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養女になった

 バーベキューの和気あいあいとした空気が流れて皆のお腹が膨れてきた頃に、ビンゴ大会の一段高い舞台に一人の女教師が姿を見せた。

 彼女は中年の女性だがその瞳は輝きに満ちており、肉体的にもとても若々しく、活力に満ち溢れていた。それでいて大人の色香ムンムンなので、CMや雑誌のモデルでも十分に通用する。


「あの方は学園長ですね」

「マジで?」

「マジです。ご存じなかったのですか?」

「てっきりただの教師かなって」


 入学式で顔を見た気もするが。当初の自分は犬塚君からの告白という非常事態で、頭がいっぱいだった。なので式の内容は殆ど覚えていないのだ。


 そんな学園長は舞台の上に立ち、スタッフ役の女性にマイクを渡してもらい、何度か音量のテストをすると、咳払いを一つした後にかしこまって口を開く。


「皆さん、交流会を楽しんでくれているようね。ああ、それぞれが楽な姿勢のまま聞いてちょうだい」


 学園長の許可が出たので、アタシも玉ねぎの輪切りをバーベキューソースにつけながら、彼女の話を適当に聞くことにする。


「まず最初に、過去に例のない交流会が開かれたことに戸惑う人も大勢居たでしょうね。

 でも結果的にそれは杞憂であり、今のように大成功に終わったわ」


 アタシも最初はどうなることかと思ったが、皆の頑張りのおかげで何とか成功に漕ぎ着けた。常に気を張って異常がないか監視したり、準備に駆け回ってくれた会場のスタッフにも感謝する。


「大変好評なようなので今後もこのような形式の交流会を開きたい。そう私はそう考えているわ」


 学園長の一言で、会場中の女子生徒から黄色い悲鳴があがる。それだけ楽しく盛りあがったということだろう。

 格式張った交流会ではなく、大災厄以前のお祭りのようになってしまったが、そこまで喜んでもらえたなら何よりだ。アタシと男子生徒も骨を折ったかいがある。


「過去に例のないのは、実は形式だけではないの。

 今回は何と、男子のほうから女子と交流を持とうとしたのよ」


 男性は女性を怖がっているので避けられるのが普通であり、彼らのほうから好き好んで関わろうとはしない。

 アタシは何故か例外のようだが、個人との付き合いでさえ嫌がるのに、交流会なんて全力でスルー案件だ。


「さらには放課後にも、男子生徒が学園内を出歩いている姿を見た人が居るでしょう」


 彼らは女子と会うのを避けて、男子寮の自室に引き篭もる。中にはそこで自殺してしまう者も存在するのだ。

 大体入学して一ヶ月が最初の山場らしいが、首吊りやリストカットは回避できたのは運が良かった。今年は精神的ストレスで、破れかぶれになる男子は居なかったようだ。


「そして校内を散策する男子生徒に寄り添う、ある女子生徒の姿も見たはずです」


 放課後は女ボディガードに男子と一緒に護衛されているとはいえ、ある女子生徒のアタシのヘイトが天井知らずにあがってしまった。

 しかし交流会の下見や、準備するセットの確認、予行演習や段取り確認等で、当日に現場で動く男子生徒たちを連れ回す必要があった。


 アタシは遠くから指示を送るだけなので、万が一の怪我や命の危険を防ぐためにも、ぶっつけ本番だけは何としても避けなければいけない。つまりは仕方なかったのだ。

 ちなみに練習しているときに男子生徒が悪乗りして、ネタに走ることも多々あったので、彼らも何だかんだで楽しんでいた。

 それがわかっただけでも、今回の交流会を計画して良かったと思っている。


「その女子生徒の名前は、久野里奈さんよ。

 男子の皆さんに交流会を開くようにと頭を下げて回り、計画の中心となって動いた人物なの。

 しかし残念なことに、彼女は近日中に学園を自主退学しようとしているわ」


 急に話の流れが変わった。交流会の成功おめでとう! 最近学園全体に活気があっていいね! …から、実は今回の事件を裏で操っていた犯人が居るんだけど。…そんな急展開だ。

 アタシは背筋が寒くなり、小さく震える手に持っていた紙皿を、落とす前に机の上にそっと置く。


「それは何故か。男子を守るべき立場である女子が、結果的に彼らを従えてしまったの。

 これを事態を重く見た久野さんは、自主退学を決意したの」


 男子生徒に従えた件は何も考えていなかった。アタシはお願いしたら、彼らは皆ノリノリで計画に協力してくれた。ここかァ、祭りの場所は…俺も混ぜろよというやつだ。

 別に脅迫したわけでも何でもないが、アタシが攻撃される理由になっているのは間違いない。


 交流会場の女子生徒たちは、そんなアタシを悪だと断じて、退学するのは当然だと論じる者が大半だ。

 しかし中にはきちんと現実を見ており、学園に残ってこれからも男子を支えて欲しい…と、そんな意見もちらほらと出ているようだ。


「どうやら久野さんを悪だと考える方ばかりのようね。だけど、彼女を特別枠として入学させたのはこの私よ。

 ですので久野さんが退学するなら、私も自らの失策を認めて学園長を辞職しましょう!」


 久野里奈は今すぐ退学しろ…と、そんな喧騒に包まれていた会場が途端に静まり返る。学園長の今の言葉に込められた思いは、学園内の助成に対する失望、そして静かな怒りを感じ取ることが出来た。

 舞台の上の彼女は小さく溜息を吐いて、懐から取り出した端末を何度か指先で操作する。


「久野さんがこれまでどれだけ男子生徒に対して心を砕き。

 そして彼らに寄り添い助けてきたのか。今からそれを見せましょう」


 学園長が端末の操作を完了すると、ビンゴ大会の方眼紙が出てところに今度は大きなテレビ画面が出現する。

 そこにはデカデカとしたテロップに、久野里奈の成長の記録…と書かれていた。何故か物凄く嫌な予感がする。


「まんまー! かにょんー!」


 画面の向こうには、りな …と平仮名で刺繍の入ったベビー服を着せられた、可愛らしい幼子がよちよち歩きで母親に近づき、その女性に両手で優しく抱っこされて、ヨシヨシと背中を擦ってあやされている。

 全く記憶にないが、絶対これは昔の自分だ。ちなみにアタシをあやしているのはカノンではないようで、一体誰なんだろうかと考える。

 だが冷静に分析できたのはそこまでで、とうとう羞恥心が限界を越えてSAN値がゴリゴリ削れる音がする。

 思わず両手を頭に当てて力の限り絶叫する。


「黒歴史にも程があるわ! 誰か! 早くカメラ止めてえーっ!」

「監視カメラですか? それとも全国放送中のテレビカメラのほうでしょうか?」

「ぎゃあああ! そう言えばそっちもあったー!」


 カノンの言葉で思い出したが、今日は取材陣や政府関係者も呼んでいたのだ。絶賛生放送中なので、きっと今頃は日本全国のお茶の間に、アタシの赤ん坊の頃の映像が流れているはずだ。

 ちなみにアタシは自分のホームビデオを大勢の前で披露する程、図太い神経を持ち合わせていない。


「久野さんは小さな頃から可愛くてね。成長した今とは別の…。

 コホン! とっ…とにかく、学園入学まで飛ばすわね」


 チャプター選択のボタンを押したのか、大画面にズラリと並ぶ成長の軌跡のサムネイル画像が、会場に集まった者たちの前に問答無用で晒される。

 それを見たアタシは、チベットスナギツネの顔になって言葉を失う。その中から、学園長は学園入学式の項目をクリックする。


「あのさ、カノン。本当に学園に行かないと駄目なの?」


 アタシが車の中でネットサーフィンをしている様子が、カノン視点で映し出されていた。

 その後にどうやって撮ったのかは不明だが、犬塚君との出会い、一年一組での宮田君が隣の席になり、男子寮に呼び出されたり、食堂で夕食をご馳走になり、何故かアタシの純潔を賭けてのゲーム大会、教師に注意されてクラス内で孤立して図書館に引き篭もったこと、そこで犬塚君と一緒に交流会の計画を練る…等、この一ヶ月の軌跡がダイジェストではあるが、大画面に綺麗な映像として流れ続けた。

 最後に交流会の裏方として、空き教室から懸命に指示を出しているアタシが映ったところで、学園長は端末を操作して画面を消して、再び会場に顔を向ける。


「皆さんは久野里奈さんは悪であり、退学して当然だと口にしたわね。

 その考えはまだ変わらないかしら?」


 誰も口を開かずに、しんと静まり返っている。この場でアタシを悪だと口に出すことは容易い。しかし男子生徒の精神安定剤になっているアタシを追い出そうとするほうが、世間的には悪者である。

 現代では男性は最優先保護対象だ。そんな十八人の男子を敵に回した時点で、たとえテレビに顔が映らなくても、学園でも社会に出ても居場所がなくなるのは想像に難くない。


「皆さんにわかってもらえて、私も嬉しいわ。

 では久野さんの残留は問題はないわね」


 学園長は満足そうにウンウンと頷くが、目は全く笑っていない。逆に女子生徒や学園関係者たちは、蛇に睨まれた蛙のように小さく縮こまっているようにも見える。

 この先アタシに対して敵対行動を取った場合、何らかの報復があるのは間違いない。つまりこの瞬間に学園の女性にとって、アタシは迂闊に触ることが出来ない存在。アンタッチャブルになったのである。


「私としては今後も、久野さんの動向に注目していきたいわ。

 実は学園内だけでなく、外部の男性にとっても精神的な支えになっているの。

 我が校とぜひとも交流したいと、他の共学の男子から要求されるぐらい大人気なのよ」


 大災厄以降、男子はずっと籠の中の鳥のように厳重に管理され、重苦しい閉塞感に押し潰されそうなほど、気持ちは暗く沈んでいた。

 そんな絶望の未来によって殻に閉じこもっていた男子が、初めて自らの意志で外に目を向けたのだ。


「もし久野さんを退学させたら、他の共学に取られてしまったでしょうね」


 確かにアタシが男子寮の空き部屋に住み着いてから、男子生徒の全員が明るくなってきた気がする。

 自分としては毎日のように交流会の打ち合わせや、漫画やアニメやテレビゲームについて適当に話したり、寮の食堂のメニューについて熱く語ったりと、色気の欠片もなく馬鹿騒ぎしているだけだ。


 ちなみに表に久野里奈入浴中の看板をかけても、無視して風呂場に入ってくる男子が後を絶たない。風呂桶を投げて防衛しようかと考えたが、保護対象である彼らに怪我をさせるわけにもいかず、今では競泳水着を着用して、一緒にお風呂に入るようになった。

 なのでどうしてもと頼まれて性処理に協力することもある。初日のゲーム大会の参加賞のようなものだ。


 アタシが十八人分の白濁液をあっという間に搾り取り、カノンに残らず回収させているシーンを想像している間にも、学園長の話は続いていた。


「久野さんの思いが男子を動かし、交流会で女子を動かし、さらには学園関係者だけでなく政府も、そして他校の男子にまで確かな希望を与えたのよ」


 何だかとても小っ恥ずかしいことを言われている気がする。話している学園長は真面目だろうが、多分今のアタシは耳まで真っ赤になっている。

 そんな大したことをしたつもりはない。だがそれがこれ程までに、大きな波紋になって広がっているとは予想外だ。


「今後は男性の社会的地位や外面だけを見るのではなく、彼らと真摯に向き合って心を通わせてくれることを、切に願っているわ。…以上で私の話は終わりよ」


 そう言い終わると学園長は女性スタッフにマイクを下げさせ、舞台からゆっくりとおりていく。

 それと同時にバーベキュー会場から離れて女子寮に帰る生徒が、ポツリポツリと出始める。どうやらこれで本当にお開きらしい。

 アタシは肩の荷が完全におりたことを実感して、両手を上に伸ばして凝りをほぐす。


「久野さんが退学する理由は、これでなくなったんだよな」

「今のところはそうなるね」


 いつの間にか裏方にやって来た犬塚君から声をかけられて、アタシは後ろを向かずに返事をする。

 取りあえずは学園内の女性は静かになったが、火種は相変わらずくすぶっている。切っ掛け次第で爆発しそうだが、今のところは安全だ。


「久野さんだったら、バーベキューが終わったあとはどうするんだ?」

「交流会の関係者だけで打ち上げかな。お菓子やジュースを各自で持ち寄ってね」

「そうか。じゃあ俺たちは先に男子寮で待ってるから、絶対に来てくれよ」


 絶対に来てくれよと言われても、もう女子生徒に危害を加えられることはなくなったのだ。犬塚君たちとの縁も切れて、距離を置くことが出来る。

 なのでアタシは、この場を逃れるための玉虫色の答えを返す。


「んー…行けたら行くよ」

「やっぱり直接連れて行くことにする」

「…何故に!?」


 残念ながらアタシの目論見は看破されてしまい、犬塚君に強引に抱きかかえられて、裏方から連れ出されてしまう。そのままバーベキュー会場を横切り、男子寮まで連行していく。


 古典に出てくるようなお姫様抱っこをされるアタシに、まだ会場に残っている女子生徒たちから、羨むような視線が集まる。

 だが抱っこされているアタシは、ちっとも嬉しくない。屈強な体つきの彼の威圧感が凄いのだ。

 自分なんか道端に咲く一輪の花のように、少し力を入れればポッキリ折られてしまうだろう。


「久野さんは今日から女子寮に帰るのか?」

「正直迷ってる。アタシは学園の腫れ物扱いだからね」


 女子から直接手出しされることはないが、それでも間接的な嫌がらせは受けるだろう。


「なら男子寮に残ればいい」

「そうさせてくれると助かるよ」


 科学技術が発展した時代なので、犯人を特定は容易だ。しかし行動に移るほうは、自分が悪いことをしたとも、捕まるとも思っていない。

 一番いいのは関係を改善することだが、それはとても難しい。築くのは時間がかかるが、崩れるのは一瞬なのだ。


「アタシが純潔を守って恋人以上にならない限り、これ以上関係が悪化することはないだろうしね」


 もし自分が男子生徒に手を出せば、面倒事に発展する可能性が非常に高い。


「それだと俺との仲も友達止まりなんだが?」

「現状ではそれが一番ベストだよ」


 学園の女性たちは思う、十八人全員と交友関係があるアタシが、たった一人で満足するはずがない。そんな負の感情に取り憑かれる。敵を排除する理由を自分の頭の中で作り出して、それに固執してしまう。

 あとは感情の赴くままに走り出す。盗んだバイクには乗らないし窓ガラスも割らないだろうが、何処かで刃物を調達して突撃して来そうだ。


「男の俺が嫉妬したらおかしいか?」

「おかしくないよ。でもコップから溢れた水は戻らないし、このまま乗り切るしかないね」

「…やはり、それしかないか」


 もし一人の男性とだけ関係を持ったなら、女子生徒たちの波紋も小さくて済んだが、全ての男子生徒と友好関係を持ってしまったので、その影響力は桁違いだ。

 犬塚君が小さく溜息を吐いて現状を受け止める。


「まあそれはともかくだ。久野さん。これからもよろしく頼む」

「こちらこそよろしくね」


 いつまで男子寮の一室を間借りするかわからないが、女子生徒との関係修復は表面的ならまだしも、内面的にはもはや手の施しようがない。もしかしたら高等科を卒業するまで女子寮に帰れないかも知れない。

 アタシはそうなっても別にいいかと、考えを切り替える。部屋に引き篭もってサブカルチャーを楽しめてさえいれば、自分にとっては十分に幸せなのだから。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 7/22 ・公開処刑www  これまだ7話ですよ [気になる点] >>>アタシが十八人分の白濁液をあっという間に搾り取り、カノンに残らず回収させているシーンを想像している間にも、学園長の…
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