華麗なる女戦士(強さ6)
父上、母上、姉上。元気にしているか。
私は元気だ。
最近では魔王としての生活にもすっかりと慣れ、日本でも魔王として活躍したいとすら思い始めてきた。無論、誰かに酷いことをしたいのではない。ただ、魔王という「大変優遇された地位」を手放すのが惜しくなってきたのだ。魔王城は広く、食事は美味、浴場には露天風呂まで完備されている。
最近は私の思い付きで、魔王城の一角に温室を作ってみた。現在、ベゴニアと胡蝶蘭が綺麗に咲いておるわ。温室で花々に囲まれながらマカロンを食べるのが、最近のマイフェイバリットとなっている。
せっかくなので、中庭には近々薔薇園も作るつもりだ。情熱的な赤き薔薇も素晴らしいが、この城には青龍――青色の薔薇が似合うのではないかと考えている。青龍というその名前も、魔王直属の四天王のようで美しいと思わんか?
嗚呼。花が好きだった母上と姉上にも、この素晴らしい魔王城を見に来てほしい。
……いや分かっている。
本来、私が日本に帰るべきなのだが。
「勇者が弱くて今日も帰れません、っと……」
出し方も分からない手紙を書き終え、花柄の封筒へとそれをいれる。一息つき、マスカットの香る紅茶をひとくち飲んだ。ああ、美味なり。
――いや、あのね? 勇者が私を倒してくれたら日本に帰れるって決まってるわけじゃないんだよ。ないんだけどね? 勇者が私を倒すか、【勇者を倒すべき回数】がゼロにでもならない限り、今の生活が続くと思うのよ。
私は溜息をつき、ピンク色のマカロンをかじった。ラズベリーの香りが口内にふわりと広がる。めちゃくちゃ甘い、しかし美味なり。
――私がこの世界に来てから二十二日。
勇者はすこしずつレベルをあげている。しかし、すこしずつすぎて、全くといっていいほど相手にならない。毎日毎日、十分も経たずに戦闘は終わってしまう。
なお、先日私がブチ切れた「ポーション大作戦」は、あれ以降二度と使ってこなかった。しかしその二日後、勇者たちはまたもやしようもない作戦を使ってきた。
勇者のHPだけを、やたらとあげてきたのだ。
……恐らくだけど、HPを上げる魔法の道具だとか魔法の果実だとか、そういうものがこの世界にあるのだと思う。勇者は、MP等のステータスはそのままに、HPだけをやたらとあげてきた。つまりは「仲間が倒され自分ひとりになっても戦える状況」を作ってきたのである。
え、それを見た私の反応?
おこだよ!
まあブチ切れたよね。なに一人で生き延びようとしてんだよ、仲間を大切にしろよって思うじゃん。ここだけ聞いてたら私の方がすごく正義感強くない? なんで私は魔王をやってるんだろうね?
ってなわけでさっさとセーブポイントにお戻りくださるよう、私は全力で勇者を殴りました。
……あのねー。いくら勇者のHPを上げてもさ、結局私の攻撃力のほうが高いのよ。勇者に勝ち目はないの。
ほんと、どうやって私に勝つつもりなんだろうあの勇者は。
「フン……」
勇者の弱さを思い出し、鼻で笑う。
ラズベリーの香りが、ふわりと鼻腔をくすぐった。
*
夕方。思い付きで魔王城を掃除していると、背後から声が聞こえた。
「探したぞ、魔王!」
あ、ごめんねいつもの場所(高級そうな椅子)に座ってなくて。
私は持っていたハタキを部屋の隅にさっと投げ、「クック」と笑いながら振り返った。
「勇者よ。貴様もしぶとい奴――」
そこまで言って、私は目を見開いた。
見知らぬ女性がいたからである。
厳密に言えば、勇者と魔法使い、それから右腕男はいつも通り。
なのに、体力おっさんがいないのだ。
かわりに、見たこともない女性がいる。ブロンドのロングヘアが印象的で、華奢な身体には似合わないごつい装備をしている。全身を覆う鎧に重そうな盾、大きな剣。そしてなんとなく、グループ内ではお姉さん的立ち位置なんじゃないかと予想できるオーラを発していた。
――誰この人。いつものおっさんは? 私、これでも人見知りなんだけど……。
「クックックッ。今日はウドの大木が見当たらぬようだが?」
我ながら超酷いことを言った。魔王語翻訳こわい。ごめんねおっさん。
勇者は私の質問に答えず、先制攻撃をしかけてきた。右腕男と魔法使い、それに女戦士も同時に襲いかかってくる。私はいつも通りに攻撃をかわし、反撃にでた。
勇者と魔法使いは念力で吹っ飛ばし、右腕男には左フック、女戦士に右ストレートぉっ!
いつもはここらへんで、体力おっさんが前に出てくるんだけど――
「おおおおっ!」
今日は右腕男が出てきた。
他の三人は、と目を配る。魔法使いが勇者を治療しているのが見えた。じゃ、私の右ストレートをくらった女戦士は!?
「我が傷を癒せ、ホーリー!」
――え、ちょ、おま、戦士なのに上級の回復魔法使えるん……?
私は戦慄した。体力おっさんや右腕男がまったく魔法を使えなかったのに対し、この女戦士は魔法を、それも上級のものを使えている。
「クックックッ……なるほど」
この女戦士こそが、勇者パーティーの切り札だったというわけか!
――と思ったのは、最初の三分だけだった。
女戦士はあっけなく戦闘不能になった。HPが少ないし、攻撃力も大したことないのだ。これならまだ、(魔法が使えなくても)おっさんのほうが役に立っていたと断言できる。
今日も今日とてボロボロの姿となった勇者を見ながら、私は「なるほどなー」と思っていた。
あの女戦士って、「見た目とか性格とかすごい好みだし是非ともパーティーに加えたいけど、魔王討伐に役立つスキルがないから冒険の終盤でメンバーから除外されちゃう系のキャラ」なのだ。
……いるんだよね、そういう立ち位置のキャラ。
私も、昔やってたゲームで経験がある。自分好みの「物腰柔らかイケメン騎士」より、「ふてぶてしいおっさん戦士」の方が明らかに強くて、それでもイケメン騎士をパーティーに加えたままゲームを進めた結果、詰んでしまったことが。
目の前にいる勇者パーティーの場合、華麗なる女戦士(強さ6)、体力おっさん(強さ8)ってところか。だから今までは、おっさんのほうをメンバーにいれて頑張ってたんだろう。けれどあまりにも私に勝てないもんだから、「女戦士なら魔法も使えるし、もしかして」なんてあわーい期待をもってメンバーチェンジしたんだろうなあ。
女戦士が戦闘不能になった途端、勇者もやる気失くしてるし。
やだあ、わかりやすーい。
「この愚か者めがぁっ!」
今日も今日とて、私は勇者を殴り飛ばした。
【あなたが勇者を倒すべき回数は、残り7回です】