27.俺のチート力。
俺には兄弟がいなかったから、弟の気持ちってのは分からない。
あんな風に蔑まれても、慕って追いかけていく気持ちも理解できない。
だけどあの夢がドベの記憶で、感じた心の動きがドベのものなら、あいつがどれだけ兄を求めていたのかは、分かる。
憧れて、誇りで、振り向いて欲しくて。追いかけて、追いかけて、そして待った。
だから。
他の人じゃだめなんだ。あんちゃんじゃないと意味がない。
あんちゃんの瞳に写り込んで、あんちゃんに「見ぃつけた」って笑ってもらわないと、ドベの隠れ鬼は終わらないのだ。
「完全に見失ったなあ」
腰に手を当てて、アニが途方に暮れる。
何だかんだと話をしている間にドベは視界から消えていて、俺たちは追跡に苦労を強いられていた。
ドベが走って行ったのは死出の山とは逆方向の荒野だ。
基本的には見通しの良い平野なので、あの巨体を隠すとしたら地面の裂け目を利用するか、所々巨立する岩陰に入るしかない。
問題はどこを目指すにしてもそれなりに距離があるということだった。
行ってみて違ったらまた違う場所へ、というのは、時間的にも体力的にもかなりのロスになる。とりあえずドベを最後に見た場所までやって来たものの、ここから先どこに向かって進めばいいのか判断の難しいところだった。
「当てはあるのか、ゆとり」
あたりを見回していた焔が問う。
首を振って、俺は答えた。
「ない。ないけど分かる。たぶん、分かる」
確信にも似た思いは、ドベと記憶を共有したからだ。
あんちゃんのみつけられるとこ。そう言ってあんちゃんの遊び場に隠れたドベ。見つけて欲しいと願う子どもの隠れる場所が、奇想天外であるはずがなかった。
どこだ。どこにいる。
分かるはずだ、と俺は自分に言い聞かせる。
俺はドベで。俺はあんちゃんだ。
――あんちゃん。
ふと、天啓のように、その声が耳に届いた気がした。
「ゆとり」
ふらりと歩き出した俺に焔が尋ねるような声を上げる。
「こっちだ」
答えながら、俺は歩調を早めた。
まるで磁石に引き寄せられるように、どこに行けばいいのか分かる。ドベがどこを歩いたのか、軌跡を目で追えるようだった。
「文字っ、お前、聞こえた?」
ほとんど駆け出しながら、俺は文字に尋ねる。
【何が⁉︎ 何なの⁉︎ 聞こえるって何――――っ⁉︎】
動揺する文字の様子から、ドベの声を聞いているのが俺だけであることを悟った。
足場の悪い荒地をドベの気配を頼りに駆け抜ける。まっすぐまっすぐ走った先で、ひときわ大きな岩山の陰から見慣れた赤い背中がはみ出しているのを見つけた。
【うわ、ほんとにいたよ……】
息を切らせつつ、少し離れた位置で足を止める。
大きな体を小さく丸めて隠れている(つもりの)ドベは、こちらに気づいていない様子で、膝を抱えながら楽しそうに体を揺らしていた。
子どもがわくわくと楽しみを待つようなその姿に、俺はふいに泣きたくなった。
来ないかもしれない、とドベは思わない。きっと来る、と何度でも信じる。
追い払われた時も。海に呑まれた時も。ドベは一貫して、あんちゃんが見つけに来ると思っていた。あんちゃんなら、自分を見つけられる、と。
「感応能力か」
追いついた焔がぽろりとこぼす。アニは離れた場所からこちらを伺っていた。
【えっ。嘘でしょ。感応能力って徳のバカ高い僧侶とかがたまに使えちゃうチート力だよ? それをゆとりが? ないないないない。そんなはずが】
すぐさま反応したのは文字だ。
何やらあわあわと騒ぎ出すが、そんなことは今、どうでもいい。