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宴-en- 〜閻魔美少年と行く冥界世直し珍道中〜  作者: 風島ゆう
死を儚んではならない。
24/31

24.体の張りどころ




「ゆとり! 早く!」


「遅れるなゆとりっ!」


【馬鹿! アホ! ノロマ! ゆとりっ!】


「それ、はっ、悪口……っ!」


 翌朝。九時五時勤務だという鬼達はまさに時間ぴったりにそこここに現れて、俺たちを追い回しにかかった。


 昨日とは異なりできるだけ身を隠しやすい場所を選んで進んでいた俺たちだが、身を隠しやすい=歩きにくいことこの上なく、俺はただでさえ遅い足取りを更にもたつかせていた。


 何度も言うようだが俺はもやしでヘタレだ。つまり前日の筋肉疲労が半端なく、全身筋肉痛な上、なんなら昨日負傷した額もまだ痛い!


「ゆとり!」


 ひいひい言いながら懸命に岩場を登る俺に、先に登ったアニが手を伸ばす。

 がっちり腕を掴みながら、この構図、どっかで見たことあるぞと俺は既視感を覚えた。


 何だっけなコレ。見たことあるぞ。確か古いCMで……そう、そう。


「ファイットおおおおおお!」


「アホか」


 吐き捨てて焔が背後に迫る鬼に向かって飛び出す。


「あっ!」


 またあいつは!


 思わず振り返ろうとした俺をアニが厳しく叱咤した。


「こっちに集中しろ、ゆとり! 早く上がれ!」


 見えない背中で、ぎゃあ、とか、ぐう、とか悲鳴が聞こえる。


 結局俺が引き上げられる間に、焔は一人で向かってきていた鬼達を叩き潰してしまっていた。


「おま……っ、おま、え! ちょっとそこ、座れっ」


 ぜえ、はあ、と肩で息をしながら、俺は息も乱さず上がってきた焔に指差した。


「何だ。休憩するにはまだ早いぞ」


「そうじゃねえっ」


 ちっとも言うことを聞かない道連れに向かって、俺は吹き出す汗をそのままに訴えた。


「あのな、助けてくれるのはありがたいんだけどな。いやありがとう、それはほんとに! でもな、毎回毎回一人で飛び出して行くのやめてくれ。体当たりすぎだろ、お前」


 焔の綺麗な顔が、不可解、と言いたげに小さく歪んだ。

 ついでに言えばアニも、意味不明、と眉をひそめている。


「……つまり助けるな、と。そういう意味か」


「ち、が、うっ! お前、なんか不必要に体張るとこあるだろ。戦い方が自暴自棄で怖いんだよ」


 飛び出して行くのに躊躇しないのは死んでもいいと思っているからだ。

 何度か焔の戦いぶりを見ていて、俺はそう思うようになっていた。


 引けば良い場所でも引かない。追い込まなくて良い場所まで追い込む。守るべき対象から離れれば離れるほど、焔の戦い方は自己を顧みないものになっていた。


「心配するだろって意味だよ」


 守られてる俺が言うのも何だけどな。


 自分の不甲斐なさにため息をつきつつ言うと、焔が心の底から驚いたような顔をした。


【どの口が言うかなー】


「お前が言うかぁ」


 文字の言葉とアニの声が重なる。


「俺だって守ってもらえなきゃ死んじゃうくらい弱いのは分かってるよ。感謝してるって。ありがとう」


【いやいや】


「そうじゃなくてな」


 文字とアニが揃って否定の声を上げる。意味がわからなくて俺は首を傾げた。


【はー。寝て起きたらお人好しが更にお人好しになってて困るー。見境なくて怖いー】


 つらつらと文字列を流す文字は、昨晩起きたことを知らない。


 朝の挨拶を交わした際、そう言えば夜はずいぶん静かだったな、と言ったところ【当たり前だろ、俺だって疲れたら寝るし、眠くなったら寝るし、用がなかったら寝るよ】と返された。


 文字によると、分岐の仕事は選択肢の提示と記録が主で、溜めた記録は定期的に睡眠、という形で『浄玻璃』というデータバンクのようなものに送っているのだという。


 浄玻璃にはあらゆる死者の生前、死後の記録が詰まっているそうで、このデータを映像化して映し出すのが『浄玻璃の鏡』なのだそうだ。

 鏡は閻魔大王が持っていて、だから彼の前で嘘をついてもすぐにバレてしまうらしい。


 寝るのだって仕事なんだぞ、というのが文字の言い分だ。


 更に言えば思考を共有しているわけではないので、俺が考えていることや見た夢までは知りようがないらしい。


 言われてみれば、文字との会話は俺が声で反応しないと成立しなかった。これは俺の思いがダイレクトに文字に伝わっていないことを示している。

 ぎりぎりのラインでプライバシーを守られているようで、何だか不思議な感じがした。


「ゆとりだって人のこと言えないくらい体を張ったお人好しだと思うけどね」


 文字とよく似た言葉を使って、アニが肩を竦める。

 何言ってるんだ、と反応しかけたところで、地鳴りのような音が耳に響いた。


「み つ け た」


【ぎゃああああああああ! またか――――――っ!】


 岩陰からにょっきり顔を出したのは見覚えのある赤い顔。

 アニが素早く逃げの体勢に入り、焔が抜けない刀を握り直した。


「来たな」


 来ると思ってはいたが、実際目の前にするとやっぱり怖い!


 冷や汗をかきつつ、震えそうになる足腰を俺は気合いで奮い立たせた。


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