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戦争ゲーム

 アタシが部長で犬塚君が成り行きで副部長になった同好会だったが、始まってから一日経たずに部員総数十九人になった。そして古典娯楽部に呼び名を変更している。

 ちなみに学園の全生徒は、男女共に部活動への参加の義務はない。


 これまでは男子は帰宅部か、中には女子のお願いを断りきれずに渋々部員になっていた者も居たようだ。

 そして部活動中に行われる乱交パーティやセクハラにより、心と体に癒えぬ傷を負う男子生徒と、重い処罰を受ける女子生徒たち。そんな痛ましい事件が起きるのは珍しくはなかった。


 しかし今回アタシが謎の同好会を作る噂が学園に広まると、活動内容を教える前に男子生徒の皆が、入部届にサインをして一斉に提出してきた。

 男子はこれまで通り、寮に引き篭もっていればいいし、わざわざ部活動に参加する必要性はない。

 だが何となくだがこうなるような気はしていたので、溜息を吐きながらも認めることに決める。

 ちなみに女子生徒からも山のように入部届が送られてきたが、そちらは部長権限で全て却下させてもらった。


「交流会で下げたアタシのヘイトが、また上がっちゃったよ」

「こればかりは仕方ないよ」


 設立してから一週間で、校舎の空き教室は古典娯楽部の専用部屋に作り変えられた。

 学園長に手配してもらった最新のPC、新旧合わせた多数のゲーム機と大画面テレビ。 読書のための専用端末、漫画やアニメやゲームを詰め込んだハードディスク等、徹底的に遊び倒すのための設備が勢揃いしている。


 そして入り口の扉の前には、女子生徒の入室は断固拒否します! …とデカデカと書かれている。

 最後に古典娯楽部員一同と付け加えることで、アタシへのヘイトを分散させることを狙った。

 だがこれは逆効果だったらしく、一部の生徒の間では、久野さんが男子に無理やり書かせたのよ! といった、根も葉もない噂が囁かれているらしい。


「何かさぁ…男子はこの世の春が来たー! でも女子は、オレサマオマエマルカジリ! …って感じて不満が溜まってるんだけど。本当にどうしたものかなー」


 仮眠用のふかふかベッドまで用意されているので、アタシはその上でゴロリと仰向けに寝転がる。

 手足をグイーっと伸ばしながら読書用の端末で漫画を読んで、集まった部員と仲良くお喋りする。


「本当に難しい問題だけど、久野さんはもっと自分を魅力的だと思ったほうがいいよ」

「そんなこと言われても、世の中の女子に比べたらアタシはダンゴムシ以下だからね。そっちの自覚ならあるよ」

「はぁ…駄目だこりゃ」


 近くの椅子に座って、同じように漫画を読んでいる宮田君が大げさに肩をすくめる。意識改革だと言われた所で、実際に学園の女子生徒は皆モデル体型で、普段から美容に気をつけている。

 しかしアタシはいつも適当に済ませるので、サラサラではない癖っ毛で、スタイルもボン・キュッ・ボンとは真逆の貧相な体つきをしている。

 仮眠用のベッドでごろ寝しているアタシなんて、部員は誰も気に留めない…はずなのだが、気づいたら部室内の男子生徒から滅茶苦茶注目されていた。


「あー…雪山で食べるチョコレート状態かな」

「久野さんは綺麗系ではないけど、誰が見ても可愛いと思うよ」

「ははっ、ご冗談を!」


 呆れたような顔をする宮田君から、慌ててプイッと顔をそらす。可愛いと言われたことで、ほんのりと朱に染まった頬を隠したかったのだ。

 嘘や誤魔化しが下手なアタシでは、どれだけ隠そうとしてもバレバレかも知れないが、おかげで一つ良さげなアイデアを思いついた。


「そうだ! ネトゲしよう!」

「急にどうしたの?」

「嘘だってバレてもいいんだよ! 現実の姿はちゃんと隠れてるから!」


 しかし行き当たりばったりの思いつきなので、これが上手くいくかどうかはわからない。手に持っていた端末を操作し、漫画からメモ帳に切り替える。頭の中で思い描いたことを忘れないうちに、順番に書き加えていく。

 困惑している宮田君に教えてもいいが、自分でもまだ考えが整理できていない。


「男女関係改善のための新案を、たった今思いついたんだよ」

「それは良かったね。…で、成功率は高そう?」

「思いつきを数字で語れるものかよッ!」

「何故そこで逆ギレ!?」


 驚いた宮田君だったが他の部員の中に気づいた人が居たので、元ネタの歌って戦うアニメを教えてもらい納得していた。

 本当にどう転ぶがわからないが、もし失敗してこれ以上関係は悪化はしないので、とにかくやるだけやってみようと思った。


「それじゃ、作戦に協力してくれる人ー!」


 アタシが手を挙げる真似をすると、部室に集まった男子生徒の全員が挙手したので、これで作戦は問題なく実行に移せる。

 何だかんだ言って皆ノリが良いし退屈している。日頃の鬱憤を解消するための馬鹿騒ぎは大歓迎なのだ。


「詳しい説明を聞かずに手伝ってくれる、ノリの良い皆のことは好きだよ!

 …でっ、次は許可を取りに行くんだけど」


 あとは学園長に話をつけに行くだけだが、取りあえず部員で手の空いている人に付いて来てもらうように頼む。


「なら僕が行くよ。このところ久野さんと一緒に行動出来てなかったし」

「ありがとう。宮田君。よし! 敵は本能寺にあり!」

「学園長室を焼き討ちでもするつもりなの!?」


 学園を移動するときは男子と一緒でないと、何が起きるかわからない。交流会のあとに学園長から受け取った制服は、特注で頑丈に作られているらしいが、それでも不安が残る。

 男子を立てると女子が立たず、女子を立てると男子が立たず。これはなかなか難しい問題だ。


 古典娯楽部という男子の心の拠り所を作ったので、次は女子の不満を解消する番だ。アタシは上手く行きますようにと心の中で願いながら、嬉しそうな表情の宮田君と一緒に部室から廊下に移動し、出待ちしていた女子生徒たちを火薬庫バリアで押し退けて、目指す学園長室に早足で向かうのだった。







 男女の親睦を深める作戦を実行する日は、六月末になった。交流会では練習と準備に一ヶ月もかかったが、今回は二週間で済んだ。

 これには学園や他の共学、日本政府だけでなく、国内企業の協力を得られたからであって、それだけ世間がアタシの一挙手一投足に注目していることの表れでもあった。

 正直言って滅茶苦茶プレッシャーを感じて、もし失敗したらと考えると胃が痛くなる。


 ちなみに今回行う作戦は、クラス対抗フラッグ争奪戦だ。ただし現実ではなくネットワーク上のテレビゲームである。それをFPS視点を行い、専用のVRゴーグルを装着するので臨場感抜群である。

 だが3Dで動きが激しく、テレビゲーム初心者が殆どなので、酔いが怖いため一試合は15分間に留めている。


 今回は大災厄以前の戦場というゲームをサルベージし、そこにいくつか手を加えた。まず一つ目が、血が駄目な人も居るので、肉体の損傷も血が流れることもない。

 そして二つ目が、操作キャラは現実の自分をスキャンして、リアルと瓜二つの造形にすること。

 三つ目は、映像技術を超強化したうえでの、合計六十人の大規模バトルだ。


 あとは各学年とクラスごとに色々なステージでフラッグを奪い合い、最終的な勝利数、または総合点が多い者が優勝となる。

 アタシは今回も裏方だが、それではクラスの人数が一人減ってしまうので、担任を入れることにしている。

 授業中に怒られたり難問で当てられたりと、どうにも態度が露骨なので、これで自分へのヘイトが少しは下がることを期待したい。




 交流会と同じように空き教室の一つで、司令部のように多数のモニターを設置し、何か問題が起こればすぐに指示を出せるようにマイクを側に置いている。アタシのすぐ後ろにはカノンが控えており、身辺警護も万全だ。

 ゲーム中は無防備になるので、その間に男子に変なことをしないように、ガードマンを複数張り付かせているので、そちらも抜かりはない。


「しかしプレイヤー人数分の個室ですか」

「大災厄以前の漫画喫茶を参考にしたから、プレハブに防音の区切りを入れれば十分なんだよ」


 運動場に設置されてズラリと並ぶプレハブ小屋は、冷暖房で常に快適な気温に保たれており、個室は狭いながらもVRとヘッドセットを身につければ、現実と瓜二つのゲームの世界を体験できる。

 コントローラーで操作するだけで実際に体を動かすわけではないので、一人分のスペースさえあれば十分なのだ。


「今の時代は戦争ゲームなんてないから、どのチームも大差ないね」

「いえ、ここは男性が頼りになるところを見せる良い機会かと」


 確かにアタシの影響を受けてテレビゲームに慣れた男子たちは、女子よりもプレイヤースキルが高い。しかしこれはチーム戦なのだ。

 たった一人では全員を相手取るのは不可能で、何より敵にも男子が居るのだ。運動場に設置された大画面モニターに、現在進行系で試合の様子が映し出されている。

 まだ第一試合が始まったばかりだが、とてもクラス対抗で戦っているとは思えない有様だ。


「予想通りに、互いの男子生徒が蜂の巣にされてるね」

「単騎であまりにも突出し過ぎていますし、当然の結果かと」


 今戦っているチームも投影モニターを見ているその他の全員も、これで勝利するためにはどう動けば良いのか気づいたはずだ。

 どれだけ強くても、単騎で無双出来るシステムではない。少なくともアタシに勝てないようでは不可能だ。彼らはのゲームの腕前は少し上手なぐらいで、そこに初心者との差は殆どない。


「どうやらクラスごとに集まって、作戦会議を行うようですね」

「このゲームに一番詳しいのは男子だからね。女子に的確に指示を出して、なおかつ皆で協力しないと勝てないよ」


 そうこうしている間に、第一試合が終わった。序盤こそ男子が突出しては蜂の巣にされていたが、中盤からは簡単な作戦を立てて女子と協力し、積極的にフラッグの奪取を試みていた。

 だが試合中で作戦を煮詰めるには時間が足りなかったのか。全員突撃や、皆で拠点を守れ等の、単純な指示が限界だったようだ。

 そんなゲームの展開を見て、カノンは何気ない疑問を口に出す。


「しかし男子は女子に、苦手意識を持っていたのでは?」


 苦手な相手にも果敢に指示を出し、仲間と協力して懸命に戦っているが、彼らの心の壁は相当な厚さと強度を誇り、アタシ以外の女性を拒絶する。

 なのでカノンがゲーム内の戦場で行われている、助け合いや連帯感を見ても、信じられないのも無理はない。

 そこでアタシは内心の興奮を表に出しながら、自分なりの答えを教える。


「カノン。これは現実そっくりだけど、テレビゲームなんだよ。

 勝ったら嬉しいし、負けたら悔しいの。おまけに優勝賞品まで出るの。

 せっかくのお遊びなんだから、男女関係なく全力で楽しまないと損でしょう?」


 アタシも混ざりたかった。今回のクラス対抗戦は授業の一環で、堂々とテレビゲームが出来るのだ。遊ばないと損なのに自分は裏方で見ているだけなど、生殺しである。

 世知辛い現実を受け止めて溜息を吐き、淡々と試合の見物と会場の警戒を行う。


「はぁ…アタシもやりたかったなぁ」

「里奈様は普段からゲームで遊んでいるのでは?」

「こういうのは皆でお祭り騒ぎをするのは別なんだよ。

 自分の実力が本当に通用するかも試せるし」


 切なそうに溜息を吐いて、カノンから視線をそらして再びモニターを眺める。頬杖をつきながらアンドロイドからペットボトルをお茶を受け取り、足をブラブラとさせて、退屈を紛らわすように軽く一口飲む。


 その後、お昼の休憩を挟んで試合は進み、やがて空が茜色の変わる頃に、ようやく全ての試合が終了した。

 途中で予期せぬハプニングがあったものの、そのどれもがゲーム内のバグやプレイヤースキルの突飛な行動が原因のもので、会場中を笑いの渦に巻き込んで、大いに盛りあがった。


 閉会式に一位から三位の高低差のある表彰台に、クラス代表の男子生徒が立つ。そして学園長から表彰状とトロフィーを受け取ることで、今回のゲーム大会は無事に終わることが出来た。

 始まる前はどうなることかと思ったが、終わり良ければ全て良しだ。ちなみに一位から三位までの賞品は、学園内のみ使用可能なウェブマネーだ。

 今回は男子生徒が体を張ることはないが、交流会ではないのに男女で楽しく遊べて、賞品が出るだけでも凄いことだ。


 今回も交流会と同じで政府関係者と取材陣を呼んでいたらしいが、アタシは全く気づかなかった。

 どうでもいいからテレビゲームで皆と遊びたい。そして絶対に大会を成功させる…と、思考がそっちに引っ張られていたからだ。


 今回のゲーム大会でクラスの結束が高まったので、交流会と同じでこちらも機会があればまた開きたいと、学園長は閉会の言葉でそう言っていた。

 しかし、アタシが参戦することは一生ないだろうなぁ…と、裏方でカノンの差し出した温かいお茶を飲みながら、ガックリと頭を垂れるのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 9/22 ・めっちゃゲームが好きそう。男子そっちのけで、ゲームの愛を語りまくってる [気になる点] すきあらば目的(笑)を、主張するのですね! 『ヘイトをそらす(笑)』 これは私も参考…
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