13.イレギュラー
「うわ。あれが死出の山かー」
道連れを増やしてから、歩き続けることしばらく。遠目からでも険しさが尋常でない岩山が見えてきて、俺のテンションはだだ下がりした。
歩き始めたばかりの頃は方向も分からず闇雲に歩いていた俺だったが、何かと物知りの青年と、やたらと強い少年のおかげで、順調に最初の目的地、第一法廷に近づいている。
第一法廷が「死出の山」の上にある、と教えてくれたのは文字だ。
【死出の山ってのは全長八百里(三千二百キロメートル)の試練の山のこと。この山の頂に第一法廷が建っていて、基本的には一人ぼっちで登る山なんだけど……】
文字が言い淀んだのは、青年と少年の存在があったからだろう。
挑戦者たる死者の数が最も多いのは第一法廷までの道のりだが、孤独に耐えることも試練のうちに入るようで、不思議と人間には出会わないのだそうだ。
まあ、イレギュラーくらいあるだろ、と俺は思ったが、文字が気にしたのは別のことだった。
【冥土初心者しかいないはずのこの行程で、何かと事情通の死者が二人も。そのうち一人は装備が一般的なものとは違うし、やけに戦い慣れてる。その上、この段階で六文銭を狙ってくる人間がいるなんて……】
文字によると、六文銭の争奪が行われるのは主に三途の川付近らしい。そこまでの道のりで金を使ったり落としたりして、いよいよ川を渡れないことに気づいた死者が金を巡って争い出すのだそうだ。
この頃になると、おあつらえ向きに他の死者とも頻繁に行き合うようになるという。
まったく悪趣味な世界だ。
【やっぱり……最近ニワカ仏教コースの秩序がおかしくなってるって噂になってたけど、あれ、本当だったのかなぁ】
ちょっと待て。それは俺にとって良いことなのか? 悪いこと?
ぽつりと打ち込まれた文字の言葉に、整備不良のアトラクションに乗せられたような不安感を抱くも、道連れとなった二人を見て思い直す。
今の所俺にとって不利益になることは起こっていない。
ならいっか、と根がいい加減な俺はそれ以上考えることをやめた。
そして、死出の山である。
「はー……」
暗がりなのでシルエットしか見えないが、そびえ立つ山はまず角度がおかしい。
八分目あたりまでは険しい傾斜が、その後二割は、ロッククライミングでもさせるつもりですかと言いたくなるような垂直の岩肌が続いている。頭頂部は水平に近く、まるでバイキン城を乗せている岩山のようだ。
昔懐かしのアニメを思い出しつつ、俺はしつこくため息をついた。
「行きたくねー。あれほんとに登んなきゃだめなの? どっかにバリフリー用のエレベーターとか隠されてないかな」
【あるかっ!】
「ないよ!」
文字と同時にツッコミを入れたのは俺の後方を歩いていた青年だ。俺を挟んで前方にいる少年も、背中だけで失望を表現している。
ていうかこいつらはいい加減、目くらい合わせろ。
道連れになって以降、青年と少年は一言も言葉を交わしていない。どちらかといえば頑ななのは青年の方だが、ギスギスした道行に俺は少々煮詰まっていた。
「あ、そうだ」
思いついて、少年に問いかける。
「そういえば聞きそびれてたけど、君の名前って何?」
名前を呼び合えば少しくらい距離が縮まらないか。縮めようぜ! と無言の圧を送ると、少年が足を止めぬまま視線だけをちらりと寄越した。
「――焔」
「えん?」
ためらうように差し出された名前は変わった響きを持って俺の耳に届いた。聞き返した俺に、少年が補足する。
「ほむら、と書いて焔だ」
何それかっこいい。
ヒーロ漫画のヒーロみたいな名前じゃないか。美人には美人の名前があるもんだな、と感心しているうちに、少年……焔が再び前方に視線を戻した。
「あんたは?」
後方の青年にも振ってみる。
え、と顔を上げて、やはり少しためらうような間を空けてから青年が口を開いた。
「アニだ」
「あに? 変わった名前だなー。どういう字、書くんだ?」
「当て字は無い。カタカナで、アニ」
「カタカナ」
いよいよもって変わっている。
目の前の青年は、百七十センチの俺より少し背の高い、純正日本人の顔立ちをした男性だ。整っているというよりは愛嬌のある顔で、優しそうなアーモンドアイが印象的だった。
外国人には見えないが、もしやアジア系の人だったのだろうか。
うーん、と考えあぐねていると、こちらの考えを読んだのか焔が後頭部のまま俺に訊いた。
「お前はどうなんだ」