夏休みの計画を練る
夏休み前の七月上旬なり、ゲーム大会が大好評のうちに終わったので、クラス内の空気も比較的和やかだ。
一応はお互いに協力して敵と戦った戦友なので、宮田君の何処か他人行儀な雰囲気も、前よりは露骨ではなくなっている気がする。
それに女子生徒も戦場でのコミュニケーションで、男子生徒との距離感がおぼろげながら見えてきたようで、当たり障りのない会話が行えるようになってきた。
この調子で早いところ恋人の一人でも作って、アタシに楽をさせて欲しい。
何しろ風呂に入るたびに、もう一分一秒も我慢できなさそうにない男子に出くわし、競泳水着を着たまま性処理をするのが習慣化しているのだ。絶対待ち伏せされてるか、アタシの行動を先読みされている。そのどちらかだ。
かと言って今さら女子寮に引っ越しても、自分の居場所はもうないだろう。
なのでアタシの手を煩わせないためにも、男子全員が恋人の一人や二人を作って、夜のお相手をしてもらうのだ。
そうすれば両手の筋トレから解放されて、久野さんが疲れてるのなら、今度は他の部位でもいいですよ…とか、気を遣ってるのリクエストなのか、そんなよくわからない台詞を言われなくて済むのだ。
あとは自分は他の女性よりも控えめなので、胸で挟むのは結構大変だ。それでも包むぐらいはあったのは幸いだった。
あとは太股で擦り潰したり、足でグリグリ踏みつけたり、脇とか高レベル過ぎると思うの。
こうなった原因は、カノンが初日に提出した精子にある。国が分析にかけた結果、十八人全員のモノが、過去に例がない程どれも元気いっぱいだった。
そして遺伝子の劣化も他と比べて少なく、秀、優、良とランク付けした場合、どの医療関係者に見せても、満場一致で秀だったのだ。
まあつまり日本政府や医療関係者から、おかわり! 次もはよはよ! …と、ガッツンガッツン要求されたのだ。
最初は付き合ってられんわー…と両手の疲労もあったので、男子生徒には、我慢できなくなったら自分たちで処理するようにと、採取専用のゴム道具を渡しておいた。
その結果は変わらずに最高の秀ランクだったが、どれもが初日ほどの元気はなかった。
そしてもう一度アタシに採取をするようにと要求され、面倒だなぁ…と思いながらも喜びに震える十八人全員から精子提供してもらい、関係者の調査を受ける。
結果は秀であり、今度は初日よりも元気いっぱいだったらしい。他の女性が夜の相手をし、提出されたモノではこうならない。
久野里奈と他の女性とは一体何が違うのだろうか。そこさえはっきりさせれば、絶望の未来を覆せる! …かも知れない。
国内の医療関係者たちは、僅かに見えた希望の光を追い求め、人類救済の謎を解き明かそうと、日夜頑張っているらしい。
普通に考えて一番大きな違いはオタク趣味だが、それだけで精子が元気いっぱいになるかと言うと、うーん…と首を傾げてしまう。
ともかくわからないことは専門家に任せて、アタシは国民の義務として夜のお相手を頑張るしかない。
そのための資料や道具も山ほど届いたので、色んなパターンを試せということらしい。中には本番で使う物まで送りつけてきた。
男子の皆は大喜びだがアタシはそこまで関係を進める気はないので、相変わらず前戯だけだ。それが嫌だと言うなら、妄想の中で発散して欲しい。
このように水面下では慌ただしい動きを見せるが、表の生活には全く生かされていない。そして学園の男子と女子は、お互いの関係が大きく前進したことを喜んでいる。
あとはここからもう数歩踏み込んで仲の良いお友達に、さらに恋人関係も結べるかも。そしてゆくゆくは結婚にと、思いを馳せている。だがことはそう上手くはいかなかった。
七月のとある晴れた日、アタシは校内放送によって学園長室に呼び出されたのだ。
「また何か、学園で問題が起きたの?」
「いえ、この学園ではないわ」
ソファーに体を深く沈めて学園長と対面する。彼女と話す時は大抵厄介事なので、何とも気が重い。
「問題は他の共学よ。
もうすぐ夏休みに入ることは知っているわね」
ちなみにアタシに対するヘイトは緩和したので、現在は男子の連れがなくても廊下を一人で歩けるようになった。なので現在部屋に居るのは、自分と学園長の二人だけだ。
今後も小康状態が続くかは不明だが、学園の火薬庫バリアだけでしばらくは十分だろう。
「七月の中旬から八月末までの長期休みのことでしょう? それがどうかしたの?」
「久野さんのおかげで外部の男子生徒も、これまでよりも遥かに充実した共学生活を過ごせているわ」
「それはまあ…何と言うか。良かったね」
長期の休みは、夏休み、冬休み、春休みがある。それはアタシも知っているが、外部が出てきたのが気になった。
そしていちいちアタシを持ち上げるので、妙に小っ恥ずかしくなってくる。なのであらかじめ用意されていた紅茶を口に含んで、照れを誤魔化す。
しかしただ自分を褒めるために呼び出したのではないはずだ。
「ええ、本当に久野さんのおかげでどれだけの男女が救われたことか。…ですが」
「ですが?」
「共学生活こそ多少はマシになったものの、家に帰ればそうではないわ」
「実家の母親に甘やかしてもらえるし、むしろ学校よりも快適じゃないの?」
蝶よ花よと息子を甘やかしてくれる母親が、複数人待っているのだ。学園という肉食獣の群れの中で生活するよりマシだろう。
だが学園の女子生徒は入学時よりも牙や爪が丸くなったし、短くても直接会話することにより男女の付き合い方を学習して、微妙な距離感を掴むのが上手くなってきた。
事件に発展する確率は、かなり低くなったと言えるだろう。
「今の時代は生みの親から、地位のある者が買い取るのが普通よ。
そして久野さん、光源氏をご存知かしら?」
「そりゃまあ、知ってるけど。あー…そういうことか。なかなか面倒そうだね」
男子は国の宝だ。なので保護したのちに厳重に管理しなけれいけない。そんな建前を振りかざして、地位と金を持っている者たちが実の父母から取り上げて、こぞって囲い込んでいる。
そのことが悪いとは一概には言わないし、育児さえしっかりしてくれれば何の問題もない。だが、結果はお察しである。
「学園の男子生徒は折れず曲がらず、強く立派に成長したわ。
これなら母親たちの元に帰っても、自らの境遇に悲観して命を断つことはないでしょうね」
息子にとって赤ん坊の頃から面倒を見てくれる母親は大切な存在だが、恋人として付き合い、大勢のお母さんと結婚出来るかと言うと、いやー…キツイっすわ。
しかも最初からズッコンバッ婚するために買い取ったとバレれたら、一体どうなることか。もっとも身近で頼るべき存在が真っ黒では極度の女性不信になったり、最悪首を吊るか、リストカットしてもおかしくない。
「他校の男子生徒が辛い現実を受け止めるのは、まだ難しいわ」
「でもそれは、アタシの退学とは関係ないよね? 他校のことまでいちいち面倒見きれないし」
「そこを何とかならない?」
今までやって来たのは全て自分のためだ。面倒を見る義務もないのに、他人の重荷まで背負わされるなんて割に合わない。
「あのね。アタシは神様じゃないんだよ。これまでだって綱渡りだったんだから」
「久野さん、この国を救うと思って、…お願い」
「うっ…うーん、確かにアタシも平凡だけど日本国民だからなぁ」
日本の一大事と言われれば同じ国民として何とかしたいが、ただの女子高生である自分にそこまでの力はない。
学園長が買いかぶり過ぎなのだが、政府関係者や各企業やマスコミまで、こぞってヨイショしてくるので、アタシとしては正直これ以上顔を売りたくない。
ベッドの上でごろ寝しながら大災厄以前の漫画を読む。そんな小さな幸せで十分なのだ。有名人になってチヤホヤされたいとは、欠片も考えていない。
「言い忘れてたけど、久野さんは最優先保護対象に変わったわよ。それだけ日本にとって重要な人物というわけね」
「おいおいおい、死ぬわ。アタシ」
男性が最優先保護対象になるのはわかる。あとは相当高い地位にいる女性だ。そして自分はただの女子高生であり、これといった偉業を成し得たわけではない。
男女の意識改善を少し後押ししただけだ。あとは理由は不明だが、生きのいい精子を搾り取れる。
「久野さんの死は全人類の損失に繋がるから、絶対に死なないでね」
「はっはっはっ、無茶を言いなさる」
だがこれで学園長だけでなく日本の全てがアタシを、逃さん…お前だけは…するつもりなのは明らかである。こうなれば腹をくくるしかない。
少なくとも目の前の彼女のお願いぐらいは、出来る範囲で叶えるべきだろう。これは放置しても即座に回り込まれて、余計に面倒になるパターンだ。
アタシは足りない頭を捻って両手を組み、ウンウンと唸りながら一生懸命考える。そして数分かけて、ようやく一つの案を口に出す。
「じゃあ、夏休み限定のゲーム大会でもしてみようか」
「どういうこと?」
「部屋の隅でガタガタ震えてるより、友人と遊んだほうが楽しいってこと」
部屋に引き篭もってもいいが、追い詰められて自殺するのは駄目だ。だったら家に帰っている間だけでも、現実逃避でたーのしー! させてあげればいい。
自分が小中学生の頃には、長期休みを心待ちにしていた。日がな一日学校にも行かずに、ゲームや漫画やアニメにどっぷりと浸かれるのだ。
そのおかげで目が悪くなってメガネをかけるようになったが、凄く楽しかったので後悔はしていない。
「良いアイデアね。久野さんならきっと実現できるわ」
そしてまたもや学園長の謎の信頼だ。アタシはただの女子高生だというのに。ただ大災厄以前のサブカルチャーが大好きなだけだ。
「それ全部アタシがやるの?」
「久野さん以外に誰かできるのかしら?」
「んー…アタシ以外無理だね」
多分だが、旧時代のテレビゲームに関してはアタシ程詳しい人物は、そうそう居ない。情報として知っている者は多数居るかも知れないが。徹夜で遊びまくっており、テレビゲームの実際の対象年齢に近く、女子の身でありながら男子のような感性を持っているのは、世界広しといえどもアタシぐらいだ。
「頑張ってちょうだい。私も出来る限り協力するわ」
「ありがとう。ならアタシの夏休みの宿題を…」
「久野さんは最近、夜遅くまで漫画を読んだりアニメを見ているようね。
そのせいでテストの点数が落ちるのは、あまり感心出来ないわよ」
やはり学園長はアタシを日夜監視しているようだ。藪蛇だったので気持ちを改めて、わざとらしく咳払いをする。
「コホン! 夏休みの宿題はちゃんとやるよ!」
「でも勉強を教えることは出来るから、困ったらいつでも言ってね」
「はぁ…わかったよ」
にこやかな笑顔を浮かべる学園長とは違い、アタシの気分は重く沈んでいる。取りあえず古典娯楽部のメンバーやカノンと打ち合わせをしないといけない。
そして本当に困ったら、目の前の彼女の力も借りることを考える。いくら大災厄で人口が減ったとはいえ、日本国内の男子…そして大人の男性も合わせれば相当数になるのだ。
学園内だけでもヒーヒー言ってたのだから、今回はそれが全都道府県の全ての男性まで広がる。アタシ一人だけではどう考えても手が回らない。
「あと、ゲーム大会の対象年齢は設定しないから」
「それは何故かしら?」
「大人は我慢出来るからって、心が傷つかないわけじゃないからだよ」
学園長は長期休みに入る男子を対象にするつもりだった。しかし今現在苦しんでいるのは、彼らだけではないのだ。子供よりは目立たないが、成人男性が自殺する事件も報道はされている。
正直仕事が増えるのは嬉しくないが、ほんの少し手を広げるだけで救える命があるなら、駄目で元々でもやってみるべきだろう。
だがこれは学園長と協力しても夏休み開始には間に合わないかも…と小さく呟き、何とか切り抜けるための策を、足りない頭で必死に考えるのだった。




