25.俺の番だ!
黄金色の大きな猫目が俺をじっと見つめる。
「斬らないでくれ!」
隙を突いて動き出そうとする焔の細い腕を捕まえて、必死に焔を押しとどめる。
訝しそうにこちらを見上げる焔の視線を感じながら、俺は俺を見る赤鬼を見据えた。
小さくない。遅いが言葉もいくらか話す。人間じゃないし、そもそも子どもかどうかも分からない。だけど、だけど!
「お前、ドベか!」
俺の呼びかけに金色の瞳がぱああ、と輝いた。
ああ、やっぱり。やっぱりそうなんだ。
俺が夢に見たドベはこいつだ。あれはドベの記憶なんだ。こいつが俺に拘るのは、俺が「あんちゃん」に似てるから。執拗に追いかけて来るのは、隠れ鬼の続きをするためだ――。
確信が胸を締め付ける。途端に、海に呑み込まれた時の恐怖が全身に蘇った。
目を剥いたのは昨晩のうちに夢の内容を話して聞かせていた、焔だ。
「おい。それはお前の夢だったはずだ」
「そうだ。夢だ」
寂しくて悲しい、子どもの夢だ。そして。
「あいつの記憶だ」
どういう仕組みか知らないが、俺はあの赤鬼の生前の記憶を夢に見たのだ。
それはもう、確信を超えた既知だった。
「囚われるな。お前はお前自身の作った想像に呑まれているだけだ」
焔が力任せに腕を引こうとする。振り払われないようにぎゅう、とその手を掴んで、俺は首を振った。
「そうかもしれない。その方が筋が通る。そんなこと俺にだって分かってるよ!」
それでも俺は、自分の中にある情動を抑えられないのだ。
【何⁉︎ 何⁉︎ 何の話――――――っ⁉︎】
状況が分からずにパニックになる文字と、半身が逃げたままこちらの様子を伺うアニ。
黒曜石のように美しい焔の瞳を覗き込んで、俺は懇願した。
「頼むよ、焔。確かめたいんだ。確かめるだけだ。協力してくれ」
君にしか頼めない、と押すと、焔がどこか悔しそうな顔で視線を逸らした。
しばしこちらを眺めていた赤鬼が、ぐうう、と腕を上げてこちらに手を伸ばす。ぶっとい指先に生えた鋭い爪が俺を狙っていた。
「どうすればいい」
観念したらしい焔が早口で問う。ものすごく不本意そうだが、結局承諾してくれるあたり、人が好い。
「お前いい奴だなぁ」
「いいから早く! 事によってはお前ごとあいつを叩き斬るぞ!」
本気で怒った焔に、俺は手早くやってもらいたいことを耳打ちした。
「正気か」
耳を疑うような顔をした焔を後方に突き飛ばす。鬼の爪がすぐそばに迫っていた。
「ゆとり!」
「この、アホ!」
【お願い俺にも説明してえええええええ!】
三者三様の叫びを聞きながら、俺は赤鬼に向かって体を晒した。
お前がドベなら。ドベなら来い!
「文字っ! 死んだらごめん!」
【いいいいいやああああああああああっ(泣)‼︎】
鬼の爪先が風を切って俺に近づく。恐怖に瞑ってしまいそうな目を懸命に見開いて、俺はその時を待った。
ふと、ためらうように速度が落ちたのは気のせいだったろうか。
覚悟した衝撃を体に受ける直前、首根っこを強く引っ張られた。
「んぎゃ!」
悲鳴を上げた俺の体の前を、ぶうん、と唸りを上げて鬼の手が空ぶった。
――俺が合図したら体を引っ張って鬼の手から躱してくれ。
ただし合図するまでは動かないで、と。そう言い含めたのに。
早すぎだよ、焔。
「うちあわせとちがう……」
俺を後方に引き倒した焔に不満を垂れるも、真っ青な顔でこちらを見下ろす姿に口をつぐむ。間接的に怖い思いをさせてしまったようだ。
「え……何? 根性試し? 命知らず?」
おののくアニに苦笑を返して、俺は強かに打った腰をさすりつつ起き上がった。
大きな体の赤鬼が俺を探してうろたえている。一度視界から消えてしまった獲物は一定時間視認できなくなると聞いたが、はたして。
「ドベえええええっ!」
大声で呼ぶと、赤鬼が反応した。
【はあああああああ⁉︎ 何っ⁉︎ 馬鹿なの⁉︎ 馬鹿! もうお前馬鹿決定!】
「何やってんだゆとり! 呼ぶな! アホか!」
すかさず突っ込む文字とアニ。焔は憔悴しきっているのか、声もなく俺を見ていた。
きょろきょろと辺りを見回す赤鬼が俺を見つけられずに戸惑っている。やはり一度俺を見失ってしまったのだ。
泣き出しそうな顔でおろおろしている鬼に向かって俺は再度声を張り上げた。
「俺のっ、番だああああ!」
はっとして、赤鬼が固まる。
「百、数えるぞおおおおっ!」
いーち、にーい、とカウントし始めると、きゃーっ、と慌てて、赤鬼が背中を向ける。
どすん、どすん、と逃げ出して、そのまま遠くへ。遠くへと離れていった。