勇者がなかなか強くなりません。
地球にお住いの皆様、いかがお過ごしでしょうか。
私は元気です。
魔王として暮らし始めてから、二週間が経ちました。
こちらでの生活にもすっかり慣れ、毎日きっちり八時間の睡眠を確保し、お肌の状態も極めて良好です。日常生活だけではありません。戦闘だって、魔王として恥ずかしくない程度には戦えていると自負しております。
しかし、勇者がなかなか強くなりません。
「――いつになったら私と対等に渡り合えるようになるのだ勇者よ!」
魔王の敗北を望んでいるつもりは毛頭ない。
毛頭ないが、いつまで経っても私にかすり傷ひとつ与えられない勇者を見ていたら無性に腹が立ってきた。
――へばってんじゃねえぞ、やる気あんのかテメエ!
そんな意味を込めて、勇者たちの足元を軽く爆発させる。
「ぐわあああああああああああああああああああ!」
「この程度の攻撃を耐えられないとは! 己の無力を恥じるがいい!」
「……ぐっ」
「どうした、もう立てないと申すか。それで勇者を名乗ろうというのか!」
――いやなんかこれ、私が熱血指導で勇者を育ててるみたいじゃん。
それにしても腹が立つ。なんでこんなに勇者が弱いの? 私(魔王)なんかこの二週間で色んなものを覚えたよ? たとえば、当たれば即死の魔法「死へと誘う右手(勇者側のメンバーを一人、戦闘不能にする)」とか。それの上級魔法「死へと誘う両手(勇者側のメンバーを二人以上、ランダムで戦闘不能にする)」とか。あと、さっき使った爆発系の呪文もそうだし、氷系の呪文も大体会得したし、物理攻撃もいくつか修得して――あれ、私ってもしかして天才?
それにひきかえ勇者といったら。
命中率が三割程度しかない「死へと誘う右手」にはすでに二回当たってるし、それ以上に当たりにくい「死へと誘う両手」にも一回当たっている。なお、現在は『勇者パーティーの紅一点・癒し系魔法使い』が、即死魔法を回避できる呪文「みことの加護」を覚えてしまったため、私も即死魔法を使うのはやめた。
――うん。そうだね。魔法使いが新しい魔法を覚えてきている段階で、メンバーがちょっとずつレベルアップしてるのは分かるんだよ。
しかし勇者。貴様は別。
情けない。
とにもかくにも、情けなさすぎる。
そもそも。
この勇者のパーティー、攻撃力が一番高いのは「右腕っぽい男」なのだ。
はっきり言って、単純な攻撃力だけなら、勇者よりも右腕男の方がはるかに上だろう。ただしこの右腕男にも、敏捷性に欠ける、魔法を一切使えないといった弱点がある。それでも最近めきめきと攻撃力をあげてきているわけで……まあ、さっきも言った通りこの男は動作がさほど早くないから、私からすれば攻撃を避けるのは楽勝なんですけどね。
あと、盾として機能することの多い、損な役割のおっさん。このおっさんはHPが異様に高いため、他の三人がへばったとき率先して前に出てくる。要は「俺が攻撃されている隙に回復しろー!」という、ある意味一番気の毒な役割だ。こちらも最近HPが増えてきているようで、昔は三発も殴れば倒れていたのに、今では四発目も耐えるようになってきている。……まあ、四発殴るのに二秒もかからないから楽勝なんですけどね。
その一方で、勇者。
強くならないんだなあ、これが。
多分、オールマイティになんでもできるよう頑張りすぎたのだろう。そのせいで、どれもこれも中途半端なんだよね。攻撃力は中の上、HPも中の上。使える魔法は中級ばっかりで、MP切れも早い。どのステータスにも魅力というか、長所が感じられない。そして、それがこの二週間ほとんど変化していないのだ。
唯一の強みは、「誰よりもいい装備をしてる」ことくらい。
……そんな勇者をさ。
見ているこっちが! 恥ずかしくなるわ!
「笑止千万! 恥を知れ!」
膝が笑っている――いや、膝が爆笑している勇者に渾身の一撃を与える。当然、勇者はその攻撃に耐えきれるはずもなく、断末魔と共に姿を消した。
【あなたが勇者を倒すべき回数は、残り16回です】
ふぅ。今日もいい仕事した。お風呂はいろ。
私は身をひるがえし、魔王城の中でも格別の癒し空間、浴場へと向かった。今日は薔薇風呂がいいなあ。お風呂の中でアイスも食べよ。
――魔王として暮らし始めて二週間。
魔王って素敵だなと思ったのは、日常生活において自分の願いがすべてかなえられることである。
私が調べてみたところ、魔王城には人っ子一人、モンスターの一匹だっていやしない。なのに、薔薇風呂も高級アイスも、私が望んだら勝手に「出てくる」のである。
お風呂上がりに使うフェイスパックも、マッサージチェアも、天蓋つきふかふかベッドも、すべて勝手に出てきた。
――魔王の生活って、素敵じゃない?
日本に帰りたいと願っていた私は、少しずつそんなことを考え始めていた。
*
薔薇風呂に入って天蓋付きベッドで眠り、バター香るクロワッサンと高級アッサムティーで華麗な朝食を摂った二時間後。
今日も今日とて勇者がやってきた。
「クックックッ……懲りない奴め……」
そこまで言って、私ははたと気がついた。
――勇者ご一行、今日は嫌に荷物が多くない?
「今日こそは、お前を倒すぞ魔王!」
勇者が吼える。私は「クック」と笑いながら肩をすくめた。
「勇者よ、少しは成長してきたのか? 多少装備を変えた程度では――」
「やあああああっ!」
人の話は最後まで聞けよ。
私はムッとして、こちらに飛び掛かってくる勇者――ではなくその後ろで待機している魔法使いに魔弾を一発食らわせた。勇者はこの攻撃を二発耐えるが、魔法使いは一発しか耐えられない。故に次のターンで、魔法使いは自身に回復魔法をかけることとなる。その隙に、他のメンバーの体力を削ってやろうという魂胆だ。
が、しかし。
「悪に炎の裁きを! ファイアー・インフェルノ!」
魔法使いが、私に向かって攻撃魔法を使ってきた。
鳥の形をした炎が、とんでもない勢いで私を襲う。
――熱い。あっつい!
つっても、私の体力は大して削れてないんだけどな。
「フン、哀れな……」
自分は戦闘不能になってもいいから、ちょっとでも私にダメージを与えるつもりなのだろう。あんなに可憐で可愛い子が、自分の命を賭してまで私を倒そうとしているのだと考えると泣けてくる。
しかし、回復要員はさっさと潰すに限る。
私は勇者の攻撃を右腕で受けて(ちなみに、さっきの炎魔法よりもダメージが通らない。聖なる剣まで使っておいて情けない!)、左手を魔法使いへと向けた。
……なんか、いつもすぐに倒しちゃってごめんね。でも君はMP多いしさ、回復魔法ばっかり使ってこられると面倒くさいの。ほんとごめんね。私も同じ女の子として、非常に同情してるのよ。だからせめて、
「一撃で楽にしてやる……!」
実際には二撃だったわけだが、「魔王語翻訳」だとそうなるらしい。私の放った魔弾により、魔法使いはあっけなく戦闘不能状態となった。
右腕男(勝手に命名)と体力おじさん(勝手に命名)は、回復魔法を一切使えない。勇者は中級の回復魔法を使えるが、それだと回復が追い付かない。
つまりは魔法使いさえ潰せば、私の勝利は確実なのだ。
「うおおおおおおおおおおおおおお!」
残った三人の男たちが私に剣を振るう。多少かっこいい男たちに囲まれるという、文章だけ見ればおいしい状況だ。
しかし要らんわ、こんなハーレム。
「鬱陶しい!」
私は勇者たちに魔弾をくらわせた。耐えきれなかった勇者と右腕男が、数十メートル先の壁まで吹っ飛ぶ。体力はギリギリ残っているようだが、今の二人なら初級魔法を一発でも喰らわせれば戦闘不能に陥るだろう。
勝った。もうこれ勝ったわー。
「ぜえええいっ!」
唯一私の攻撃を耐え抜いたおっさんが、変な叫び声をあげながら拳を振り下ろしてきた。しかしやはり、大して痛くない。今回の戦闘で一番効いた攻撃はやっぱり「ファイアーなんとか」だったよ。熱かったわー、あれ。
「フン。そろいもそろって、無様な……」
私は適当におっさんの相手をしながら、勇者の方へと目をやった。
そして、小首を傾げた。
よろよろと立ち上がる勇者と右腕男。
しかし回復魔法を使う気配はなく、こちらに向かってくる様子もない。
彼らは、ごそごそと自分たちの鞄を漁っていた。
……んんん?
私は眉間にしわを寄せ、目を凝らした。
魔王アイが捉えたのは――緑の液体が入った小さな瓶だった。
「……貴様」
その見た目にピンときて、私は唸った。
私の声に焦ったのだろう。勇者と右腕男が慌てて、小瓶の中身を口に含んだ。
途端、二人の身体がぱあっと輝く。
「貴様らぁっ……」
――日本でゲームをしていた私には理解!
あれは、あれはっ………………回復薬!!
ザ・ポーション!!
私は、勇者ご一行の鞄からはみ出ているものを見た。
それらはすべて、ザ・ポーション。
【もちもの】 ポーション×99
その圧倒的光景を目にすれば、魔法使いが自分に回復魔法をかけなかった理由まで理解できる。あれは「勇者たちの回復は全てポーションに任せ、自分は少しでもいいから魔王の体力を削ろう」という作戦だったのだっ……!
彼女はっ……可憐な彼女は犠牲になったのだっ……。
あんなちっせぇポーションのせいで!!
「貴様らそれでも人間かあああああああああああああああ!」
私はポーションの小瓶をすべて粉砕し、ついでに勇者も殴っておいた。
【あなたが勇者を倒すべき回数は、残り15回です】