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交流会

 何故アタシばかりがこんなに苦労しないといけないのか。現状には納得出来ないが、それでも降りかかる火の粉は払わねばならない。

 最初はさっさと転校しようと考えていた。アタシが迷惑をかけたのは事実だが、責任まで取る必要はない。しかし中途半端で放り出すのは個人的に後味が悪い。

 なので地方の女子校にいつでも逃げられるよう転校届を準備し、アタシなりに足りない頭で考えた尻拭いを行うことに決めた。

 どうせなら立つ鳥跡を濁さずで、後悔なしに立ち去りたいものだ。




 男子生徒たちから交流会を開きたいことを上に伝えさせると、生徒会や学園関係者の許可はすぐに取れた。

 女子生徒たちの間で不満が溜まっているのは明らかであり、解消する場を設けなければいけない。それが交流会を行う理由の一つなのだから。


 さらに今回は、今までの交流会とは違う段取りで行いたいことを伝えると、そちらは過去に例がないので難色を示した。

 それでも最後には学園長が他の関係者を説得して、何とか開催を承諾してもらえたのだった。




 上の者たちに話を通してから一ヶ月が経ち、五月になった。そんな暖かく天気にも恵まれた日曜日に、ようやく交流会が開かれることになった。

 アタシは最初は一週間もあれば交流会が開けると思っていた。しかし新しい試みなのでトラブルを防止するため、万全を期そうと学校関係者は考えた。

 さらに学園長が、うちの学園で面白い交流会を開きますよ! …と外部に向けて発表したらしく、何処からか政府の関係者や取材陣が集まって来た。

 他所様に見せるのなら恥をかかないよう豪華にしなければ、あとは安全管理だけではなく、不測の事態にも対処出来るように色々と駆け回った結果、開催日が大幅に伸びてしまったのだった。


「あー…今日も良い天気だなー」

「久野さんは現実逃避か?」

「いやだってさ。この一ヶ月、全然気が休まらなかったんだよ」


 不満の捌け口のアタシが女子寮に帰ったら、何をされるかわからない。なので恨みを買うのを覚悟で上で、この一ヶ月間はずっと男子寮に泊めさせてもらっていた。

 もちろん誰かの部屋に転がり込んだわけではない。寮は部屋数だけはやたらと多かったので、空いている部屋を借りただけだ。

 そして学園でも常に男子と一緒に行動して安全を確保していたので、直接暴力を振るわれることはなかった。


 それでも所持品を隠されたり、体操服や運動靴を切り裂かれたり、二階のトイレからバケツの水をぶっかけらたり、机に花瓶を置かれて下手な落書きされたりと、それ以外にも酷い目にあった。

 自分も当然やられっぱなしではなく、アタシが狙われるのは百も承知なので、カノンに頼んで小型カメラやマイクを取り揃えてもらい、徹底した監視体勢を維持してもらった。

 犯人が判明したら生徒指導室に呼び出しをかけて、教師や男子立ち会いのもとで。アタシは苛めを仕掛けた相手の顔面にグーパンチだ。


「アタシだって、こんなことしたくないんだよ。でも仕方なかったんだ」


 キミが泣くまで殴るのを止めないとは言わないが、女子の中でも非力な自分がパンチしても大したダメージにはならない。しかし長年女としての美を追求してきた顔が、憎き相手に僅かでも傷つけられたのだ。精神的にはかなりキツイはずだ。

 相手がいくら謝っても形だけの反省では意味がないので、ガツンと一発殴って手打ちにする。この一ヶ月はずっとそうして来た。


「だが今回の交流会が終わったら、女子生徒の不満は解消されるんだろう?」

「ごめん。それ無理」

「…えっ?」


 雲ひとつない青空からアタシの隣に立つ犬塚君に顔を向けて、諦めたような表情で彼に言葉を返す。

 身を守るためとはいえ、アタシはやり過ぎた。ぶん殴られた女子生徒は自分から仕掛けたことも忘れて、久野里奈を心の底から恨み続けるだろう。

 学園関係者もアタシの存在を持て余し気味で、危険人物は退学にしようという考えが広がっているらしい。


「男子生徒に向けられる肉食系の不満はある程度解消されるけど、アタシに対する憎しみは残るよ」

「ちょっと待てよ。それじゃ久野さんは何のためにこんな…」

「もちろんアタシのためだよ。学園を去る前に、せめてもの尻拭いをと思ってね」


 男子生徒に対するわだかまりが解消されて、悪役のアタシが退場すれば学園は元通りだ。交流会が上手くいけば男女の距離が近づいた分、彼らも少しは過ごしやすくなる。

 共学に未練などなかったので、地方の女子校に戻っても何の問題もない。


「本気なのか?」

「アタシはいつだって本気だよ」

「ああ、そうだったな」


 たとえ誤魔化しても顔に出やすいのかすぐにバレる。あまり嘘は得意ではないし人を騙すのは心苦しい。

 この一ヶ月は色々あった。アタシはあちこち駆けずり回ってばかりだったが、少なくとも退屈はしなかった。

 それに共学の雰囲気を肌に感じることも出来たので、まあ人生経験という観点からは悪くはなかったのではなかろうか。

 アタシは両手を空に向けて大きく伸びをして、気持ちを切り替える。


「んー…とにかく今は、交流会を成功させること!

 それが出来ないと絶望の未来編に一直線だからね!」

「わかった。久野さんの説得は後回しだ。

 いいか! 転校なんて絶対にさせないからな!」


 時間が来たので運動場に割り当てられたそれぞれの持場に移動する犬塚君に、アタシは後ろから申し訳なさそうに声をかける。


「…ごめんね」


 実は本心ではこの手は使いたくなった。しかし現状があらゆる点でそれを許さないのでは、仕方ないのだ。アタシは転校しても平気だが、残された男子生徒は悲しんだり、自分を責めたりするかも知れない。

 かと言って、残れば女子生徒や学園関係者たちの不満の捌け口にされて、また憎しみの連鎖が生まれてしまう。

 アタシは犬塚君が去ったあと、俯いて地面を見ながら小さく呟く。


「はぁ…最初は未練なんてなかったんだけどなぁ」


 この一ヶ月、男子寮に住んで交流会の計画を練っているうちに、皆と仲良くなった。十八人は多いようで少ない。

 同じ釜の飯を食うというのか、情が湧いたというのか、転校するにしても少しだけ後ろ髪を引かれる。

 だが確実に事態を収める手段は、悪役の退場が一番手っ取り早いので、避けられない結末と言える。


「まあいいか! 別に今生の別れでもないし!」


 どちらにせよ交流会を成功させない限り、絶望の未来編からは逃れられない。最後の尻拭い失敗させるわけにはいかない。


 そして女性に対して悪い感情しか持っていない、男子たちの協力を得るには、アタシも体を張るしかなかった。

 何度かに渡る交渉の結果、交流会を無事に乗り切ったら、男子全員に対して個別にギュッとすること、そう約束させられて契約書まで書かされたのだ。

 交流会を成功させる。十八人全員に勝利のハグをする。両方やらなければいけないのがアタシの辛いところである。当然覚悟などこれっぽっちも出来ていない。


 だがそんな暗く沈みそうな気持ちに活を入れて、今はとにかく自分の持ち場に行かないと…と、顔を左右に振って考えるのを止めたあとに、小走りで急いで向かうのだった。







 学園創立以来変わることなく行われてきた交流会は非常に堅苦しいものだ。国会の審議応答のように、女子生徒たちからの質問に男子生徒が答えている形で淡々と進んで行く。

 それによって男子への理解を深めて、男女の関係を円滑にする。話題作りの一環にもなるし、相手の好き嫌いを知ることはそこまで悪くはないのではなかろうか。




 だがアタシの提案した交流会は全く違った。まずは運動場に合金性の机と椅子を、男子の人数を同じ十八セットを一列に並べる、それをまるで死刑囚との面会ように、小さな穴が空いた特殊防弾ガラスによって区切り、女子生徒の一人ずつと直に対面する。

 これは大災厄以前の、アイドルの握手会を参考にさせてもらったものだ。


「あっ…あのっ! 犬塚君! 初めて見た時から、ずっと好きでした! そっ…それと!」

「ありがとう。嬉しいよ」


 向かい合う二人の間に手が入る程度の穴を開けて、特殊防弾ガラスを挟んで握手を行う。そして三十秒という時間を使い、女子生徒には自己PRを行ってもらう。


「…三十秒が経過しました。次の方に交代してください」


 もちろん握手も自己PRも任意なので強制ではない。タイマーを持って無慈悲に二人を引き裂くのは、女性型アンドロイドたちの仕事だ。

 彼女たちは男性の結婚相手に含まれないので、個人的な恨みは買いにくい。


「でもこれ、いつの間にか大告白大会になってるなぁ」


 アタシは裏方であり、握手会場からもっとも近い校舎の空き教室をスタッフルームに改造し、そこで監視カメラが捕らえた映像で全体を見渡しながら、問題が起こったらマイクの電源を入れて、各自に指示を出す役目だ。

 本日は全校生徒が参加しているので、男子十八人と女子五百二十ニ人、アタシ抜きが対象になる。これはなかなかにハードだ。


 その後も目の前の男子に告白する女子生徒が相次いだが、彼らは事前の打ち合わせ通りに笑顔を崩さず、相槌を打ったり玉虫色の返事を行う。そうすればいずれは時間切れにより、自動的に判定勝ちになる。


 現実には告白をOKしてないのだが、彼女たちは自分を受け入れてくれたと思い込んでしまう。今まで溜め込んでいた思いをぶつけられたので、気分は晴れやかになる。

 告白した女子のことを思った相手が覚えていれば最初の一歩を踏み出せる。再開を果たした二人の関係が進むか後退するかは、神のみぞ知るだ。

 どちらにせよ会話の糸口にはなるので、自己PRを行う意味は十分にある。


「問題は彼らの記憶にどれだけ残るかだけど。

 そこら辺は女子の頑張り次第だね」


 静かに背後に控えるカノンが、そっと出してくれた緑茶で喉を潤しながら、会場の様子を監視カメラから観察する。

 男子寮の管理人やガードマン、そしてアタシが協力して、即興の自己PRや告白の練習をしたのだから、男子の皆には成功してもらわないと困る。


 体調不良や不審な動きがあった場合はすぐに連絡が入るが、現場の判断で動くことも視野に入れている。

 しかし特にこれといったトラブルは起きずに、早朝から始まった握手会は無事に終えることが出来た。


「今のところは順調ですね」

「まあたくさん練習したし。交流会の流れも皆に知らせてあるからね」


 外部からも人が来るので、なおさら失敗は出来ない。事前の準備は万全であり、学園の授業の一環として扱うので、詳しい情報は生徒全員にあらかじめ知らされている。

 握手会が終わって次の会場の準備に入り、各スタッフが慌ただしく走り回っている。その間に男子生徒は椅子に座って飲み物で喉を潤し、皆は一休みだ。


「次の予定はビンゴ大会だったよね?」

「もしかしてお忘れですか?」

「そうじゃないけど、確認のためにね」


 一段高い舞台が組み立てられたので、その上に十八人の男子生徒が移動して、椅子に座って始まるまでその場で待機する。

 ビンゴカードを全校生徒に配り終えたことを確認すると、舞台の後ろに半透明の方眼紙が何もない空中にぶら下げられたかのように、表示される。


「里奈様、ビンゴ玉もカードもデジタル情報で良かったのでは?」

「こういうのは現物で回したほうがワクワクするんだよ」


 まずは三年生の男子が代表としてルールを簡単に説明し、残り一穴で二列が揃う直前に舞台に上がるように伝える。

 そしてガラガラビンゴを十八人が交代で回し、回した本人が大声で読み上げる番号が半透明な巨大方眼紙に表示されていく。


「皆さん、嬉しそうですね」

「誰にでも平等にチャンスがあるし、賞品も魅力的だからね」

「里奈様も欲しいですか?」

「んー……アタシは、いらないかな」


 カノンと他愛もない話をしている間にも、続々とリーチの女子生徒が舞台にあがり、やがて最初のビンゴが出た。

 代表の三年生がマイクを近づけて名前と学年を尋ねる。どうやら一年生らしく、お相手はすぐ目の前に居る彼を希望した。


「なかなかのチャレンジャーだね」

「里奈様のほうが上だと思いますが」

「だよねー。わかるー」


 アタシは色々とはっちゃけてるので、カノンもその辺りはちゃんとわかっている。しかし生まれ持った性格というか、勢いに乗るとブレーキが壊れて止まらなくなるのだ。


 そして三年生の男子は、サイン色紙に彼女の名前を記入して、一枚の写真を封筒に入れて、そちらも手渡す。

 さらには舞台の上で女子生徒の腰に手を回して抱き寄せ、耳元でビンゴおめでとう…と、御礼の言葉を送る。その瞬間に会場中が大きくどよめいた。


 それをやられた一年女子は、顔を真っ赤にして放心状態のようだ。とは言え賞品はまだ残っているので、ここで止めるわけにはいかない。

 交流会の女性スタッフに手を引かれながら、幸せそうな表情をしながら彼女は舞台から降ろされ、ビンゴ大会を再開する。


「里奈様もアレをやられてましたね」

「そうだね。色んな意味で大変だったよ」


 練習なのにやけに演技に身が入り、皆がアタシに抱きついたまま全然離してくれないのだ。アレが大きくなって収まりが効かなくなり、アタシの体に当たってしまう男子も一定数居た。

 本番でそれをすると恥をかくので何とかならないかと言うと、それは久野さんだけなので大丈夫だと、根拠もなく自信たっぷりに言い切った。


 そしてビンゴ大会だが、賞品はまだ余っているが、あまりに幸せすぎて放心状態になる女子生徒が多すぎたため、残念ながらスケジュールの関係上、時間切れになってしまった。


「誰一人恥をかかずに、無事に終わりましたね」

「でもまあ、遠足は家に帰るまでが遠足だからね」


 ビンゴ大会が無事に終わったので、男子生徒は全員が椅子からたちあがって舞台の上で一列に並び、閉会式を行う。

 三年生の男子が代表として閉会の挨拶を行い、交流会のスタッフが次の準備に入る。


 このあとはバーベキューである。そこで楽しく飲み食いして、飽きるか適当なところで女子寮に帰り、風呂に入って寝るのだ。

 もちろんこれにも交流会としての意味はちゃんとある。


「あとは出張ホストだけど、大丈夫かな」

「里奈様も接待されたのですよね」


 成人年齢が引き下げられてもお酒は二十歳になってからだ。彼らはアタシを酔わせて、その後でどうするつもりだったのか。


「まあね。こっそりお酒飲ませようとしたから怒鳴ってやったよ。

 アルコールは体に良くないのに、一体何処から調達してきたのやら」


 どうせろくなことにならないので、途中で気づいて本当に良かった。

 ちなみにバーベキュー会場では、女子生徒はクラスごとの焼台から動いてはいけない。そこに一年、二年、三年の六人ずつの男子生徒が順番に出向いて、飲み物を注いで回るのだ。


「これもサルベージした情報ですよね?」

「うん、大災厄の前には風俗業とか呼ばれてた仕事なんだって」


 大災厄以前には色んな文化があった。今は男性の人数が大きく減少したので、ホストに就くことは出来ない。と言うより古いネットの海の情報の中でしか、存在しない仕事なのだ。


 そんなことを考えている間にもバーベキューは進んで行き、各焼台のクラスで一定時間ずつの接待を果たし、無事に全ても回ることが出来た。

 各々の役割が終わり、十八人の男子生徒はジュースで乾杯を行い、自分たちの焼台に肉と野菜を楽しそうに並べ始める。


「里奈様、どうぞ」

「ありがとう。カノン、これが最後の晩餐だね」


 自動人形が何処からか調達してきた、少し焦げた野菜と肉を乗せた紙皿をそっと差し出し、バーベキューソースのカップを机の上に置く。

 男子生徒の役割と同じで、アタシも本日の業務は全て終わったのだ。首を軽くほぐしてから、割り箸を二つに割って、いただきますを行う。

 あとは悪役の最後の仕事として、学園をクールに去るだけだ。アタシは高級肉に舌鼓をうちながら、最後はどんな負け台詞で締めくくろうかと、あれこれ考えるのだった。

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[良い点] 6/22 ・さあさあ一回登って、下降してから、どうなる? [気になる点] 最後の晩餐と、バーベキュー、この組み合わせナイス [一言] あえて世界観から外れた要素を主人公が用意する、 する…
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