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『仮面の騎士と輝きの剣』④

「もう一度聞くよ、ギュリヴェール。アスランベクはお前が倒したんだな?」

「ああ」

「アスランベクは、仮面の騎士にやられたと言っているわ。衣装も一着盗まれていた。そこの所の説明が不十分だと言っているのよ?」

「だから、何度も言うように知らねぇよ。アスランベクがかく乱でもするために言ってんじゃないか? 誘拐の犯人を架空の人物になすり付けるために、予め盗んでおいた、とか。とにかく、仮面の騎士なんてもんは見てないぜ」


 会議室で、俺は同じ答えをエリザとシャルロッテに返した。

 ……もう、三時間以上になるやりとりだ。いい加減うんざりだぜ。

 今回、俺がどういう行動をしたかという説明は十分程度で終わった。

 被害者のセリーヌ様とロシーユ嬢の話もあったし、アスランベクも目を覚ますなり、言い訳せずにすぐに自供したからな。すぐ終わって当然だ。

 それでアスランベクが牢屋に放り込まれて、色々余波はあるだろうが事件自体は解決……そのはずなのに。

 普段協力の素振りすら見せないエリザとシャルロッテは、今回に至ってはまるで長年の相棒であるかのように結託して、俺を詰問していた。

 普段仲が悪い癖に。こういう時だけ抜群のコンビネーションを見せやがって。普段から仲良くしろ。

 内容は『アスランベクがやられたと言っている仮面の騎士について』、その一点のみ。

 まあ、気持ちは分かるんだけどな。俺だって、こいつらの立場なら自分が納得するまで目撃者を問い詰める。

 まったく。セリーヌ様とロシーユ嬢を怪我なく助けるためとはいえ、セシルの奴。面倒な問題を残してくれやがったもんだぜ。

 アスランベクを威圧するためにセシルが放出した魔力。あれは、ロランのものと瓜二つだった。

 持ち前の才能を幾多の戦いの中で磨き、全てを捧げるような修練の果てに得た、洗練された魔力。

 敵にとっては味わいたくない、味方にとってはこれほどに頼もしいものはないと思わせる、洗練された魔力だ。

 それを、この二人が感じ取らない訳がない。

 その魔力の主を、二人はどうしても知りたいはずだ。

 ロランが死んでも、焦がれて、焦がれて、焦がれて。

 心を焼かれて、頭ん中をぐちゃぐちゃにされて……それでも、あいつの遺志を継ぐしかないって必死に自分を奮い立たせて歩いてきた俺達にとって、あの懐かしい気配は、忘れがたいものだから。

 

「……分かっているはずよ、ギュリヴェール。あんたは強いけれど、アスランベクと戦えば手加減は出来ない。アスランベクが気絶程度で済んだはずがないわ」

「エリザの言う通りだね。君がアスランベクに勝利するためには、武器を握れない状態にするしかない。腕を切り飛ばすか、致命傷を与えるか。どちらにしろ、気絶させるだなんて余裕のある勝ち方は出来なかったはずだ」

「実際出来てんだろ? もっと褒めてくれよ」

「……、……話す気はないのね。分かった」

「エリザは諦めても、ぼくは諦めない。話してくれ、ギュリヴェール。どうしてそんな恰好をしていたのか理由は分からないが――アスランベクが話した仮面の騎士というのはロラン、だったんじゃないか? ぼくが、間違えるはずがないんだ。ロランの気配を。あの魔力はロランのものだった。間違いないんだ」


 シャル。それは多分、エリザも同じ気持ちだろうぜ。

 口では分かったって言いながら俺を睨みつけてるからな、エリザの奴。

 ……でも、悪いな。お前らがロランのことを想っているのと、俺も同じなんだ。

 お菓子の甘い匂いのする、あの亜麻色の髪の少女の優しい笑顔が瞼に焼き付いて離れない。

 少し拗ねた表情も、台所に立つ姿も、テーブルに座る主達を見守る優しい眼差しも、全部失いたくない。もう、何かを失くすのはまっぴらだ。

 だから、この秘密だけは守り通す。セシルがロランの生まれ変わりだってことは、絶対に誰にも気づかせない。そのためなら、俺は幾らでも嘘をついてやる。

 

「頼むよ……ギュリヴェール……」

「……悪いな。本当に知らないんだ」

「……そうか」


 俺が口を割らないと悟ったシャルは立ち上がり、もう用はないとでもいうように真っ直ぐ出口へと向かった。

 

「シャル、俺からも一つ聞いて良いか」

「……虫のいい話だね」

「だな。でも、気になってよ。アスランベクの起こした誘拐事件。まさか、お前も関わってないよな?」


 俺の言葉に、シャルは立ち止まって息を大きく吐き出すと、こちらに戻ってきた。

 そして、俺の頬を思いっきり引っ叩く。

 バシッという乾いた音と共に、頬に鋭い痛みが走った。

 

「――ぼくをバカにするのも大概にしろ。ギュリヴェール」

「……だな。今のは俺が悪かった。すまない」


 そうだよな。こいつがロランのことを裏切るような真似する訳ないか。

 あくまでシャルはエリザと女王が許せないだけなんだろう。

 ――じゃあ、アスランベクはどうして誘拐事件なんて起こしたんだ?

 シャルと同じなら、リシャール一派を王にする工作は行うだろうが、人の命を直接狙うような真似をするはずがない。

 それに、ロランが戻って来るとかも言ってた。あれは『そういう』ことなんだろうけど……何か引っかかる。

 

「気になることっていうのは、それだけか? それならもう一発、今度は拳を握って殴らせて貰うけど」

「お前らがリシャール皇子を推す目的は、ロランの遺体の奪還と関係があるのか?」


 俺の言葉に、シャルがびくりと動きを止めた。

 視界の端で、エリザがぎゅっと自分の腕を握るのが見える。

 

「……あくまで、平和的な外交の末にそれが果たされればいいとは思う。少なくとも……ロランの身体を利用されるよりはね」


 エリザが、シャルの言葉で唇を噛む。

 つ、と赤い鮮血が唇の端から零れ落ちるのが見えた。


「お前、そんなことのために……?」

「勘違いしないでくれ」


 シャルが俺を睨みつける。

 

「勿論、戻ってきて欲しいとは思ってる。ただ、ぼくはヘスペリスの民の笑顔を守りたい。ロランの遺志の通りにね。それなのにロランの遺体に気を取られて、彼の願いを蔑ろにした女王が許せないだけだ。一刻も早く玉座から降りて欲しいくらいに、ね」


 そのままシャルはエリザに視線を映した。

 そこに込められた感情は、俺には分からない。

 だが、憎んでいるようなものではないのは確かだった。

 

「そして、ロランの遺志を――輝剣騎士隊クラウ・ソラスを継ぐのは、他でもないぼくでありたい。そう思ってるんだ」

「……シャル……私は……」

「エリザ。アスランベクや一部の輝剣騎士隊クラウ・ソラスの隊員が、ロランの遺体を持ち帰れなかったことを君の『罪』だと言っていることには、同情するよ」


 そんなことはどうでもいいのに、とシャルは呟いた。


「ロランなら死ぬ自分のことよりも、君やギュリヴェールが無事にヘスペリスに戻れるようにって思っていたはずだよ。その後だって、ぼく達が仲良く過ごすように願っていたと思ってる。ぼくも二十年間、君が隊長であることを認めて、争わないようにしようと思っていたんだからね。でも、ダメだった。……だって、そうだよね」

 

 シャルが、まるで背後に花でも見えそうな恋する少女のような表情を浮かべる。

 

「好きな人の想いを一番理解し、それを継ぐのは、ぼくでありたい。どうしてもそう思ってしまうから」

「……シャル、お前……まだロランのこと……」

「愚問だよ、ギュリヴェール。ぼくのこの気持ちは一生ものなんだ。ロランが死のうが関係ない。彼に捧げ続ける」

「重たすぎる。引くわ」

「うるさいな。お前に引かれようが関係ないよ。……そういう訳で、仮面の騎士のこと、話す気になったらいつでも聞くから」

「知らねぇよ」

「あ、そ。じゃ、ぼくは行くよ。アスランベクが『ロランが戻って来る』と言ったなら、プレイアスと繋がっている可能性も否めない。調査しないと」

「分かった。任せる。何か分かったらこっちにも報告してくれ。力が必要なら言ってくれれば手伝うからよ」

「意外だね。ぼくに協力はしないんだと思ってたけど?」

「それとこれとは話が別だろ」

「……ふふ。そうだね」


 久しぶりに見たシャルの笑顔は、二十年前のままだ。

 シャルは変わってねぇんだな。良くも悪くも。

 退出際、思い出したようにシャルはエリザを見た。

 

「エリザ」

「……何かしら」

「あんまり気にしてると、好きな男に嫌われるよ。じゃあね」


 ? なんだ? 今のやりとり。

 何か意味がある……んだろうな、多分。

 シャルが出て行った後、エリザは唇の血を拭うと、大きく息を吐き出した。


「……はぁ、ダメね。私。アスランベクが捕まったって聞いて動揺していたみたい」 

「良く分かんねぇけど、お前ロラン以外に好きな男が出来てたのか」

「はぁ? なんでそんな話になるのよ」

「え? だって……」

「良いから、仕事をするわよ」


 ……わっかんねぇ。なんでいきなり気合が入ったんだ……? あのやりとりに励ましの意味合いでもあったのか……?

 

「ギュリヴェール、貴方にも譲れないラインがあるのは分かってる。でも、共有すべきことは共有してくれるわよね?」

「あ、ああ。当然だろ」

「それなら良いわ。これ以上追及はしない。とりあえず私たちも仕事をしましょう」

「了解。んじゃ、どうすりゃいい?」


 エリザの表情が、隊長のそれになる。

 こうなったときのエリザは頼りになるからな。従っておけば問題ないだろ。

 

「アスランベクが誘拐事件を起こしたなんて知られたら、輝剣騎士隊クラウ・ソラスへの信頼が揺らぐわ。それはヘスペリスにとっては大きなマイナスよ。……今や、私達の影響力は計り知れないものになっているから」

「だな。それで?」

「幸い、アスランベクが目撃者がいないように調整していたお陰で、当事者以外に事件は漏れていないはず。だから、事件自体を無かったことにするわ」

「……無茶をいうなよ。流石にセリーヌ様たちが怒るだろ」

「私が今した説明を、彼女たちにも話して欲しいの。表向きは年齢による退役ということにするけれど、アスランベクには然るべき罰をきちんと下すわ。どういう処置を下したかは必ず報告するようにする。そうすれば納得していただけると思うわ」

「……あー……」


 セシルに話せば、上手いこと宥めてくれる……よな。多分。

 あっちも俺を便利に利用してるんだ。こういうのは持ちつ持たれつ。あいつにも頑張って貰おう。

 

「了解」

「ええ。それじゃ、よろしくね。それと」

「なんだよ?」

「仮面の騎士について話したくなったら、いつでも聞くから」


 すまし顔でそう言って、エリザは部屋から出ていく。

 はぁ、お前もかよ。勘弁してくれ。


「ロランの奴、罪な男だなぁ、本当によ……」


 女になったら女になったで俺を惚れさせやがるしよ。魔性にも程があるだろ。

 ぐったりとしながら俺はセシルに報告とお願いをすべく、寮の部屋に向かったのだった

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