赤ずきんの幸せ計画
ある森の中に、小さな村がありました。
その村では、狼が神の使いとして崇められていました。
そして、1年に一度、森の奥にある神殿にお供え物をして、村人が猛獣に襲われないように祈るのです。
昔は、村で一番美しい娘を神殿に生贄として供えていました。
ですが、年月とともに信仰心は衰えていき……
お供え物が籠に入ったりんご五つになってしまいました。
それも、五年に一回、傷みかけのリンゴを。
これは、そんな村にいる幸せだった少女の物語。
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「ねぇ、見て、あの子の髪の色、私たちとは全く違うわ」
「あの子のお父さんは悪い人で、あの子も悪い子だから近づいちゃダメってお母さんが言ってたの」
「あいつの親父、外から来たやつなんだって、外からくるやつは悪いやつなんだって!、親父が言ってた」
聞き慣れた罵声と嘲笑の声、幼い子供の純粋な悪意は、私の心をいともたやすく切り裂いた。
だけど、こんな私でも昔は幸せだったんだ。
父と母には愛されて、みんなに、髪のことで何かを言われることもなくて、逆に、綺麗だね、なんて言ってもらえていたんだ。
きっと、私は世界一幸せなんだって、その頃は本気でそう思っていた。
だけど、父が人を殺して、その幸せは早くも崩れ去ってしまった。
父は村を追い出され、母は自分の立場を保つために村長と肉体的な関係を持ち。
私は、いじめられた。
きっと、原因はこの髪の毛だろう。
私の髪の毛は、お母さんのような濡羽色の髪じゃなくて、お父さんに似た金髪碧眼だから。
きっと、人を殺した時のお父さんの姿を思い出してしまうから。
私だって、鏡を見るたびに思い出してしまう。
血に濡れたナイフを握って歪な微笑みを浮かべていた父の顔を。
それから、村の人たちは外から来るものたちを嫌うようになった。
きっと、これはお父さんのせい。
きっと、これは私のせい。
だって、私はお父さんの子供だから。
嫌われても、蔑まれても、殴られてもしょうがないんだって、もう諦めている。
今日も、私は忘れていく。
お父さんが家族三人で一緒にいるときにいつも浮かべていた、あの優しそうな笑顔を……
++++++
「おーー様ーー備ーーーてーーーか?」
「ーーーーがーーーったーーーーー前のーーーー暗殺ーーーーー森ーーーさせーーーーお前ーーーーー」
うーん?
あれ?、お母さんと村長かな?
こんな遅い時間なのに、何か話してる……?
「あれを殺すための準備はもうできているのか?」
「ええ、万全といっても差支えがない程度には」
「して、どのようにあれを森の中に行かせるのだ?」
「お祖母様へのお見舞いと、神殿へのお供えを兼ねてという口実で傷んだりんごと適当に摘んだ葉が入ったカゴを渡しますわ」
「ほう、なかなか良い計画ではないか……」
誰を、殺すの?
いや、もう、分かり切ってるか。
私、だよね。
まぁ、良いか。
だって、私はいらない子だ。
私がいない方がみんな幸せなんだ。
もう、なんだか笑えて来た。
だって、どんなことをしたって、私は人殺しの娘で。
お母さんにとってはお父さんのことを思い出してしまう邪魔な存在で。
私にとっても、私なんてどうでも良い存在。
死んだ方が、楽になれる
そう思ったら、体の力がふっと抜けて……
そのまま、眠ってしまった。
++++
「リン、ちょっとお使いを頼んでも良いかしら?」
これは、私の記憶?
「うん、良いよ!」
昔の私だ、この頃は幸せだったなぁ。
でも、なんで今、このころの夢を……?
「お隣のムルガさんにりんごを届けに行ってくれる?、前にシチューをもらったでしょう?、だからお返しをしないといけないと思って」
「わかった!」
「ふふ、良いお返事、リンは元気ねぇ」
「うん!、リンはとっても元気だよ!」
あの日は少し肌寒かったから、いつも着ているフード付きの赤い上着を着て行ったんだ。
そして、お隣さんの家まで早足で行った。
「ムルガさーん!、ムルガさーん!、いないのー?」
「あっ、扉が開いてる」
不用心だなぁ、って思って、あの時はうちの中に入って行ったんだっけ。
そして、リビングに入ったんだ。
そしたら、血まみれのナイフを持ったお父さんが立っていて。
その下にはムルガさんの死体があったんだ。
それで、それで……
私は、お母さんにも、村の人にも嫌われるようになった。
本当、なんで今こんな夢見ちゃってるんだろう……
++++
朝起きてすぐ、私はお母さんに声をかけられた。
「リン、ちょっとお祖母様の家にお使いに行ってきてくれない?」
これが昨日言っていた私を殺すための口実、みたいなのかな?
全部知ってるんだから、演技なんてしなくてもいいのに。
だけど、そんなこと言えないよね。
「うん、わかった、行ってくるね」
私は、できるだけ自然に見えるような返事をした。
母に盗み聞きをしていたことがバレていないことを祈りながら。
「このバスケットを持って行ってくれる? それと途中で寄り道なんかしたらダメよ?」
「わかってるよ、お母さん」
いつもは声だってかけてくれないくせに、私のことが本当に邪魔なんだなぁ。
まぁ、そりゃそうだよね。
反対を押し切って結婚した人が村の人を殺してたんだから。
お父さんに似た私のことを嫌うのも当然のこと。
「じゃあ、行ってくるね」
「行ってらっしゃい、気をつけてね」
思っても、いないくせに。
++++
村を出て、少し歩いたところに昔は結構信仰されていた狼様の祠がある。
最近は五年に一回ぐらい、傷がついていたり傷んでいるリンゴを供えているだけだけど。
何故ここまで信仰心が衰えてしまったのかはわからないけど、100年前くらいから人を襲うような獣が少なくなってきたことと関係しているのではと、父の書斎で盗み聞いた覚えがある。
私にはもう、関係のないことだけど。
祠に供物を供えておばあさまの家に向かおうとしたところで、私は後ろから声をかけられた。
「お前が、今回の生贄か?」
見なくてもわかった、きっと狼様だろう。
本当に会えたのだと言う喜びもあるが、それよりもこれから食べられてしまうのではという恐怖と少しの希望が勝った。
今、ここで死んで仕舞えば、私は贄として狼様の役にも村人の役にも立てる。
狼様にとっては100年ぶりの肉だ、神に食事が必要なのかはわからないが、きっと役には立てるだろう。
それに、村人にとっては、私は憎いものを思い出してしまう邪魔なもの、厄介払いもできて一石二鳥だ。
「まぁ、答えなくてもいい、この祠に入ってきた時点でもう覚悟は決まっているものとみなす」
あぁ、食べられてしまうのか。
だけど、誰かの役に立てるのなら、そして、いつか昔のように皆と仲良くすることができるようになるんじゃないかと言う私の夢をキッパリ諦めることもできる。
さぁ、早く食べて、この覚悟が鈍ってしまう前に。
「そう、我が友人となってくれるのだろう?」
え?
どう言うことなんだろう?
食べられるんじゃなくて、友達?
もしかして、結構気さくな狼さんなのかな?
「も、もしかして嫌なのか?」
「え、い、いや別に大丈夫、ですよ?」
「そうか!我はとても嬉しい!」
この狼さんは結構お人好しな方なのかもしれない。
私のことを嫌わないでくれているみたいだし。
村のみんなに嫌われていたのは、私の努力が足りなかったのかな?
それとも、どうしようもないことだったのかな?
って、誰に語りかけてるんだろう。
普段はここまで暗くないのになぁ。
やっぱり、お母さんに言われたことが心に刺さっちゃってるのかな?
あんまり気にしてないつもりだったのになぁ。
「大丈夫か?」
「えっ?」
「なぜか、悲しげな顔をしているように見えたのだが……」
大丈夫か、って大丈夫だよ。
ていうか、会って間もない狼さんに心配されちゃうなんて、私よっぽどひどい顔しちゃってたんだろうなぁ。
暗い顔してるより笑ってた方がいいって、お母さんも、お父さんも言ってくれてたのになぁ。
なんで、こんなになっちゃったんだろう。
「わっ!」
え?何?!
「大丈夫、大丈夫だ」
狼さんか、どうして急にギュってしてきたんだろう。
昔はお母さんとお父さんにギュってしてもらってたなぁ。
今はもう無理だけれど。
「人間が、何に悩んでいるのか、我には分からん、だがそのような顔をしている者を放っておくわけにはいくまい」
「それに、人間は我の友人一号だからな!友人とは、助け合う者のことを言うのだろう?」
狼さんの体、あったかくて、柔らかくて、ふわふわだ。
狼さんは、優しい狼さんだ。
こんな私のことを友人だと言ってくれる、こんなにも優しくしてくれる。
神様みたい、いや神様なのか。
暖かいものが、頬を伝う。
涙だってわかっているけれど、今はまだこうさせていて欲しい。
だって、これは私が、多分生まれて初めての、嬉し涙だから。
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「寝て、しまったな」
泣き疲れ、と言うやつだろうか。
この祠に来たときの、死人のような顔と違い安心しているような顔に見える。
我の行動は、この人間にとっていいことだったのだろうか。
いいことで、あればいいが。
「大丈夫、それをなんの根拠もなく言ってしまって、本当に良かったのだろうか」
この者が悩んでいることを何一つとして知らないのに、そんな無責任なことを言っても。
だけど、この者は今ここで泣かないと、壊れてしまうような気がしたから。
安心、できているようで、本当によかった。
「だが、初対面だと思われているようなのは、流石の我でも少し傷つくな」
まぁ、この者が三歳ほどの時だ、人間でこの頃の記憶を覚えているものは少ないのであろうな。
だが、我にこの者は約束してくれたのだ。
「次会ったときは、また二人でお話ししようね」
と、忘れているとしても我の最初の友人だ、この者が命を奪われるようなことなど、あってはならない。
……先ほどから気になってはいたのだが。
この者は母と父に愛されている縁が見えると言うのに、どうしてこの者は一人でこんな森の奥に来ているのだろうか。
母の、なんとしてでもこの者を守ると言う決意が見て取れる縁だと言うのに。
一種の執着にも近い、それほどまでに強い縁だ。
「がはっ、げほっげほっ」
ビチャッ
手で口を押さえたせいで、手が血で汚れてしまったな。
神としての力を使いすぎたか。
信仰ももう薄らいでいる、もう我も長くはないのだろうな。
だが、せめて今我を信じるものたちだけでも、守れるだけの力を。
我に、与えてはくれないだろうか。
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