29.何者。
「感応能力とは、精神感応能力と共感能力の合わせ技みたいな能力のことだ」
地平線に夜の輝きを見る時刻。ようやく腰を落ち着けた場所で、出し抜けに焔が説明を始めた。
隠れて、逃げて、また追っかけられて。ドベを見送った俺達は右往左往しながら軌道修正を繰り返し、一日がかりで死出の山の麓にたどり着いた。
ここから先は、新たな難関が待ち受けるステージだという。
いやもう! そんな気力も体力もねーから! と休養を断固主張した俺のわがままが通ったところである。
「具体的には他人の精神に強く干渉していく能力のことで、人によっては相手の体験を追体験したり、思っていることを自分のことのように感じ取ったりもするらしい」
「えーっと、ちょっと待って。それ俺の話?」
何が始まったんだ、と呆気にとられたせいで出遅れた。
俺の問いに、焔がじろりと睨みを返す。
「他に誰が?」
話の腰を折るな、と言わんばかりの声に俺、黙る。
アニは興味があるのか無いのか、知らぬ顔で反応しない。
「お前の場合、夢という形であの鬼の生前を追体験したようだが、感応能力の主たる働きは別にある。意図した相手の精神に強く干渉することだ。すなわち、他人の内面に直接影響を与えることができる」
「はあ……。え、何? じゃあ俺の思うように相手を動かせるってこと?」
そこまではどうだろう、と焔が首をかしげた。
「俺も話に聞いたことがあるだけで、実際に見るのは初めてだからよく分からない。徳のバカ高い僧侶の中にたまに使える奴がいるとも聞くが、輪廻転生の理から外れた魂を昇華させるような事例は知らない。――お前、一体何者なんだ」
訝しむような眼差しを向けられて、困る。何、と聞かれて答えられるような知識を俺は持ち合わせていなかった。
「何者っていうなら君の方じゃないのか」
うーん、と答えに窮する俺の代わりに切り返したのはアニだ。
聞いていないようで、その実しっかり話を聞いていたらしい。
探るような瞳で焔を見て、アニが言う。
「不自然すぎるんだよ、君。まだ一つ目の法廷にもたどり着いていないうちからあまりにも多くのことを知っているし、第一強すぎる」
【あー、それには俺も同意―】
思い出したように脳内に閃く文字もまた、話に参加していたようだ。
アニが指摘する違和感について、しかし俺にはイマイチ理解ができなかった。
「別に強くてもいいだろ。何がいけないんだよ」
はてなをいっぱい浮かべる俺に向かって、アニが簡単に噛み砕く。
「この世界で強いってのは、いかに精神が姿を支配できているか、ということなんだ。ここは現世じゃない。そういうものだ、と信じることさえできれば実に多くのことが可能な場所だ。姿、形、健康、可動領域さえ、思い込みによって変えることができる。だけど死んだばかりの俺たちは生前の常識が抑止力になっているからな。なんでも思うようにはできない。例えば君のその体力のないのだって、生前の記憶に引っ張られた思い込みだ」
「ええ。えー……? そうかなぁ」
全然そんな感じしないけど。
納得のいかない俺の脳内で文字が補足した。
【死んだばかりの魂は姿に精神が支配されている状態なんだ。できるわけないっていう拘りが枷になってるんだよ。でもそれは普通のことだ】
文字の言葉をなぞるように、アニが続ける。
「死んですぐは姿に精神が支配されている。なのにこいつは普通の人間の常識では考えられないような動きや力を出せるだろ。それは精神が姿を支配しているからだ。意図的に能力を高められている証拠だ。だから強い。だけど精神が姿を支配できるようになるには、長い時間がかかるって聞いてる。もしくは強い思いがそうさせるって」
「じゃあ、強い思いってことで解決じゃん。すっげー強い俺! って思い込めたらいいんだろ」
【だ・か・ら! 死んだばっかりのやつは常識に縛られてるって言っただろ! 今!】
脳内で文字が激しく突っ込む。それよりいくらか親切な口調で、アニが解説した。
「それにしてはこの世界に順応しすぎた強さだろ。どういう体の動きが戦闘向きか分かって強化していないと、あんな風に要領よく鬼は倒せないよ」
それに、と再びアニが焔に目を向ける。
「その刀も死者が持たされる懐剣とは様子が違いすぎる。知識、強さ、装備。妙なことが多すぎる。君は、何だ」