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4.ルールを説明します。




【はい、そこの人。そこで黄昏始めた人っ。そろそろ切り替えてー。ハイ、いいですかっ】


 たっぷり三分は沈黙を守ってから、文字が再び目の前に閃いた。


【浸ってるとこ悪いんだけどさ。タイムリミットがあるんだよね】


「……タイムリミット?」


 思いがけない言葉に体を起こす。

 どっちを向いているのか相変わらず分からない暗闇の中で胡座をかいて座ると、本領発揮、とばかりに説明を始めた。


【死んだ人はね、みんな自分の信仰する宗教の掟に従って死後の時間を過ごすの。キリスト教にはキリスト教の、イスラム教にはイスラム教の、仏教には仏教の死後の世界が用意されてる。ニイさんはとりあえずニワカ仏教ってことで、ざっくり仏教に寄せた世界でこれから冥土の旅に出てもらいます】


「メイド」


【カタカナに直すなっ! 意味変わっちゃうだろ!】


 もう! 混ぜ返すなよ! とプリプリしながら文字が続ける。


【ニワカ仏教コースでは、死者は七日ごとに来世の転生先を決める裁判にかけられるんだ。六道って聞いたことない? 天道、人間道、阿修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道の六つの世界のことで、生前の罪の重さと犯した禁忌によって生まれ変わる場所が変わるんだ】


「ハァ」


 その中で聞いたことがあるのは地獄道くらいだ。

 悪いことをしたら地獄に落ちるっていう、あれだろう。多分。

 察するに人間道というのが人間の世界っぽいが、後は分からない。


 いまいちピンと来てない俺に気づいた様子で、文字が補足説明を入れた。


【えっとー。天道っていうのはまあ、天国のことね。六道の階層でいうと最上位の世界で、ご褒美階。快楽に満ちて、苦しみのない世界って言われてる。天道に生まれ変わった魂は天人といって、空を飛べたり、老いを遅らせたりする神通力を持って生まれるんだ。とはいえ不死身なわけじゃないから、いずれまたこの冥界に戻って裁判を受けるんだけど。だからまあ、調子に乗って色々やらかしてると、生前が天人でもいきなり地獄落ちとか全然あり得るよね】


「シビアだなー」

 

 ご褒美階というより、試される階だな、そりゃ。


 怖い怖い、と顔を引きつらせていると【そこは普通、いいなーって憧れるとこなんだけど】と文字に突っ込まれた。


「いや、だっていまいち良さが分かんないよ。空飛べるのはいいなって思うけど。甘いもんたらふく食わせて太ったら沈める、みたいな世界、怖くて楽しめないだろ」


 あ、でも。とちょっと考える。


「天国に行ったらもう仕事しなくていいのかなー。納税義務もなくて、来月家賃払えるかな、とか節約しなきゃとか、就職できないと人間じゃないみたいな、そういうのもないのかなー。だったらいいな。期限つきでも食べる心配しないでごろごろ心穏やかに過ごせるなんて最高」


【その発言がすでに天道に入れなさそうだから、いい夢見ろよ、としか言えないよ、おれ】


 呆れるような速度で文字列を表示してから、文字が話を戻した。


【そんで、人間道ってのがニイさんがいた世界ね。悩みや苦しみの多い世界だけど、幸せを掴む機会も比較的的用意されてる。阿修羅道は争いの絶えない世界で、怒りや苦しみが続く世界。救いのきっかけはごくわずかだけど、地獄と違ってその苦しみは自分の欲に帰結する場合が多いから、そこに気づけば多少はマシな人生を送れるらしい。畜生道は牛や馬のように使役されながら生きる世界。あ、言っとくけど牛や馬になるわけじゃないから。ただ使役されるままにしか生きられないって意味ね】


 なんだかどちらも人間道で見たような気がする。


 自尊心が低く、低いが故に尊大な物言いや態度で武装して争いの種をまく上司。死んだ目をして、それでも毎日出社して来る社員。辞めた会社を思い出しながら俺は思った。


 六道で分けられているとはいえ、生き方によっては別の階層と同じ目に遭っている人間は、案外たくさんいるのかもしれない。


【飢餓道は常に飢えと渇きに苦しめられる世界。食べ物や飲み物はたくさんあるのに、口に入れると火だるまになっちゃうんだ】


「何それ怖っ」


 腹を空かせて食ったものが身を焼くなんてあんまりだ。

 誰が作った世界か知らないが、ずいぶん悪趣味な階層だと思う。


【だいぶ不憫だよねー。で、この世界に生まれ変わった魂を餓鬼って呼ぶんだけど、彼らが唯一口にできるものがあってね。それが人間道で毎年行われる、施餓鬼会って餓鬼を慰めるための行事で用意された食物なんだ】 


「七夕かよ。食い物との出会いが一年に一回とか、切なすぎる……」


【食べられた感動で成仏する餓鬼もいるっていうよ】


 それは食ってないところに突然食べ物突っこんでショック死したのでは……とも思うが、この場合それも救いなのかもしれないと思い直す。

 そんな世界なら、死もまた救いだろう。


【で、お待たせの六道最下層、地獄道ね。ここはもう生前の罪を償わせるためだけの世界だから、記憶も生前のままだし、まあ責め苦に次ぐ責め苦を受ける。地獄の階層は闇が深くてねー。種類だけでも八つの地獄があって、特に八つ目の阿鼻地獄ってのは見るも無残、語るも悲惨な各種拷問が待ち受けていて】


「分かった、分かった。もういいよ」


 どの世界も胡散臭いやら非道やらであんまり魅力的でないことはよく分かった。


 正直、どこにも行きたくない。

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