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ねがい、かなえて

 中庭には、誰も居なかった。

 そりゃそうだよね。授業が終わってから大分時間も経っているんだし。

 まったくもう、セリーヌ様も自分がお茶会してたってことを考えて欲しいよ。ギルバート様とコレット様がここで一緒に過ごしてたとしても、もう帰ってしまっている可能性が高いじゃないか。

 ……このまま帰るのも癪だし、ここで少しサボって行こっと。今日は頑張ったし、少しくらい休憩したっていいよね。


「……ここには、花も沢山あるし」


 ボクは中庭の中央、数え切れないほどの花たちが揺れている花畑の方へと歩いていく。

 そして、その中央にある芝生の上に立った。

 二十年とちょっと前。ボクがロランとして初めてここに来た時には、花は一輪も咲いていなかった。

 それなのに、今じゃ絶景って言っても良いくらいの光景が広がっている。

 入学した現女王……かつての皇女様が、それじゃ寂しいからと言って花の種を取り寄せて花壇を作ったのが、この花畑の始まりだ。

 それから数年経って、彼女が卒業する頃には既にたくさんの花が揺れていたけど、今はその頃の比じゃないくらい、沢山の花が咲いている。

 そもそも花壇から花畑になってるし。

 それにしても、可愛い花だなぁ。

 花は好きだ。見ているだけで落ち着くもんね。

 ボクはその場にしゃがんで、目の前にあった一輪を指で撫でる。

 サザンクロス。ボクが一番好きな花。

 サザンクロスの花言葉は『光輝』。輝剣騎士隊クラウ・ソラスのロランにぴったりだって皇女様が言っていた。

 それを聞いて、ロランの中でこの花は特別になったんだ。

 ロランにとって輝剣騎士隊クラウ・ソラスの皆は仲間であり、家族だったから。

 生まれ変わって僕がボクになっても、一番好きな花であることに変わりはなかった。

 立ち上がり、花畑を見回してみる。

 

「……きれい」


 サザンクロスだけじゃない。この花畑の花たちは見事に咲き誇っている。

 誰かが手入れしてるのかな。これだけ広いと管理も大変そうだけど。

 

「――セシル?」

「ふぇ? ギルバート様?」


 顔を上げると、そこにはギルバート様が立っていた。

 

「い、いらっしゃったんですか?」

「ああ。ここで本を読もうと思ってね」


 読書か。たしかにここでなら落ち着けそうだ。

 

「セシルこそ、なんでこんな所に居るんだい?」

「あ、え、えーと……ギルバート様を、探していたんです」

「……、僕を?」

「はい。その、最近セリーヌ様とお話し出来ていませんから、どうしたのかな、と」


 ボクのセリフでどういうことか理解したらしいギルバート様は「ああ……」と困ったような苦笑いを浮かべた。

 どうやらギルバート様の耳にも例の噂は届いているようだ。

 

「すまない。心配を掛けてしまっただろうか」

「あ、あはは。まあ、そうですね」

「きちんと理由があるんだ。聞いてくれるかい?」

「はい。勿論です」

「じゃあ、隣に座ってくれ」


 ギルバート様が言いながらベンチに座る。

 うっ、メイドとしては主の婚約者、しかも王族の隣に座るなんて恐れ多くて遠慮したいなぁ。

 でも、ギルバート様はボクが隣に座るのを待ってくれている。

 ……ギルバート様から座ってくれって言ったんだし、断るのも失礼だよね。

 悩んだ挙句、ボクは少し間を空けて同じベンチに腰掛けた。

 

「僕は、花が好きでね」

「え……そ、そうだったんですか?」

「ああ。母が花好きなんだ。その影響でね。僕も花が好きになった。特にサザンクロスがお気に入りでね。とても綺麗で可愛らしい花なんだ」

「! 本当ですか!? わぁっ、ボクもなんですよっ。可愛いし、綺麗ですよね!」

「ふふ。ああ、そうだね」

「はっ……! す、しゅみましぇん……」


 あまりの趣味の合いっぷりに興奮してしまった。

 はしゃぐボクを見てギルバート皇子がくすくすと笑っている。恥ずかしい。

 

「この花畑は、実は母がこの学校に通っていた時に作ったものなんだ。それを、王立学園の生徒達が時間をかけて少しずつ大きくしていって、この規模にしたんだよ」

「そ、そうなんですね」


 熱くなった顔を手で扇いで冷ましながら、ボクは皇子の言葉に頷く。

 うぐー、絶対顔赤くなってるよぅ。最近、赤面癖がついてる気がする。それもこれもギュリヴェールのせいだ。絶対に許さないからな、あいつぅ……!

 

「うん。僕としては、この花畑がずっとあり続けて欲しいと思っているんだけど、残念ながら、今年は有志の管理者が居ないらしくてね。それならいっそ僕がやろうと思ったんだ」


 ギルバート様が本をボクに見せてくれる。

 表紙には『花の育て方』と書いてあった。

 

「だが、恥ずかしながら僕は花を育てたことがない。そこで、リュディヴィーヌに相談したら、コレットさんが花の育て方を知っていると教えてくれたんだ」

「あ、なるほど……だからここでコレット様とお話をしてたんですね」

「うん。昼食の時間や授業後に花の育て方を教えて貰っていたんだ。だから、噂のようなことは一切ないから、安心して欲しい」

「分かりました。セリーヌ様にそうお伝えしておきますね」


 良かったぁ。そういうことだったんだね。

 理由が分かれば、セリーヌ様の不安な気持ちもなくなるだろう。

 そうすれば、ボクへの無茶ぶりも幾らかは落ち着くはずだ! やったー!

 心の中でボクは大喜びする。

 早速伝えに戻らなくちゃ。善は急げで休みは奪え。セリーヌ様の機嫌が直った時にさらっとお願いすれば、お休みを貰えるかもしれない。

 ベンチから立ち上がったボクの手を、ギルバート様がぱしっと掴む。

 

「あうっ。ぎ、ギルバート様?」

「セシルも花好きだとセリーヌから聞いたよ。さっきサザンクロスの話にも食いついてくれていたし、そうなのだろう?」

「は、はい。ボクもギルバート様と一緒で育てたことはないですけど、花は大好きですよ」


 ボクが答えると、ギルバート様は自らを落ち着かせるかのように深呼吸をした。

 ? どうしたんだろう。

 

「……良ければ、手伝ってくれないだろうか」

「ふぇ?」

「『繚乱会』という、学園公認の会を作ってね。この中庭の花達の保護・管理をする活動をしようと思っている。部屋の使用許可も貰って、後は信頼できる人に声を掛けて参加して貰おうと思っていたんだ。セシルなら信頼できる。僕を助けてくれないだろうか」


 ギルバート様が真っ直ぐにボクを見つめる。

 花を護るために、皇子は学園に働きかけてたらしい。

 そこまでして、この花畑のことを大切に想ってくれてるんだ……なんだか嬉しいな。

 ここはボクにとっても思い出の場所だし、是非手伝いたい所だけど、ボクはセリーヌ様のメイドだ。まずはセリーヌ様にお伺いを立てないと。

 そこまで考えて、ボクの頭に名案が思い浮かんだ。

 

 そうだ。セリーヌ様も誘っちゃえば良いんだ!

 

 セリーヌ様はギルバート様との時間が取れなくて悩んでいるんだ。繚乱会の部屋で過ごせば二人の時間も取れるだろうし、ボクとしても繚乱会のお手伝いが出来て、ギルバート様のお願いにも答えられる。まさに一石三鳥だろう。

 あ、そういえばロシーユ様は女王様から種を貰って、自分の家の屋敷に花をいっぱい咲かせてたっけ。お世話の仕方も知ってるかもしれない。

 これだけ広い花畑だ。人は居ても困ることはないだろう。ロシーユ様とシリアも誘ってみよう。

 

「――分かりました!」

「っ……本当かい?」

「はいっ、任せてくださいっ」

「……セシル。ありがとう」

 ギルバート様がにっこりと笑顔を作る。

 あ、あう。相変わらず凄い威力の笑顔だなぁ。このままじっと見てたら絶対顔が赤くなるから、直視出来ないよ。

 

「そ、それじゃ、今日はもう時間も無いですし、明日で良いでしょうか?」

「ああ、明日の授業後で良いかな」

「はい。よろしくお願いします。それじゃ、ボクはセリーヌ様の所に戻りますね」

「うん。明日を楽しみにしているよ」


 よーしっ、これでセリーヌ様の不機嫌問題も解決が見えてきたぞ! これでボクの寝不足期間ももうすぐ終わりだ!

 ボクはギルバート様にぺこりとお辞儀をした後、るんるんとスキップをしながら、セリーヌ様の元へ戻ったのだった。

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