お祭り
九月の中旬に、日本国内にとある会社が設立された。それは久野プロジェクト。アタシがオーナーとして全体を管理し、働く意欲のある成人男性だけが社員になれる。
仕事内容はサブカルチャーの管理及び運営だ。全て在宅で行えるので、奥さんも安心だ。
日本政府の公式ホームページに置かれていた久野コレクションの管理も、今後は久野プロジェクトが引き継ぐことになった。何にせよお上から仕事がもらえるので、食いっぱぐれる心配がいらないのは良いことだ。
予想外だったのは、国外からも入社希望の申込みが多数寄せられたことだ。元々は全国古典ゲーム大会を、全世界に広げることを目的に作られた会社だ。
それ以外にも仕事はあるが、実際にはそこまで真面目に取り組む必要はなく、退屈な人生に意味を持たせるために、取りあえず受注しておこうという程度だ。
ようは学生時代の部活動や同好会の、延長なような集まりだ。
現代社会は人工授精で自分に近しい者が溢れており、息子は生まれても他所の母親に取り上げられる。
つまり国内外から希望者が殺到するということは、遺伝子的な何かではなく、個人がこの世に生きた証を形にして残したいのかも知れない。
きっと働かずに毎日腰を振っているだけでは、つまらなくなったのだろう。
アタシは急いでお母さんに泣きつき、国内企業からアドバイザーを派遣してもらい、外国からの採用も考えて進めてもらった。
いくら機械で翻訳出来るとはいえ、互換性や細かな翻訳ミス、他国の事情や協力関係等、ある程度の門戸を開いておくメリットは大きい。
おかげで言語の翻訳や互換の不具合も殆どなく、比較的スムーズに作業が進み、世界中のプレイヤーがスコアを競ったり、協力プレイや対戦をしたりと、問題なく遊べるようになった。
さらにテレビゲームだけでなく、男性向けのアニメや漫画や特撮も、やる気のある社員が誠意制作中だ。
だが今はお祭りの準備で大忙しなので、本来の業務に戻れるのはもう少し先になりそうだ。
そして家で保護した男子たちだが、実は留学先で恋人が出来ていた。彼らがモテることはわかっていたが、九月の初めに出会って即ベッドインした猛者も居るらしい。
何とも手が早いと言うか、子作りは推奨されているので、取りあえずはよくやったと褒めてあげた。
ちなみに彼女と付き合うことを決めた理由が、見た目も性格もお母さんに似てたから…と、誰も彼もがアタシを見て照れながら言うものだから、チベットスナギツネの表情にならざるを得なかった。
何にせよ現代で、積極的に女性と関係を持とうとする男性は貴重だ。きっと彼らの未来は明るいだろう。
今度お母さんに恋人を紹介したいと言うだけではなく、ぜひ結婚を許可して欲しいとまで口に出してきた。
アタシは別に相手の顔を見なくても、本人がそれで良ければ好きにすればいいと思っている。
だがどうしても直接引き合わせて、その場で祝福の言葉が欲しいとのことだ。
なので休日になり家に恋人を連れて来た場合、まずは一番最初にアタシに挨拶するのが、いつの間にやら習慣になってしまった。
そこは家主の学園長ではないのかと心の中でツッコミを入れたが、彼女さんも何やらキラキラと眩しい瞳でこちらを見つめていた。
理由を聞くと、アタシは世の男性たちから聖母的扱いを受けており、久野里奈こそが理想の女性であり、彼女を見習えば必ず良い出会いが訪れる…と、全世界の女性に大人気だとか。
挨拶に来た彼女さんも熱心にアタシを真似て、性欲を押さえて誠実な心で歩み寄ろうと努力し続けた結果、見事に家で保護した男子のハートを射止めたということだ。
たまたま相手がマザコンだっただけでは? …とアタシは訝しげたが、双方幸せそうだったのでアタシは何も言わなかった。
実際にアタシに近付こうと頑張っている女性は、男性の心を掴む確率が高いらしいので、それで自分に対するヘイトが緩和されるなら、まあいいかな…と、黙認することにした。
だが男子にモテる最新のファッションとして、メガネや癖っ毛、そして作業服のジャージや寝間着を紹介するのは止めて欲しい。それはアタシの女子力が壊滅的なだけなのだ。
やがて時は流れ十一月になり、いよいよお祭りの開催日となった。周辺の宿泊施設は何処も予約でいっぱいになり、日本だけでなく外国からも物凄い数の見物客が押しかけてきた。
祭りの場所なのだが、かつて大災厄以前に東京ビッグサイトと呼ばれていた建物は、今はもう存在せずに更地になっていた。
千葉のホラー映画が取れそうな朽ち果てた遊園地と開催場所で迷ったが、今回は取り壊す必要がないこちらを選んだ。
そんな使い道のなかった広い土地をせっせと整地して、夢のテーマパークとして再稼働したのだ。
そしてアタシは現在アトラクションの舞台の上に立ち、変身ベルトの試運転を行っていた。
機械のチェックは万全なので、オーナーであるアタシが試さなくても良いのだが、久野里奈の勇姿が見たいという、多くのリクエストが寄せられたので、記念すべき一回目はアタシが行うことになった。
「皆の笑顔を守りたいの! だから、見ててよ! アタシの! 変身!」
早速舞台の上でヒーローベルトを腰に装着して、ポーズを取らずにクウガ式変身を試してみる。台詞とは違うが、つい好奇心でやってみたくなったのだ。
久野プロジェクトの社員には特撮の理解も深いようで、自分としてもまさか動かした部位ごとの、段階を得た変身にも対応していると思っていなかった。
事前に聞いていた以上のクオリティで大満足だ。国内外の企業が一つの目的に向かって手を組むと、凄い物が出来るんだなと実感する。
さらに言えば政府公認なので、コストを度外視している。だからこそ短期間で素晴らしい作品が生み出せたのだろう。
ちなみに身体能力は変わらずに非力な女性のままだが、立体映像のクワガタをモチーフにした赤いヒーロースーツをまとったまま、パンチやキックを繰り出すと、高速で風を切る感じや駆動音、3Dの障害物を攻撃すると派手な爆発音と共に砕け散ったり火花が散る。そんなアニメや映画さながらの大迫力の場面に、国内外から集まって来た見物客を大いに沸かせた。
今回変身ベルトを使用する場所は、激しい動きをしても怪我をしないように、柔らかいマットレスが敷かれた舞台の上という取り決めだ。
3D技術で仮想敵や戦闘風景を自由に変更することも出来るので、戦隊を組んで悪の組織と戦ったり、観客に協力してもらっての人質救出作戦等、限定されたエリア内でも遊び方は無限大だ。
ちなみにアタシは体を動かすのは大の苦手なので、変身ベルトの一通りの動作確認を終えた後、現場のスタッフにお礼を言って機材を返却した。
次は久野プロジェクトの社員が順番に説明を行うので、自分の役目はここまでだ。
そしてカノンに護衛されながら会場を移動したアタシは、角の生えた白い巨大ロボットの胸部コックピットを目指して、昇降リフトに乗り込む。
スイッチを入れると立ち姿の一角獣の巨大ロボの胸部に向かって、ゆっくりと上昇していく。
「たっ…高いね」
「公式設定そのままの大きさですので」
ちなみに取材陣もリフトに同乗している。やがて開いたままのコックピットハッチに到着して、ゆっくりと動きが止まる。
既に機体には熱が入っているので、意味があるのかないのか不明な計器が微かに点滅している。
「それじゃ、行ってくるね」
「はい、里奈様。お気をつけて」
アタシ一人で巨大ロボットに搭乗して、カメラでの撮影があるのでコックピットハッチを閉じることなく、いくつかのスイッチを順番に入れていく。
すると微かに点滅していた計器が明るい光を放ち、戦火で破壊された都市の景色が正面の出入り口以外に映し出される。
自分の希望通りの全天周囲モニターを再現してくれているが、作業に関わった人たちも変身ベルトと同じで大変乗り気だったらしい。
男性だけでなく女性にも。古典娯楽好きな人が確実に増えているようで、とても嬉しく感じた。
現在はコックピットの入り口が開いており、昇降リフトで待機している取材陣のテレビカメラで内部を撮影している。
「他にも九機の巨大ロボットが並んでるけど、一人でミッションを遂行するだけじゃなくて、協力プレイも出来るよ。
あとは複座に乗って操縦のサポートが出来るから、遊び方は幅広いよ」
そこから難易度をイージーにしてチュートリアルミッションを行う。完成前に何度も試運転をしていたので、操作は慣れたものだ。
地球に現れた謎のロボットの最後の一機を撃破してミッションクリアになった。続行するかどうかの選択肢が表示されたので、いいえを選んで全天周囲モニターを解除する。
一瞬全ての電気が消えたように薄暗くなり、やがて計器が微かに点滅するセーフモードに入る。
「しかし皆良いを仕事をしてくれたね。以上でアタシの仕事は終わりだから。
あとは現場のスタッフに任せるよ」
いつの間にやら世界的な有名人になってしまったため、護衛として常に一緒に居るカノンに手を引かれて、コックピットから昇降リフトに移動する。
そのまま取材陣と一緒にゆっくりと降下していき、動きが止まったところで足を踏み出し、固い地面に触れる。
「はぁ…流石に疲れたよ。そろそろ何処かで休みたいかな」
「それではこちらにどうぞ。里奈様」
アタシに取材しようと意気込んでいた人たちをカノンが手で静止し、人が少ない場所を目指して歩く。
自分はインドア派なので体力的には、白色から黄色に変わり、あと少しで赤色になる。これ以上立ったままなので非常に危険なのだ。
今回のお祭りは自室に引き篭もっている男子だけでなく、大人の男性の興味も引けるようにと、大災厄以前の娯楽を色々と調べた。
その結果、到るところに多種多様な出店が立ち並ぶようになった。焼きそば、綿あめ、たこ焼き、チョコバナナ、金魚すくい、射的、輪投げ、型抜き、等などだ。
どれも過去の情報でしか見たことはなかったが、とにかく一つでもお気に入りを見つけて彼らが笑顔になってくれればいい。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるである。
そしてアトラクションも出店も全て無料なので、政府の本気具合が伺える。それだけ人類は追い詰められている、…ということだろう。
何しろあと百年も保たずに人工的な受精は不可能になり、そうなればいよいよ、直接的な受精に頼るしかなくなる。
ある国では男性を種馬のように扱っており、人権を無視して女性を孕ませるだけの道具にしている。まるで牧場や工場のように機械的に性処理を行うのだ。
それで上手くいけば、人類の未来のための致し方ない犠牲として納得出来なくもない。だが計画は失敗した。
あまりの過酷さに男性の精神が保たずに壊れても、薬品や機械で生命を維持して精子タンクとしての役目は果たすことは出来る。
だが弱った男性が受精させても、殆どが届かずに力尽き、出来たとしても部位欠損や奇形児ばかりが生まれるようになった。それらはもはや人の形をしていないため、秘密裏に流されているらしい。
こんな裏の情報など知りたくなかったのだが、今後も男性と深く関わるなら知っておいたほうがいいわ…と、お母さんから教えられた。
こっちは男性を関わる気は皆無なので本当に勘弁して欲しい。それにエログロバイオレンスはお呼びではないのだ。
だが良いニュースもある。男性の出生率が上昇したのだ。
それは確率がほんの1%増えた程度だが、今までは下がる一方だった。この事実が人類に、それこそ男女関係なく希望を与えた。
しかしこれは、生まれた赤ん坊の性別を調べたわけではない。四月以降に受胎した女性の体内を調査して判明したのだ。
この驚くべき事実が明らかになった際に、世界中のあらゆる分野の人々は何としても原因を突き止めるべく、徹底的に調査を行った。
医者や科学者としての観察眼だけでなく、日常生活の微々たる変化までを総当たりだ。
そんな全世界が躍起になった探し出そうとしていた奇跡の正体は、このアタシが原因だ。ほぼ無自覚だが、今のところはそれ以外考えられない。
自分と関わりの深い男性が孕ませる程、男児の出生率が上がる仕組みだ。
だがアタシの交友関係は、古典娯楽部と久野プロジェクト、あとは家で保護した男子だけだ。
その誰もが女性の中に注ぎ込み、赤ん坊を身籠ったとしても、性を判別することはまだ出来ない。
ならば何故自分が一本釣りされたかと言うと、今回の対象となった成人男性は皆、久野コレクションの愛好者だったのだ。
成人男性が四月以降に身の回りで起きたことは限られている。最重要保護対象であり、外出の許可は殆どおりない。
そんな日頃の鬱憤と、妻たちの夜相手で疲れた心と体を癒やすため、古典娯楽である久野コレクションにハマるのも当然と言える。
中にはゲームの主人公に成り切り、妻の名前を呼びながら、おらっ! 中に出すぞ! …や、孕め! 俺の子を! …等、今までと比べて夜の行為が大層燃え上がり、プレイの幅が広がったので、夫婦仲が良好になったとか。
まあそれはともかく、初期の時点では水素水やサプリメント、または民間療法のように効果が不確かな候補の一つだった。
しかし月日が流れるごとに出生率の差が顕著に現れるようになった。久野コレクションで遊ぶだけでなく、夏休みの大会に参加した者、久野プロジェクト、アタシを知らない男性等、徹底的に調べ上げた。
そしてあらゆる角度から調査した結果、久野里奈の方針に従ったほうが、男児が生まれる可能性が高くなる。そう偽りのない数値で、はっきりと証明された。
ついでに夫婦円満や恋人との結びつきが強くなる。ちまたでは神様、仏様、里奈様と大層ありがたがられているらしい。
「はぁ…まだ原因もわかってないって言うのにさ」
「原因は最近の調査で判明しました」
「マジで!?」
「はい、マジです」
会場内を人気の少ない場所に向かってカノンと二人で歩いているが、今のアタシは世界的な有名人なので、政府や企業が手配した護衛や戦闘用のアンドロイドも、目立たない位置から自分に危険が及ばないように、常に様子を伺っている。
「里奈様と関わりが深くなるほど、心身共に健康体になります」
「え…? 健康を維持するのは普通じゃない? 別に珍しくないよね?」
「里奈様、現代では心身共に健康に生きるということは、とても難しいのです」
「そっ…そーなのかー!」
アタシとしては日がな一日サブカルチャーに没頭していれば、それだけで十分に幸せなので深く考えていなかった。体調の管理もカノンが居るので適当に二人で近所を散歩したり、何処かに買い物にでかけたりと、体を動かすことにも不自由していない。
「おかげで子種と受精卵もとても元気で、ウイルス抗体による遺伝子の劣化や、女児を産ませようとする働きを抑制するほどらしいですよ」
「ほへー、夫婦の愛は大災厄にも勝てるんだね」
今も男子寮でせっせと元気な精子を搾り取ってはカノンに回収させているが、アレにそんな効果まであったとは予想だにしていなかった。
本当に愛は偉大である。そのおかげで男児が生まれる確率が上がるなら、人類勝ったな。風呂入ってくる状態だ。
ともかく出生率が変動する原因がわかったので、もうアタシの役目は終わったのではなかろうか。
ついでに大浴場で性処理している男子の健康維持にも、貢献してたんだなと納得する。
「しかし夫婦や恋人の幸福度の上げ方が、今の人類にはわからないのです」
「えっ? 別に二人で食事や会話をして関係を深めるだけでしょ?
まあアタシがする気は全くないけどね」
そう口を開いたあとに、引き篭もりの息子を何とかして欲しいと相談を受け、今やっていることは全て、母と子だけでなく恋人や夫婦の仲を深めるためのものだ。
物心がついた頃には、大災厄以前の情報を読み漁っていたアタシにとっては、サブカルチャーの知識に偏っているが、色んな好感度の上昇パターンを想像できる。
「まさかアタシに、恋のキューピッド役をやれって言うの?」
「いえ、灯台ですよ。人類が暗くて深い闇に沈まないように、未来への道を照らすのです」
灯台とは何とも面倒な役が回ってきたものだ。しかしアタシも別に人類を滅ぼしたいわけではない。
自分が頑張ればその分幸せな未来が待っているなら、少しぐらい手を貸してもいいと思っている。
「でも今も手探り状態で亀の歩みだしなぁ」
そう呟いで周囲の見物客ではなく出店に視線を向ける。そこには女性恐怖症を少しでも緩和するために、店員は全てアンドロイドが行っていた。
人間の女性ではなく自動人形が立つことを許可されている。だが必要最低限の接触だけで済ませるように、厳重に命令されているのだ。
ちなみにアンドロイドは、人間の男性を奪う気はないと、はっきり証言している。だがどうにも信用できないらしく、相変わらず疑心暗鬼のようだ。
「その辺りは、里奈様の今後の頑張り次第ですね」
「はぁ…何とも先が長そうだよ」
無表情にも関わらず何処となく嬉しそうな顔をするカノンを見て、そう言えば男性には全くの興味なしだが、女性はどう見ているのだろうか。
まあ、アンドロイドを純粋な労働力、または心の奥底で毛嫌いしている人間の女性に好意を抱くのは無理という話だ。
長い付き合いになる目の前の自動人形も、心の中ではどう思っているのか。
「ご安心を。私がお付き合い致します」
「うん、今後共よろしくね。カノン」
アタシが生まれてから、数えきれないほど口に出した、今後共よろしくをカノンに真っ直ぐに届ける。
今のところは嫌われてはいないようだが、自分は態度に出やすいので気を張るだけ無駄である。なので飾らずに感じたことを素直に伝える。アタシに出来るのはこれだけだ。
やがてアトラクション会場から離れて、人気の少ない場所に到着する。どうやら休憩スペースらしく、いくつも設置された木製のベンチの一つに、チョコンと座らせてもらう。
「ふひー…疲れたぁ」
「お疲れ様です。里奈様」
「少し喉が乾いたよ」
ベンチにもたれて一息ついたアタシは、アトラクションでたくさん喋って喉が渇いていたので、カノンに飲み物をお願いする。
イベントが始まる前に受け取ったペットボトル飲料は、既に空っぽなっていた。なので移動の途中で資源ゴミとして捨ててしまった。
「申し訳ありません。今は持ってないので他のアンドロイドを呼び寄せ、今すぐ買いに…」
「すぐ近くに自販機がなかったっけ? カノンが直接行ったほうが早い気がするけど」
会場の下見は済ませてあるので何処に何があるかは大体把握している。それに手持ちの端末でも調べられるので、自動人形のカノンはなおさら場所の特定は容易い。
「…わかりました。里奈様がそう望むのなら」
「うん、でもアタシに気を遣わずにゆっくり行ってくればいいよ。すぐ近くなんだし」
今回のお祭りは初期の予想を遥かに越える見物客で賑わっているのだ。仕事に追われて忙しく駆け回っているアンドロイドたちに、喉が渇いたからと使いっ走りを頼むのは、何だか申し訳ない気がした。
「では、行ってきます」
「お願いね」
短いやり取りを済ませて、カノンはベンチに腰かけたアタシから離れていく。しかし本当に疲れた。当たり前だが規模が大きくなれば、自分への負担も当然増える。
最初は周囲だけだったのに、それが学園、国内、今は全世界なのだ。ただの女子高生の自分には荷が重すぎる。
学園を卒業すれば楽になるかもと考えたが思い直す。今は学生の身なので、この程度の仕事量で済んでいるのだ。
きっと外に出たらこれまで以上に無茶振りしてくる。アタシは確信にも近い何かを感じてしまう。
そんなことを考えながらため息を吐き、ぼんやりと見物客たちを眺めていると、両手に花束を持った五人の女の子が緊張した様子で、こちらに近づいてきた。
年は全員が中学生ぐらいで、自分よりも身だしなみに気を使う美人だと、一目でわかった。
「あっ…あの! もしかして、久野里奈さんですか?」
「えっ? あっ…うん、アタシが久野里奈だけど」
「ああ良かった! 人違いだったらどうしようかと思いました!」
アタシは男性だけではなく女性からも人気がある。そのため贈り物を貰うことは珍しくない。だがそれは護衛の人やカノンが、いつも厳重なチェックをしていたのだ。
そして今の自分は疲労が溜まってグロッキー状態なせいか、そこまでの頭は働かずに鈍くなっていた。
「ねえっ! 世界中の女性のためにも、今すぐ死んでよ!」
「……えっ?」
彼女の言葉が終わるやいなや、五人は花束の包装を解いた。すると地面に落ちる色とりどりの花とは違い。手に持っているのは果物ナイフ、万能包丁、小刀等の鋭利な刃物が握りしめられていた。
さらに彼女たちは血走った目と残虐な笑みで、目の前のアタシを嬉しそうに見つめている。
(あー…短い人生だったなぁ)
急いで逃げようとしても恐怖で体が動かずに、彼女たちもそれを許す気はない。周囲の護衛や戦闘用アンドロイドに止められる前に殺す気だ。誰が裏で糸を引いているのかは不明だが、唯一わかるのはアタシはここで死ぬんだと言うことだ。
だが、五人の刃が自分に振り下ろされることはなかった。
「久野さん! 今助ける!」
「僕だって男なんだ! 絶対に守ってみせる!」
突然何処からともなく乱入してきた変身ヒーローの二人が、女子中学生の集団に体当りしたのだ。
一方アタシは、刃物を向けられた恐怖に身を強張らせ、言葉も喋れずに、ただただ成り行きを見守ることしか出来ない。
地面に倒れた五人組だったが、すぐに起き上がって何が何でもアタシを殺そうと、血走った目でこちらに飛びかかって来る。
だが二人の男性が強引に組み付いてでも邪魔するので、彼女たちは手に持った刃物を無闇やたらと振り回して、邪魔者を排除しようとする。
3D映像で隠れた体を傷つけられたのか、地面に赤い斑点がポツリポツリと広がっていく。
「だっ…誰か! 誰か助けてっ! このままじゃ殺されちゃうよ!」
結論から言えば、アタシが助けを求めて叫んだのは全くの無駄だった。彼女たちが凶器を自分に向けたことを察知した護衛と戦闘用アンドロイドが、既に取り押さえに動いていたのだ。
しかし運悪く距離が離れていたのか、危うく殺されてしまうところだった。やはり誰かが、あらかじめ殺害計画を練っていたとしか思えない。
「はっ…離しなさい! 私たちは世界中の女性のために、目の前の悪魔を殺さないといけないの!」
「このままじゃ、人類はコイツのせいで滅びることになるわよ!」
「私が影から見守っていた彼を誑かして! この泥棒猫!」
護衛やアンドロイドに取り押さえられ、凶器も没収された五人の少女は、アタシに罵詈雑言を浴びせてくるが、今はそんなことに構っている暇はない。
震える体でベンチから立ち上がり、変身ヒーローの二人に近寄る。そのままベルトに手で触れて、3D映像を強制的に解除する。
「二人共怪我してるよ! はっ…早く治療しないと!」
「平気だ。少し腕を切られただけで、このくらい何てことはない」
「僕も久野さんを守れて良かったよ。足を浅くやられただけだしね」
そうは言ってもアタシのために彼らは怪我をしたのだ。つまり自分のせいで彼らを傷物にしてしまったことになる。
二人共見た目は凄く良いが、もし怪我の跡が残った場合、確実に婚活に影響が出る。普段ならこんな突拍子もないことは考えないだろうが、今のアタシは大混乱中だ。
「わっ…わかったよ! つっ、償いになるかはわからないけど!
二人を傷物にした責任はちゃんと取るから!」
「えっ? 久野さん、それってどういう?」
「結婚するってことだよ!」
大災厄以前では相手を傷物にしたときの責任の取り方は、結婚して一生お世話をすると相場が決まっている。
つまりアタシが彼らに体を捧げるのは正しい選択のはずだ。問題はその対象が男子二人だということだ。
重婚は推奨されているが、一人の男性に複数の女性しか前例がない。しかし法律上は犬塚君と宮田君の、二人の奥さんになっても問題はない…はずだ。
「ああもう! 夫が二人は前例がないし! 保護者の許しも貰わなきゃだし!」
「あー…つまり、久野さんは俺たちと結婚してくれるんだな?」
「だからさっきからそう言ってるじゃない!」
本来の自分はこんなことはやりたくないはずだ。だがアタシは自分を命懸けで助けてくれた二人なら、結婚してもいいと思っていた。
これが吊り橋効果なのか恋愛なのかはわからないが、足はまだ小刻みに震えているし体は強張っているのに、アタシの顔は耳まで真っ赤になり目尻に涙が溜まっていた。
そしてとても嬉しそうな笑顔であった。
「大体二人のことが嫌いだったら、いつも一緒にいるわけないじゃん! わかれよ!」
もはや自分でも何を言っているのかわからないが、多分これがアタシの本心だ。自分自身でも気づかなかった犬塚君と宮田君への思いが、命を救われたことを切っ掛けにして、表に出てきたのだろう。
いつから好意を抱いていたのかは不明だが、二人とならば共に歩んでいける。人生の墓場まで付き合ってもいいと、はっきりとそう思った。
結局会場に集まった大勢の前での告白大会で、犬塚君と宮田君の二人は一も二もなく承諾してもらい、晴れて恋人同士になった。
さらにそれから一ヶ月後には女子高生の身でありながら、婚姻届を提出して、めでたく夫婦になった。
何でも時間が経って心変わりするか、他の男にかっ攫われるか、ふらりと行方をくらましそうだりく。
そんなアタシの身も心も縛りつけて逃げられなくするには、結婚して既成事実を作るのが一番という話だ。
アタシは二人のことは気に入っている。しかし夫婦生活が円満に進むかは未知数だ。それでも可能な限りは上手いことやって行きたい。
だがその前に中卒は不味いので、学園はちゃんと卒業することと、もし妊娠したら体育の授業を休ませてもらおう…と、これは先が大変そうだが、同時に楽しみにも感じるのだった。




