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17/22

二学期

 新学期に入っても、夏休みと同様に忙しいままだった。大捕物の後始末はお母さんがしてくれたが、全国古典ゲーム大会はアタシか中心になって始めたことだ。

 カノンが贔屓目なしで順位付けをしてくれているので、大会の結果発表自体は問題ない。


 その際には上位者には金銀銅のメダル、そして優勝トロフィーが送られる。デザインは大災厄以前に行われていたオリンピックを参考にして、各ゲームジャンルを象徴するキャラクターが描かれている。正真正銘のここでしか手に入らないレア物だ。

 惜しくも上位に入れなかった男性にも、参加賞としてゲームキャラのプラスチック模型がプレゼントされる。

 現代には存在しないガチャポンのケースに入るぐらいの小型サイズなので、本当に粗品程度の満足感しかない。

 しかし遊んだゲームの種類と数だけ送られるので、収集要素があるので悪くはないのではなかろうか。




 そしてアタシは新学期初日の授業を終えて、古典娯楽部をお休みして屋敷に急いで戻り、自室に引き篭もり、全国古典ゲーム大会の後始末に追われていた。


「カノン、疲れたんだけど」

「里奈様、半分以上書き終わりましたし。あと少しですよ」


 大会の要望に寄せられた、アタシの直筆サインが欲しいという意見、あまりにも同調する者が多かったので仕方なく採用することになった。

 上位一位から三位までで短い文章をパパっと書くだけだ。これならすぐに終わるだろうと軽く見ていた。

 だが今までサインなど書いたことがなく、自分の名前だけでなく、ゲームのタイトルや何々さんへ等、色々と書き方を練習する必要があったと気づくのは、夏休みが終わってからだった。


 そもそも文章はパソコンや小型端末への入力で済むので、なので紙媒体はちょっとしたメモ書きや、特別なイベントでしか出番がない程に廃れている。

 アタシの女子力が壊滅的なのもあるが、ミミズがのたくったようなくっそ汚い字しか書けなかったのだ。

 何度も練習を重ねて腕の疲労を感じながらも本番を開始して、ようやく半分以上サインすることが出来た。

 自分の肩をトントンと軽く叩いて、カノンが用意してくれた緑茶を飲んで一息つく。


「あのさ」

「はい」


 自室に缶詰になり、ずっとサインを書いているのも辛いので、机の上のサイン色紙から目をそらして、椅子の背もたれに体を預ける。

 そのままアンドロイドのカノンに、気分転換に話題を振る。


「皆は留学先でも元気でやってるかな」

「他校の女子生徒との仲は良好なようです。また、皆の健康状態も問題ありません」

「そっか、ありがとう。カノンが間に入ってくれて、本当に助かるよ」


 アタシの端末に通した場合、着信履歴が酷いことになるのは想像に難くない。カルガモの雛が三十人分である。それこそ秒か分刻みでメッセージを送ってきそうだ。

 ついでにもう一つ気になることがあったので、そちらも尋ねる。


「それとご近所なんだけど、あれは何が建つの?」

「男性患者専用の総合病院です」

「…おうふ」


 三人の親権が学園長に移り、アタシに男子への癒やし効果があることが正式に認められた。いや、認められてしまった。

 原因についてはまだ不明だが、リンゴが木から落ちるぐらい確実な現象らしい。精子が活性化するのと同じで、心も体も元気いっぱいである。


 そして今回の病院建設の目的だが、日本中の患者を一箇所にまとめて久野里奈の癒やし効果の調査、そして可能であれば他の医師団への治療法の伝達、もちろんそこには少しでも早い男性患者の病気や怪我からの回復も含まれている。


「まあ、肉食系女子が入って来なければいいかな」

「その辺りは私たちが常に目を光らせておきます」


 お母さんとカノンが監視してくれるのなら、入院患者に酷いことをする女性は入ってこれないだろう。

 完全には防げないが、実行しようとしても未遂で終わる可能性は高い。


「アタシが院長は、流石にないよね?」

「そこは専門的な知識を持つ方が就きますので、大丈夫です」


 女子高生を飛び越えていきなり院長にならずに良かった。

 これからどうしようかと考え、屋敷内でリハビリを頑張っている三人を励ましに行こうかとも思ったが、まだ自分の仕事が終わっていないので諦める。


「サイン終わらせないとね」

「はい、あと二十枚です」


 よしっ…と気合を入れて背筋を伸ばし、積まれたサイン色紙と油性マジックを手に取り、書きなれてきた自分の名前を、カノンの声援を受けながら二十枚分、せっせと書き加えていくのだった。







 日本全国に粗品と優勝賞品が無事に届き、代わりにお礼のメッセージが連日大量に送られて来た九月の上旬。

 学園の古典娯楽部の部室には、何故か学園長が訪れていた。


 普通は一般の部活に顔を見せたりしないのだが、顧問の席は女性教師たちが奪い合うので、結局学園長が名前だけ貸すことになった。

 彼女はとても忙しい身なので今までは幽霊顧問だったのだが、それが何故かひょっこり顔を見せているのだ。

 他の部員も揃っているが、空気を読んで会話には入らず、静かに聞き耳を立てている。


「里奈ちゃん、実は困ったことが起きたのよ」

「ああ、またかぁ」


 もはや慣れっこだった。いつもは男子寮で待機しているはずのカノンまでが、お母さんと一緒にやって来たので、きっと学園だけでなく外にまで影響が出る問題が起きたのだろう。

 馴染みのアンドロイドに、部室に備え付けられているポットから、お湯を出してほうじ茶を入れてもらう。

 そのまま適当な椅子に腰かけているアタシと学園長に差し出してくれたので、お礼を言ってお茶を受け取る。


「驚かないのね」

「お母さんから話を持ちかけられるときは、大抵が厄介事だからね。流石に慣れるよ」


 会話を始める前に温かなほうじ茶で喉を潤す。香ばしい香りに癒やされながら、お母さんの言葉を黙って待つ。

 アタシが冷静なままなのが珍しいのか、少し意外そうな顔をしながら小さく咳払いをして、学園長は話を切り出した。


「夏休みに全国古典ゲーム大会をしたのは覚えているわよね?」

「あれは本当に大変だったよ。はぁ…ゲームマスターの仕事はマジできつかった」


 システムの不具合は協力してくれる人たちが直してくれるが、全ての判断を下すのはゲームマスターであるアタシだ。きちんと問題なく動くのか。不具合報告は正しいのか。

 ときには徹夜で復旧作業に追われることもあった。長期の夏休みでなければやっていられない仕事だ。


「実は全国古典ゲーム大会の継続を望む声が、多数届いているの」

「嘘だ…夢だよ…これ…夢に決まってる…!」

「ところがどっこい…夢じゃないわ…! 現実よ…! これが現実…!」


 ノリがいいお母さんとは違い、アタシの気持ちは重く沈んでいる。まさか、またゲームマスターをやれとでも言うのだろうか。

 長期休みでもないのに学園との両立は絶対に不可能だ。それでも続けようとすれば、遅かれ早かれ過労で倒れてしまい、表情が骨格を無視してグニャグニャ歪むのは間違いない。


「まあ冗談はこの辺にして、そういった要望が届いてるの。それも国内だけではなくて、全世界の男性からね」

「だからまたゲームマスターをやれと? 無理だよ。日本だけでもヒーヒー言ってたのに」


 国内だけでも睡眠時間を削るほどの激務だったのに、全世界の男子の相手をするとなると、どう考えてもアタシ一人では不可能だ。無茶振りにも程がある。


「男性の好みを理解し、彼らに歩み寄り、心の壁を抜けられるのは里奈ちゃんだけよ。

 何とかならないかしら?」


 相変わらずお母さんは無理難題を言ってくれる。しかし古典ゲーム大会は夏休み限定だったとはいえ、国内の男子は大人も子供も皆がとても喜んでくれたのだ。可能であれば全世界に広げたい気持ちはわかる。

  彼らにとっては今の世界は生き地獄だが、ほんの少しでも心身を癒す止まり木になれるなら、やってみる価値はあるだろう。


 実際に救われた男性は大勢居るし、夏休み中は国内の自殺者は出なかった。お礼のメッセージも連日送られてきている。ついでにアタシあてに指輪や花束もだ。

 手書きのラブレターと一緒にウェディングドレスが届いたときは流石に頭が痛くなったが、こちらも失礼があってはいけないので、カノンに教えてもらいながらお断りの手紙を郵送した。

 結婚願望はないと公式発表しているのだが、困ったことに男性からの人気ナンバーワンの地位は、まだまだ安泰らしい。

 そんなアタシは溜息を吐き出し、お母さんに自分なりの答えを聞かせる。


「はぁ…その辺は頼りになる大人に頑張ってもらえばいいよ」

「どういう意味かしら?」

「大人の男性なら気持ちがわかるし互いに歩み寄れるでしょう。えっと…つまり」


 ほうじ茶をチビチビ飲みながら説明を続ける。今から口に出すことは夢物語だ。もし実現できたら素晴らしいとは思うが、その可能性は限りなく低い。

 それでも同じ男性なら、心の壁も限りなく薄いはずだ。


「家庭に入って暇してる大人の男性を働かせるの。たとえ女性が嫌いでも、同性のためなら頑張れるでしょう?

 空き時間での在宅ワークで、無理をさせないことが大前提だけどね」


 男性は国に保護されているので働く必要は一切ない。結婚と精子提供の義務さえ果たしていれば、食っちゃ寝しててもお金が入ってきて、何人もの奥さんが甲斐甲斐しく面倒を見てくれる。

 青年までは共学で大学部まで進む義務があるので、自由に動けるのは成人してからとなる。


「データのやり取りなんて、ネットが通じてれば問題なく出来るし。

 危険な外に出るわけじゃなくて家の中に居てくれれば、奥さんたちも安心でしょう?」


 あまりにも過保護と言えるが、世の男性はこれが現実なのだ。むしろこの国はまだ恵まれているほうだが、アタシはそれ以上の深い闇を知るつもりはない。

 向こうから寄って来るので、仕方なく詳しくなってしまっただけだ。


「システムの基盤は夏休みに使ったのが政府や各企業に残ってるし、これまで通り管理するなり新規で拡張するなり、自由にすればいいよ。

 それに男性にも何か生きるための目的を与えないと。…子供を作る以外にもね」


 RPGの主人公もクマのぬいぐるみを持った幼女に、生きてるって苦しくないかと聞かれたが、実際アタシも相当苦しんでいる。

 肉体ではなく精神的にだが、毎回必死の綱渡りに疲れてるので、いい加減休ませて欲しいものだ。


「アタシが思いつくのはこんなところだけど、…どう? お母さん、出来そう?」

「ええ、これは悪くない! 悪くないわよ! 流石私の里奈ちゃん!」


 感極まったのかお母さんが両手を広げてアタシを抱きしめてきた。いきなりのオーバーリアクションに若干照れながら、そっ…それはどうも…と、小さく返事をしておいた。

 頬ずりまでしてきたのでメガネがずり落ちないか心配になり、取りあえず離れてもらう。


「それじゃ、里奈ちゃんが新会社のゲームマスターね。まあオーナーのようなものよ」

「うえぇ…アタシ、ただの女子高生なんだけど」

「里奈ちゃんなら男性からの信頼も厚いし、良くも悪くも女性中心の社会構造だからね。

 この案を通すには仕方ないわ」


 男性の要望は通りやすいが、それを形にするのはいつも女性だ。男は巣の中で口を開けて餌を待つ雛鳥のようなか弱い存在で、親鳥である女が餌を運んでくる。

 そんな社会構造が百年以上続いてきて、世界中に根を張っている状態だ。取り除くのはもはや不可能だろう。


「学業に支障の出ない範囲に抑えるわ。月に一度の会議に出席するぐらいなら大丈夫でしょう?」

「だからアタシは女子高生だってば。何で会社のオーナーまでやらなきゃいけないの?」

「里奈ちゃんが大災厄以前のサブカルチャーや男性に、一番詳しいからよ」


 そう言われてしまえば、ぐうの音も出ない。これは適材適所というものだ。部下を持ったことはないが、古典娯楽部の男子を顎で使ったことはある。だがあれは全国古典ゲーム大会の納期が迫り、いっぱいいっぱいだったので本当に仕方がなかった。

 だが皆で一つのチームになれた気がして、なかなか楽しかった。


「はぁ…あんまりこき使わないでね」

「善処するわ」


 善処ということは守られない可能性が高い。月一の会議でイエスマンか、判子をペタペタ押すだけの簡単なお仕事とは、とても信じられない。

 どうせまた無理難題の企画書を提出してくれとか、そんな仕事をさせられるのだろう。

 転ばぬ先の杖というやつで、あとでカノンに書類をまとめてもらおう。だが何故かはわからないが、この行動は自分の首を絞めているような気がした。


「これで要件は終わりだよね」

「ええ、一つはね」


 まだあるのかと、アタシは苦虫を噛み潰したような顔になる。あまり娘を振り回さないで欲しい。


「二つ目の要件だけど、実は夏休みが終わっても自室から出てこない男子が居るのよ。

 どうやら久野コレクションを遊んでいるようなの」


 久野コレクションとは、大災厄以前のサブカルチャーを政府や各企業の公式サイトを間借りして掲載し、各々が自由にダウンロード可能にしたものだ。

 その際に現代の幅広い電子機器でも問題なく利用が可能になるよう、手が加えられている。

 今まではアタシ専用だったので他機種に対応していなかったが、改修が終わった新作も少しずつ増えてきている。


 だがそんなアタシのコレクションが、今では男子が部屋に引き篭もるための理由にされている。

 確かに精子提供と結婚の義務さえ果たせば、男性は自室に引き篭もっても構わない。しかし年若い男子には、学校という出会いの場に通う義務が課せられているのだ。

 絶望の未来に悲観して自殺するよりは断然マシだが、ドロップアウトするにはまだ早い。


「男性は最優先保護対象よ。あまり手荒なことはしたくないの。何かいい手はないかしら?」

「ううん、…そうだなぁ」


 一番確実なのはストレスの原因を取り除くことだが、男性が生きにくい世界を変えるのは不可能だ。

 となると、ストレス解消をすることが重要だが、今はアタシのコレクションがその役割を担っている。

 自室に引き篭もっているのは、結局は各家庭の問題だ。息子を現実に引き止めることが出来なかった母親の責任と言ってしまえばそれまでだが、それが全てでもない。

 とにかく現代を生きる家族には、一人息子を自立させるのはとても難しい問題なのである。


「天岩戸…開く。…かな」

「部屋の前でダンスをするのかしら?」

「違うよ! 外の世界に興味を持たせるの!」


 誰が部屋の外でダンスを踊られて喜ぶものか。むしろ怯えて警察に通報される可能性のほうが高い。それをしても、余計に引き篭もりが酷くなってしまう。

 扉を開けさせる目的は変わらないが、アタシの提案は踊りではない。


「よし、お祭りするよ」

「一応私も知識としては知っているけどね。でも今は、かつて祀られていた神様の名前すら覚えてないわよ」

「その辺は適当でいいよ。ただ集まって皆でどんちゃん騒ぎすることも、昔は良くあったらしいし」


 大災厄以前では当たり前に行われていたことが、現代には殆ど残っていない。皆忘れてしまっているが、毎日を生きていけるだけ上等なのだろう。

 だがそれでも今の人類の心に余裕を作るには、かつて捨てたモノを再現する必要がある。憂鬱な気分を吹き飛ばすぐらい、外には楽しいことがあると教えてあげるのだ。


「でもそれだけだとパンチが弱いから、巨大ロボットを作ろうか」

「……えっ?」

「昔の日本にあったらしいよ。動かないハリボテだけど」


 お母さんが口を開けてポカーンとしているが、これは重要なことだ。男の子の夢を形にすれば必ず興味を引ける。

 それこそ暗い部屋から出て、直接この目で見に行きたいと思うほど、大喜びするはずだ。


「変身ヒーローごっこも、現実で出来るようにしようか。

 危ないから下はマットレスで、3D映像の敵が出てくるようにしてさ」

「えっ? …ええっ?」


 カノンを呼んで計画書類の作成を頼む。ハリボテの巨大ロボットに乗って、仮想現実で操縦できるようにしてもらおう。

 変身ヒーローごっこも、そこでしか出来ない体験型アトラクションを餌にして、部屋の外に連れ出すのだ。


「初披露はこの県で行うけど、あとは全国に順番に貸し出せばいいよ。

 各家庭に近くなれば男子も外出許可を取りやすいし。あとは母親の頑張り次第だけどね」


 外に連れ出す切っ掛けは作る。だがそのあとで現実に繋ぎ止めるのは母親の役目だ。何でもかんでもアタシに丸投げされても困る。


「里奈ちゃんが太鼓判を押してくれたのよ。政府や企業も全面協力してくれるわ。

 シミュレーション装置も基礎技術はあるし、ロボットも巨大なハリボテですものね」

「まあね。でもそんなにアタシに期待されても困るんだけど」


 今までたまたま上手くいっただけで、相も変わらず綱渡りは続行中だ。これからの重圧を誤魔化すようにお茶に口をつけて、不安な気分を落ち着ける。

 お母さんがやる気になっているのなら、きっとこの案は通るだろう。自分の役目は果たしたので、あとは各関係者が煮詰めるだけだ。


「それで里奈ちゃん、外に連れ出したあとに現実に繋ぎ止める良い案はないかしら?」

「そこまでアタシに頼るの!?」


 あまりの情けなさに驚いてしまったが、現代では女性が中心になって社会を回している。つまり立場的には男性よりも偉いのである。

 だが彼らは数が少なく、人類の存続のためにはなくてはならない存在だ。なので最優先保護対象として、大切に扱わなければならない。


 たとえ光源氏計画を企む母親たちでも、彼らに嫌われることは極端に恐れている。肉食獣のような視線を送りながらも、蝶よ花よと徹底的に甘やかす。そんな存在が近くに居たら、はっきり言って物凄く怖い。

 いっそ家で保護した男子にしたように傷物にしてしまえば、アタシに助けを求めることも出来るのだろうが。

 しかし中年女性が女子高生に、育児の助言を求めるとは思わなかった。


「あのさ、アタシに子育ての経験はないよ」

「それでも構わないわ。里奈ちゃんからの意見だと言えば、母親も息子も無条件で信じるから」


 それではまるで神様からの信託ではないか。しかしアタシは結婚も子供を生んだことはない。別に募集しているわけではないが、恋人も居ない。


「ならまずは、自分の好意をはっきり伝えようよ。息子に嫌われるのを恐れずにさ。

 それで受け入れてくれたらラッキーだけど、もし嫌われたらもう一度親子の関係を築いていくの」


 母親として愛しているならそれでいい。恋人として愛していても、相手が受け入れてくれればいい。もし嫌われても諦めずに一歩ずつ距離を縮めていけば、きっと今度は本当に好きになってくれる。


「子供は親のことを見てないようで見てるからね。上手く隠してるつもりでも実は、…なんてこともあるし。

 後ろ暗いことは洗いざらい吐いたほうがいいよ。自覚があるならね」


 お天道さまに顔向けできるならば、アタシからの助言は何の意味もない。しかし男児の母になる女性は、金と地位に物を言わせて親権を買い取った者が殆どだ。

 理想の夫に育てようと愛情を注いでいるようだが、隠し事はいつかバレる。それが後になるほど関係の修復は困難になり、最悪自殺するまで息子を追い詰めてしまう。


「取りあえず土下座しよう。それでいっぱい謝って、子供が許してくれるまでひたすら頭を下げるしかないよ」


 そこまで喋って喉が渇いたので、お茶を軽く口に含む。何だか説教じみたことを話した気がする。

 別に人に物を教えられるほど、偉くも何ともないのだが、今回は助言を求めているらしいので問題ないだろう。


「まとめるとアタシからの助言は、好意や後ろ暗いことを隠さずに、正直に話す。

 もし嫌われたら息子が許してくれるまで謝ること。その際にはちゃんと反省してよね。

 …それだけだよ」


 これで母と子の関係が悪化したとしても、逆に考えるんだ。この程度で済んで良かったと考えるんだ。後々にバレた場合はもっと酷くなる。

 色々ぶっちゃけた後に気づいたが、これは女子高生に尋ねる問題じゃないな…と、心の中でそっと呟く。


「それで、まだ何か用はあるの?」

「えっ? いえ、今の所の案件はこれだけよ」


 またもやお母さんがポカーンとした顔でアタシを見ていた。おまけに古典娯楽部の部員たちも、何やら感心したような表情でこっちに視線を向けている。

 言いたい放題口に出してしまったので、世の母親たちからの大ブーイングは避けられない。しかしいい加減に彼女たちのわがままに振り回されるうんざりなので、こっちも文句を言う権利ぐらいある。


「里奈ちゃんは今すぐ母親になっても、十分やっていけそうね」

「あのさ! アタシは普通の女子高生だからね!

 一応結婚出来る年齢だけど、そんなつもりは全くないから!」


 万が一に結婚して、さらに物凄い低確率で男子を出産したとしても、どうせ大金積まれて親権を奪われるに決まっている。

 金! 金! 金! 母親として恥ずかしくないのか! …と叫んだところで、現実は何も変わらない。

 言いたいことも言えないこんな世の中じゃ…と、怒りの感情が外に出てしまったが、よく考えればアタシは育児に関わる予定はないので、思い悩む必要は全くない。


「まあ今は手のかかる家族が居るし、そっちの面倒を見るだけで精一杯だからね」

「ふふっ、そうね。里奈ちゃんは皆のお母さんよね」

「はぁ…だから母親じゃないって言ってるのに」


 大きく溜息を吐いて否定するが、どうせお母さんは取り消すつもりないようだ。現在リハビリ中の男子たちからの母親扱いは相変わらずで、他県に留学に行っている男子も同様だ。

 年齢は殆ど変わらないのに、どうしても母親にしたいらしい。育児の答えを提示したはずなのに、自分の問題はいつま経っても解決しない。

 肩にのしかかる重荷をどうやっておろすべきか、アタシは一人で頭を悩ませるのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 17/22 ・アナログのサイン、まじか、地道すぎる [気になる点] やはりテンポは正義。 17話とは思えない進出ぶり [一言] ママさんさすが
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