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宴-en- 〜閻魔美少年と行く冥界世直し珍道中〜  作者: 風島ゆう
死を儚んではならない。
15/31

15.人参とピーマンと決死の十秒




 水平線を照らす光がどことなく青みがかってきた頃。俺は本日三度目の鬼の襲撃を受けていた。


「走れっ!」


「ゆとり! 遅れないで!」


「ぎゃああああああ!」


【ぎゃああああああ!】


 焔に叱咤され、アニに先導されながら、全身全霊で荒野を走り抜ける。


 後方からは最初に出会った鬼よりもずいぶん小柄な(といっても二メートルはある)鬼が二匹。


 えんじ色の肌に二本角の鬼と、緑色の肌に一本角の鬼が、お決まりのもじゃ毛&トラ柄パンツ姿で嬉々として俺たちに迫っていた。


 リーチで負けているアニはともかく、俺より身長の低い焔に足で負けるとはなんたる屈辱……っ! なんて思わないっ。俺は! 足が! 遅い!


「頑張れ! あの隆起しているポイントまで行けば撒けるから!」


 瀕死の形相で走る俺にアニが示すのは、一キロほど向こうに見える岩場だ。

 薄い岩が何枚も折り重なっているように見える岩場で、タービダイトに似ていた。


 鬼は体の大きさが足の速さに関係しているのか、最初の鬼より機敏に見える。

 呼吸する度喉がひりつくほど走っているのに、俺は鬼を全然引き離せずにいた。


【早く早く早く早く早く早く早く‼︎】


「分かって、るって……おぇ」


【えづいている場合か――! 走れえええええ!】


 前方の二人との距離が徐々に開いていく。

 焦る俺の視界に、ふと別方向から走ってくる人影が映り込んだ。


「えっ、ばあちゃん⁉︎」


 小さな体躯でもたもた走る姿初老の女性に一瞬ばあちゃんを重ねて俺は目を剥いた。


 白い髪。しわくちゃの顔。あ、でもよく見たら別人だわ。


 ばあちゃんが冥界にお迎えされたわけではないと知ってほっと胸をなでおろす。


 できればばあちゃんには長生きしてほしい。こんな所で感動の再会、なんて切なすぎてごめんだった。


 必死に走るご老体(ばあちゃん似)の視線の先には、岩陰に隠れるようにして「早く、早く」と手招きする数名の男女の姿。

 鬼に追われているわけではなく、俺と同じく仲間となった彼らのもとへ急いでいるようだ。


 やばいな。


 状況を把握して、俺は冷や汗をかいた。

 何がまずいって、このまま行くと俺達の進行方向にご老体(ばあちゃん似)が近づいてきてしまうのだ。

 しかも多分、俺達の方が先に岩場にたどり着く。そうなったら目標を見失った鬼の射程に入るのはご老体(ばあちゃん似)ではないのか。


 どうする。どうする。


 走りながら、俺は懸命に考えた。


 一番いいのは、俺が一番最後に岩場にたどり着くことだろう。


 鬼は視界から消えた対象はそれ以上探し出したりしないと聞いたから、岩陰に隠れられさえすればきっとみんな助かる。


 そしてこの場合、岩陰に隠れるまでももたつきそうなご老体(ばあちゃん似)よりも、例え鈍くて軟弱でも、ぴちぴち二十代の俺の方が最終局面で逃げ切れる可能性が高かった。


 考えつつ、俺は目算で距離と速度からそれぞれが岩場に到達する時間をはじき出した。


 十秒! 十秒だ! 十秒鬼を引きつけて、それから進行方向をご老体(ばあちゃん似)から離れるように走れば俺が一番最後に岩場にたどり着ける。


 逃走距離は長くなるが、引きつける時間だけではご老体(ばあちゃん似)を逃すことはでそうにない。


「よし! 頑張れ俺――――っ!」


 気合いを入れると、俺は渾身の勇気を振り絞って足を止めた。


【えっ⁉︎】


「ゆとり!」


 気づいたアニが真っ青な顔で俺を呼ぶ。焔も怖い顔でこちらを振り返った。


「先に行ってくれ!」


 前方の二人に向かって短く叫ぶと、俺は後方の鬼と対峙した。


【ぎゃああああああ! 何やってんだゆとりいいいいいい!】


 案の定、文字が悲鳴をあげて高速長文の抗議を始める。


 分かってる! 馬鹿なことだって俺も思う! でも今はちょっと黙ってくれ!


 十、九、八、と頭の中でカウントする。汗が噴き出して止まらないのに、体は冷えて足が震えた。


 えんじは人参! 緑はピーマン! あれは鬼じゃなくて野菜!!


 スリラー映画のようにどんどん近づいてくる二匹の鬼への恐怖を無理めな思い込みでなんとかねじ伏せ、俺はきっかり十秒数え切った。


「うわああああ! こえええええ! 頑張った俺えええ!」


 後方五メートルほどまで追い上げてきた鬼達に背を向けて、よし逃げるぞ! と走り出した――ところで。


「うぎゃ」


 ずしゃ、とその場に転げて、俺は自分に絶望した。


 こういうといこ! こういうとこだよ、俺!


 速度計算はできるが自分の体の限界が読みきれない。そういう詰めの甘い男が、俺なのだ。


【ば……馬鹿あああああ! 馬鹿! 馬鹿! 馬鹿‼︎】


 文字に罵倒されながら、疲労でもたつく体を必死に起こす。立ち上がろうとしたところで、ウッキウキの表情で俺に飛びかかる人参とピーマンの姿が見えた。


 ――終わった。


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