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宴-en- 〜閻魔美少年と行く冥界世直し珍道中〜  作者: 風島ゆう
死を儚んではならない。
14/31

14.名前は魂を縛る最初の呪

 名前を聞かれたのだと分かって、俺は答える。


「俺は――だよ。――。あれ?」


 当然のごとく出てくるはずの音が発音できない。……違う。名乗るべき名前が分からないのだ。


「え、ちょっと待って。ええと、おかしいな」


 名前が出てこないなんて、そんなはずない。

 落ち着け、落ち着け、と自分をなだめつつ、俺は必死に記憶を辿った。


 俺には両親がいて、ばあちゃんがいて。母の名前は静美。口うるさくて全然静かじゃない静美だ。

 父は俊夫。兄である叔父と年子で生まれたので「歳男」でいいだろ、と父であるじいちゃんが適当に名付けた名前を、音だけ残してばあちゃんがいい感じに漢字を当てたらしい。父方の両親は、随分前に二人とも亡くなっている。

 ばあちゃんは、ミツコ。確か、光子って書いたはずだ。

 俺の名前は、この光子ばあちゃんがつけてくれたもので、だから、だから……。


「落ち着け」


 肩に控えめな体温が乗るのを感じて、俺は顔を上げた。

 見ると焔が俺の肩に片手を添えて、低い位置から俺を覗き込んでいる。

 どっと汗が吹き出すような不安を抱えて、俺は縋るように目の前の少年を見つめた。


「何もおかしいことはない。魂はまず、死ぬと一番初めに自分を縛る名前から解放されるんだ。六道に生まれ変わる前に、一度魂をまっさらにするためだ。お前が名前を思い出せないのは、お前を象る一番最初のものが外れたからで、悪いことじゃない」


「で、でも、焔もアニも名前を覚えてただろ」


 俺の問いに、背後のアニが答える。


「俺も名前は覚えていなかったよ。アニっていうのは君が聞いたから、とっさに考えた名前だ」


 アニの言葉に焔も頷く。

 思わぬ告白に、俺は二人を見比べた。


 名前は魂を縛る一番最初のもの。忘れてしまうのはその縛りから解放されること。


 だけど。そうだとしても。


「……大事なものだったはずだ」


 ばあちゃんのしわくちゃの顔が脳裏に過る。お前の名前は私がつけたんだよ、と教えてもらった時の嬉しそうな目尻を思い出す。


 ばあちゃん、ごめんね。ばあちゃんがつけてくれた大事な名前、俺どこかに落っことしてきちゃったみたいだ。


 悲しくなって俯いた俺に、「そうだな」と軽く同意して、焔が励ますように軽く俺の肩を叩いて離れた。


【そんなしょんぼりすんなよー。元気出しなって。名前なんか別に必要ないだろ。どうしても欲しいなら自分でつけたらいいしさ】


「名前が欲しいなら自分でつければいいよ」


 文字と同じタイミングで、アニが俺に提案する。


「道連れなのに君を呼べないのは確かに不便だし、なんなら今考えよう」


【そうだ、そうだ。名前つけよう!】


 え。名前ってそんな簡単につけたり外したりするものだっけ。

 戸惑いつつも俺は頭を巡らせた。


「そんなこといっても、急につけたい名前なんて思いつかないしなぁ」


 むむ、と悩む俺に向かって、便宜上のものでいいんだよ、とアニが笑う。


「とりあえず他の人と区別できればいいんだから。ヘタレ、とか、軟弱、とか、もやし、とか、何でもありだよ」


「おいコラ! どさくさに紛れてディスってるな、それ!」


「危機感ゼロ、やる気ゼロ、忍耐ゼロ」


「焔もやめろっ! 泣くぞ、俺」


【ゆとり、とかでもいーんじゃない。ゆとり世代ど真ん中の典型的なゆとり人種】


「ゆとり人種ってあのなあ」


 あ、やばい。

 流れでつい声に出して突っ込んでしまったが、文字の言葉は他の二人には見えないんだった。

 慌てて口を噤むが時すでに遅し。俺を挟んで二人分の視線が突き刺さっていた。


「あー……えっと」


 何と言って誤魔化そうかと頭を掻いていると、アニが「そうか!」と手を打った。


「君、ゆとり世代か! どうりでなかなか覇気がない!」


「な、何だよ! 確かにゆとり世代だけど! 関係ないだろ世代は!」


【いーや。おれ聞いたことあるもん。ゆとり世代の死者は道中導くの大変だって。すぐへこたれるし諦めるし傷つきやすいって。競争心とやる気に乏しくて励ましがいがないのに気を使うって】


 俺が言い返せないのをいいことに言いたい放題の文字。くそー、覚えてろよ。


「ゆとりを一括りにするなよ。がんばってるやつだっているだろー」


「がんばってないやつに言われてもねぇ」


「ぐ……!」


 ぐうの音も出ないとはこのことだ。


 世代で言うならアニだって焔だって同じようなものだろうに、何だって俺ばっかり虐げられるのだ。いやでも片や世界に順応し、片やめちゃくそ強くて戦える、となれば言い返す言葉はない。


 立ち止まって話し込む形になっていた俺とアニを促すように、焔がこちらを振り返った。


「話は済んだか。それじゃさくさく行くぞ、ゆとり」


「頑張って歩こうね、ゆとり」


【そうだぞ、ゆとり】


「うううう」


 すっかり「ゆとり」が定着した一行の中で、俺は肩を落としながらとぼとぼ歩き出した。


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