30.危機感ゼロリスト
警戒心をむき出しにするアニの視線を受け止めて、焔が僅かに首を傾けた。
「そういうお前も何か変だな」
疑惑を打ち返されて、アニの頰がぴくりと動く。
「知りすぎていると言うならお前だってそうだ。まあ、本来一人で進むはずの行程でこれだけの死者に出会っているんだから、そもそも論を言うのも何なんだがな。死者同士の交流が発生したことである程度の知識をつけられるようになったとしても、だ。お前の持っている知識は第一法廷にも届かないこの場所で知り得るはずのないところにまで踏み込んでいる」
無意識なのか威嚇なのか、焔の左手が直刀の鞘を撫でた。
「鬼の行動設定や六文銭をめぐる攻守については、経験則と死者同士の交流から情報を得たとも説明できるが、精神と姿のバランスについてまで知っているのはおかしい。この段階ではまだそれが可能な死者もいないはず。知るきっかけがないんだ。一体誰から知恵をつけられた? お前は本当に、この段階にいるべき魂なのか」
ピリつく空気の中、アニの顔色が明らかに悪くなる。
じりじりと睨み合う二人の不穏さにため息をついて、俺はハイハイ、と手を打った。
「はい、お前ら、もーやめやめ。全くもう、飽きない奴らだな。仲良くしようぜ。別に困らないだろ」
【困るよ!】
「お前は警戒心がなさすぎだろ」
「寝首でもかかれたらどうする気だ!」
こういう時ばっかり意見が合う。やれやれ、と苦笑して、俺は肩をすくめた。
「大丈夫だよ。お前らいい奴だもん。ちょっとくらい分かんないことがあったっていいだろ。聞いてばっかで答えないってことは答えを持ってないか言いたくないからだ。楽しくないからやめよーぜ。それよりさぁ、腹減らない?」
【こ……この、危機感ゼロリストめ……っ】
「腹って、君なあ」
気の抜けた顔で、アニがの体ががっくり傾ぐ。
緊張感のない奴め、と呟いた焔が口を開いた。
「死者に食事は必要ないぞ。嗜好品としての食事はあるが、金を出さないと手に入らない。六文銭を目減りさせるだけだからオススメはしないな」
「嘘だろ。昨日から何も食ってない俺の腹がこんなに鳴っているのにか……!」
タイミングよく、くるるるるる、と腹の虫が鳴く。
食えない、と知ったら急に胃のあたりが寂しくなって、俺はその場に転がった。
「なーんーだーよーお。ご飯食べれないのかー。力抜けるー」
いじける俺に向かって、焔が補足する。
「そういうさもしい死者のために、遺族は線香を焚くんだ。死者は食香といって、香りを食すからな。四十九日の間線香を絶やさぬようにするのはそのためだ」
「そういや昨日からずっと線香臭いなと思ってたけど……エ、これを、食えと?」
無理だろ。てか香りしか食せないならせめて焼肉とからーめんとかそういう香りを送ってくれ!
絶望する俺を哀れに思ったのか、焔が更に説明を足した。
「嗜好品としてこの世界でふるまわれる食事は味、匂い、舌触り、見た目も復元してあるから実際の食事に近いけどな。結局胃が膨れることはないぞ。そもそも臓器がないから」
「いいです。手に入らないものの情報なんか聞きたくないです。あー。じゃ、寝ようぜ! 寝よ、寝よ。夜なんて特に楽しみもねーし。俺疲れたし」
「おい、待て。夜の間に距離を稼ぐって、俺昨日お前に話したよな?」
「えっ、寝るの? 今? 君時間に対する焦りがなさすぎじゃない?」
【ゆとり! ゆとりってば! うおおおお本当に寝た――――⁉︎】
三者三様に何やら喧々諤々騒いではいたが、俺は気にせずそのまま寝る体勢に入った。
あのなみんな。忘れてるかもしれないけど、俺、へたれでもやしでゆとりなんだ……。一日中走ったり緊張したり大声出したら疲れるんだわ……。て、ことでおやすみな……。
そこで、意識が途絶えた。




