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『仮面の騎士と輝きの剣』①

「……重い……」

「開口一番、失礼なことを言うわね」


 ずっしりと体を圧迫される苦しさに目を開けると、ネグリジェに身を包んだセリーヌ様がボクに馬乗りになっているのが見えた。

 何をしているんだろうこの人は。もしかしてボクは体罰を与えられているのだろうか。

 

「ボクはこんな体罰を与えられるようなことは一切していません。潰れて死んでしまう前に退いてください」

「今まさにしているじゃないの。ここは『セリーヌ様は軽すぎですよ。美味しい御飯を作りますからいっぱい食べてくださいね』が百点の答えでしょう」


 ぐにに、とセリーヌ様にほっぺを引っ張られた。いひゃい。

 

「それで、どうしてボクに馬乗りになっているんです?」

「別に。ただセシルが全然起きないから寝顔を見てあげようと思っただけよ」


 セリーヌ様が唇を尖らせる。

 やれやれ。こっちの気も知らないで好き勝手なことを言ってくれるよね。それもこれも全部セリーヌ様のせいなのに。

 というのも、ギルバート様との一件以来、セリーヌ様はよくボクの布団に潜り込むようになったのだ。

 不安なのだろうと思って許しているけれど、性格と同じくらいのワガママボディを持つご主人様は、寝息を首筋に掛けてきたり、暖かな肢体を押し付けたりしてボクの安眠を妨げて来るのだ。お陰でボクはここ最近寝不足だよ。平均睡眠時間は三時間くらいだろうか。

 でもまぁ、仕方ないんだけどね。

 セリーヌ様はまだ、ギルバート様と仲直り出来ていないから。


「セシル、着替えを手伝ってくれる?」

「ふぁい……あふ」

「主人からの命令に欠伸交じりに答えるだなんて豪胆なメイドも居たものね」

「あ痛たたたたた! お腹を摘まんで引っ張らないでくださいよ!」

「……セシル、意外と引き締まってるわね? お菓子ばかり食べているからぽよぽよだと思っていたわ」

「メイドっていうのは激務なんですよ。特にボクはワガママなお嬢様のメイドなので、平均的な使用人と比べて運動してるんです」

「胸の方もぽよぽよになる気配はなさそうね」

「みぎゃああああああああああああああ!」

「――ふふっ」


 どったんばったん、ボクはセリーヌ様をはね上げながらベッドで暴れまわった。セリーヌ様は楽しそうに笑っていた。おのれ。

 ひとしきり暴れ終わった後、学校に行く準備をする。

 食事を終えて、今はセリーヌ様の身支度を整えていた。

 

「……ねぇ、セシル?」

「なんですか?」

「これ、結んでくれる?」


 ひらひらとセリーヌ様が揺らしているのは、ボクがセリーヌ様にあげた『美味しいクッキーを作ったで賞』の赤いリボンだ。

 一度綺麗に洗ってからセリーヌ様のアクセサリー入れに丁重に仕舞われていたはずのそれを、セリーヌ様はどうやら髪の毛に付けたいらしい。

 

「良いですけど……どうしたんですか? 急に」

「……ギルバート様と、仲直り出来ていないでしょう?」

「ええ、まあ」

 

 そうなんだよねぇ。

 なんというか間が悪いというかなんというか、セリーヌ様とギルバート様が話そうとしたタイミングでリュディヴィーヌ様が話しかけてきたり、昼食の約束をしようとすればアスランベクに呼ばれてしまったりして、ここ数日はギルバート様と殆ど会話が出来ていないのだ。

 授業を一緒に受けようにも、ギルバート様はいつもリュディヴィーヌ様とコレット様に挟まれているから隣には座れないし……。

 というかギルバート様は最近、コレット様と一緒にいる時間が長すぎる。彼女が国の奨学生だから王族として何か用事があるのかもしれないけれど、それにしても距離が近いような気がするんだよね。

 あれじゃまるで、コレット様の方が許嫁になっているみたいで、セリーヌ様がとても不憫だ。

 中にはあの二人は付き合っているのではないか、みたいな噂も立ち始めているし……それを聞いたセリーヌ様が不安に思っちゃうのも仕方ないよね。

 

「それで、どうしてリボンが出てくるんですか?」

「お守りだから」

「お守り?」

「ええ。……あの夜、このリボンを通じてセシルから勇気をたくさん貰ったから、これを身につけていたいの。そうすれば……ギルバート様と仲直りする勇気が湧いてくるかもしれないって」

「セリーヌ様……。分かりました。任せてください」


 なんて、健気なんだろう。

 その気持ちに応えない訳にはいかない。ボクは気合を入れて、セリーヌ様の髪の毛にリボンを結び付けた。

 

「ありがとう。セシル、どう? 似合う?」

「はい。とってもお綺麗ですよ」

「良かった。……これで仲直り、出来ると良いのだけれど」

「できますよ。絶対」

「……そうよね」


 ふんっ、と腕に力を籠めるセリーヌ様を微笑ましく見つめる。

 ギルバート様ったら幸せものだなぁ。こんなにセリーヌ様に想われて。

 ボクが男だったら、セリーヌ様のことは絶対に放っておかないのに。

 

「さ、行きましょうか」

「ええ」

 

 セリーヌ様と並んで、教室に向かう。

 その途中、外に出た所で、馬車が学内に入ってくるのが見えた。


「あれ? 馬車が入ってきてますね?」

「何を言っているの、今日は演劇鑑賞の日じゃない」

「あー、そうでしたね。色々あったせいで忘れてました。あはははは……ハッ!」


 そうじゃん! ボク、見たくないから欠席しなきゃと思ってたんだ!

 めちゃくちゃいつも通りの朝を過ごしてたけどダメじゃん! このままじゃボクは自分の言ったセリフを主人公に見合うように脚色した状態で聞かされることになる!

 そうなれば、ボクは恥ずかしすぎて悶絶死してしまうかもしれない。少なくともギュリヴェールにニヤつかれながら『カッコいいセリフだよなぁ(笑)』みたいな感じでバカにされることは間違いないだろう。

 そんなことになったら、ボクは殺人犯になってしまう。ギュリヴェールぶっ殺すだろうからね。

 

「あ、あのー……セリーヌ様? ボク……」

「……演劇が始まる前に、なんとかギルバート様と仲直り出来るといいのだけれど……うん? どうしたの? セシル?」

「うっ……!」


 ボクに呼ばれてこちらを向いたセリーヌ様は、少しだけ不安そうだ。〝お守り〟を付けているとはいえ、ギルバート様とのギクシャクした雰囲気を払拭できるか自信がないのだろう。

 この状態のセリーヌ様を一人教室に送り出すの? そんなこと出来る訳、ないじゃないか……。

 

「……いえ、絶対仲直り出来ると思いますよ」

「……そうよね、うん。ありがとう」


 きゅっとセリーヌ様がボクの手を握って来る。

 ……仕方ない。セリーヌ様以上に大切なことなんて無いんだもんね。

 演劇はなるべく見ないよう、聞かないようにして堪えよう。

 ボクはセリーヌ様の手を握り返して、歩き出した。

 教室の前で手を離して中に入ると、既に教室の中は生徒たちでにぎわっていた。

 皆早いなぁ。でも、気持ちは分かるかも。

 王立学校に入ってからの初めての娯楽だもんね。皆いても立っても居られないんだろう。

 そんな中で、シリアがとことこと急ぎ足で歩いてくるのが見えた。

 ? どうしたんだろう? なんだかやけに焦ってるみたいだけど。

 

「セリーヌ様、セシル……おはようございます……」

「ええ。おはようシリア。ロシーユはどうしたの?」


 あれ? 言われてみれば、ロシーユ様の姿が教室の中に見えない。

 焦るシリアの様子に、ボクの胸にもやもやとしたものがこみ上げてくる。

 

「そ、それが……朝、寮から出て……忘れ物をしたと仰ったから、私が取りに帰って戻ってきたら……お姿が見えなくて」

「……なんですって?」

「もしかしたら私を置いて先に教室に行ったのかと思ったの、ですけど……でも……」

「……ロシーユが貴女を置いて先に?」


 セリーヌ様が眉を顰める。

 そう。セリーヌ様もボクも良く知っている。ロシーユ様とシリアはとても仲が良い間柄だ。それこそ、ボクとセリーヌ様のように、お互いを友人だと思っているはずだ。

 だからこそ、セリーヌ様はロシーユ様と気が合って一番親しくしているのだとボクは思っている。

 そのロシーユ様が、自分の忘れ物を取りに戻ったシリアを置いて先にどこかに行くだなんて、考えづらい。

 考えれば考えるほど、ボクの胸に湧き上がってきた不安は、どんどんと大きくなっていく。

 ……今日は演劇の日だ。馬車が入ってきた所を見ても、人の出入りは激しい。

 もしもそこに、人攫いでも侵入してきたら?

 そして、一人でぽつんと立ったロシーユ様を、捕まえたとしたら?

 たらればなのは分かってる。それでも、何故か放っておけなかった。

 胸のもやもやは、嫌な予感だ。……何か有ったのかもしれない。

 

「セリーヌ様。先生に相談して探してもらいませんか?」

「ええ。それが良いわね」

「ま、待ってください。そんな騒ぎを起こして演劇が中止にでもなったら、ロシーユ様のお立場は……」

「……確かにシリアの言う通りだけれど……そんなことを言っている場合ではないと思うわ」

「お願いします。お二人も探すのに協力していただけませんか。演劇が始まる十分前まで見つからなければ……先生に報告し、探していただきますから。もしかしたらお手洗いに行っているだけかもしれませんし……」


 時計を見れば、時間まで二十分ほどだろうか。

 シリアの言っていることは理解出来る。でも、なぜかボクはすぐに首を縦に降れなかった。その理由が自分でも分からない。

 

「分かった。セシル、手伝って頂戴」

「……はい。分かりました」


 その間に、セリーヌ様がシリアの言葉に頷き、教室の入口に向かう。

 それとばったり会う形で、ギルバート様が教室に入ってきた。

 

「? セリーヌ。どこに行くんだい? でも、丁度良かった、話が合って……」

「ギルバート様……その、申し訳ありません。今少し用事があって……また後で、お話ししますわ」

「あ……ああ。分かった」


 昨日までなら仲直り出来るはずのタイミングだったのに、間が悪いなぁもぉ!

 ギルバート様に頭を下げて、セリーヌ様がお手洗いに向かう。

 ボクも探さなきゃ。セリーヌ様が向こうに行ったから、ボクはあっちに行こう。

 小走りに廊下を抜け、反対側のお手洗いに向かう。

 その途中、廊下のど真ん中でギュリヴェールが何やら若い騎士と口論しているのが見えた。。

 たしかあれは、フランツさん、だったかな? パーティの日、セリーヌ様を会場まで案内してくれた輝剣騎士隊クラウ・ソラスの人だ。

 二人して何やってんだろう? こっちには人が来にくいとはいえ、こんな廊下で口論なんて、輝剣騎士隊クラウ・ソラスのやることじゃないはずなのに。

 

「――ですから、何故ここで、こんな仕事をしないといけないのですか。私達は護国の騎士のはずです。それが、こんな見回りなんて……」

「仕事に不満を垂れるのは二流だぜ、フランツ。『為すべきことを為せ』ってエリザに言われたろ?」

「ですが……あ」


 ボクに気付いたフランツさんは、口を噤み頭を下げて歩き出し、ボクとすれ違って歩いて行ってしまった。

 取り残されたギュリヴェールはボクの顔を見て、気まずそうに頭を掻いた。

 

「……わり、変なところ見せたな」

「別に良いけど……フランツさん、だっけ? あんまり仕事に乗り気じゃないの?」

「……まぁな。あいつは、英雄ロランに憧れて輝剣騎士隊クラウ・ソラスに入った口だからな。こういうチマチマした護衛はやりたくねぇんだよ」

「……反応に困るね」

「はは。そうだな。……で、どうしたんだ? 何かやけに慌ててなかったか?」

「あ、うん。……そうだ。大事にしないで欲しいんだけど……実は」


 ボクはギュリヴェールに、ロシーユ様の姿が見えないことを話した。

 ギュリヴェールはそれを聞いて、顎に手を当てる。

 

「……やべぇかもしんねぇ」

「え……?」

「今朝、早朝から演劇のための準備が行われてたのは知ってるか?」

「あ、うん。朝に馬車が入って来るのを見たよ」

「ああ。道具の搬入だな。俺は校舎の入口でスタッフをチェックしてたんだ。その時に、ロシーユ嬢は見かけなかった」

「――っ」


 どくん、と心臓が大きく跳ねた。

 頭を過るのは、ギルバート様が誘拐されかけたあの瞬間だ。

 

「まだ決まった訳じゃない。でも、ここまで見かけねぇのは妙だな」

「……うん。ギュリヴェールが長い間入口に立っていたのに姿を見ていなくて、シリアが教室にいるのに全く戻っていないのはおかしい」

「……どうする?」


 迷っている時間は、ない。

 まだロシーユ様が何か危険な目にあったと決まった訳じゃない。でも――。

 

「ギュリヴェールは馬車が学校外に出るのを禁止して。理由は貴族の猫が行方不明になったからとでも言っておけばいい。馬車の中に入ってはいないとは思うが、チェックが終わるまで出られないって伝えること。それから巡回してる兵士にロシーユ様を見かけなかったか確認。目撃情報がない場合は教師に報告。速やかに捜索範囲を学校内全てに変更。これらを迅速に行ってくれ。ただし、他者に気取らないように。もしも犯人がいるような事態なら、気付かれたら終わりだ」

「了解。そこらへんは分かってるよ。俺はあんたの部下だったんだからな」

「頼りにしてる。頼むよ」

「おう。……へへ。やっぱりセシルは、ロランなんだな」

「次にそれを口にしたら口を縫い合わせるから」


 そりゃ勘弁、と走り始めたギュリヴェールと反対方向にボクは走り出す。

 お願いだ。どうか、ロシーユ様が危険な目にあってませんように……!

 そう願うボクがお手洗いの一つに入ったと同時に、後ろから足音が聞こえた。


「シリア?」


 振り向くと、そこに立っていたのはシリアだった。

 目を伏せ、身体を震わせている。


「どうしたの? 何か有ったの!?」


 ボクが慌てて駆け寄ると、シリアは小さな声でぼそりと何かを呟いた。


「ごめんなさい」


 それを聞き取った瞬間。

 ボクは冷たいものを感じ取って、ボクの腕が冷気に締め上げられた。

 

「――っ!? シリア!? 何を……!?」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……!! こうしないと、こうしないとロシーユ様が……」

「一体、何を言って……っ」


 見れば、氷の縄がボクの腕を縛っている。それはするすると伸び、ボクの顔の方にも伸びてきた。

 これはシリアの魔法……!? ど、どうして……!?

 

「こうしないと、ロシーユ様が殺されてしまうの……! セリーヌ様を差し出さないと、ロシーユ様が殺されてしまうの……だから、ごめんなさい……!」

「なっ――!」


 何か言う前に口を塞がれたボクは、何も言えないままその場に倒れ込んだ。

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