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2.最初の選択肢

 文字だ。それも活字文字だ!


 見たこともないぐにゃぐにゃ文字や、アラビアンな香りのする不思議文字。

 ニュース速報のように次から次へと流れていく文字列は、字体こそ異なるものの、それぞれ活字特有の統一感があった。


 慣れ親しんだデジタルとの邂逅を喜びつつ、読めもしない文字を必死で追う。

 他に何も認識できない暗闇の中で、それはまるで一縷の光のようだった。


 何かの暗号としか思えないハングル文字。漢字ばかりの中国語。そして幾らか見知った英語を見るに至ってようやく、俺はそれらが同一の文章を異なる言語で伝えているのだということを察した。

 そして、


【あなたは日本人ですか?】


 キタ――――――! ニ、ホ、ン、ゴ!!


「そう! そうです!」


 待ちに待った懐かしの言語に思わず叫ぶと、流れ続けていた文字列がピタリと止まる。

 一瞬の暗転。

 そして再び目の前に日本語だけが現れた。


【あなたは日本人ですか?】

【YES】

【NO】


「いやそこは英語なのかよ」


 選択肢の表記に思わず突っ込む。すると即座に画面が切り替わり、新しい文字が浮かび上がった。


【あなたは日本人ですか?】

【はい】

【いいえ】


「訂正されたよ⁉︎」


 音声反応というより、誰かがこちらの様子を見ながら切り返しているような対応だ。

 もしや近くに人が! とあたりを見回すが、やはり何者かが潜んでいる気配はない。


 考えすぎだろうか。それとも……。


【あなたは日本人ですか?】


「え、と。はい」


 しつこいほどくっきりと映し出される静止文字に答える。

 再び文字が変化した。


【あなたの信仰してる宗教は何ですか】

【神道】

【仏教】

【キリスト教】

【イスラム教】

【その他】


「え、しゅうきょう……?」


 シューキョー。


 馴染みのない言葉に首をひねる。

 生まれてこの方二十三年。神様とやらを意識したことは一度もない。


 多くの日本人がそうであるように、盆暮れ正月やクリスマスなど見境なくイベント化されたお祭り騒ぎには便乗するが、だからといってアイデンティティの構成に神や神の教えは介在していないのだ。


「日本人……だから神道? いやでもばあちゃんちに仏壇あったな。線香立ててたし。あれ仏教か」


 無宗教という選択肢はないのかと思いつつ、まあ盆に迎え火やら送り火やらそれっぽい儀式もやったしな、と俺は安易に答えを出した。


「じゃあ、ブッキョウで」


 俺の返答を聞くや否や、パパパッと画面が切り替わる。


【その仏教は……】

【華厳宗】

【真言宗】

【天台宗】

【日蓮宗】

【浄土宗】

【浄土真宗】

【曹洞宗】

【臨済しゅ_】


「わ――――⁉︎ 待った、待った! ストップ、ストップ!」


 退くほど並べられた選択肢に、俺は思わず悲鳴を上げた。


 これは多分宗派ってやつだと思うがちょっと待て。


 実際のところ盆も彼岸も区別できないような無作法者なので、そんな玄人みたいな質問されても困る。すごく困る。


 何をどう説明して良いか分からずうんうん唸っていると、何やらだいぶ砕けた調子で文字が尋ねた。


【仏教徒じゃ、ないの?】


「いやー、分かんないすね。うちじゃ何かを信仰していたような生活習慣はなかったし、ばあちゃんちに仏壇があったからそうなのかなって思っただけで。何とか宗? とかも知らないし」


 正直に答えると、ふーん、と言いたげな間を空けてから文字が閃いた。


【なら宗教の選択は仏教じゃなくてその他。ニワカ仏教ね】


「ニワカ仏教」


 やたらと俗っぽいカテゴリ名が不安感を煽る。


 大丈夫なのかそれ。新興宗教か何かか。


 訝る俺に気安い口調で文字が説明した。


【まーアレだ。無宗教の日本人の大半が、死ぬと突然仏式で葬式するじゃん。戒名とかつけちゃうじゃん。アレアレ。多くの人が仏教ってこんなもんかなーって思ってる、ステレオタイプ的な。それがニワカ仏教】


「なんか突然めっちゃ饒舌っすね。つかあんた誰っすか。どこにいるの?」


 ふと、暗闇が訪れる。文字が途切れたのだ。


【――ワタシハサイショノセンタクシ。キミノジョウホウヲトウロクシテイルヨ】


 再び表示された文字列はわざとらしいカタカナ表記で、どうやら無人格を演出しているようだが、


「いやいやいや無理があるだろ。今更そんな機会っぽい雰囲気出してもダメだから。ちょっと親切なお調子者キャラだだ漏れだから」


【ちょっと親切な……?】


 またもや妙な間が生まれ、暗がりの中で文字が押し黙る。


 え、何。何だこの変な空気。


 思わず身構えると、次の瞬間、怒涛のように文字が闇に煌きまくった。


【ややややだなあ! 親切とかっ! 親切とかっ! シンセツとかっ‼︎ 何だそれなジョーキョーですよ実際! そんなんじゃねーですよおおおお! もうホント! ぜんっぜん! そーゆーんじゃねーですってええええ♪】


「分かった! 分かったから落ち着け! 落ち着けって! な⁉︎」


 もう間違いなく盛大に照れている文字の浮かれきった謙遜に、ビビる俺。


 反応が過剰すぎやしないか。そしてお調子者って言葉は丸無視か。


 機嫌を良くした様子の文字が、バチバチと軽快に活字を打ち出した。


【ニイさんこそ男前♪ 死んじゃったなんてもったいないね】


「ん?」


 え?


「えええええええええええ⁉︎」









 俺、死んだの…………?


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