5.モチベーション。何それ美味しいの?
「生まれ変わるの嫌だなー。ずっとここにいたい」
【エ――――――! まさかの無気力っ! ちょっと、やる気出してよ! うまくしたら天道だよ!】
「いやーそれはないだろ。どう考えても天国行くような徳を積んだ覚えはないし、仮に行っても試される大地だろ。微妙―」
【モチベーション低……っ! 分かった。じゃあ、悪くしたら地獄だぞっ。地獄、怖いよ。絶え間ない責め苦だよ! ちなみに遅刻はやる気の面で減点されるから裁判で不利になるよ】
「えええ」
それは嫌だ。どこの世界も魅力的じゃないけど、地獄行きは流石に勘弁願いたい。
しょーがないなー、と不承不承その気になった俺に、文字がほっとしたようにガイドを進めた。
【ここからやっと本題なんだけどさ。この冥界(冥土)は別名を中道って言って、六道どこにも属さない場所なんだ。生前の罪を捌いて六道どこに生まれ変わるか決める法廷はこのどこにも属さない冥界の中に、全部で十箇所存在してる。各法廷には裁判を支配する王がいて、死者は第一の王から順に、七日おきに次の王へ接見していくんだ】
「え、十箇所も?」
めんどくさ、と言いかけた言葉は文字によって阻まれた。
【言っとくけど、十箇所あるのは冥界側の温情だからね! 死者には上告が許されているから、審判に不服があった場合や、裁判官である王がそれまでに集められた情報では死者を捌ききれないと判断した場合は次の法廷に委ねられるんだ。つまり死んだ側からしたら最大十回までの再審請求が可能ってこと】
「それはお互い根気のいる話だなぁ」
あまりに執拗で周到な裁判形態に、聞いているだけでうんざりする。
テンションがダダ下がりする俺に構わず、文字がバチバチと活字を弾き出した。
【まあ、途中再審請求が却下される場合もあるし、裁判の結果を受け入れて輪廻する奴もいるけど、ひとまず死後四十九日、第一法廷から第七法廷までは上告のチャンスが認められるのが一般的だね。第八、第九、第十の王は、百日目、一年後、二年後に接見する王だから、今は考えなくてよし】
「ハァ。要するに最短七日、最長四十九日クリアのクエストゲームみたいなもんだな」
【え……と……ウン。そう。そうね……】
あれ? おれそんな軽い感じの話してた? と自問自答する文字に、俺はふと思いついたことを聞いてみた。
「そういえば、例えば人間道に生まれ変わったとして、そしたらまた人間ってこと? 別の生き物にもなれるのかな」
次に生まれ変わる場所が俺の知っている人間道なら、今度は金持ちの飼い猫とかになりたい。日がな一日ごろごろして美味いもの食って、たまにご主人様に遊ばれてやるのだ。
俺にとっては天道とやらより、その方がずっと魅力的に思えた。
【ああ、うん。言い忘れてたけど、人間道に入ったからといって必ずしも人間になるわけじゃないんだ。やっぱり生前の罪の重さによって転生する器が変わる。言っとくけど、人間が最上級生物ってわけじゃないからね。命の長さや我の有無、罪を犯しやすい器か、そうでない器かで生物の階級が決まってるんだ。人生は修行の時間だから、短い方がいいって考えもあるけど、苦労して裁判受けて生まれ変わって、すぐまた冥界、とかそれはそれで厳しいでしょ。やっぱり寿命は長く、できるだけ欲に振り回されない器がいいとされている。人間の感覚じゃ大して気にもとめずバッサバッサ斬り倒してる木なんか、わりと上級転生なんだよ】
「動けねーじゃん。それって幸せなの?」
【動くって欲に縛られてる奴には分かんないかなぁ。そこいくと人間はそこそこ寿命は長いけど、欲まみれで罪を犯しやすい器だから、下級生物寄りだよね】
「ふーん」
俺の感覚では、人間が一番自由に動けて、環境にも働きかけられる上級生物のような気がするのだが。
命のあり方全体からすると、そうではないらしい。
仕入れたばかりの情報を自分の中で咀嚼していると、【とにかくさー】と文字が俺を急かした。
【ニイさんがニワカ仏教を選択した瞬間から、もう時計が回っちゃってるんだって。だからね、後七日。正確には後百六十三時間と三十七分後までに、第一の王、秦広王の法廷にたどり着かないといけないの! だからほら、動いて動いて!】
さあ、立った、立った、と促され、俺は渋々腰を上げた。
とてつもなくモチベーションは上がらないが、仕方ない。
こうして俺は、不本意ながらもこの冥界タイムレース法廷巡りに参加することになったのだ。