【あなたが勇者を倒すべき回数は、残り1回です】
父さん、母さん、姉さん。手紙を書くのは今日で最後になると思う。
というのも、ついにこの日が来たんだ――。
【あなたが勇者を倒すべき回数は、残り1回です】
「クックックッ……」
私は笑った。
「ハーハッハッハ!」
愉快で仕方なかった。
あと一回。あと一回勇者を倒せば、この数字がゼロになる。そうすればきっと、私はもう勇者と戦う必要もないだろう。日本に帰れるかもしれないし、ぶっちゃけ帰れなくてもいい。魔王生活が素敵すぎて、このままここで暮らしてもいいとすら思い始めている。
そう、私はかけがえのない魔王生活を誰にも渡したくない。
だから最後の戦闘は、絶対に、負けられない。
*
しばらく姿を見せなかった勇者だが、その日は堂々と姿を現した。
メンバー全員、でき得る限りのフル装備で、腹を決めた顔をしている。
そして。
最後の決戦となる本日、勇者側のパーティーは勇者に魔法使い、右腕男、女戦士の四人だった。
――ああ、おっさん。お可哀想に。
「今日でお前も終わりだ、魔王」
勇者が低い声で言った。私は首をかしげる。
「それはどうかな? 貴様ごときが、私に勝てるとでも思っているのか?」
「……勝ってみせる」
勇者が叫んだ。
「何をしてでも、お前に勝つ!」
跳躍。勇者の猪突猛進っぷりに、私は笑った。
――結局こいつは、大して進歩しないままだったんだなあ。
私は勇者の揺れる頬肉をのんびりと眺め、いつも通り壁まで吹き飛ばしてやろうかと腕を伸ばした。その時、左から呪文を唱える声が聞こえてきた。――しまっ、魔法使い!
「ファイアー・インフェルノ!」
私の身体が業火に包まれた。
あっちいいいいいいぃぃぃいぃいぃぃいいいぃいぃいいいいぃぃ!!
「――……チィッ」
内心で悲鳴を上げたが、実際漏れた声はこの程度だった。魔法語翻訳すごい。叫ぶのも我慢できるなんて。
それにしても……と、私は魔法使いの方を見た。
こいつ、明らかに以前とはレベルが違う。
「はあああああああっ!」
勇者と右腕男もそうだ。斬撃が前より鋭く力強い。どう考えても、かなりレベルをあげてきている。でもどうして……。
そこで、私はハッとした。
何日もやってこなかった勇者。魔王城のそばで逃げるように走っていたスライム。ボロボロの姿でそこら辺を歩いていた勇者たち。そこから導き出される答え。
――魔王城に来なかったあの一週間、勇者は地道にモンスターを倒してレベルを上げ続けていたんだ。
この間は偶然にも私がその現場を目撃してしまい、戦闘準備のできていなかった勇者たちは逃げようとしていたのか。
なるほど、そう考えるとすべて合点がいく。
「クックックッ……どうやら貴様も本気になったようだな、勇者よ!」
ようやく、勇者が勇者っぽくなったな。努力したんだなあ。
私はしみじみとそう思った。しかし、確かに強くなってはいるが、彼らの戦闘力は私の足元にも及ばない。あと五分もあればケリがつくだろう。
勝った……!
と、思ったその時だった。
「我らと共に戦え、大地の精! 召喚、エマージン!」
魔法使いの声が響き、地面には光り輝く魔法陣が現れた。
「は……?」
私はぽかんと口を開け、その魔法陣を眺めた。
二秒後。
魔法陣の中央から、ずずず……という効果音とともに、見たこともない屈強そうな青年が姿を現した。
――はあ!?
「いけー、大地の精!」
「やっちゃってください先輩!」
勇者と右腕男が同時にそんなことを言う。
――え、え、ちょ、なに、え?
私の頭はパニックを起こしていたが、敵はそんなの待ってくれない。「シィ!」という声と共に青年――大地の精は私に飛び掛かってきた。そうして彼のサーベルは、いとも簡単に私の左腕を切り落とした!
…………。
え、切り落とした?
――はぎゃああああああああ!? 何これ死んじゃうううううううううう!
「フン。少しはまともに戦えるようだな……」
高性能すぎる魔法語翻訳が、私の絶叫をすべて飲み込んだ。
――いや無理。なにこれヤバイ。精霊を召喚する魔法なんて聞いてない。
私の脳内をあらゆる言葉が駆け巡っていった。青年はクールな表情で、サーベルについた血を払っている。「左腕取ったどー!」という喜びもなければ、魔王に対する悪意も同情もなさそうだ。
大地の精、まじヤバイ、たぶんこいつ、血も涙もない。
私は、勇者と精霊を見比べた。……どう考えたって、勇者より精霊の方が強い。というより強すぎる。四対一でも相当卑怯なのに、それを五対一にしようだなんて、良心ある人間なら考えるはずがない。
鬼畜っ……この勇者、まさに鬼畜!
私は自分の左腕に回復魔法をかけつつ、魔法使いに視線を移した。彼女は勝ち誇ったような顔でこちらを見ている……ように見える。
――ちくしょう。あいつ、レベルアップした時に召喚魔法を覚えたな……。けれどああいう呪文は、MPだって相当量使うはずだ。そう何体もホイホイ召喚できるはずが――
「我らと共に戦え、空の精! 召喚、エマージン!」
――あれえ?
私は目を剥いた。多分白目になっていた。
いやなんで。なんで二体目の召喚に成功しちゃってるんですか。
私は魔法使いを、その背後を見た。
女戦士と勇者が、魔法使いにMPを供給していた。
――え、うそ、ちょ、待っ、やめてください死んでしまいます。
魔王語翻訳により、そのような弱音を吐くことはできなかった。
魔法使いが再度、呪文を唱える。
光の精が現れた。
その後、水の精まで現れた。
四人の精霊が私を睨む。その奥で、胸を張る勇者ご一行。
「……貴様ら」
自分たちの力で魔王を倒そうというプライドはないのか……?
勇者、右腕男、魔法使い、女戦士。大地の精、光の精、空の精、水の精。
VS魔王。
八対一となった状況で、私はついに、悟りを開いたのであった。
私 これ オワタ