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1.俺、死亡。




 二千十九年、夏。

 夕日が殺人的に眩しかったオレンジ色の時刻。


 ――俺、死亡。









 ちーん。


 試合前のゴングよろしく、どこからともなく金属を叩くような音がする。


 ちーん。


 あーこれ知ってる。知ってるな。あれだろ。えーと、そう。(りん)とか(りん)とかいう、仏壇の前に置いてある金ぴかのちっちゃい鉢。


 母方のじいちゃんの位牌が納められた昔ながらのでっかい仏壇を前に、小柄なばあちゃんが背中を丸めて手を合わせていた姿を思い出す。


 顔を見たのはつい先日。盆に足を運んだ時だ。


 大きくて立派な黒い漆塗りの仏壇に対して、年々萎びて小さくなっていくばあちゃんの背中がなんだか寂しく思えて、二十三にもなって年甲斐もなく、ばあちゃん、ばあちゃんとまとわりついていた時に聞いたのだ。


 ――鈴の音は払いの音。澄んだ音に乗って、供養の祈りがあの世に届く。


 まだ記憶に新しいばあちゃんの声を思い出しながら、どうやら眠っていたらしい俺は目を覚まし……覚まし……て、あら?


 開いたはずの目が、閉じていた時と同じだけの暗闇を捉えてうろたえる。


 あれ? 俺目、開いてる? 開いてるよね?


 不安になって顔の上を手で探ると、不運にもドス、と指先で両目を突いてしまい、激痛に身悶えた。


 痛い。とても痛い。ということは、これは夢の続きではないらしい。


 どこを見ても景色の変わらない黒い世界に、俺はむむむ、と思考する。


 停電だろうか。それにしても薄明かりもない、こんな深い闇は初めてだ。


 東京というのは真夜中であってもとかく明かりが多いのだ。

 店はキラキラと光を放ち、道々には街灯がついている。星を見つけるのが困難なほど空は明るく、重厚な壁に囲まれた部屋に閉じ込められでもしない限り「一寸先も見えない闇」とは遭遇しない。


 それに何やら静かすぎるのも気になった。


 車の音も、虫の音も、人の声も何もない。風もなく、温度や湿度など、通常無意識に感じている環境の気配を何一つ感じ取ることができなかった。


 これはいよいよおかしい。


 現状を認識すればするほど奇妙な点が多すぎて、俺はふと、事件の可能性に思い至った。


 まさか誘拐⁉︎


 冷静に考えれば、ヒョロいがそこそこ高身長の男(俺)を捕まえて誘拐ってw、という感じなのだが、慌てた俺はその場に飛び起きた。


「……??」


 体を起こしたところで更なる違和感が脳を襲う。


 何だこれ。


 床に突いたはずの手のひらに手応えがない。それどころか腰も、足も、体のあらゆる部位が何かに触れている感覚がしないのだ。前後左右、上下の有無さえ分からなかった。


 うおおおお。どうした俺。どうしちゃったんだよ、一体。


 変な汗をかきながらパタパタと体を叩く。

 もはや感覚を得られるのは自分の体にしかなかった。


 良かった。服は着ている。


 素っ裸でなかったことにいくらか安堵して、俺は尻ポケットをまさぐった。


 困った時は現代の科学。そう。Google先生を召喚するのだ!


 最近新調したばかりのスマートなフォーンを取り出し……取り出……え?


「ないっ!」


 俺の! スマートな! フォーンが‼︎


「なああああああい‼︎」


 お分りいただけるだろうか、この恐慌状態を。


 現代っ子真っ只中の俺は生粋のスマホ世代である。気がついたら電話とインターネットは常に携帯している時代だったし、SNSやネットサーフィーンは息するレベルの日常茶飯事。


 要するにスマホ=ネットから切り離された俺は呼吸器を外された死にかけの患者みたいなもので、つまり死ぬ。


 得体の知れない状況よりもスマホがないことの方に動揺して、俺はわあわあと大騒ぎしながら身体中のあちこちを調べまわした。


 結局服のどこにも俺の大事な生命維持装置は隠されておらず、見つけたものといえば本来スマホが入っているはずの尻ポケットから出てきた小銭くらい。


 絶望に打ちひしがれて、俺は空(と思われる上方)を仰ぎ見た。


 お先真っ暗とはまさにこのことである。


 と、そこへ。

 ふいに何の前触れもなく、真っ黒だった視界に何かが閃いた。


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