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2 陸上のユニフォームは男子の視線を集めがち

「ホタル―、部活何に入るか決めた?」


 教室中の隅から隅まで届く様な声量で透哉が話しかけてきた。というか実際に教室の端まで声が届いている。一週間も同じ教室で過ごせば日常の一部と化すのか驚いた素振りをするようなクラスメイトはもう一人もいない。


「話しかけてくるならせめてこっちまで来い。透哉と俺の席はほぼ対角線、近所迷惑だろうが」


 透哉はやれやれと肩を竦めてこちらへ歩いてきた。その口にはオニオンチーズの総菜パンが咥えられている。まだ昼休みではなくまだ二限目と三限目の間の休み時間である。いわゆる早弁という奴だった。


「今のところ入ろうって決めた部活はないかな。透哉は?」


 部活、高校生のカップルができる場としてはクラス、バイト、の次くらいにメジャーな場だろう。出会いを増やすという意味でも入るのはありなのだが。彼女を作った後、執筆を再開した時に負担が大きくなると思うとどうしても食指が伸びない。


「オレも部活にゃ入りたいんだけど、これだって奴がねーんだよなー」


 透哉の口の中にはこれでもかとパンが詰め込まれている。頬がリスのように膨らんでいた。


 口が塞がっているのに普通に喋るとは器用な奴だ。というか美味そうなものを目の前で食べないで欲しい。こっちまでお腹が減ってくる。


「へぇ、透哉のことだからてっきり栞と一緒の部活にでも入るのかと思ってた」


 喋りながらも螢は机の上に弁当を召喚する。蓋を開けると色とりどりのおかずが綺麗に盛り付けられていた。


 揚羽姉さんのお手製の弁当だ。一人分も二人分も三人分も大差ないという言葉に甘えて用意して貰っている。本当に揚羽姉さん様様だ。


「そりゃ入りてーよ。オレだって栞と一緒の部活に入りたかったんだよ! でも陸上部だけには入るなってしつこく釘を刺された。入ったら絶交だって」


「へぇ、栞、陸上部に入るのか」


 何気なく呟いた瞬間、教室の空気が変わった。主に男子の口数が露骨に減った。牽制し合うようにお互いの視線を交錯させている。


 透哉以外の男子と話して分かったが栞はすこぶる人気らしい。何でも1B三大美女に選ばれた四人の中の一人なのである。四人なのに三大なのは美女なのはどこぞのシスコンを欺くためだ。なんなら四人の内の一人は男子だったりとツッコミどころの多い称号ではある。


 整った顔、しなやかで引き締まった身体、何より明るくて人当たりの良い性格の栞はクラスの男子の間でもかなりの人気を誇っていた。ただし番犬たる透哉が目を光らせているので教室で話しかけるのは容易なことでは無い。


 そんな彼らにとってこの情報は値千金の価値のあるものだったのだろう。同じ部活に入れば透哉に邪魔されずに仲良くなれるからだ。


「中学校の頃からやってたしな。あ、ホタルテメェ、お前も陸上部に入ろうとしてんじゃねーだろうな」


 透哉は獣のように喉を鳴らして威嚇する。教室中の男子たちが一瞬ビクッと飛び跳ねた。


「それはない。残念ながら走ることに喜びを見出せるタイプではないし」


「それは良かった。いや、それが良くねぇー。栞を陸上部に入れたくねー」


「何でだ?」


 螢はそう訊ねながらも小さくいただきますと呟き、艶のある玉子焼きを口に頬張った。


 口の中に広がるほんのり甘味の効いた出汁がたまらない。舌の上で旨味成分がタップダンスを踊っている。


「そりゃ陸上部のユニフォームがエロいからに決まってるだろ! 栞の身体がケダモノの視線に晒されるとかぜってー許せねー。でも栞が本気でやってるから応援してーし。オレはどーしたらいーんだ」


 透哉は頭を抱えると螢の机にガンガンと額を打ち付けた。


「それは知らない……が。陸上部のユニフォームがエロいという話には全面的に同意する。下手しなくても競泳水着とかよりもエロいよな。大体、何でわざわざへそ丸出しで走るんだよ」


「あー、男子みたいなユニだと胸の下のところに隙間ができて空気抵抗が生まれんだ。セパレートタイプだと身体に密着するからその分早く走れる。走れるけどー、やっぱりけしからん。特に尻のラインが浮き出るブルマは実にけしからんっ」


「やっぱり合理的な理由があるんだな」


 螢は素直に感心してしまった。


「でもエロいことには変わらないな。あのクラウチングスタートで尻を突き出すような体勢、あんなの反則だろ。興味なくてもテレビでやってたら見るだろ」


「だよな。やってるとだんだんマヒしてくるけどやっぱ冷静に考えてみたら超破廉恥な恰好じゃねーか! こうなりゃ日本陸上競技連盟に凸して抗議するしか……」


 コイツ、本気で……ん?


 螢の注意が透哉から逸れる。その視線は教室の入り口の方に吸い寄せられる。


「君、化粧をしているね。それにスカート丈も校則で定められているより短いみたいだが。スカート丈は君もだね」

 ナメクジを連想させるジメジメとした声だった。スーツの上に白衣という珍妙な恰好、顔の三分の一を占めていそうなほど大きなレンズの丸眼鏡、間違いない、教頭の山吹やまぶき 権三郎ごんざぶろうことゴンちゃんだ。何でこの教室に来てるんだよ。


 螢は机の上の弁当箱とゴンちゃんの方を交互に見比べて顔を顰める。校則で教室での早弁が禁止されているからだ。見つかれば厄介になことになるのは目に見えていた。


「螢、どーしたって、ゴンちゃん!」


 ゴンちゃんは二人の女子生徒に絡んでいる。脚を舐めまわすように鑑賞しながら、ふとももぺちぺちと叩いていた。


 あの後姿は栞と幸野か。


「ひっ」


 声にならないような悲鳴が彼女たちの口から漏れた気がした。


 その瞬間、透哉の足はすでに動いていた。颯爽と二人とゴンちゃんの間に割り込む。止める暇など無かった。


「その汚い手で栞の身体に触れてんじゃねーよ」


 透哉がゴンちゃんを睨め付ける。その姿は物語の主人公のように勇ましかった。ただ、せめて、パンくらい置いてけよ。


「おーい、アタシも触られたんだけど」


 透哉は幸野の方には一瞥もくれない。敵と対峙した野生動物のようにゴンちゃんの目から視線をそらさない。


「私はこの二人が校則を違反していたから指摘したまでだ。勘違いしないでくれたまえ。それよりも貴様、良い度胸をしているな。その手に持っているものはなんだ」


「オニオンチーズパンだぜ」


「校則で教室での食事は昼休み以外禁止されているのは分かっているな」


 透哉は手の中にあったオニオンチーズパンを一気に頬張ろうとするが、ゴンちゃんに手首を掴まれて無理やりパンを引き剥がされた。


「教師のセクハラは校則で禁止されてねーの?」


「下らない妄言は慎みたまえ。いつ私がセクハラをしたと。ただスカート丈が校則で定められているより短いことを確認し、指摘しただけなのだが」


 ゴンちゃんは眼鏡をくいッと上げて言葉を続ける。


「ともかく生活指導を任されている身として風紀を乱す生徒がいないか確認するのは当然の義務だ。貴様らは本日中に反省文と写経を提出したまえ」


 ゴンちゃんの万年陽の光の届かない日陰に負けない程陰鬱な視線が三人に襲いかかる。そしてギロリと目玉がこちらを向いた。


「山狩、何、俺は無関係みたいな顔をしている。無論、同罪だ。弁当を食べていたところはしっかりと見ていたぞ。……今回はこれくらいで済ませてやるが次は無いぞ」


 ゴンちゃんはそれだけ言い残すと白衣を翻し、教室から去っていった。張り詰めた教室の空気が一気に弛緩する。


「栞、大丈夫か?」


 透哉が栞の肩をガッチリと掴んで目を見つめる。こうして遠くから眺めているとお似合いのカップルにしか見えない。


「大丈夫です。……一応礼は言っておきます。ありがとうございました」


 透哉はようやく安堵したのか大きくため息を吐いた。そして、教室のドアの方に向かって牙を剥く。


「うげー、最悪。あのクソ陰湿セクハラ教師が。大体次の時間生物じゃねーのに教室まできてんじゃねえっつーの。しかもオレのパンを取っていきやがった! 早弁くれーいいじゃねーか。ケチ。誰にも迷惑かけてねーだろっ」


「それは迷惑ですっ。お弁当の臭いが教室に充満するので」


「それもそーか。分かった。栞が言うなら教室で飯は食わん。だから栞もスカート丈をもっと長くしろ。そんなの短すぎる」


「別にこれくらい女子高生として普通の範囲ですっ」


「ぜんっぜん違う。男どもには刺激が強すぎる。なぁホタル!」


 突然の流れ弾! 非常に答えづらい問いを投げられて螢はどうしたものかと首を傾げる。

実際のところ栞のスカート丈はそこまで短くはない。せいぜい膝上十センチというところだ。むしろ一緒にいる幸野の方が短い。少し屈めばパンツが見えてしまいそうなほどの丈で肉厚な太ももを大胆に披露していた。


「やっぱ男としては幸野くらい短い方がいいな。パンツが見えそうで見えない絶妙なライン」


 気が付いた時には声に出ていた。慌てて口を押さえるが時すでに遅い。透哉の眼が裏切り者と糾弾していた。


「あははは、螢のスケベッ。でも正直者なところ非常によろしい。ご褒美に~、パンツ見せてあげよっか?」


 幸野は小悪魔な笑みを浮かべてスカートの裾に手をかけた。ほんの少し裏返って裏地が見えている。


 視線を外さなければ、理性がそう訴えかけてきているのだが身体が言うことを聞かない。夏の虫たちが炎に惹かれるように意識はスカートの中に吸い寄せられていた。


 ゴクリ、生唾を飲み込む。


「結衣! ちょっとは恥じらいを持つべきです。後、山狩君、普通にドン引きです」


 徐々に捲くり上げられたスカートはすんでのところで栞の手によって阻止された。重力に従って元の鞘に収まってしまった。


「ありゃ、螢、ごめんちょ。しおりんのNGが出ちゃった。ということでこれ以上は有料会員様限定のサービスになります。通常月額八千円のところ、今ならなんと初月三千円!」


「まぁお安い! って何で本当にちょっと良心価格なんですか」


 二人の微笑ましいやり取りを見ていた螢の視界に突如悪鬼羅刹の類が映り込む。ソレは威嚇するようにパキパキと指を鳴らしていた。


「ホータール君、さっきのはどーいうことだ?」


 透哉のことをすっかり失念していた。どうやって誤魔化そうか……。いや待てよ。上手く利用すれば。


「ちょっと待て。よく聞いてろ」


 螢は小声でそう呟いてから栞に問いかける。


「で、栞、スカートの丈短くしてくれないの?」


「するわけないでしょっ。絶対に嫌です」


 栞はプイッと顔を背けるとスカートのウエストの折っていた部分を元に戻す。そして皴を伸ばすとこちらを挑発するような視線を送って来た。


「計画通り」


 螢は翳のある笑みを浮かべる。


「うおっ流石ホタル、最初からここまで読んでたのか!」


「勿論」


 意外とチョロいもんである。


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