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4 螢君と有馬女史2

「で?」


「何の成果も得られませんでした」


 螢はそれは見事な土下座を決めたのだった。


 今日は久しぶりに有馬女史が家に来ていた。高校に入ってからは一度も来ていなかったはずなのでかれこれ一ヶ月振りである。作家業を休止中の身、新作に関する打ち合わせもできない以上、多忙な彼女を滅多なことで呼び寄せることなど恐れ多くて俺には絶対にできない。そんな中、ゴールデンウィークを直前に控えた日曜日、進捗状況を確認すると有馬女史が突然やってきたのである。そしてベッドで気持ち良く二度寝を堪能していた俺を叩き起こして現在に至るというわけだ。


 いつものスーツ姿ではなく白いTシャツに淡い桜色のカーディガンに細身のジーンズとラフな格好をしている。お洒落をしているのかしていないのか絶妙なラインの恰好から察するに、この後揚羽姉さんと会う約束でもしているのだろう。


「ゴールデンウィークに女の子と遊ぶ予定は?」


「何の成果も得られませんでした」


 男となら、男となら、遊びに行くので許してくれませんか。


 瞳で訴えるが有馬女史の鉄仮面には傷一つつかない。


「どうせそんなことだろうと思ったわ。そんな螢君にプレゼント」


 有馬女史はおもむろに胸の平野へと手を突っ込むとそこから二枚の紙を取り出した。


 それをただ漫然と見ていた。


寝起きでツッコめるほど俺のエンジンのかかりは早くない。


「これは憲法記念日の日に行われる映画の完成披露試写会のチケットよ」


 チケットを受け取って見ると、そこには『百一回目の殺人予告』とおどろおどろしい赤い血を連想させるフォントで書かれていた。

 原作は確か猟奇的な殺人事件を描いたサイコホラー小説だったはずだ。俺と同時期にホラー大賞を受賞してデビューした作家の出世作である。文壇デビューした当時は俺の方が評価が高かったのに今では天と地ほどの差をつけられてしまった。そんな映画の試写会のチケットとを渡すとは性格の悪さが滲み出ている。


「誰か女の子を誘って行くというのが私からの課題よ」


「無茶ぶりが過ぎるわ! スプラッターとかホラー系の映画を誘えるのは上級者だけだ!

イケメンアイドルが出てたりとか中高生に人気の漫画原作だとかもっと誘いやすいものありますよね?」


 ツッコみエンジンが轟轟と音を立てて回り始めた。


 確か主演は渋い三枚目のおじさん俳優だったはずだ。とてもではないがT層を引っ張ってくる力はない。


「丁度ゴールデンウィーク中に試写会をやる映画で私の伝手があったのがこれだけなのよね。でもこの監督エロとかグロの表現に関しては定評があるし、面白いことは保証するわ」


「定評がありすぎてレイティングがR15+なんですけど」


「螢君は高校生だし問題ないわ。それとも中学生でも誘うのかしら?」


 取り付く島もない。というか有馬女史は端から話を聞く気が無いようである。こうなった以上抵抗するのは時間の無駄である。ここで抵抗するくらいなら、適当に透哉か誰か男子を誘って行くとかの方がよっぽどマシである。


 そんな螢の浅はかな考えを見透かしたように有馬女史は言う。


「ちなみに当日は私も行くわ」


 終わった。逃げ道を完全に防がれた。


 冷汗がダラダラと流れ出てきた。更に追い打ちをかけるようにポケットからICレコーダーを取り出し再生する。


『束の間の幸せに酔いしれな。残念でしたぁあああここから先は地獄への片道切符でえええす。もがけ喘げ苦しめ、貴様らに幸せな未来は一生訪れねえよ。ざまあみろ。ぜってええ許さねええええ。リア充爆発しろリア充爆ぜろしねええええええええ』


 …………。


「頑張ってね。これから揚羽とお出掛けする予定があるのよ。……それと一つだけあドバイス。大切なことは誰なら来てくれるかではなくて誰と一緒に行きたいかよ」


 有馬女史が出て行った後、しばらくの間放心状態のまま立ち尽くしていたのだった。


 脅しだ。絶対に脅しだ。試写会に女の子を連れて行かなかったら揚羽姉さんにあの音声を聞かせる気満々だ。有馬女史なら本気でやりかねないというか絶対にやるに決まっている。


 結局その日は一日中スマホにある連絡先一覧と睨めっこをしていた。ベッドの上に寝転がってただ無為に時間ばかりが過ぎていく。


 駄目だ。候補が思いつかない。恐らく有馬女史はわざと『百一回目の殺人予告』をチョイスしたのだろう。


 普通に女子高生が見そうな映画だと、純粋に映画を見たいという理由で一緒に行ってくれる女子を確保できるからだ。有馬女史が俺に求めているのはそんなことじゃない。例え見たくない映画であっても一緒に行くのが俺だという理由で一緒に行ってくれる女子を探せということだろう。


 いや、絶対に無理だ。そんな人はこの地球上どこを探しても存在していない。いや待てよ。揚羽姉さんなら頼み込めば一緒に来て……ってそれでは意味が無い。本末転倒だ。


 それに……。誰が来てくれるではなくて誰と一緒に行きたいかか……。


 有馬女史には全てを見透かされていそうだな。


 俺はきっとリア充そのものを憎んでいるわけではない。俺が嫉妬しているのは兄貴と揚羽姉さんだ。リア充を見るとどうしても二人のことが頭に過ぎるのだ。胸が痛くなる。感情を吐瀉物のように吐き散らしたくなる。どうしようもなくなる。


 だからもし仮に誰かと付き合えたとしても、ハッピーエンドの小説は書けるようにならないだろう。それどころか彼女を通じて揚羽姉さんのことばかり考えてしまうに決まっている。二人を比較して勝手に気落ちして、自分だけではなく彼女を含めて皆が不幸になるだけだ。二度と小説を書けなくなるような気すらしてくる。


 俺にとって本当に必要なのは揚羽姉さん以上に好きな人を作ること。そしてその上で好きな人と付き合うことだろう。


 これは想像以上に難易度の高い。好きな人の好きな人が自分になる確率など一体どれ程の確率があるだろうか。ほとんどゼロに等しい気がする。それこそ運命の人だとか奇跡だとかそういう風に表現するに相応しいものだ。


 ようするに最終目標を達成することを考えるのであれば今回の課題を無理難題だと拒絶している場合ではないということだ。正面から向き合わなければならない。


 ここで一番重要なのはやはり誰を誘うのかということ。二人きりの時間を過ごすことで好きだという気持ちが芽生える可能性のある人でなければならない。


 ではどうやって絞り込むか。そんなことは決まっている。


 顔だ!


 身体だ!


 外見だ! 


 性格が良ければそれでいいとか、大切なのは心だとか、綺麗ごとはいくらでも並べられる。実際に人に聞かれたら、見た目と性格の重要度? 一対二くらいの比率かなと、俺だって答える。でも実際は九対一だ。少なくとも最初はそうだろう。そこから徐々に相手のことを知っていって性格の比重が増えていくのだ。


 だって初対面の相手の性格なんて良いのか悪いのか分かりっこないだろ。どれだけ耳触りの良い言葉を並べている奴でも絶対に外見の要素を考慮しているに決まってる。出来れば美人の方が良いよなって。妥協していることを隠すための言い訳こそが綺麗ごとの正体である。そして俺は妥協できないししたくない。


 となれば一年B組から探すとなると候補は三人に絞り込まれてくる。いわゆる一年B組三大美女の面々。


 朝比奈栞、寺橋菜緒、星野千鶴の三人である。


 この中で一番良く話しているのは間違いなく栞である。実際に映画に行ったとして一番楽しいのも栞だろう。世紀のイケメンたる透哉の妹だけあて見た目も綺麗だと言わざるを得ない。艶のある綺麗な黒髪のショートヘア、パッチリと開いた眼、調律の整った鼻筋、シャープな口元、澄ました顔の時など特に日本刀のような尖鋭的な美を体現している。そんな見た目とは裏腹な無邪気で明るい雰囲気を感じさせる振舞いも魅力の一つだろう。そして陸上をしているだけあって筋肉質な身体。引き締まっている上に無駄な筋肉が一つもついていない、もはや芸術的ですらある。


 そう考えると栞を誘うということで何の問題もない気はするが、後ろ髪を引かれる思いがするのは透哉の存在と栞との関係のせいだろう。


 栞を映画に誘ったということが透哉にバレたら確実に面倒なことになる。栞をかけて決闘だとか妹が欲しくばオレを倒して奪っていけだとかどこの武術道場の師範代だよって展開になりかねない。それで最終的には決闘罪で逮捕、書類送検されて全国ネットデビューだ。一人の女子を巡って行われた決闘で逮捕! とか何とも魅力的な見出しである。


 そしてもう一つ問題なのは俺自身が栞との関係性は友達くらいが丁度いいなと思っていること。リスクを冒して変に気まずくなるくらいなら、今のまま偶にくだらないことを話して言い争ったりする関係性の方がよっぽどいいし気楽だ。恋愛だとか恋人だとかとは無縁の友達でいたい。


 ということでまずは、教室での席が斜め後ろで話す機会もいくらかあった星野千鶴ともう少し話すことに決めたのだった。



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