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図書室への逃走

 学園に入学して二日目になり、アタシは一年一組の教室で自分の席に座り、ホームルーム活動中の先生の説明を右から左へ聞き流し、大きなアクビをしていた。

 そんな情けない様子を見て、隣の宮田君が心配そうに声をかける。


「久野さん、大丈夫?」

「徹夜で付き合わされて大丈夫に見えるなら、宮田君の目は節穴だよ」

「ごめんね。でもあんなに楽しいのは初めてだったし、皆喜んでたよ」


 最新のゲーム機でアタシを含めて二十人対戦をしたのは初めてだった。自分もそうなので、今までテレビゲームに触れたことがない男子生徒の衝撃は計り知れない。


「もし良かったら、またゲーム大会を開いてくれないかな」

「優勝賞品がアタシじゃなければいいよ」

「えぇー…久野さんと付き合えないと、皆のやる気がダダ下がりになるんだけど」


 昨日は十八人がかりでアタシの純潔を奪おうとしていたのだ。途中で男子が何度も屁理屈をこねて盤面自体をひっくり返そうとした。

 そのたびにアタシは逆に、わがまま放題に育てられたお坊ちゃんはこれだから! こいよ男子生徒! 特権階級なんて捨ててかかって来い! …と、アタシは逆に煽ってやった。


 男性の権利を行使して命令するか、力尽くで押し倒されたりしたら、女のアタシは為す術もなく純潔を奪われてしまう。

 あくまでもルールのあるお遊びであり、ゲーム大会として優勝賞金に徹しなければいけなかったのだ。

 処女を守るには死中に活を求めるしかないのが悲しいが、時間が経つごとに皆は段々と不満を漏らすことがなくなり、聞き分けが良くなってきた。


 だが結果的には何とか勝てたものの、夜が明ける頃には皆はかなり上達しており、最初はアタシを独占するためのスタンドプレーだったが、後半はとにかく皆で一丸となり、協力して久野里奈を倒す。

 そして婚約者候補を手に入れたあとに、あらためて誰と結婚するかを決める方針に切り替えたらしく、十八人は連携を取って戦うようになった。


 そんな多勢に無勢な状況が続けば、いくら世界トップランカーのアタシでも足元をすくわれかねない。向こうは交代で休息できるが、自分は一人だけでトイレ休憩以外は、ほぼぶっ続けでの徹夜プレイなのだ。

 あのまま続けていれば、いつか集中力が切れた隙を突かれて、敗北していたのは間違いなかった。その後は現実のアタシもベッドの上で純潔を散らして、人生の墓場に一直線である。


 とは言え流石に何もなしでは可哀想なので、参加賞をあげることにした。学園に登校する前に大浴場に向かい、競泳水着を着用したアタシが、そこで一人ずつ順番に性処理したのだ。

 学校の授業でしか経験がなかったとは言え、初めてにしてはなかなか上手く出来たと思う。特に十八人目ともなれば、コツも掴んだのでほぼ瞬殺だった。


「本当に男子生徒のエロへの情熱は恐ろしかったよ」

「それだけ久野さんが魅力的だったんだから仕方ないよ」

「宮田君、さらっと口説かないでよ」


 アタシが魅力的なのかどうかは置いておいて、その時の彼らは顔が赤くて興奮状態であり、我慢出来ずに暴発寸前なほどに高ぶっていたのはわかった。

 実際に一発出しただけでは止まらず、皆に頭を下げてお願いされたので、仕方なく二周目に突入したが、それでも静まらずに三周目も頼まれた。


 しかし学園に行く時間が近づいていたのと、アタシの両手がいい加減疲れてきたので、惜しまれつつも終了となった。

 どさくさに紛れて競泳水着を脱がそうとしたり、アタシの胸や尻に触ってくるので、性欲が減退している今どきの男子とは、とても思えなかった。

 もちろん今回外に出した精子は、アンドロイドのカノンが全て回収済みだ。たとえ前戯での射精とはいえ、一滴たりとも無駄には出来ないのだ。


「ふあぁ……眠い」


 再びアクビをしながら机の上に突っ伏す。四月の温かな日差しが窓から差し込み、このまま眠ればとてもいい夢が見られそうだ。

 うつらうつらとまどろんでいると、突然耳元で大きな声が響いてきた。


「久野さん! 聞こえているのですか!」

「はっ…はひっ!? あっ…すっ、すみません。聞いてませんでした」


 クラス担任の若い女教師が、いつの間にかアタシのすぐ隣に立って、怒りの形相で腕を組んでこちらを睨んでいる。

 ホームルームの説明を聞き逃していたのは事実だが、そこまで怒らなくてもいいと思う。男子の精神的負担を軽減することも、女子の役目の一つなのだ。


「聞いた話によると、昨日は随分と大騒ぎをしたようですね!」

「はっ…はい、まあ…多分」

「貴女のわがままで男子生徒を散々振り回して! 女王様にでもなったつもりですか!」

「いっ…いえ、別にそんな気はこれっぽっちも…」


 どう考えてもホームルームとは関係がない。そして昨日の男子寮での馬鹿騒ぎは、早くも噂になっているようだ。

 一体何処から何処まで知られているのかと考えたが、男子生徒の監視は万全らしいので、きっと一から十まで全部だろう。


「宮田君も、久野さんが怖くて言い辛いでしょうけど。

 困ったことがあれば先生が力になるから、いつでも相談していいのよ」


 彼女はアタシに向ける般若の形相から一変し、慈愛の女神のような優し気な微笑みを浮かべて、宮田君の両手を強く握る。

 ここまであからさまな態度を取られれば、彼のことをどう思っているかの推測は容易だろう。


「ありがとうございます。先生。何かあれば相談させてもらいますね」


 宮田君は彼女に手を握られたほんの一瞬嫌な顔をしたように見えたが、すぐに天使の微笑みを担任の先生に向け、目の前の女教師だけでなくクラス中の女子がウットリと見惚れて頬を朱に染める。

 そのまま銀髪の少年がそっと手を離すと、女教師は名残惜しそうな顔をして、アタシに刺すように視線でキッと睨みつける。


「久野さんは、今後これ以上問題を起こさないこと! わかりましたね!」

「はっ…はい」


 男子生徒たちのわがままに振り回された被害者なのだが、それを担任に伝えたところで説教しか返って来ないだろう。

 あからさまな態度だったので、彼女はどう考えても宮田君に気がある。そして男子生徒のお悩み相談は点数稼ぎか、放課後の個人授業でも企んでいるのか。とにかく触らぬ神には祟りなしだ。

 アタシを叱りつけて鬱憤が晴れたのか、教卓に戻っていく若い女教師を見送りながら、面倒なことになったなぁ…と心の中で大きな溜息を吐く。


 おまけに一年一組のほぼ全ての女子生徒からも、キツめの視線がビシバシ刺さり、こっちを見下すように嘲笑してくる。込められている感情は、妬み、恨み、嫉妬などのドス黒いものばかりだ。

 男子生徒との素敵な出会いを求めて、共学の狭き門を潜り抜けてきたのだ。彼女たちにとってアタシは排除すべき敵だ。


「はぁ…転校したい」


 これはもう、たった一日でクラス内だけでなく全校生徒を敵に回してしまったと思ったほうがいい。しかし危険域ではあるが、まだ沈没したわけではない。

 昨夜の感じでは全ての男子生徒と友好的ではあるが、肉体関係を持ったわけではないし恋人や婚約者でもないのだ。

 それでも針のむしろであることに変わりはないので、ホームルームが終わって昼休みに入ったとき、アタシは男子生徒以外の全てが敵である教室から、一目散に逃げ出したのだった。




 向かった先は図書室で、書物を保存している施設だ。流石に百年以上も紙質が保たないので全てが再版になる。

 しかし学園の中で、大災厄以前の文化に触れられる貴重な場所なのは間違いない。


 そして現代では端末を使えば書物より簡単に、より詳しい情報を調べられる。わざわざ紙に書かれた文字を読み解こうなど、現代では相当な変わり者だけだろう。

 予想通り生徒が全く寄りつかない図書室で、日当たりの良い場所を探す。そして見つけた大机の側の椅子を引き、積もった埃を軽く払ってから、溜息を吐きながら腰を下ろした。


「ふぅ…カノンにお弁当頼んでおいてよかったよ」


 薄々こうなることはわかっていた。まだ酷い苛めにはなってないが、早くも露骨な敵意の視線を送られたり、あからさまに無視をされている。

 直接的な危害を加えられるのも時間の問題だろう。お弁当の包を解いて蓋を開け、水筒の温かなお茶を簡易コップに注ぐ。


「いただきます」


 昨日は結局男子寮に一泊して、朝食までごちそうになってしまった。今日のお弁当はその残り物だ。

 このままでは女子寮や学食に行くのは不可能なので、今後の学園生活をどうやって過ごしたものかと。美味しい料理を食べても気分は相変わらず落ち込んだままだ。


「どうしたものかな。やっぱり転校かな?」

「久野さんが俺と結婚して、家庭に入ればいいんじゃないか?」

「だから結婚はなしでね」


 アタシの物より大きなお弁当を抱えた犬塚君が、嬉しそうな笑顔でこちらに歩いて来る。一体何故自分が図書室に居るこがわかったのか。

 それはともかく、彼の言う通りに結婚して家庭に入れば、子育てに専念したいからという理由で、学園は中退することも可能だ。

 犬塚君の妻になって家に引き篭もり、多額の援助金を受け取って面倒なことは全てカノンに任せる。そして自分は、お腹を痛めて生んだ娘の教育に専念するのだ。

 だがぼんやりとは思い浮かぶが、詳細なイメージが全然湧いて来ない。


「犬塚君との結婚生活とか想像出来ないなぁ」

「それは俺もだ。だがもしそうなれば、きっと楽しいと思うぞ」

「そんなもんかな?」


 そう言って彼はアタシの隣の椅子を引いて、そこにドカッと腰をおろす。続けて大きな弁当箱を机の上に広げる。具材はアタシの物と同じだが、量が段違いだ。


 白くて大きな家や子供は何人とか考えたところで、そんなに上手くいくとは思えない。理想の結婚生活を想像して、予想と違ったからと鬱憤を溜め込むぐらいなら、行き当たりばったりでもいいかも知れない。

 ただしアタシは今の独り身で満足しているので、結婚したいとはこれっぽっちも思っていなかった。


「まあそれは置いといて、問題はこれからどうするかだよ」

「俺や他の男子から言っておこうか? 久野さんには手を出すな! …とか」

「それは絶対に止めて!」


 自分のお弁当の中身を、箸で摘んでは美味しそうに口に運ぶ犬塚君は、きっと善意で言ってくれている。だがそれは火に油を注ぐようなものだ。

 一時的に沈静化出来ても、不満が解消されたわけではない。絶対にまたいつか爆発する。しかも下手に溜め込ませた分、被害がもっと大きくなる。

 おまけにアタシが男子を操っているとか、黒い噂も広まりそうだ。教室であった女教師とのやり取りで、そんな面倒な未来が訪れることを想像できてしまった。


「大体久野さんに手を出すほうが間違ってる。

 何も悪いことをしてないどころか俺たち男子は皆、感謝してるんだ。

 言いがかりにも程があるだろう?」


 彼の言うことは正論だが、人は理屈では納得できない感情というものがある。これがなかなかに面倒臭い。

 アタシが攻撃されているのが気に入らないのか、興奮気味の犬塚君を何とかなだめようと、強引にでも話題をそらす。


「あー…犬塚君、右のほっぺたにご飯粒ついてるよ」


 犬塚君のほっぺたについていたご飯粒をアタシは指で摘まみ、一瞬迷ったが結局自分の口の中に放り込む。流石に手で掴んだ物を他人に食べさせるのは汚いと思い、こちらで処理することにしたのだ。


「あっ…ありがとう。

 とにかく俺たち男子は久野さんの味方だ。何かあれば全面協力するからな」


 少し顔を赤らめながらお礼を言う犬塚君を眺めながら、アタシは状況を好転させるべくあれこれ考える。


「んー…アタシが責められる原因になってるのが、男子の独占なんだよね」

「それはおかしくないか? だって久野さんは…」

「うん、おかしいよね。アタシを独占しようとしてるのは男子のほうなんだから」


 学園では各クラスに女子二十九人と男子一人で、一年から三年まで一組から六組に分かれている。

 一日の殆どの時間を教室で過ごしている以上、男子と接する機会はいくらでもある。…そのはずなのだ。


「男子寮は男子しか居なかったよね」

「久野さんが居ただろう? それとガードマンや寮の管理人たちも」

「いやまあ、そうなんだけどさ」


 子作り推奨なので異性の恋人や婚約者を自由に連れ込める。だがあそこで引っ張り込まれた学園の女子生徒は、アタシ一人だけだった。

 実は頻繁に夜のお付き合いが行われているのかは不明だが、何となくだがそれはなさそうだと、アタシが来るまで自室に引き篭もっていた男子たちを見て、そう判断した。


「つまり男子は女子を避けてるんだよ。

 それなのにアタシが男子生徒の皆と仲良くなったから、自分たちが出遅れたことに焦ってるの」


 女子生徒たちは男子生徒とお近づきになりたい。しかし今まで通りにやっても、お互いの距離を縮めることは出来ない。だから目障りなアタシを潰そうとしているのだ。

 だが自分も一方的にやられるサンドバッグになるつもりはないので、当然やられたらやり返すつもりだ。

 しかしそれと同時に、面倒な状況を改善したいとも思っている。幸いなことに男子生徒の協力は得られるようなので、ここはお言葉に甘えさせてもらう。


「そこで相談なんだけどさ」

「何だ?」

「かなり時期は早いけど、交流会を開いてくれない?」

「…それは」


 学園の男子生徒は総勢十八、そして女子生徒は総勢五百二十ニだ。地方からかき集めた男子高校生は、たったこれだけしか居ない。

 もちろんこれはアタシの居る県のみだが、たとえ日本の男子高校生をかき集めても、千人を越えることはない。


 そして交流会とは女子生徒に出会いを与える場であり、男子生徒の恋人や結婚相手を探す場所でもある。開催は不定期だが、男子の体調と女子の不満を天秤にかけて、一ヶ月に一度ぐらいの間隔で開かれている。

 万が一に備えて教師やガードマンが控えて居るとはいえ、ギラついた目をして興奮気味の肉食系女子たちの前に、甘やかされて育った男子を立たせるのだ。それはもう相当の恐怖を味わうことになる。

 少中高と共学のレールを歩いて来た犬塚君が、難色を示すのもわかる。


「…わかった。何とか説得してみよう」

「ありがとう。でも、本当にいいの?」

「ああ、久野さんのお願いだからな。それに、何か考えがあるんだろう?」

「アタシの読み通りなら、そう悪いようにはならないと思うよ」


 お弁当を食べ終わった犬塚君が、嬉しそうに笑いかけてくる。まだ一日と少しの付き合いの割に、早くもアタシたちの間に信頼関係が芽生えているようだ。

 できれば他の女子生徒と恋愛関係を築いて欲しいが、そちらはまだ難しそうである。


 なお、入学して二日目以降も交流会の段取りを行うという理由で、男子寮への泊まりになってしまい、学園中の女子生徒の負の感情を集めることになる。

 だがそれはコラテラルダメージだ。戦略的にやむを得ない犠牲として、針のむしろの学園生活を続けるしかなかったのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 5/22 ・だがあそこで引っ張り込まれた学園の女子生徒は、アタシ一人だけだった。  ここ [気になる点] 犠牲の犠牲になったのだ。……はいいとして [一言] 主人公の目的(平穏) →失…
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