同好会を作ろう
過去に例のない交流会が終わり、六月になった。まだ夏になっていないが外の気温は日々上昇を続け、少しずつ蒸し暑くなっている。
アタシは学園長の鶴の一声で退学は免れたが、彼女の辞職宣言で一蓮托生となった。自分としては容易に逃げられない理由が出来てしまったので、あまり嬉しくない。
それでも学園での最高権力者の後ろ盾を得られたことは大きく、アタシをあからさまに敵視する者は鳴りを潜め、間接的に危害を加えられることもなくなった。
代わりに女子に無視される…のは今まで通りだが、別に険悪感や嫌われているわけではない。触れると爆発する火薬庫として恐れられ、近寄り難い存在になったのだ。
「あぁー…やっぱり図書室涼しい」
「そりゃ外は暑いからな」
教室に居ても暇なので昼休みにいつもの図書室に引き篭もり、いつも通りに隣に座ってくる犬塚君と、本棚にあった漫画を読みながら仲良く談笑する。
「男子は体育の授業が免除されてていいよね」
「俺としてはもっと体を動かしたいが、教師に途中で止められるんだ」
男子は保護対象なので怪我をさせるわけにはいかない。そして女子と違って体育の授業に参加する義務はない。毎回見学でも構わないのだ。
だがインドア派のアタシは強制参加だ。暑い中で運動場を長距離走らされたときは、体育教師が鬼に見えた。
そして久野さんと犬塚君は付き合ってるよね? …と周りの人は考えるだろうが、自分は結婚は断固拒否しているので、恋人ではなく友達止まりだ。
と言うか、もしアタシが男子生徒の誰かと恋人及び肉体関係に発展した場合、火薬庫が大爆発してと惨殺事件が起こる。
勢い余った女子生徒に、何処からか調達してきた刃物でめった刺しにされて、明日のニュースを飾るのは確実なのだ。
アタシが誰かの恋人になる。男子生徒全員と親しい。他の男も毒牙にかけたのでは? 久野里奈は悪魔だ。男子を守るために女子生徒たちが手を組む。証拠もないのに正義執行!
このような展開になるのは容易に想像できる。話せば分かるのは幻想で、集団心理が暴走するのは本当に恐ろしい。
大災厄以降にも、女性が男性を刺し殺す事件は何度も起きているので、リアリティは抜群だ。
「ところで話は変わるけどさ」
「何だ?」
「図書室って、こんなに人多かったっけ?」
自分たちの側には近寄って来ないが、最近女子生徒の数がやたらと多くなった。狭い通路を通る時に邪魔で仕方がない。
少し前まではアタシぐらいしか使ってる人は見たことなかったが、今は空前の古書ブームが起きているようだ。
「それはきっと、男子生徒が頻繁に利用してるからだろう」
「あぁー…なるほど。交流会の打ち合わせで図書室を使ってたしね」
アタシが入学する前の男子は、それぞれの教室で女子に囲まれて貝のように自分の殻に閉じ籠もっていた。だが今の男子は女子たちの包囲網を突破して、図書室にやって来れるほど明るくなった。
そして彼らにそうするように仕向けたのは、このアタシである。別にやましい考えがあったわけではない。
交流会の打ち合わせをするのに女子生徒が殆ど居ない図書室が、男子を十八人集めるのに適していたので、お前らちょっと顔貸せよと呼びかけただけだ。
交流会が無事に終わったことで、もう全員を集めての綿密な打ち合わせは必要なくなった。
それでもアタシは一年一組に留まる気が全く起きないので、図書室を今でも利用している。そして十八人の男子生徒も感性が近くて気軽にお喋りできて、オタク趣味の先人である久野里奈という癒やしを求めて、この場所に集まって来るのだ。
「趣味の話になると、やたらと早口になる人居るよね」
「それは久野さんのことか?」
「あっ…アタシじゃないし! 処女を賭けてもいいよ!」
図書室で大声を出してはいけないのだが、既に自分の周り以外は満員状態で、女子生徒たちは静かに本を読むわけではなく、何やらガヤガヤと騒がしくお喋りしているので些細なことだ。
そして今のアタシの処女発言に、犬塚君が期待に満ちた表情で身を乗り出してくる。
「その言葉は本当か!」
「ごっ…ごめん。冗談。だから犬塚君は他の女子の処女を貰ってね」
「俺が久野さん以外の女子に興味がないことは、わかってるだろう?」
直接的に伝えてくる犬塚君は、アタシの話題になるとすぐに感情が振り切れる。しかも威圧感が凄いので、真剣な表情で近くに寄られると怖い。
しかし彼が一途なのはわかっているので、照れて少しだけ頬を染めながら、小さくコクリと頷く。本当に自分なんかには勿体ない素晴らしい男性だ。犬塚君と結婚する相手はきっと幸せだろう。
「んー…そろそろ図書室も潮時かな」
「何処に行っても、ここと同じ結果になりそうだな」
「それなんだよね。…うーん」
サブカルチャーを存分に語り合えるアタシを求めて、男子が寄ってくる。実際には嫁的な意味でも大人気になっているが、そちらは自分にとっては関係ないので置いておく。
ともかく今考えなければいけないのは、何処に移動しても大勢の女子生徒が追従してきて、すぐに騒がしくなるということだ。
自分としては同好の士は構わないしバッチコイなのだが、常にキャピキャピと騒がしくして、自分を内心嫌っている人はご遠慮してもらいたい。
「ちょっと学園長室に行こうか」
「確かにそこならゆっくり出来るな」
「んなわけないでしょ! 流石のアタシもそこまで神経図太くないよ!」
犬塚君なりの冗談を、なんでやねん! と軽く手の平で打って流したあと、さっさと要件を済ませようと椅子から立ち上がる。
アタシという火薬庫バリアがあるので、彼に近寄る女子生徒は居ない。そしてちょうど人が通れるだけの隙間が作られたので、出口まで一直線に駆け抜ける。
始終注目されて落ち着かなかったので、肉食獣の檻になった図書室からはさっさと退散するのだった。
所変わって学園長室にやって来たアタシと犬塚君だが、扉をノックしたあとにすぐに入室の許可をもらい、学園のトップと無事に面会することが出来た。
室内には高級そうな装飾品が飾られていて、彼女は一番奥の事務机ではなく手前のソファーに座っており、湯気が出ている三人分の紅茶が既に用意されていた。
「久野さんが来るのはわかっていたわ。さあ、こちらにどうぞ」
どうやらアタシに関してはプライバシー保護などというものは当てはまらないらしい。ある意味では男子よりも徹底した監視を行う学園長に背筋を寒くしながらも、言われた通りに柔らかなソファーまで歩き、ゆっくりと身を沈ませる。
追従する犬塚君もあまりの柔らかさに驚いているようだが、アタシは快楽神経に大ダメージを受けて、ふあぁー…と情けない声を漏らしながら一瞬で蕩けきった表情に変わる。
これだけのソファーを用意できる共学の学園長は、社会的地位も相当が高そうだ。
「ふふっ、気に入ってもらえて嬉しいわ。でも久野さんは、私に何か用があるのではなかったかしら?」
「はっ!? そうだった!」
学園長が嬉しそうに微笑みながら声をかけたことで、アタシは無事に天国から現世に帰って来られた。
口元のヨダレを制服の袖で乱暴に拭い、慌てて背筋を伸ばして提案を聞かせる。
「同好会を作る許可を取りたいんだけど」
「そのためにわざわざ私に? 生徒会や担任に相談すればいいじゃない」
彼女は紅茶を飲みながらアタシたちにも勧めてきたので、お礼を言ってから口をつけさせてもらう。
今まで飲んだことのないタイプだが、香りも味も安物のティーバッグとは大違いだった。
「いやー…それも考えたんだけど、何だかんだで渋られそうだし」
「確かに私に伝わる前に、提案を握り潰すことも考えられるわね。
希望の芽を勝手に摘み取られたら堪らないわ」
きっと何だかんだイチャモンをつけて、同好会の申請書を断るだろう。最悪なのがはっきりしない態度で、検討中だと言って先延ばしにすることだ。
本当に検討中かも知れないので、他に回していいのか判断が難しい。
「気になったんだけど、希望の芽って何?」
「久野さんは日本男子たちの希望なのよ。
でもそれはまだ小さな光だから、希望の芽と呼んでいるの」
交流会でも思ったがアタシを過大評価し過ぎで、とても恥ずかしい。かと言って否定しても学園長に簡単に言いくるめられそうなので、取りあえず赤くなった顔を誤魔化すために、温かな紅茶で喉を潤す。
「希望の芽は置いといて、同好会の許可は出るの?」
「もちろんよ。何なら今すぐでも構わないわ。
でも何で部活動を申請しないのかしら?」
取りあえず許可をもらえることに心の中でガッツポーズをしたあとに、アタシは控えめな胸を張って、学園長の疑問に堂々と答える。
「部員がアタシ一人だからだよ。確か五人以上でないと部活動として認められないんだよね?」
「すぐに追加で十八人集まるわよ」
「それは遠慮したいんだけど!」
癒やしを求めて男子生徒が集まって来るのはわかっている。しかし認めたくはないのだ。アタシはのんびりとした学園生活を過ごしたいので、波乱万丈な人生はごめんだ。
「しかし久野さんの立場は、私の後ろ盾があるとはいえまだ弱いの。
何らかの実績がなければ、事あるごとに妨害されるのは目に見えてるわ」
「実績かー…例えば?」
学園長の答えは何となく予想できるが、詳しく知りたかったので直接聞いてみる。アタシが学園から逃げ出せば彼女も辞職するのだ。もはや運命共同体なので、情報の信頼性は確かだろう。
「最優先は、男子生徒に快適な学園生活を過ごさせること。次に、女子生徒の不満を解消することね」
「やっぱりそれかっ! ちくしょう! 何て世の中だ!」
いくら何でもアタシ個人への負担が大き過ぎる。だがそれはあくまでも最終目標であり、今すぐどうこうしろと言うわけではない。
大災厄から百年以上かけても解決できなかった問題だ。やはり無理難題過ぎる。
「千里の道も一歩からよ。私も手伝うから一緒に頑張りましょう」
「はぁ…こっちは巻き込まれただけなのに」
何の根拠があってアタシを選び、そして自分なら大丈夫だと信頼しているのか。学園長の思惑を尋ねたが、久野さんなら絶対に大丈夫だと、にこやかな笑顔で答えを返すだけで、その考えはさっぱり理解できなかった。
「まずは同好会ね。すぐに部活動になると思うけど、これからの活躍を期待しているわよ」
「アタシは自分がやりたいようにやるだけだよ。あんまり難しいことはわからないからね」
「それで構わないわ。大丈夫。絶対に上手くいくわ」
だから何の根拠があって断言するのか。この学園長はアタシが全知全能の神様にでも見えているのだろうか。だとしたら頭の病気の疑いがあるので、お医者さんに診てもらわなければいけない。
それはとにかく、同好会の許可は無事におりた。すっかり冷めた紅茶の残り飲み干して、アタシは使用可能な空き教室の場所を尋ねるのだった。




