17.輪廻から外れたものたち
刀を帯に差しながら焔が言う。
「獄卒も、獄丁も、役人も。王でさえ、もとを正せば輪廻できない魂だ。徳に応じて役職は変わるが、皆同じように、魂に晴らすことのできない拘りを抱えている」
「文字もそうなのかな」
自分の仕事を業だと言った文字の言葉を思い出して、呟く。
「文字?」
怪訝そうな顔で眉をひそめる焔に、やばい、やばい、と言葉を濁していると、脳裏に文字が閃いた。
【そうだよ。おれも輪廻できない、みそっかすだ】
みそっかすなんて言うなよ。
「みそっかすなんて言うなよ。――あ」
しまった。声に出た。
やっちゃったなー、と思いつつ、でもこれだけは譲れないぞ、と俺は焔に構わず文字に訴えた。
「あのな。ここがどこかもわかんなくて、死んじゃったことにも気づかなくて。真っ暗でスマホもなくて心細かった俺にとって、お前はたった一つの光だったし慰めだったんだぞ。それをみそっかすだなんて、そんな風に言うな」
俺の言葉に、【ううう】と文字が呻く。
一拍おいて、どでかい文字列が脳内に流れ混んだ。
【うわああああああん! 何ソレ泣かす――! ゆとりってばすっごいいい奴――! 知ってたけど――っ!】
「うるさ……っ、フォントがうるさいっ!」
わんわん泣いてる(?)文字に慌てる俺。
ちょっと落ち着け! とばたつく俺に、様子を伺っていたらしい焔が近づいた。
「ずいぶんおしゃべりな分岐がついているようだな」
【ひぇ……っ】
覗き込むように俺を見上げた焔を見て文字が怯える。
【こ、怖……っ! なんか怖! こいつヤダ!】
「ヤダってお前」
俺の反応から文字の発言を察したのか、焔が眉間の皺を深く刻むと見えているはずのない文字に向かって苦言を呈した。
「おい分岐。死者と親しく会話するなんて、お前業を逸脱しすぎだろう。こいつはお前の観測対象であって、友達じゃないんだぞ」
【――ぐさっ】
明らかに事情通の焔に釘を刺されて、文字が凹む。
見かねて俺は声を上げた。
「ちょっと待ってくれ。文字は友達だ。何にも知らなかった俺がここまで来れたのも、暗闇の中で寂しくなかったのも、一人じゃないって思えたからだ。だから」
【ゆとりいいいいい(泣)】
「お前タイミング……っ。空気読め。ああもう、いいこと言ってたのに台無し」
まぬけな呼称に言葉を奪われて、俺は額に手を置いた。
しかも(泣)ってなんだよ。どこで覚えたよ、それ。
俺の不満など御構い無しで、文字がゆとり、ゆとり、と繰り返す。
まあいいか。こいつが不要に傷つくことから回避できたなら。
「お前は……妙だな」
つくづく解せない、といった風に眉をひそめて焔が呟いた。
「妙って何だよ」
明け透けな物言いに体が傾ぐ。俺のツッコミには答えずに、縁がまっすぐに俺を見据えた。
「お前、さっき何故逃げなかった?」
「え?」
どのさっき?
間抜けな顔で呆けていると、焔が言葉を足した。
「さっき。俺が鬼と対峙した時だ。正直言ってお前が戦力になるような場面じゃなかったし、お前にも勝算はなかっただろう。なのに何故、逃げずに俺に加勢した?」
「何故って」
ふと、鬼に押し込まれそうになっている焔に手を貸した時のことを思い出す。
そういえばあの時、こいつはひどく不思議そうな顔をして俺を見上げていたな。
「……いや。そんなの当たり前だろ。お前を見捨てて一人でなんて逃げられないよ。そもそも俺を助けに戻ってきてくれたんだろうし」
「俺とお前とじゃ戦闘力が違うだろう」
「関係ないよ。いや、関係あるのか? あれ? 俺もしかして足手まといだったって怒られてる?」
だとしたらごめん、と謝ると、やっぱりちょっと不可解そうな顔をして、焔が肩で息をついた。
「別にそういう意味じゃない」
首を振って歩き出す。
意味が分からないまま、俺は焔の背中を追って当初の目的地であった岩場に向かった。