男子から呼びだされた件について
アタシが生まれる前から男女比は1対99に突入していたが、現代になっても改善の目処はつかずに世界人口は年々低下し続けている。
女性は辛うじて現状維持が出来ているが、男性は確実に減っている。主に他殺や自殺でだ。それ以外にも甘やかして大切に育てられたせいか心も体も弱くなり、病気への免疫力まで下がってしまった。
試験管ベビーや人工授精も作られるのは女だけであり、それさえ少しずつ遺伝子の劣化が進み、もう百年も保たずに人工的に新生児を作ることさえ不可能になる。
労働力だけは女性型アンドロイドを複製することで問題なく補えているが、何とも八方塞がりで暗い未来だ。
今さらそんな現状を嘆いたところで、学園への入学が取り消しになるわけではない。本当は犬塚君がアタシに自分のクラスへの変更願いを出したらしいが、学園長によってそれは却下された。
何を考えてアタシを伴侶に選んだのかはわからないが、結婚という人生を左右する重大なことだ。少しでも時間と距離を置けば、自分を選ぶという愚かしい行動を反省するだろう。
昔の漫画では一目惚れで告白して一発OKもあるらしいが、アタシはその辺りは現実を見ているので、超速で人生の墓場行きは遠慮したい。
何よりも最難関の入試を何故か通過してしまい、共学の高等科に通うことになったものの、自分には結婚願望がない。
普通の友達付き合いなら構わないが、恋人やそれ以上の関係はノーセンキューだ。
「宮田冬樹です。一年間よろしくお願いします」
廊下から入ったあとに担任の先生に教卓の前に立たされ、女子生徒たちに緊張しながら頭を下げる宮田君を可哀想だと思うが、そんな実験動物的な扱いを見てもアタシには何も出来ない。
そのまま何の感情も浮かばない表情で、肉食系女子の皆に習ってパチパチと小さく拍手を送る。
彼は銀色の髪が光を浴びて輝き、犬塚君とは違って線が細く華奢な体つきだ。それでも男子なので、自分よりは絶対に強いんだろうなと思う。
そんな美少年をぼんやりと眺めていると、一瞬だが視線が合ったような気がした。
「先生。席の希望なのですが、久野さんの隣は駄目でしょうか?」
その言葉が聞こえてしまったアタシは、チベットスナギツネのような顔をしていたと思う。そして今のご時世は、男性の希望が叶わないことは殆どない。
経済こそ人間の女性と女性型アンドロイドが中心になって回しているが、そんな中で男性は最優先で保護すべき存在で、彼らの心身を害するストレス要因は可能な限り排除すべきだ。当然教育機関にもその方針は周知している。
「久野さん、よろしくね」
「よっ…よろしく。あとアタシの名前知ってたんだ」
「入学初日に壁に押しつけて告白をした犬塚君と、それを振った久野さんの話は有名だからね」
絶句するしかなかった。そして早くも学園で噂になっていることにアタシは頭を抱える。窓際の最後尾の席が自分で、右隣りの机に荷物を置き、宮田君が椅子を引いてゆっくりと腰をおろす。
「気になったんだけど、久野さんは結婚を望んでないって本当?」
「本当だよ。だから宮田君がもし結婚を考えてるなら、アタシ以外の女子生徒にしてよね」
アタシは左手で頬杖をつきながら、右手でシッシッ…と煙たそうに宮田君を扇ぐと、彼はそれを面白そうに眺めながら、間髪入れずに爆弾発言を口にする。
「犬塚君が好きになるのもわかるよ。久野さん、僕も立候補していいかな?」
「はぁ!? じょっ…冗談じゃ…!」
「本気なんだけど。壁を背にして告白しないと伝わらないのかな?」
「けっ…結婚なんて人生を左右すること! そんなに軽々しく決めるもんじゃないよ!」
顔を赤くして震えながらも宮田君にお断りするが、これでアタシは入学初日に二回も男子生徒を振った女として、学園の噂になることが決定してしまう。
一年一組の教室は現在ホームルーム中なので、目撃者には事欠かない。今は何かの役員を決めていたかも知れないが、彼の発言があまりにもとんでもないので、女教師を含めて皆がそちらに食いついてしまい、話が全く進んでいない。
「そうかな? 久野さんは僕の中身を見てくれるけど、今の時代にそんな女性は殆ど居ないよ」
「……ふーん」
「あまり興味はなさそうだね」
「やっぱり結婚するつもりはないから、男性の好みの女性とか心底どうでもいいし」
その説明は結婚したがっている女子生徒に、ぜひとも聞かせてあげて欲しい。現在一年一組のクラスの皆は耳を澄ませているので、有限実行に移して彼のハートを射止めるのだ。
これで少しでも男女の仲が進展するなら、宮田君が隣の席に座ったかいがあった。アタシはそう考えたが、次に彼は否定の言葉を口に出した。
「でもいくら女子が優しい言葉をかけても、男子にはそれが本心じゃないってわかるんだよね」
「そんなものかな?」
「そんなものだよ」
彼の言葉で一年一組の教室内の空気が重くなった気がする。だがアタシには関係ないので、宮田君との会話は右から左だ。
初日なので午前のホームルームが終わったら解散になる。そうしたら女子寮に行ってベッドに寝転がり、端末に記録してある大災厄以前の漫画を読んでのんびりしたい。
そんなことを考えながら、相変わらず積極的に話しかけてくる宮田君に、適当な相槌を打つのだった。
初日の授業が全て終わったので女子寮に戻ったアタシは、アンドロイドであるカノンの伝言を聞いてうんざりしていた。男子生徒からの呼び出しを受けたのだ。
ちなみに男子寮に女子に入ることは禁止されている。肉体関係を結ぼうと強引に迫る女子生徒に、性的暴行を受けてしまう可能性があるからだ。
だが個人的に呼び出された場合は別だ。念のために恋人や夫が来るまで入り口のロビーに待機を命じられるが、男子寮に入ることが出来る。
しかしアタシはまだ男子と付き合っても、結婚してもいない。友人や知り合いでもOKらしいが、このパターンで呼び出される女子は多分、自分が初めてだろう。
荷解きはカノンが全てやってくれたので、アタシは部屋に帰ってゴロ寝するだけだっだ。しかしくつろぐことさえ許されずに、即日に呼び出されるとは思わなかった。
そして相手は一人ではなく二人で、犬塚君と宮田君だ。こういう場合はゲームではR18方面に行くが、今の御時世では女子のほうが男子を性的に食べてしまう。
まあアタシは女子力の欠片もないから、たとえ逆パターンでも襲われることはない。…と思いたい。
女子寮から徒歩五分の距離を憂鬱な気分で歩いて向かい、警戒厳重な男子寮の入り口に到着したところで、人間の女性のガードマンに呼び止められる。
そして犬塚君と宮田君に呼び出しを受けたことを告げると、ああ…貴女が噂の…と、うっかり口を滑らせたあと、慌てて今すぐ確認を取るので、ロビーでしばらく待つようにと言われる。
言いつけ通りに女子寮よりも豪華な男子寮の入り口のロビーを適当に見回して、自分の他に人が居ないようなので空いている長椅子に腰を下ろして、手提げ鞄から最新の携帯ゲーム機を取り出す。
ハードこそ何年かに一度は新しい物が出ているが、ソフトは女性用ばかりで新作の本数も少ない。そしてアタシには刺激が足りない。もっと血湧き肉躍るゲームが遊びたいのだ。
なので放棄された古いネットの海から拾い上げた古典ソフトを、たくさん入れている。
「うーん、ネットは広大だわ」
「そうなのか?」
「アタシが言ったんじゃなくて、少佐の台詞だよ」
「少佐? 久野さんは軍に知り合いが居るのか?」
小さい画面のテレビゲームに夢中になっていると、いつの間にか犬塚君が正面から見下ろす形で携帯ゲーム機を覗いていた。
そして何ともなしに呟いた台詞を聞かれてしまったことに恥ずかしくなり、実はアニメの台詞だと正直に告げる。
「そのアニメは面白いのか?」
「人を選ぶけどアタシは好きだよ。何なら見せようか?」
「よろしく頼む」
「小さいゲーム画面のままだと見辛いし、何処かに繋げるところはない?」
彼はすぐに俺の部屋に大画面テレビがあると口に出して、犬塚君が案内するように歩き出す。上映会が決定した瞬間である。
どうせ半日授業で暇なのだ。本当は寝て過ごす予定だったが、アニメ鑑賞も楽しいかも知れない。
彼に先導されるように男子寮の廊下を歩いていると目の前の個室の扉が突然開いて、宮田君がひょっこりと顔を覗かせる。
「久野さん! 会いに来てくれたんだね!」
「男子生徒の要望は可能な限り叶えないと駄目だからね。生徒手帳にも書いてあるし」
「でも告白は断ったよね。それも二回も」
「あくまでも可能な限りだからね! アタシはノーと言える日本人だから!」
全てを叶えるわけではなく、女子生徒が出来る範囲だ。アタシには二人との結婚はどうしても許容できなかったので、今回はお断りさせてもらった。
それに目の前に居る男子生徒は、二人共タイプの違うイケメンなのでこれからきっと良い出会いがあるし、女性には不自由しないだろう。
「そっかー…でもいいよ。まだチャンスはあるからね。それで二人は何をしてるの?」
「アニメを鑑賞するために、俺の部屋に向かうところだ」
「えぇ…アニメ? でも恋愛ものばっかりで僕はあんまり…」
アタシが生まれる前は男性も積極的にアニメ制作に関わっていたので、多種多様な物語が毎日のように放送されていた。
だが今はアニメ産業は、自分と同じようなサブカルチャー好きの女性が少数で集まり、文化の保護というお題目で政府に援助してもらうことで、辛うじて生き残っている状況だ。
そこにはかつての勢いも情熱もなく、ジャンルは殆どが恋愛でたまにそれ以外がひっそりと放送される。
理想の男性とのラブストーリーが現代では一番需要があるので、仕方ないとも言えるが。
だがそのどれも過去作の模倣と言うか、たまに男性が主人公になっても何かが変と言うかしっくり来ないのだ。
せめて古典アニメをリスペクトするなら、中身がスカスカではなくてもっとちゃんと作って欲しい! …と、オタク趣味女子は声を大にしてそう言いたい。
「そうか、それは残念だな。久野さんの一押しらしいのだが…」
心の中で現代アニメの劣化に一人嘆いていると犬塚君があからさまに意地悪そうな表情で、宮田君に告げる。
「僕も参加するよ! そうだ! ちょうどシアタールームが空いてるし、皆も誘おうよ!」
「それはいいな!」
すると彼は手のひらを返して大声をあげて、犬塚君もそれに賛同する。ちょっと待とうか。そこは止める流れではないのか。
確かに上映会を開こうと提案したのは自分だ。だがこれを公表するのは、こっそり隠れてつけていた日記を見知らぬ大勢の前で朗読するような。そんな小っ恥ずかしさを味わうことになる。
これには堪らず、アタシは犬塚君の制服の袖を引っ張り、おずおずと声をかける。
「あっ…あのさ」
「どうかしたのか?」
「上映会を中止したいんだけど」
「何故だ? 久野さんのことを皆に知ってもらう良い機会じゃないか」
確かに普通の女子生徒なら男子とお近づきになれる絶好の機会だ。一も二もなく首を縦に振ることだろう。
しかしアタシは結婚願望はない。ただ自分のオタク趣味を共有できる友人が欲しかったのだ。
犬塚君が気に入るかは知らないが、アニメを視聴した感想を聞くだけでも価値があると思っていた。
「だって普通に恥ずかしいでしょうが! オタク系女子の人見知りを舐めるなよ!」
「おっ…オタク系女子?」
「三度の飯よりサブカルチャーが大好きな女子って意味だよ!」
顔を真っ赤にして犬塚君に詰め寄る。身長差があるので見上げる形になるが、もう自分でも何を喋っているのかわからないが、とにかく上映会を中止にさせたい一心で大声を出してしまう。
「それこそ男子生徒よりも、アニメやゲームや漫画や小説が大好きなの!
せっかく卒業まで大人しくしてようとしたのに! 何で初日からトラブルに巻き込まれるわけ?
あと、犬塚君や宮田君のことは嫌いじゃないけど! 寮の外では関わらないでくれると助かるよ!」
心の内を力の限り一気に外に出したので、顔を赤くしたままゼエゼエと肩で息をしている有様だ。二人は心配そうな顔でアタシを見ている。
全てを言い切ったあとに、しまった…と思ったが、後の祭りだ。しかしアタシは閃いた。これはこれでアリではないかと。
「そうだ! 学園でトラブルを起こして処分されれば、地方に帰れるかも!」
「それだと久野さんも捕まらない? 男子と比べて女子の処分は相当重いって聞くし」
「駄目かぁー。いい作戦だと思ったんだけど」
宮田君に自分の作戦の穴を突かれて思わず天を仰ぐ。今の大声が聞こえたのか、他の男子生徒も困惑した表情で、何事かと慌てて扉を開けて廊下に出てきたり、僅かな隙間から様子を伺ったりと、注目されているのがわかる。
そもそも男子寮に女子生徒が居ること事態、とても珍しいのだ。
「じゃあアタシはこれでお縄だね。せめて崖の上で罪の告白をしてから逮捕されたかったな」
「何で崖の上?」
「サスペンスドラマのラストシーンだよ。犯人が崖の上で海を見ながら、自らの過去を告白するの。犬塚君は知らないの?」
「各局が流血や殺人表現を自粛してるから、今はサスペンスドラマは放送されてないぞ」
別に法律で規制されているわけではないが、現代は情勢が不安定で見えざる手や絶望的な未来に怯えている。なので各局の自主規制は緩和されずに、サブカルチャーが育ちにくい土壌になっている。
「二人がサブカルチャーの方針を押し進めてくれれば、助かるんだけどなぁ」
「久野さんが僕と結婚してくれるならいいよ」
「んー……やっぱり今のはなしで!」
宮田君の前に両手でバツ印を作って、はっきりとお断りする。ついでにザナディウム光線! …とポーズを決めたまま掛け声を出しておふざけをする。
彼らも気になっているようなので、三分間だけ光の巨人に変身して巨大怪獣と戦うヒーローの技だと教えておいた。
そちらも後日に視聴させてあげることを約束をする。
女性の意見は通らないが、男性の意見は通りやすくて手厚く保護されているので、二人のどちらが手を貸してくれれば、現代の技術を取り入れた面白い作品が生まれると考えた。
男性は政府から多額の資金援助が行われるので、次世代の子供を作り、精子を提供する義務さえ果たせば、一生働かずに引き篭もっていても生きていける。
だが女性には労働の義務があり、資金援助も受けられないのでそうはいかない。
「結婚して家庭に入るのも一つの生き方だと思うよ?
子育て支援も受けられるし、僕は久野さんと一緒にサブカルチャーに理解を深めたいな」
「やめろー! 誘惑するなー! アタシをからかうのが、そんなに楽しいのか!」
「いやいや、本気に決まってるでしょう? 冗談で告白なんかしないよ!」
再びヒートアップしていく中、興味津々といった表情で周囲の男子生徒だけでなく寮の女性ガードマンも集まって来るが、アタシたちは三人だけの世界に入っているので全く気づかない。
「結婚は今後の人生を左右する重要なことなの! そんなに簡単に決めちゃ駄目でしょう!」
「俺は助けてもらったあとに何度も考えた! 今も久野さんと結婚したいと! 心からそう思っているんだ!」
「えっ…!? っと…そっ…それは…どうも、あっありがとう」
至近距離から直接好意をぶつけられると本当に弱い。いつの間にやら茹でダコのように顔を赤くしてタジタジになっていたアタシは、またしても壁際に追い詰められて、彼ら二人の顔を真正面から見つめさせられるハメになっていた。
このままでは人生の墓場に直行してしまうと考え、焦る気持ちを落ち着けるために深呼吸をする。
「とっ…とにかく二人にはアタシなんかよりも、もっと素晴らしいガールフレンドが出来るからね?
それこそ女子生徒なんて入れ食い状態だよ。こんな出目金なんて放っておいて、綺麗に金魚を捕まえないとね?」
「確かに女子生徒には不自由しないけどな。だが俺は久野さんがいいんだ。
それと、…出目金と金魚って何だ?」
どんな男子生徒でも本気で望みさえすれば、一人二人ではなく、何十人でもあっという間に恋人が出来る。
彼らは見た目も性格も問題はないので、輪をかけてモテることだろう。アタシのような泥に汚れたジャガイモよりも、綺麗なバラを選ぶべきだ。
でなければこの先の人生を損していると言わざるを得ない。
「えっ? 知らないの? あー…そっちの文化も壊滅してるしなぁ。
地方のお祭りなんて、元々何を祀ってるのか忘れ去られてるし」
アタシは正面の彼らから視線をそらして考え込み、すぐにもう一度犬塚君と宮田君を見つめ、少しだけ微笑んで口を開く。
「上映会しよっか」
「えっ?」
「昔のアニメにはお祭りのシーンがあるの。出目金と金魚も出てくるよ。
だからシアタールームに案内してよ」
「あっ、ああ…わかった」
二人は壁際まで追い詰めたアタシを解放して、背を向けて男子寮を歩き出す。上映会の話題を出した時、犬塚君も宮田君も顔を赤くして硬直した気がする。
てっきり計画がバレて怒られるかと思ったが、どうやら杞憂だったらしい。もし告白や結婚から話題をそらすための作戦だと看破されれば、さらなる追求を受けるのは間違いない。
何にせよ男子の怒りを買わなくてよかったと、アタシはホッと控えめな胸を撫でおろし、彼らのあとに続く。
ただし列になって後ろから付いて来る、興味津々な男子生徒と女性のガードマンたちには、全く気づくことはなかったのであった。