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宴-en- 〜閻魔美少年と行く冥界世直し珍道中〜  作者: 風島ゆう
死を儚んではならない。
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8.ビギナー

【キャ――――‼︎】


「キャ――――‼︎」


 いつの間に!


 追い越したことに気がついたのか。そしてこちらに気取られぬよう足音を忍ばせたのか。こんなに近づかれるまで足音にも気が付かなかった。


 反射で飛び起きて、再び走り出すために足に力を入れる。とにかく距離を! 距離を取らなくては!


「……! あれっ」


 踏み込んだはずの足がうまく立たず、地面に倒れこむ。


「嘘だろ」


 普段使わない筋肉を酷使しすぎたせいか、足が思うように動かない。


【ちょっと! どうしたの⁉︎ 立って! 逃げて! 馬車馬のようにっ‼︎】


 分かってる! 分かってるけど!


 死んでなお肉体の限界があるのか、と漠然と思う。

 せっかく文字と絆を深めたのに、こんな所でリセットされるのは嫌だ。


 焦りながらも足の立たない俺を見て、鬼が低い位置に顔を寄せ、にい、と笑った。


「怖……っ!」


【怖――――っ! わあああああああ! 逃げて逃げてすっごい逃げてえええええ!】


 バグったように文字が何度も【逃げて】の文字を連打する。


 俺だって逃げたい! 


 しかし疲労と恐怖でカチコチになった体は運動神経が俺の意志から剥離していた。


 俺の顔ほどもあるぶっとい指先が、ゆっくりと風を切って俺を捕まえに来る。


【いぎゃ――――‼︎】


 文字が脳内で絶叫する。

 赤鬼の大きな猫目が、きゅう、と瞳孔を締めるのが見えた。

 その時。


「うわあああああ」


 どこからともなく奇声が聞こえてきたかと思うと、ぐい、とものすごい力で襟首を掴まれた。


「……し、締まる締まる締まってる!」


 見上げるとどこから現れたのか、俺と同じ年頃の青年が真っ青な顔で腰砕けの俺を強引に引きずっている。


「うがががががが」


 ずるずると荒野を引きずられ、鬼の股座をくぐって後方に回り込む。


 背中とか尻とか手のひらとか地面に擦れた場所がめちゃくそ痛い。しかし、それよりもゆっくりと後方を振り返ろうとするもじゃ毛鬼への恐怖が勝って不平を忘れた。


 悲鳴にも似た声で青年が俺に警告する。


「舌を噛むなよ!」


 その意味を理解する間もなく(だって後ろ向き)、次の瞬間、とんでもない浮遊感が体を襲った。


「うがっ!」


 ご、と鈍い音がして後頭部を打ち付ける。


「――――っっっ‼︎」


 痛みと衝撃にぐらぐらしながら目をこじ開けると、そこは浅い地割れの中のようだった。


 幅三メートル、長さは確認できないほど距離がある。立ち上がると頭が出るほどしかなく、先ほどの青年が壁面にへばりついて外の様子を伺っていた。


 地割れに飛び込むと同時に荷物(俺)を放り出すことで、自分はしっかり着地を決めたのだろう。


 ぐわんぐわんする頭を押さえながらなんとか体を起こすと、俺は青年に倣って外を除いた。


 乾いてひび割れた大地の少し向こうで、赤鬼がきょろきょろと辺りを見回している。視界から消えた俺たちを探しているのだ。


 気づくな! 気づくな! あっち行け!


 祈るような気持ちで必死に念を飛ばす。


 息の詰まるような緊張感が続いた後、ようやく鬼が動き出した。

 ずんずん、と足音を響かせながら鬼が向かったのはあさっての方向で……。


「た、助かった……?」


【まさか逃げ切れた……?】


 同じタイミングで同じことを考えたらしい文字が脳裏に閃いた。


「はあ――怖かった――……」


 大げさに嘆息して、隣に立っていた青年がずるずるとその場にへたり込んだ。


「あの、ありがとう。どこのどなたか存じませんが助かりました」


 荒地引き回しの暴挙はともかく、あの絶対絶命の大ピンチから九死に一生を得たのは間違いなく目の前の男のおかげだ。


 感謝の意を込めて平身低頭すると、頭の上で「はは」と力なく笑う声がした。


「いや、いいよ。そんなに感謝されることでもないんだ。本当は俺、君を見捨てるつもりだったんだし」


「え」


 顔を上げると、疲れた表情でこちらを見下ろす青年が困ったように眉を下げる。


「俺ずっと見てたんだよね。君が逃げてるとこ。君、一度鬼をやり過ごしただろう。あのタイプのでかい鬼は、突進はしてくるけど一度視界から消えた獲物はそれ以上追跡しない設定になってるから、最初は俺、君もそれを知っていてわざとコケてやり過ごしたんだろうって思ってたんだ」


 ん? せってい? 追跡しない?

 ハテナをいっぱい浮かべて首を傾げると、やっぱりね、と青年が苦笑した。


「君は……死後一日未満のビギナーだな。まだこの冥界のことをほとんど知らない」


「ビギ? はあ、まあ。ついさっきスタートしたばっかりの初心者です」


「うん。だと思った。せっかく一度鬼から離れたのにその場に転げてるし、二度目は視覚に入るそぶりすら見せなかったから、これは素人だなって」


 ビギナーじゃなきゃ命張って助けたりしなかったよ、と殺生な告白をして青年が笑う。笑ってから、微妙な言い回しに気がついたのか、青年が取り繕うように言葉を足した。


「いやえっと……ここでは人間さえ味方とは限らないからさ。人助けも命がけなんだ。君も安易に信じると酷い目に遭うよ」


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