお辞儀を返す。
それじゃ、メイドとして早速お茶でも淹れようかな。お菓子の材料はなさそうなのが残念だけど。
「そうだ! せっかくだしお茶会しましょ? 入学式典の日にセシルが作ったお菓子を食べたいって言ってたのに、その機会が今日までなかったし!」
「え、良いんですか?」
「良いの良いの。ねっ? お兄様。お兄様も久しぶりにセシルのお菓子、食べたいでしょう?」
「ああ、そうだね。皆で一緒にお茶でもしようか」
「良いんですの? 花に水やりとかしなくて」
「ああ。必要なのは密集して咲いてしまった花を別の場所に移動させたり、何も知らない生徒に花を手折られないように注意をしなければならないことくらいだ。花畑全体に魔術が施されていて、花自体に育生に問題はないようだから」
「そうなんですの?」
「ああ。いずれ花畑を広くするために種を植えようとは思っているが、それも急ぐ訳じゃない。だから、この部屋はお茶会に利用して貰っても構わないよ。……流石に繚乱会のメンバーでない人を招待するのは遠慮して欲しいけれどね」
「分かりましたわ。それならセシル、皆さんにお菓子をお出ししてあげてくれるかしら」
「畏まりました。それでは少々時間をいただきますね。とりあえず、材料を取りに行ってきます。シリアも手伝ってくれる?」
「うん……」
わぁい、シリアと一緒にお菓子を作れるぞ!
ボクは鼻唄交じりに繚乱会の部屋を出て、シリアと一緒に学園の食堂に向かう。
食堂に居るおばさんにお願いすれば、お菓子の材料を分けて貰えるのだ。
何を作ろうかなぁ。やっぱりクッキーが良いかな? それともリンゴのパイでも作っちゃう?
「ふふっ……セシル、楽しそうだね……」
「うん。久しぶりにシリアとお菓子作れるしね。それに、やっぱり楽しみにして貰えてると嬉しいし」
「……そうだね……」
「二人で作る訳だし、少し手の込んだものを作っても良いかな?」
「良いと思う……」
こうしてシリアとお菓子の話をする時間が大好きだ。
同じ趣味を持つ友人はシリアが初めてだったし、あれこれ語ってるだけで楽しい。
話が一区切りしたところで、シリアが突然立ち止まった。
「……ねぇ、セシル……仮面の騎士様って、セシル、だよね……?」
シリアの言葉に、ボクも立ち止まる。
そうだよね。シリアは、気付くに決まってるよね。
シリアの魔法による捕縛を強引に突破して、犯人を捕まえるってボクが言ったんだ。そりゃ、正体を隠してもシリアにはモロバレだろう。
誤魔化してもしょうがない。ここは大人しく認めよう。
「……そうだよ」
「わざわざ変装したのは……やっぱり、騎士になりたくない、から……?」
「うん。シリアなら分かってくれると思うけど……ボクはセリーヌ様のメイドで居たいから」
「……うん。分かるよ……凄く、分かる……」
ボクの言葉に、シリアが頷く。
全てを犠牲にしてでもロシーユ様を助けようとしたシリアだもん。ボクの気持ちは分かってくれると思っていたよ。
「内緒に、してくれる?」
「勿論、内緒にするけど……ちょっと、困ったことが起きちゃってて……」
「困ったこと……?」
「うん……」
「ボクで良ければ相談に乗るよ?」
「ありがと……でも、ロシーユ様のことだから……」
「そっか。分かった」
「ごめんね……? どうしようもなくなったら、相談するから……」
「うん。分かった。一応聞くけど、危ないことじゃないよね?」
「うん、違う、よ……」
「それならいいんだ。またシリアが辛い目にあうのは嫌だから」
ボクの言葉に、シリアが小さな声で「ありがと……」と言って、ボクの手をきゅっと握った。
シリアは数少ないボクの友達だ。大切にしたい。
シリアは照れたような表情を浮かべていた。
ボクとしてはザ・友達って感じですっごい嬉しいけど、人前で手を繋ぐっていうのはやっぱり恥ずかしいことなのかもしれない。
それでもボク達はキッチンで材料を受け取るまで、手を繋いでいた。
☆
セシルとシリアの作ったお菓子は、とても美味しかった。
本日はお開きになって皆が帰った後、オレンジ色に染められた繚乱会の部屋に一人残った僕は、じっと外を見つめた。
繚乱会はセリーヌとロシーユ、シリアも参加して思ったよりも大人数になった。
全く、自分の単純さには呆れるばかりだ。セシルが絡むと途端に冷静さを失い、子供でも分かるような流れすら見失って、理想の展開を求めてしまう。
セシルを誘えばセリーヌも参加するのは当然なのに、それに気が付かずに二人きりになれるかもしれないとドキドキしていた自分が間抜けでしょうがない。
セシルと出会う前の僕が今の自分を見れば、呆れるかバカにして笑うかのどちらかだろう。
それでも、彼女と同じ部屋で会話し、彼女の笑顔を見るだけで――僕は幸せを感じてしまっている。
重症だな、これは。
一人苦笑した所で、扉が開く音が聞こえてきて僕は振り返る。
そこに立っていたのは、セシルだった。
「あ、ギルバート様。まだいらっしゃったんですね」
「――っ。セシル? どうかしたのかい?」
「キッチンの方に余ったクッキーを置きっぱなしにしてたのを思い出して、慌てて取りに来たんです」
にこっとセシルが微笑む。
その顔が可愛すぎて、僕は思わず顔を背けてしまった。
……くっ。直視出来ない。せっかくのチャンスだというのに、僕は何をしているんだ。
「ギルバート様? 大丈夫ですか?」
「ぁ、ああ、大丈夫だ」
「それならいいんですけど」
今が夕暮れで良かった。おかげで、赤い顔を悟られずに済む。
不思議そうに僕を見上げるセシルに胸を高鳴らせながら、僕は平静を装う。
「せっかくだ。そのクッキーは貰っても良いだろうか?」
「あ、はい。構いませんよ。それじゃ、取って来ますね」
「大丈夫だ。自分で――」
取るから、と口にしかけた所で、僕はテーブルの脚に躓きバランスを崩してしまった。
「危ないっ!」
セシルが慌てて僕を支えてくれるが、幾ら彼女が強くても男の体重を支えられるはずもない。
気付けば、僕はセシルをソファに押し倒してしまっていた。
「ふぁ……!?」
セシルが戸惑った声を零した。
倒れた拍子に僕とセシルの顔は、お互いの吐息が感じられる程に近くになってしまっていた。
長い睫毛と、妖精かと思わせるような可愛く整った顔立ちが良く見える。
瑞々しい、ピンク色の唇も。
見る見るうちにセシルの顔が赤らんでいく。これは、夕暮れの陽射しのせいではなく、照れているからだろう。本当に可愛らしいな、セシルは。
……本当に、堪らなく愛しい。
このまま奪ってしまえたら。
思わず、セシルに手を伸ばした所で。
「お兄様?」
リュディの声が聞こえて、僕とセシルは慌ててソファから立ち上がった。
「え、えーと……お邪魔だったかなぁ?」
「ち、違います! 転んだだけで!」
「セシルの言う通りだ。ただの事故だよ」
「……ちぇ、なーんだ。つまんないのっ」
あ、危なかった。もしももう少しリュディが来るのが遅かったら、僕は取り返しのつかないことをしていたかもしれない。
「セシル、大丈夫かい?」
「は、はい。大丈夫です。ごめんなさい、びっくりして頭が真っ白になっちゃって……」
「すまない。躓いてしまった」
「いえ、ケガはないですか?」
「ああ。大丈夫だ」
「良かった。それじゃ、クッキーを持ってきますね」
「クッキー!? まだあるの!?」
「はい。余った分が少し」
「私にもちょーだい♪ セシルのお菓子美味しかったから、もっと食べたいと思っていたの!」
「本当ですか? えへへ、嬉しいです。すぐに準備しますね」
リュディの言葉に、セシルはぱぁっと表情を明るくしてキッチンに走っていく。
その後ろ姿も可愛らしくて、僕は思わずその背中を目で追った。
「……んふふぅ」
「……なんだい? リュディ」
「なんでもないでーす♪」
……? クッキーが貰えるのが嬉しかったのだろうか。
やけにニヤニヤしているリュディを見ながら、僕はセシルが戻ってくるのを待つのだった。