エピローグ
学園の大学部を単位ギリギリで卒業して、久野里奈は名実ともに久野プロジェクトのオーナーになった。それと同時に全世界男性対策委員会の総会長という、とんでもない役職まで追加された。
そして名字は久野のままで、犬塚君と宮田君の妻でもある。
初夜から二人がかりだったのでアタシだけ難易度ルナティックで、翌日の筋肉痛でベッドから起き上がれなかったりと、酷い有様だった。
絶対に学園生活で無理をさせないためにと、前戯だけで済ませていたことを根に持っていたに違いない。
学園を卒業してから行われた結婚式は、国をあげての盛大なものだった。その頃のアタシは人類の救世主や慈愛の聖母等と、小っ恥ずかしくなるような二つ名がいくつもついており、ワッショイワッショイが止まらなかったのだ。
当然のように世界中から男性の知り合いや、お偉い人たちが結婚を祝うために集まってきたり、式場でも新たな出会いイベントが発生しまくったり、一緒に式をあげたりと、もうとにかくてんやわんやなお祭り騒ぎだった。
そして現代にしては非常に珍しく、二人はアタシ以外の妻は取っていない。愛情を注いでくれるのは嬉しいが、自分の夜の負担が半端ないのでやはり交代要員が欲しい。
朝昼も相変わらず忙しいので、休む暇が殆どない。学園に通っていた頃よりも、ハードかも知れない。
ようやく日々の生活にも慣れて落ち着いてきた。ふと気づいたから三十歳になっていた今現在、アタシが産んだ子供は、いつの間にか六人になっていた。
男子が三人と女子が三人だ。たくさん増えるほど政府からお金が出るので、生活には困ってない。…そのはずなのだが。
「こらっ! また妹の玩具を取って! 今すぐ返しなさい!」
「おっ…お母さん! だって…」
「言い訳しないの! お母さんは見てからね!」
もうすぐ共学の小学生に通う兄が、二歳下の妹が大切にしているぬいぐるみを取り上げたので大声で叱る。本当に家の子は男女関係なく、皆元気が良すぎる。
いくら男児の出生率が回復傾向にあるからと言っても、絶望の未来からはまだ抜け出せてはいない。
現代社会の中で、アタシとしては子供の教育として正しいことをしている…と思うので、悪いことをした児童は最優先保護対象だろうと、堂々ときちんと叱るのだ。
そんな久野里奈という鬼親から男児を保護しようと、女性たちが一丸となって裁判を起こされたり、哀れみの涙を流す上流階級が、多額の現金を積んで子供を買い取ろうとしたり、色々と面倒事があったものだ。
何度も危ない場面があったが、最初はアタシを悪者にしようとした女性団体や上流階級も、家族の絆の前に完全敗北した。
結果的に息子や娘は相変わらず騒がしく元気いっぱいであり、子供たちの名字も久野のままで、今も一緒に暮らしている。
「はぁ…ぬいぐるみが欲しかったら、今度買ってあげるから」
「嫌だ! だって妹のはお母さんが作ったじゃん! 僕もそれが欲しいよ!」
久野家は家族全員の仲がとても良い。それだけではなく子供も夫も、皆がアタシのことが大好きなのだ。そのせいで争いの種になることも多々ある。
休日になると確実にアタシの取り合いになり、インドア派で運動は苦手なのだが、家族サービスという名の外出に付き合うことになる。
「作ってもいいけど、時間かかるよ?」
「やった! お母さんありがとう!」
「お礼はいいから、妹にちゃんと謝りなよ」
兄はアタシの言葉に頷き、小さなヤギのぬいぐるみを半泣きの妹に手渡し、小さな声でごめん…と謝る。
しかし娘は全く許す気がないようで、母親の服の袖を掴んだまま、こちらを盾にして可愛らしく頬を膨らませている。
「お兄ちゃんのこと、絶対許さないから!」
「何だとー! 僕だって許すもんか!」
アタシを味方につけたことで形勢逆転したのか、今度は妹が強気になっている。こうなった以上は長期戦は避けられないので、仕方なく切り札の一つを使うことにする。
「二人共! これ以上喧嘩をするなら、夕飯抜きにするよ!」
「ええーっ! そんなー! うぅ…仕方ないか!」
「それは嫌! お兄ちゃんとすぐ仲直りするから、許して!」
これが切り札として使いたくなかった。普通なら冷凍食品やアンドロイドのカノンに用意させる。しかしアタシが切り出した以上、自分が作らなくてはいけないのだ。
と言っても料理の腕は平凡なので、実際に作れる種類はそんなに多くない。
「ちゃんと仲直りするんだよ!」
「わかったよ! ちゃんと仲良くするから!」
「カレー! 私お母さんのカレーが食べたい!」
娘の提案に頷いて、アタシを席を立って調理場に向かう。
「はいはい、お母さんは今から夕飯の準備するから、邪魔しないでね」
カレーならば市販のルーを使えば調理の手間が少ないのは楽なので良いが、その強烈な匂いは屋敷の外にも広がる。
近所の男性専用の総合病院と保護施設から、育ち盛りが大勢やって来るのは時間の問題だろう。
手間暇かけた高級料理ではなく、パッケージに書かれたレシピ通りに作った家カレーだ。しかし何故かこれが絶大な人気がある。
家族や男性たちの間では、中毒性が非常に高い、おふくろの味と呼ばれているらしい。
「…カノン」
「はい、屋敷のアンドロイドを総動員してお手伝いします」
今夜は調理場の全ての大鍋がカレーになるが、夫の二人も久野プロジェクトの重役として、毎日忙しく働いている。
彼らがお腹を空かせて部屋から出てきた時に、妻である自分の作ったカレーにありつけなければ、心底ガッカリするのは間違いない。
まさか現代社会で、大災厄以前の母親の真似事をするとは思わなかった。だがそれで皆が喜んでくれるなら、もう少しだけ頑張ってみるのもいいかな…と、自然に顔をほころばせながら、カノンと一緒に屋敷の廊下を歩いて行くのだった。
以上で本編は完結になります。次からは番外編となり、本編に関係があったりなかったりします。




